新ルートご案内ありがとう!  (34 小泉幾多郎)

堀川義夫様
月いち高尾、バリエーションルートによる小仏城山はお蔭様で、三人長老を含め、無事所期の目標を達成することが出来、ありがとうございました。写真付きの報告書も有難くいただきました。

バリエーションルートも、30分くらいはやや急な登りであとはずっと緩やかな登りという事前ののご託宣でしたが、長老の身には結構堪えました。 このルートの入口、澤を渡渉する場所はわかりずらい筈が、事前歩いていただいた岡沢さんの先導で難なく見つかり、いよいよ木立の中の急登が始まりました。台風19号20号の影響も若干あるのか、蒸し暑い登りには参りましたが、リーダーの言われる
通り、確かに尾根筋に出ると風があったりで、また先頭の岡沢さんのゆったりしたペースに守られ、先ずは標高446mの御料局三角点に到達。ここからは緩やかな登りで,のんびりと登れるものと思っていましたが、確かに緩やかなところもありましたが、そうもいきませんでした。621mのピークに到達したと思ったら、下りでまた登りが 始まるといった具合。しかしちょっとした椅子のある休憩場があり一息。そこからちょっとで日影沢からの広い道に出て、目的の小仏城山に到着。皆一目散にかき氷を注文。あまりの大きさに、平松君の半分をいただく。昼飯のおにぎり2個持参も1個しか食べられなかった。

あとで調べたら登山口日影の標高 243mで城山670.4mだから、標高差427.4m、結構な標高差。僕のコースタイムで 休憩含み2時間20分、休憩除き1時間35分の奮闘でした。 写真城山頂上の2枚ご笑覧下さい。

8月27日    小泉幾多郎

9月高尾山月例報告      (39 堀川義夫)

好もしい森の道。稲荷尾根といいくみあわせになりそうだ

実に4月以来、4か月ぶりに ‘月いち高尾’ を開催。5月は総会とバッティングし、6月、7月ともに天候に恵まれず幹事団としては行いを改めないと高尾の天狗に睨まれ、てこの後も月いち高尾は実施できないのではと懸念してしまいました。5月、6月、7月は3回連続で生藤山を目指しましたが3連敗になりましたので気分を変えて未踏破の日影から小仏城山東尾根コースにチャレンジしました。(昭文社の山と高原の地図では破線で道標のないバリエーションルート、コースタイム登り1時間40分となっています)

 

日 時 2018年8月22日(水)

参加者 平松、小泉、椎名、翠川、後藤(三)、岡沢、三島、堀川、多田、藍原、浅野、伊川、関谷、川名  以上14名  (36遠藤は当日所要のため前日の21日に単独踏破)

 

路は快適に整備されていた

高尾駅北口10時集合。10時12分発のバスで日影バス停下車。日影林道に入って50m位でルート入り口がある。何回も通過しているが意外な登山入り口で気を付けていないと見落としてしまいそうだ。木立の中をゆっくりと登って行く。蒸し暑い! でも尾根筋に出ると結構風があり快適に登る。静かで人に合わない。また、高尾山の知られざるルートを知ることができました。

3人の長老たちも頑張りました。多少時間は

長老英気を養うの図

大目にかかりましたが、熱中症になることもなく1時ころに城山着。待望のかき氷に舌鼓。私は大盛400円に挑戦しましたが、途中で頭が痛く、舌の感覚がマヒするようでした。昼食も済ませ1時40分小仏経由で下山開始。小仏バス停14時55分着。舗装道路に到着出る前に消防署の赤いオートバイが2台登っていき、登山道入り口に数台の救急車や消防車が物々しく待機している。

聞くと上で熱中症らしき人が居て救助要請があったとか?それにしてもすごく大げさに感じましたね・・・!!15時10分のバスで高尾駅北口着。11名参加で久しぶりの天狗へ!ビールが旨い!!!

Satisfaction !!
9月は21日の金曜日の予定です。詳細の企画は9月10日頃にお知らせします。皆様、万障お繰り合わせの上、ご参加ください。
特に、最近オーナーであるナンカナイ会の参加者が少なくなったように思います。奮って、参加してください。

 

 

カール・ブッセのこと      (36 高橋良子)

私がこの  ”山のあなたの” を知ったのは、小学校6年生のときでした。
当時私は新宿に住んでいましたが、家の近くにバラック建ての小さな教会があり毎日曜日、こども学級が開かれていて私も通っていました。そこの牧師さんの家に私より2、3歳年長、大変利発で驚くほど物知りのお嬢さんがいて、私に「山のかなたの空遠く・・・」を教えてくれたのです。私は魔法に掛けられたようになって、この詩を覚えました。こども心にも心地良い感触というか、希望みたいなものを感じたのでしょうね。早速、仲良しともだちと交換し合って いたノートに、この覚えたての詩を綴りました。われながら、なんとスノッブだったことでしょう。

