エーガ愛好会 (358) ダウントン・アビー・グランドフィナーレ (34 小泉幾多郎)

TV放映のエーガは観ているが、映画館での鑑賞は何年振りか。「ダウントン・アビー」TV版は、シーズン1の1912年から、1925年のシーズン6シリーズ52作が制作され、その間、映画が2作制作されている。その第1作(2020.1.19)は映画館で観ている。その後TV放映エーガは観ているが、映画館での鑑賞は、何年振りか記憶にない。この映画第1作については、2020年2月12日に新春映画三昧と称し、ブログに掲載されたが、「ダウントン・アビー」は貴族とその使用人との15年史を変わりゆく価値観と人生の集大成として、貴族文化の終わりと現代へ続く最終章が描かれた。TVでは、1912年から1925年に至る、シーズン6シリーズ、52話が制作された。この映画第1作は1927年ダウントン・アビーに国王夫妻が滞在する一報が、冒頭、蒸気機関車で通知されるが、TV版第1作の冒頭で、ダウンタウンの相続人がタイタニック沈没で死亡したことを通知することから始まる壮大な物語の始まりと対を成すものだった。

映画第2作新たなる時代へは、2022年にパリ在住の平井さんから紹介があり、1928年以降の屋敷の維持費用の工面に頭を悩ませる物語リが描かれたとのことだが、TV放映を期待して観ない儘、その後TV放映なき儘に(Wowowでは放映したらしい)見逃してしまった。

映画第3作は1930年代となり、屋敷が次世代へ託される時代に、娘メアリーは、離婚に晒されながら、貴族と使用人たちの新しい門出へ決着を付けられて行く。貴族文化に終わりを告げながらも終結を迎えるのだった。ダウントンの屋敷が次世代へと託されることになるが、父ロバーツから娘メアリーが経営者としての自立を、また使用人たちにも新たな門出が訪れる。ドラマティックな愛憎劇もあったが、ロケーションンの美しさ、衣裳の美しさ等ロケーションの美しさも楽しませてくれた。TVシリーズ完結から4年後2019年劇映画第1作、2022年第2作、2025年第3作と楽しませてくれた。

建国記念日‐紀元節のことです    (普通部OB 船津於菟彦)

大日本帝国時代には、紀元節や紀元2600年式典などの国家行事が行われ、校長先生は真っ白な手袋をはめ、奉安殿から教育勅語を恭しく取り出し、奉読されました。本年はめでたい紀元2686年です。官庁では、西暦ではなく当然のことながら令和と表記するよう指示されており、将来的には紀元表記が求められる可能性も示唆されています。これは出羽守の発言によるものです。
紀元2600年には、東京オリンピックや万博など、数々の奉祝行事の開催が予定されていましたが、戦争の影響により全て中止されました。テレビ放送局もオリンピック中継の準備を進めていたようです。

不思議とこんな難しい歌詞の一部が口ずさめますね

金鵄(きんし)輝く 日本の
栄(はえ)ある光 身にうけて
いまこそ祝へ この朝(あした)
紀元は二千六百年
ああ一億の 胸はなる

歓喜あふるる この土を
しつかと我等 ふみしめて
はるかに仰ぐ 大御言(おおみこと)
紀元は二千六百年
ああ肇国(ちょうこく)の 雲青し
荒(すさ)ぶ世界に 唯一つ
ゆるがぬ御代(みよ)に 生立ちし
感謝は清き 火と燃えて
紀元は二千六百年
ああ報国の 血は勇む
潮ゆたけき 海原に
桜と富士の 影織りて
世紀の文化 また新た
紀元は二千六百年

昨日は天気が良くて、気持ちよかったので亀戸天神梅まつりに行ってきました。

今日は雨みたいだ。菅原道真の歌「東風(こち)吹かば にほひをこせよ 梅の花、主(あるじ)なしとて春を忘るな」 橇ほど匂いはしませながサクラほど華やかさは無いけれど、如何にも日本的なおしとやかな華々しさは無いが美しい花だ。。未だ未だ咲いて居ます。

(編集子)神武天皇にさかのぼるこの国が建国2600年になる、とされたのが昭和15年,編集子はまだ3歳、だからわかるわけはないが、兄や母が口ずさんでいた、この ”きげーん にせんろっぴゃーくねーん” という一節は幼いころから知っていた。憲法が世界の実情に対応するべく改められたとき、どんな歌がうたわれるのだろうか。

