著者は1987年生まれの世界でも注目を浴びる俊英で、大変興味あるテーマだが、賛否半ばする内容だった。人類の経済活動が地球に与える害悪のインパクトが無視できないほど大きく、ノーベル化学賞受賞者のオランダ人大気化学学者パウル・クルッツェンは地質学的にみて、もはや地球は新たな年代に突入したと言い、それを地質学の概念で「人新世」(ひとしんせい) Anthropocene (アントロポセン)と命名、人類の時代という意味だ。人類の活動が、かつての小惑星の衝突や火山の大噴火に匹敵するような地質学的な変化を地球にもたらしていることを表す新造語である。1億年後に地層を調べたら、人類が活動していた時代が刻まれているはずだ、と主張する。
産業革命以降の約200年間に、人類はフロンティアと言える地域を開発し尽くし、森林破壊や資源採掘、化石燃料依存などで地球環境に深刻な影響を与えた。いまやコンクリートや廃棄物で地表は覆いつくされ、海洋にはマイクロ・プラスチックが大量に浮遊している。これらの人工物の中でも飛躍的に増大しているのが、温室効果をもたらす大気中の二酸化炭素である。産業革命以前には280ppmだった二酸化炭素濃度は、2016年には400ppmを超えた。これは実に400万年ぶりのことだという。400万年前の平均気温は現在よりも2~3℃高く、北極やグリーンランドの氷床は融解しており、海面は6~20mも高かった。このままだと、映画「天気の子」で描かれた水没した東京の光景が現実になってしまう。世界人口の1割に満たない富裕層が、全世界で排出されるCO2の半分を排出してるというデータにも驚かされた。逆に世界の半数を占める貧困層は、1割のCO2しか出してないのだ。目から鱗だ。
本書は、要約すれば、「人新生」時代の世界における様々な問題から「地球温暖化」と「貧富格差拡大社会」の2つの問題を主に取り上げて、「資本主義」をその共通の犯人とみなし、資本主義経済への根本的対処を考えるのがその試みである。気候変動に代表される環境危機を阻止するためには、資本主義の際限なき利潤追求を止めなければならないが、資本主義を捨てた文明に繁栄などありうるのか。資本主義にメスを入れなければならない。でもどうやって? 気候危機をとめ、生活を豊かにし余暇を増やし、格差もなくなる、そんな社会は可能なのか?
その解を「マルクス主義」に見出そうとしているのが論点である。マルクスのコミュニズムはソ連の失敗によって一般的には否定的に捉えられ勝ちであるが、晩年のマルクスの到達点は実は資本主義も社会主義も超越した「脱成長コミュニズム」であり、それこそが「人新世」の危機を乗り越える最善の道だと言う。本書は著者がマルクスの考えを読み解きながら、気候問題を解決しながら人類が発展していく姿として「脱成長コミュニズム」と「脱成長経済」を論じている。
この2つの問題「地球温暖化」と「貧富格差拡大」が今後より顕在化してくると、庶民のほとんどはこれまでのような生活ができなくなるため、脱成長社会を選ぶべしと主張しつつ、マルクス著「資本論」の新解釈の概略を示すとともに、地球規模で環境破壊が進む中での新しい社会システムのあり方を提言している。2030年までに気候変動や貧困への対策、不平等の是正など、17の目標を各国で達成しようというSDGs(Sustainable Development Goals – 持続可能な開発目標)を掲げているのも危機意識の表れだ。著者は、SDGsの方法論では格差是正や環境保護など不可能だと主張する。有史以来、人類が消費した化石燃料の半分を、‘89年以降のわずか30年間で使い尽くした事実を前に、レジ袋削減、エコバッグ買った、ペットボトル入り飲料を買わないようにマイボトルを持ち歩いている、と続き、それでは不十分で焼け石に水と批判する。EV(電気自動車)にシフトしても、充電する電気を作るのが火力発電であればCO2は減らない。テクノロジーの進歩による効率化に希望を託すのは現実逃避だと言う。美辞麗句を並べて上っ面の対策を講じても、問題は解決しない。著者はSDGsを「現代版・大衆のアヘン」、或いはアリバイ作りのようなものであり、目下の危機から目を背けさせる効果しかなく有害でさえある。多少の温暖化対策をしていることで自己満足に陥り、「真に必要とされているもっと大胆なアクションを起こさなくなってしまうから」である。手厳しい。そもそも、資本主義を推し進めた張本人の先進諸国が、よくSDGsなどと言えたものだと、喝破する。
マルクスは勿論のこと、世界的ベストセラーの「21世紀の資本」の著者トマ・ピケティ(フランスの気鋭経済学者)も、格差拡大は必然と言っているように、資本主義は必ず勝者と敗者を産み出し、両者の格差は広がる一方だ。利潤を際限なく追及する資本主義においては、消費が喚起され続け、生産が環境悪化を増長する方向にはなれど、減らすことにはならない。経済が成長し拡大し続ければ大きくなったパイを分配することで国民の暮らしは良くなるが、30年間成長が止まった日本の例を見るまでもなく、人口減少と相まって今後小さくなっていくパイの奪い合いが激烈になっていく。今後、地球規模でも気候・経済環境は苛酷になり、パイが縮小していくので競争はより激化していく。勝者と敗者の格差或いは貧富の格差はさらに広がると予見できる。資本主義が継続する限り、地球は破滅に向かう、と著者は言う。現代人は資本主義を止めることができない。ゆえに地球は破滅へと向かう。気候危機は、資本主義が不可避に生み出す構造的格差問題(いわゆる南と北の間、国家間、個人間)を、抜本的に直していかないといけない、という警告と捉えるべきだと言う。賛否両論飛び交いそうなテーマ内容で、著者の極端な主張は興味深い。