今では、上田敏の名訳も忘れ去られた感があり、私宅にある岩波文庫”ドイツ名詩選” には、残念ながらカール・ブッセの名前はありません。
私の想い出ノートから外せない詩がもう一つあります。ワーズワースの「村のかじや」という詩です。これは姉が購読していたザラザラ紙の「少女クラブ」に、挿絵つきで載っていたものです。この雑誌、長いこと大切にしていたのですが、どうも処分してしまったようで残念です。

ナンカナイ会 夏の集まり

恒例の夏の集まりを8月23日、四谷で開催。今年の参加者は27名、現在の実働人数からいえば70%くらいという驚異的な出席率を記録した。献身的な運営を継続してくれている安東、翠川両兄に感謝。いつも通り、型通りの乾杯からは閉会まで、完全フリーの談笑、哄笑の2時間を楽しく過ごした。

 

山のあなたの空遠く

(この夏、現地で写真を撮るつもりをしていたが天候体調ともに不良だったので次回に挿入することにした)

小淵沢にある山荘の2階から甲斐駒が正面に見える。1ブロックあるいた角から編笠も見えたのだが、間にある樹が生い茂って見えなくなってしまった。出来た当初には2階から自分で降りてこられなかった孫娘が大学へ行くだけの時間が経過したことを改めて感じる。車で5分ほど降りると素晴らしい展望の開ける場所があって、鋸、甲斐駒、鳳凰、北岳,御坂から富士山、振り向けば南八つ北部の主峰群まで見通すことができる。自分で歩いたことのある山山を前にして、いろいろな思い出だの、友達のことなどがよみがえってくるのは誰でも同じだろう。

だが、正面に見える茅が岳火山群から目を転じて金峰の方を見たときだけ、一種違った情念がわく。決まって、”山のあなたの空遠く” という有名な詩が思い出されるのだ。金峰の山頂はたしか3回踏んでいるはずだが、ここに限って,ワンデルングの思い出などは置き去りにしてこの文句が浮かんでくるのは自分でも不思議で仕方がない。目の前の鳳凰や茅があまりに近いのに、金峰ははるかに遠く、そこにつながっていく大きな傾斜がいつでも一種薄紫のような色合いで見えるからかもしれないが、目の前の山々が(現実には無理になっているとはいえ)なお、”登る”という行為につながるのに、金峰へつながる地形は ”旅をする” というある種のロマンとでもいうか、そういう感情を引き起こすようだ。

”山のあなたに” というあまりにも有名な詩をどこでいつ覚えたのか記憶にないし、情けないことに作者の名前も明確には知らなかった。旧制高校に在学した兄たちの年代の人はある種の常識というか教養としてドイツロマン派や英国詩人の事などに詳しかったから、僕と大違いの堅物だった兄の影響だったのだろう。3年の時、”ふみあと”の八甲田合宿特集号の巻頭文に詩とも何ともつかないものを書かせてもらった。その後、たしか三国山荘でだったと思うが、皆から敬愛されていたダンちゃんこと山戸先輩がこれをみて ”なんだかカール・ブッセみたいな事を書くやつがいるな” と言われた。その時には ”俺が書きました” とはとても言えず、笑ってごまかしたのだが、このドイツ詩人の名前だけは憶えていた。山戸さんは考えてみたら兄とたぶん同じように旧制高校時代の教養をお持ちだったのだと懐かしく思い出される。

金峰を見て何度かこの詩を思い出し、グーグルで調べてみて、初めて作者がブッセだったことを知り、またこの訳詩が高校の国語の時間に出て来た〝海潮音”上田敏のものと初めて知った。悪のりついでに原文を調べてみて、それがわずか37語の短いものだったのに驚いた。3年ほど前、認知症予防には語学が第一、とホームドクタにいわれたこともあってドイツ語の勉強を始めた僕でも、この原文の中に知らない単語はふたつしかなかった。ドイツ語が幅を利かせていたという旧制高校の学生には覚えやすかったに違いない。

この二つの単語の中の verweinten 、辞書で引くと ”泣きはらした” となっている。直訳すれば ”泣きはらした目とともに帰って来た”、それが上田訳で ”涙さしぐみかえりきぬ” となる。四行目の ”なお遠く” を僕は 出だしの行と同じだとばかり思っていた。原文を見ると1行めの 〝遠く” が ”weit”  という形容詞1個なのに、この行は2個、つまり ”weit, weit”  と繰り返されていて、これが ”山のあなたの” ”山のあなたになお” との違いである。これが詩人というものか、と改めて感服する。

金峰を眺めたときに沸く情感とこれがどうむすびつくのか、説明すべくもないが、まだこの詩をご存知ない、と方のために上田訳を書いておく。読まれたら、この文体から、僕の ”対金峰心理”の分析をお聞かせいただければありがたい。

 

山のあなたの 空遠く    ”幸い” 住むと 人のいう

噫(ああ)われひとと 尋(と)めゆきて 涙さしぐみ 帰りきぬ

山のあなたに なお遠く   ”幸い” 住むと 人のいう

Uber den Bergen,
weit zu wandern, sagen die Leute,
wohnt das Gluck.
Ach, und ich ging,
im Schwarme der andern,
kam mit verweinten Augen zuruck.
Uber den Bergen,
weit, weit daruben, sagen die Leute
wohnt das Gluck.