しかし建国記念日の当日、それを語る報道番組は見当たらなかった。読売新聞ですら、1行の記事も見当たらなかった。なんとなくおさまらない感じがした。

乱読報告ファイル (60) なんとモーパッサンを読んだのだ (普通部OB 菅原勲)

フランスはギイ・ド・モーパッサンの中短編10編ほどを編纂した「脂肪の塊」/「ロンドリ姉妹」モーパッサン傑作選中の中編「脂肪の塊」(1880年、翻訳:太田浩一、発行:光文社古典新訳文庫/2016年)を読んだ。
「脂粉の塊」と言う題名から真っ先に受ける印象は、真面なものではなく、正にドロドロしたものだ。その内容もその通りで、「脂粉の塊」と綽名された娼婦が主人公となっている。
普仏戦争(プロシャ、ドイツ)により、フランスのルーアンがプロシャに占領され、その内の10人ほどが、プロシャの総司令官の許可を取り付け、フランス軍の支配下にあるル・アーヴレに辿り着くことを画策する。乗客は、ワイン問屋を営んでいるロワゾー夫妻、伯爵夫妻、上流階級の夫妻、二人の修道女、それに、民主主義者、「脂粉の塊」と綽名された娼婦。
この旅の途上、小生にとって誠に許し難い事態が発生する。トートと言う町の旅籠で一泊するのだが、翌朝の出発の準備が全く整っていない。どうやら、「脂粉の塊」が当地はプロシャの士官の要求を拒んだことが、留め置かれている原因らしいと判明する。そこで、人間の持つ醜いエゴイズムが赤裸々となる。その一つは、伯爵が、彼女を外に連れ出してこう説得する。「・・・それでも、あの士官の望みをかなえてやるのは嫌だというわけかな。そうした要求には、いままで何度も応えてきたのではありませんか」。もう一つは、ホテルに残った連中が、二人の修道女から、「・・・たとえ、よからぬ行為であったにせよ、その動機いかんによっては、しばしば賞賛されることもございますから」との言質を取り付ける。一晩明けると、無事、乗合馬車は出発する。ところが、途中での食事に対する感謝もなければ、この一夜に対する労いもなく、最後まで汚物でもあるかのように扱われ、「脂粉の塊」は、全員からほっておかれる。途中のディエップに到着と同時に、泣き崩れる「脂粉の塊」で、話しは終わる。何とも酷い、途轍もなく酷い話しだ!こんな愚にもつかぬ話をフォードが映画でやる筈はない!器は、確かに、いずれも駅馬車と乗客だろうが、その中味は正に水と油であり、全くの別物だ。つまり、モーパッサンの「脂粉の塊」とフォードの「駅馬車」は何等の関係もない。
しかし、小生、一体、何故、こんな本を態々読んだのだろう。それは、映画「駅馬車」(1939年)を監督したジョン・フォードが、「駅馬車」は、実は、このモーパッサンの「脂肪の塊」だと語っていることを知ったからだ。そこで、今更なのだが、野次馬根性で、このモーパッサンを読んで見た。確かに、駅馬車(この本では、乗合馬車と言っている)とそれに乗っている人たちの人間模様を描いている点では、それこそ、エーガ「駅馬車」と言えるだろう。しかし、これは換骨奪胎であって、フォードの「駅馬車」の白眉である駅馬車とインディアンとの壮烈、熾烈な追っかけっこは全くないし、当然のことながら、モーパッサンにはインディアンのイの字も全く出て来ない。しかも人間模様を描くと言っても、フォードには、いつもの通り人の温みはあるものの、間違ってもモーパッサンの様にドロドロしたものはいささかも存在していない。
有体に言ってしまえば、フォードの「駅馬車」は「脂粉の塊」の駅馬車と乗客を刺身のつまとして拝借しているだけで、逆に、「駅馬車」は、「脂粉の塊」とは全く無縁のインディアンの攻撃なくして成り立たなかった。そう考えると、何故、フォードが「駅馬車」はモーパッサンの「脂粉の塊」だと言ったのか、その真意が、ボンクラの小生には皆目分からない。
最後に、職業に貴賤なしと言うが、この本は、娼婦にたいする誠に汚らわしくも卑劣極まりない途轍もないイジメがある。最後は娼婦の涙と共に終わるのだが、繰り返すが、これは途轍もなく酷い。
「ボヴァリー夫人」の作家であるフローベールも、傑作だと言って絶賛しているが、小生に言わせると、愚作、駄作以外の何物でもない。あっ、そう言えば、「ボヴァリー夫人」も愚作、駄作だった。