脱成長コミュニズムという思想を基礎とした社会の形成が必要で、それは可能だと説く。資本主義は絶えずいろいろな形で欠乏感をつくり出す。例えば、絶えず新しいスマホを持ちたいというような欲望だ。希少性が絶えず組み込まれている資本主義のもとでは、我々は非常に競争的で、消費主義的で絶えず何かに駆り立てられている。これに対して、著者の考えるマルクスの目指した真のコミュニズムは「コモンズ Commons」ではなかったかと示す。「コモンズ」とは社会的に人々に共有され、管理されるべき富或いは共有材・公共財のこと、であり、ソ連型国有化でもない、アメリカ型新自由主義でもない、第三の道である。「水や電力、住居、医療、教育といったものを公共財として、自分たちで民主主義的に管理することを目指す」。「貨幣や私有財産を増やすことを目指す個人主義的な生産」から「協同的富を共同で管理する生産」に代わることを目指す。
「地球をコモンズとして管理する」のが、マルクスが書ききれなかったコミュニズムの真髄ではないか。このコモンズこそが、「脱コミュニズム」を実現する道であり、マルクスの到達点である。持続可能な未来に向けた人と社会の新たな価値基準“New Common“ をひとくちにつくるといってもそう簡単にできるわけではない。環境問題への対策には決まった正解がないように、とりわけ地球環境を基盤にコモンズをつくることは難しい。本書に「石油メジャー、大銀行、そしてGAFAのようなデジタル・インフラの社会所有こそが必要」とある。確かに、デジタル・インフラもコモンズとして皆が使いたいときに平等に使うことができれば、それは理想的な社会だろう。 だが、そのデジタル・インフラの運用は誰が行うのだろうか。このような一例が示すように、「脱コミュニズム」を実現するため、コモンズを作りスムーズ且つ効率的に民主主義的に運用管理するのは不可能に近い難事業のように思える。無限の経済成長という妄想との決別、持続可能で公正な社会に向けた跳躍というのは、理想論としては素晴らしいが、どうやって実現していくか?
本書の論点が一石を投じた意義は貴重であり、今の社会の問題点を考察する重要性を充分に認識させられた。しかし、違和感を持つとすれば、次の諸点ではないかと思った。
1.「地球温暖化」の主因が本当に炭素排出だという科学的疑問には触れず、それが地球温暖化の犯人との前提で論を進めている。検証が必要ではないか?
2.「資本主義」を地球温暖化と富の偏在の「犯人」と断定している。無数にある恩恵物に目をつぶって、疑問を持たなくて良いのだろうか?
3.ソ連や中国における「共産主義」の実験的結果を通じて、「コミュニズム」自体の中に、人類の願いである「自由・私権の尊重」の実現を妨げる何らかの要素が内在してはいないか?
4.資本主義の「正」の枠組みにはあまり触れず、「負」の側面だけに焦点を当てているが、それを修正する方向で問題に対処することは可能ではないのか、またその方向がより実際的で具現化が、比較的容易ではないのか、という視点の考察はないのか?
5.主張は大変示唆に富み、無限の経済成長という妄想との決別、持続可能で公正な社会に向けた跳躍というのは、総論の理想論としては素晴らしいが、どうやって実現していくか?具体的に実現させる方法論、手段の各論になると説得力ある言及はまだ殆どなく、議論は道半ばの印象を強く持つ。
経済力(資本主義)が振るう無慈悲な暴力に勇気をもって立ち向かい未来を逞しく生きる知恵と活力を養いたい人にはもってこいの一冊ではあるが、日本の実質賃金は25年間下がりっぱなし。国民一人当たりGDPは1997年をピークに減少、今や世界で30位近くにまで落ち込んだ。大卒初任給はトルコより低いという。今後の明るい展望も見えない状況を踏まえ、オールジャパンでの今後の議論の進展に期待したい。
(船津)中々の慧眼。
経済力(資本主義)が振るう無慈悲な暴力に勇気をもって立ち向かい未来を逞しく生きる知恵と活力を養いたい人にはもってこいの一冊ではあるが、日本の実質賃金は25年間下がりっぱなし。国民一人当たりGDPは1997年をピークに減少、今や世界で30位近くにまで落ち込んだ。大卒初任給はトルコより低いという。今後の明るい展望も見えない状況を踏まえ、オールジャパンでの今後の議論の進展に期待したい。
日本は何処へ行ったのか。アベノミックスは何だったのか?原発は全廃できるのか。マル経の専門の方に問いたい。この投げかけた問いは安田さんの黒字で書かれたことなのか。それともこの節が正しいのか。
何れにしても氷はどんどん溶けている。待ったなし。
(菅原)小生、この本も知らないし、この人のことも全く知りません。そこで、ネットで色々調べました。以下は、その感想です。
この人の略歴は、小生から見ると誠に豪華絢爛です。実人生は、資本主義にドップリ漬かって来ていますし、今もそうです。有体に言っちゃえば、資本主義のお陰でここまで来れたわけで、資本主義の申し子です。であるにもかかわらず、ここまで育ててくれた資本主義を否定するってのは自己矛盾であり、現在の自己を否定することになるんじゃないでしょうか。胡散臭ささを感じます。小生、こういう人の言うことは信じません。