 

2018 夏合宿のこと 続編

快晴、北ァの主峰の展望を満喫した1日だった

第9班(L.40河合)は乗鞍岳漫歩、36・37年が二人、主力は40年の騒々しくも愉快なメンツがそろった。例年通り浅海持参の豪華なケーキの差し入れがあったらしい。以下、河合の記録から抜粋。

肩の小屋に続く雪渓

7/22はバスで肩の小屋口まで上がり歩き始めたが、調査行の時より雪渓が少なくなっており、夏道を探すのに苦労はせず順調に進んだ。チングルマ、ヨツバシオガマなど花盛りだったが、それ以上名前がわからないのはいつものこと、あとからくる4班に任せることにしよう。今日は天気が良く、槍、穂高から薬師、笠など北アが近く、八ヶ岳や南アも遠くに望め、素晴らしい眺望であった。

肩の小屋からは渋滞気味の道を行くことになる。安易に3000㍍が楽しめるとあって、ちいさい子を連れた家族、若い人やツアー客など多くの人たちが楽しんでいた。その中で我々のような平均76歳が12人も歩いているのはやはり異色だった。頂上直下の急登の手前の朝日岳を巻いている所で 休憩をとり最後の登りに備えた。御嶽山が雲の合間に堂々とした山容を見せていた。ピークは30人ぐらいが満杯だが、代わる代わる上がってきて、文字通りの大渋滞。ちょっとふらつきを訴える人もいたが、ともかく全員、元気に登頂できた。お参りを済ませ、オレンジを食べたあと、大変おいしいチョコレートケーキが保冷剤付きで出てきて、皆で12等分の仕方で能書きを言い合い、賑やかなメンバーぶりは健在だった。

下りは足場が悪く、渋滞もあったので、少し時間がかかったが、コマクサの群落が道の両側に現れ、可憐できれい。肩の小屋から先は広い道路、不消ケ池がとても神秘的で良かった。予定した「富士見岳」はカットして、畳平に下り予約しておいたレストランで食事を摂ったが、券売り場で手間取ったり、平湯へのバスに並ばなくてはならないなど、時間がなくなってしまい、お花畑の散策は4人だけが行って、早々に引き返した。

かたや、北部の縦走ルートはだいぶ大変だった様子。

新穂高から笠・弓折をあるいた第10班(L.49  泉名)に参加したオスタ(46 石渡)のつぶやき…….

弓折から笠への稜線に雲が湧く…
 

たぶん、昨年、84歳?で、32年卒の伊澤さんが参加されたのが、夏合宿参加者の中で最年長の記録だと思いますが、私は、第1回(大雨で中止。私は家を出る直前に中止の連絡あり)から参加しております。

ずっと続けて参加しているのは、私1人かもしれません。あとどのくらい山へ行かれるかしら?3日目は、1920メートルを一気に下って、ヨレヨレでした….

新穂高にて出発前の集合

逆光の中でハッピーな一同

ハードな縦走組に対して ”信じられないほどの静かな魅力あふれるウオーキングだった” とリーダーが自賛したのが15班の平湯周辺漫歩。主題を ”体力的に不安がある人も安心な、山と平地ワンデルングの結合” としたこのプランは、さすが地元出身 ”信濃のチヤーチル” リーダー小林正衛の綿密な調査と準備の結実だったようだ。

大黒岳登山口にて

パーティは乗鞍大黒岳という人に知られていない展望台での眺望と高山植物を楽しむ(ほかには夫婦1組にしか会わなかったという)静かな山と、ガイドつきで乗鞍岳の知られざるエリア五色が原久手御越滝(くてみこしだき)なる秘境に涼を求めるという企画を組み合わせ、山から下りては(カミオカンデくらいしか知られていない)歴史ある神岡の街の見学など、2班の松本周辺ワンデルングと並んで今回の合宿のプランのなかでもきわだってユニークな企画だった。参加は長老船曳ドクトル夫妻他12名。

久手御越滝に涼をもとめる

前編上梓後、記録、写真をお送りいただいた各位に改めてお礼申し上げる。また次の機会での再会を楽しみに。