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アンリ・ルネ・アルベール・ギ・ド・モーパッサン、通称ギ・ド・モーパッサンは、フランスの自然主義の小説家、劇作家、詩人。『女の一生』などの長編6篇、『脂肪の塊』などの短篇約260篇を遺した。 エミール・ゾラの主宰した短編集『メダンの夕』に入れた『脂肪の塊』の評判が高く、作家としての地位を確実にした

 

さて一夜明けて・・・・ (普通部OB  船津於菟彦)

”地滑り的大勝”の高市政権が推進するであろう政策をまとめてみた。

自民党・日本維新の会連立政権合意書にある主な政策
①スパイ防止法
②対外情報庁創設
③「5類型」撤廃
④防衛力の抜本的強化
⑤憲法改正
⑥日本国国章損壊罪
⑦皇室典範改正
⑧旧姓使用法制化
⑨外国人政策の厳格化

憲法改正について
日本国憲法第96条第1項は、日本国憲法の改正のためには、「各議院(衆議院・参議院)の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする」旨を規定しており、憲法を改正するためには、国会における決議のみならず、国民への提案とその承認の手続を必要とする旨が憲法上規定されている。これは参議院で否決される可能性が高いため発議は難しいかも。

(編集子)フナッは悲観的なようだが、今回は絶対に憲法改正発議まで踏み込んでほしい。今回の機会を逸すれば、多分、我々の目の黒いうちに実現はかなわないであろう。子供のころではあったが戦争の悲劇を体験し、占領下の生活からつねに ”明日はよくなる” と信じることができた世代のひとり、また、学業を曲がりなりにも終えて社会に出れば高度成長の波にのることができた、まことに幸運な世代として、時代と世界情勢に応じた、新しい憲法まで見届けてその掉尾を飾りたい。サナエノミクスとやらがどうなるかはわからないが、これだけはやってくれよな。

雪の鵠沼     (41 斉藤孝)

庭一面に植えられた真っ白なスイートアリッサムは淡雪のようでした。それが2月8日早朝、本物の真っ白な雪で一面豪華に飾られました。鵠沼はモノクロな墨絵の美しさです。哲学的雰囲気になりました。

 

2月8日は選挙投票日です。保守も革新も選挙中は愛国者でした。一緒に仲良く論戦しました。左や右などイデオロギーで政治を左右する時代は終わりました。

日本の未来像を描き、民主主義と自由平等、そして革新技術を尊びましょう。日本は技術立国であり移民を歓迎する国です。世界中から憧れる日本であってほしいですね。日本に来てくれて学び、企業を起し活躍してください。

真っ白なスイートアリッサムは、いつでも大歓迎してくれます。

 

さて、きょうの結果はどうだったのかな

明日は国の命運が決まるかもしれない衆議院選挙だが、全国的に雪の予想だ。考えてみると、桜田門の大老暗殺、赤穂浪士の吉良邸討ち入り、226事件など、この国の歴史的事件はどうも雪が付いて回るようだ。全国、雪の具合はどうだろうか? 突然の思い付きにご応答いただいた各位、感謝。ミセス高市はどのへんで雪を眺めてるんだろうかね。

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(51 実方 = 多摩八王子周辺)                     多摩西部の我家、朝一では5cmくらいでしたが、昼くらいには10cm近くになりました。多摩美近くの道路と、たまたま今日出かけた高幡不動の写真です。

(34 小泉 = 横浜)
衆議院選挙の日、偶々横浜地方にも珍しく雪が降りました。昼頃投票に行ってきましたが、積雪は2センチ程度、それでも選挙の途中では、葉が花に代っていましたので、シャッターを切りました。
(大学クラスメート 飯田武昭 = 兵庫県宝塚市)

昨夜からの雪は昼過ぎまで降り続き、珍しく積雪になりました。投票所は、徒歩3分ほどの所なので9時過ぎには済ませましたが、西風が強く雨笠が煽られました。

(普通部OB 船津於菟彦 = 東京下町あたり)
春の雪  やや風か強く ブラパチで退散 フラッシャ焚ければ雪がハッキリ写るんですが準備できず(; ;)ホロホロ!!!!駄作を—
中司さんの要望に応えて直ぐに撮影に行きましたが風が強くて傘が飛んで行った。太陽が僅か一瞬出ました。

(51 宮城裕之 = 栃木県宇都宮)

