台湾についての一考察    (普通部OB 菅原勲)

本当に中華人民共和国(以下、中国)と台湾は一つの中国なのか?

11月24日、習近平がトランプに電話した際、「台湾が自国の一部と言う一つの中国」原則などを改めて説明し、「台湾の中国への復帰は戦後国際秩序の構成部分だ」と強調し、台湾統一への強い意志を表明した、と日経は報じている。

ここで習近平が言っている、「戦後国際秩序の構成部分」とは具体的に何を指しているのだろうか。

その前提には、1895年、日清戦争で日本が清に勝利した結果、台湾が日本の植民地となったことから始まる。以下が、具体的な戦後国際秩序の構成部分だ。

1943年12月1日、“カイロ宣言”と呼ばれる宣言が、米国は大統領ルーズヴェルト、英国は首相チャーチル、中華民国は主席蒋介石から出され、戦後、台湾の日本から中華民国への返還が明記された。

 

1945年7月26日、“ポツダム宣言”と呼ばれる宣言が、米国は大統領のトルーマン、英国は首相のチャーチル、中華民国は主席の蒋介石(ソ連の書記長スターリンは日本の敗戦後に参加)から出され、カイロ宣言の履行を明記した。

また、1951年9月8日、締結されたサンフランシスコ平和条約では、台湾の帰属は明示されなかった。

以上、いずれも、その対象は中国ではなく中華民国だった。何故なら、中華人民共和国の独立は1949年10月1日であり、中国は、それ以前、地球上に存在しなかったからだ。つまり、日本からの返還先は、中華民国(台湾)だったことになる。逆に言えば、台湾が中国に属すると言うことを明示した書類は一つもない。

それに対して、例えば、外務次官だった栗山尚一は、その2010年に出版した回想録の中で、ここに言う中華民国は中華人民共和国と読み替えるべきだと述べている。しかし、こんな恣意的なことが簡単に罷り通ることになれば、どんなことでも読み替えることが出来るわけで、そこには途轍もない無理がある。

その意味で、習近平が「戦後国際秩序の構成部分」だと述べたことは、却って藪蛇であり、自ら墓穴を掘ったことになるのではないか。

従って、どう考えても、中華人民共和国と台湾(中華民国)は全く別の国家であると断じざるを得ない。今、中国が台湾にやろうとしていることは、例えば、Aと言う幼児がBと言う他の幼児の持っている優れものを、優れものであるが故に、これは俺の物だと奪い去って行くようなものであって、これは、児戯にも等しい全く稚拙な行いであり、絶対に許されることではない。

(44 安田)ニクソンの電撃北京訪問1972年に続く米中国交樹立(1979年)、日中国交樹立(1972年)などを経て国際政治に於ける中国の存在感の拡大、更に国力・経済力・軍事力強化に基づいて、曖昧であった台湾の帰属問題を、統一して中国に帰属させるシナリオに、一直線に走っているのが習近平政権だろう。いつの間にか、第二次世界大戦当時存在せず、創立メンバー国でもない、中華人民共和国が安保理常任理事国になっているのは国際政治の、国連の理不尽さだ。常任理事国5カ国に与えられた拒否権(right of veto)もおかしな特権だ。5ヶ國の1カ国でも紛争当事国或いは深く利害に関わる国であれば、国連は機能しない(現在、既にその問題が顕在化している)。

中国の戰狼外交(Wolf warrior diplomacy)や恫喝外交(Intimidation diplomacy)に対して、日本は同盟国アメリカをはじめ、西側友好国を含め、国際政治の中で堂々と有効且つ強靭な外交を実践してもらいたい。