ここのところ、いろんなところでトランプ以後、の論議が盛んである。この本も本屋ではいかにもこのトランプ論であるように位置付けているが、そういう意味で読むべき本ではない、というのが読後の率直な感想だし、久しぶりに本らしい本を読んだ、という爽快感がある。
ヨーロッパ論についてはシュペングラーの 西欧の没落 に挑戦したことがあるが、正直、ついていくのが精いっぱいで、読後に何を得たのか、自分でもよくわからない、ただ、この文明が崩壊しつつあるようだ、と言うような漠然とした不安感しか残っていない。そこへ行くとこの本は論旨が明快であるうえ、社会思想史、なるものをかじってみた自分にとってなじみのある領域の書でもある。
西洋、という単語を著者はまず明らかにする。その対象はイギリス、アメリカ、フランス、イタリア、ドイツ、日本であって、これが政治家やジャーナリストが考える今日の ”西洋“ で 日本という ”アメリカの保護国“ まで拡大した、NATOの西洋 であるが、この広義の西洋の中で、イタリアでファシズム、ドイツでナチズム、日本で軍国主義を生み出した三か国は、歴史的に見て自由主義国とは言えない、と定義する。歴史的に見自由主義国とは、圧政を自由主義、民主主義的革命によって成立した国、すなわちイギリス(名誉革命)、アメリカ(独立宣言)、フランス(フランス革命)というのが本論の基本的な見方である。このあたりの論議はさておいて、重要なのは、この ”敗北” が日本にもあてはまる、という著者の歴史観だろう。また著者は現在のロシアがかつてのソ連の延長にあり、プーチンもまたスターリンの延長線上にとらえる、西洋側のロシア観を明快に否定する。
この本が新たに書かれたきっかけがウクライナ戦争であることはあきらかであるが、この戦争に直面しているロシアの現実が、いわゆる西欧諸国のロシア観と大きく違うことが示される。この本では数多くの数字をあげてより詳細にのべているが、その大意は次の二つの文節に凝縮されるだろう。
”プーチンシステムが安定しているのはそれが一人の人間によるものではなく、ロシアの歴史から生じたものだからだ。プーチンに対する反乱という、ワシントンがしがみつく夢は夢物語でしかない。そんな夢物語は、プーチン政権下でロシアの生活状況が改善したという事実を見ようともせず、ロシアの政治文化の特殊性を認めようとしない西洋人の現実否認から生まれる”
(問題の一つは)”西洋の思想的孤独と、自らの孤立に対する無知だ。世界中が従うべき価値観を定めることに慣れてしまった西洋諸国は、心から、そして愚かにも、ロシアに対する憤りを地球全体と共有できると期待していた。しかし彼らは幻滅を味わうことになる。
このような事実はいつから、どうして発生してきたのか。その最も基本的な原因は、西欧諸国(本論の西洋の定義ではなくより広範な意味での)における価値基準が変化したこと、その根本が我々日本人の感覚では理解できないのだが、宗教とくにプロテスタンティズムが消滅したことにあり、それが著しいのは、そもそもプロテスタントの論理によって成立したアメリカである、というのが本書の問題意識のようだ。
僕は宗教というものが理解できず、ましてやカソリックとプロテスタントとの教義のことなど、わかるわけはないのだが、大陸での迫害からアメリカに脱出した人たちの支えがプロテスタントとしての矜持であったことは、マックス・ウエーバーの主著(”プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神”)によって解説されている。この本もおっかなびっくり覗いたくらいなのだが、勤勉とたゆまぬ努力によって自分を高め、その結果によってのみ社会が進展する、というのが基本だろう。この倫理が潰えてしまったのがいまの西洋の現実っであり、結果的に富の偏在や権力への執着を招き、結果が例えば米国の現実を生んでいるのだ、と著者は言うのだ。この思考過程は現実をしめす各種の数字によって納得できる議論が展開される。詳細について解説する能力などないので、僕なりに理解し感じたことだけをまとめてみる。
1.我々(日本人、としておこう)にはソ連とロシアの区別がついていない。ロシアの国力は一般的な知識をはるかに超えて大きい。これは率直に反省すべきことのようだ。
2.ロシア(ソ連ではなく)もまた、民主主義に基づいた国である(著者は権威主義的民主主義、と呼び、少数派の権利尊重という、我々の使う意味での民主主義の不可欠な条件を満たしていないからだ、と定義する)。プーチンはソ連型の権威主義と完全に異なり、ソ連時代の計画経済の失敗から、国家が中心的役割を担う(権威主義)が市場経済を尊重し、労働者層に特別の注意を払う。片や今の西洋では大衆を基本的にはポピュリストにしか意味のないものとして軽蔑する風潮がある。
3.西洋の代表であるべきアメリカはプロテスタンティズムの基本を逸脱することが続き、富の著しい偏在と、一部エリートの理論第一の政治が弱者救済という名目のもとに逆差別を生み、国の分断を引き起こしている。今回のトランプ政権への期待はそういう内在する課題(陰謀論など)の裏返しであろう。著者はこの観察の結論として、今のアメリカは ニヒリズムに支配されている、と結論する。これは恐ろしい予言ではないか。
4.NATO諸国の間に生じている摩擦もその根底には、上記したとおりロシアの現実についての誤解があり、それがスカンディナビア諸国の中立放棄などの結果を引き起こした。他方、欧州各国を除いた ”そのほかの国” がロシアに理解を示し、あるいは公然とロシアに加担している、しようとしている現実は明確である。このあたりの議論で、著者は hubris (傲慢、自信過剰)という単語を使っているが、これは特にアメリカの行動を理解するのに意味があると感じる。
5.このような 西洋の混乱 の理由が宗教の変節によるのだ、と言われても我々日本人(基本的には無宗教)には理解しがたいのが当然かもしれない。著者は人類学の大家でもあるのだが、その見方からすると、日本とドイツは家族構造が類似していて(そのほかの西欧諸国とは違って)、いわゆるグローバリゼーション論者とは一線を画し、国々はすべからく違う存在だと考える点で共通しているのだそうだ。このあたりについて考えることが、文頭にかいた トランプ以後、についての議論にも資するのかもしれない。
やっと一応読了はしたが、論旨には賛成する点が多く、特に中段で展開される論旨は明確な数字をベースとした、説得力に富む明快なものなので、一息いれたうえ、覚悟して再読したい、と思っている。こういう本は珍しい。
エマニュエル・トッドはフランスの人口統計学者、歴史学者、人類学者。学位はPh.D.(ケンブリッジ大学・1976年)。研究分野は歴史人口学、家族人類学。人口統計を用いる定量的研究及び家族類型に基づく斬新な分析によって広く知られている。フランスの国立人口学研究所に所属していたが、2017年に定年退職した[2]。2002年の『帝国以後』は世界的なベストセラーとなった。経済現象ではなく人口動態を軸として人類史を捉え、ソ連の崩壊、英国のEU離脱や米国におけるトランプ政権の誕生などを予言した。