宇都宮は自宅周辺でも、15cmの積雪がありました。1月31日に那須朝日岳にて新年登山を試みましたが、気温マイナス20度、風速24mと、吹き飛ばされそうになり撤退、那須北温泉で新年会を実施してきました。

(HPOB 坂東正康 = 徳島市近郊)

四国・瀬戸内の朝は見事な快晴の青空で、天気予報は午後から雪がちらつく可能性あり、と言っていますが、本当かどうか。しかし冷え込んでいるのは確かです。「ヘイ、シリー、外の温度何度?」とアップル社のネットワークスピーカーに向かって聞くと「屋外の温度は1度です」と答えました。

さて、我が国の未来は晴れか、曇りか、豪雨か? あと何時間か、報道を待とう。

フレイルは始まっている!  (普通部OB 篠原幸人)

先日、渋谷のドコモに新しい携帯電話を買いに行きました。そろそろ発売中止になりそうな「らくらくフォーン」から通常のスマホに戻そうと思ったからです。

渋谷の街は我々の学生時代とは全く様変わりしていることはご存じの通りです。バスを降りて宮益坂方向に歩いて行ったのですが、上り坂でどんどん若い人達に追い越されてゆきます。そこで前を行く若い人と同じテンポ(ピッチ)で歩いてみました。そうすると何とか同じスピードで歩けます。でも疲れるのですぐ止めましたが。

歩行の速度は歩幅の広さとピッチ(足を前に出す回数)で決まるのは当然です。多少、大股で歩けば、身長の差はあってもそれほど歩幅は変わらないとして、ピッチは明らかに若い人より落ちているのです。一番の問題点は、足をあげているつもりなのに、しっかり大腿部(膝)から上げないで、すり足にようにあまり足全体が上がらなくなったことだと気づきます。そうです。それがフレイルの始まりなのです。

私はまだ週1回はテニスかゴルフをやりますが、ゴルフのパッティング(グリーン上でパターを使って打つストロークのこと)の際に、ボールがどのくらい傾斜で曲りそうかを しゃがんでみる癖があります。しかし 立ち上がる際に、最近は「ドッコイショ」どころか、手を下につくかあるいはパターを杖のように地面に突いてでないと、サッと立ち上がれなくなりました。これは厳密にはルール違反ないしマナー違反です。その原因は大腿四頭筋という両足の大腿部の筋肉の力が衰えはじめているのです。 これが以前にも説明した筋肉の老化現象(フレイル)の一つなのです。更に筋肉が細くなってしまうサルコペニアという現象も起こってくるのです。いやですね~。

予防法はないかって? 今更 プロテインを飲みまくっても手遅れかもね。テレビで宣伝している錠剤もどうですかね~。スクワットは良いかもしれないけれど、皆さん、毎日50回を2回なんてできないでしょう?

これから、歩く時は小学生のように、しっかり大腿部をあげるようにしましょうね。手はあまり振らなくてもいいけどね。足をシッカリ挙げて歩かないと、足のつま先が地面につっかかって、転んで顔が傷だらけとか、足の骨折なんてことも起こりますよ。

(編集子)ドク、俺はもう完全にフレイル状態らしいんだな。それにしてもまだ週一ゴルフ、なんてやってるわけ?

 

ただ感服あるのみ=環境問題に独力で挑んだ親友の話

数日前、この冊子が送られてきた。今まで何回か本稿でも紹介した、編集子の高校時代からの友人山川陽一は慶応大学山岳部から日本山岳会に参加、環境問題に関心を持ち続け、広く有志をつのって高尾山系小下澤領域での森林保全活動にかかわったのち、徒手空拳、子息の勇一郎君とともに多摩市地域で太陽光発電事業に挑み、さらにメガソーラーの建設と地域の環境保全の両立と事業化に成功した。結局典型的なサラリーマン生活とその延長から抜け切れずに惰眠をむさぼっている自身に引き比べて、その根性に我が友人ながら感服の一言しかない。

彼が送ってきてくれたのは、その間に社員や仲間たちに熱い思いを語りかけてきたブログをまとめたものである。いつも物静かにしかし断固として行動してきた本人らしく、この貴重な記録を市販する意思はまったくないようなのだが、自然を愛する仲間たちにはぜひ読んでもらいたく、無理を承知で何冊かを分けてもらう積りだ。巻末にあるあとがき、だけを今回は紹介しておく。

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昨今、メガソーラーが社会問題化しています。自然エネルギーを作るために貴重な自然が失われ災害を誘発するとすれば本末転倒です。これがひと握りの悪徳業者だけによるものでないところに大きな問題があります。

一方、”太陽光発電=悪” のレッテルが貼られ、太陽光発電を全否定するような風潮がありますが、大きな間違いです。太陽光発電自体がわるいわけではなk、その実現の仕方に問題があるのです。

国連の気候変動枠組条約第21回締結国会議(COP21)で、世界の気温上昇を産業革命以前にくらべt1.5度に抑える目標が立てられました。日本は条約国の一員として2030年までに温室効果ガスを2013年比で46%削減する約束をしていますが、その達成には太陽光発電の拡大は不可欠です。

環境に優しく地域に愛される再エネ事業、農業と太陽光発電を完全に両立させたモデルがここにあります。私たちは耕作放棄地を活用してソーラーシェアリングを建設し、農業を復活させると同時に発電事業も行っており、ソーラーシェアリングの優良事例として高く評価されています。

皆さん、ぜひ私たちの農場を見に来てください。

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”私たちの農場”、相模湖ファームは下記を参照されたい。

https://sagamicofarm.co.jp

 

 

 

 

出羽守、いらっしゃいませんか?

本稿で、幾度か ”出羽守” という人種?について私見(というか、言ってみれば嫌悪)を述べた。何につけ、我が国の政治や社会現象に対する意見を、権威づける意図で ”欧米では” とか ”先進国では” と ”では” を振りかざす輩を、この接尾詞をもじって ”では”の守 という、と誰だったかに教えられて使ってきた。もちろん、正論もあるだろうが、底流にいつまでたっても西欧文化=先進文化と崇め奉る語調が気に入らないから、今後も使うつもりだ。

さて、今朝の読売新聞のトップ記事は、現在衆院選挙の争点になっている消費税減税もしくは廃止、という論調に対する海外メディアからの逆風についてであるり、すべてが ”海外では” の大合唱である。さて、消費税問題を論じる出羽守は党派のいかんを問わずに大勢を占めるようだ。諸君、今回はいかがお考えであろうか。

かたや米国におけるトランプ政治の在り方もまた、我が国からは想像もできない、理解を超えた現象として我々はとらえているのだが、表面化している現象はともかく、あれだけの暴挙(と外国人たる我々は考えてしまうのだが)がともかくも実現されてしまう現在の米国には、やはりそれだけの理由に納得する人たちがいるわけで、かれらは ”ニッポンでは” とは考えないのだろうか。

米国での争点に移民問題がある。しかしもともと移民が作り上げた国なのだから、移民に関する態度が我が国とは大きく異なっていい.こういう国”では”兎も角、三千年の長きにわたって単一民族単一文化を築き守ってきた我が国 ”では”当然、対象がちがっていい。この問題についてもまだ、”西欧では” という論者がいるのだろうか。

今朝はわけもなく寝起きが悪い。

(普通部OB 船津) 参考まで、補足です。
出羽守とは本来出羽国の国司を表す役職であるが、国名の「出羽(でわ)」と、「海外では」のような連語の「では」を掛けて、主に揶揄を込めて使われる。また、「守」という字から、「偉そうに上から物を言う」というニュアンスも込められている。

特に海外と比較して日本を批判する人を「海外出羽守」と呼ぶ。また、「欧米では〜、日本では〜。だからもう日本は“終わり”だ!」とばかり話している人は「尾張守(おわりのかみ)」という[

いよいよ日本も高市出羽神誕生の様子ですなぁ。コチトラも寝付きが悪いなぁ

(42 下村) 恐らく欧米人は、”他国では・・・” などと考えないのではないでしょうか。映画などを見ていても欧米人は自分の意見に自信があるのでしょうか、一方的に自己主張する人が多く、バーッとまくし立ててハイ、おしまいと話を終えてしまうからです。 相手がどう考えるか/他者がどう思うかなどと考えているように見えません。 昨今のトランプ発言などその最たる例ではないでしょうか。

 これに対してわが日本人は、「自分の発言に確固たる自信がない(寄って立つ信念が弱い)」、「性格的に弱いところがある」、「者と同じ行動をしていれば安心」といった心情から、つい他と同じような動きに傾きたくなる(他国の事例を持ち出したくなる)というのが原因のような気がします。
 政府高官の発言でも、「他の国の状況をみながら/歩調を合わせながら・・・」と自国に確たる信念がないためか、常に他国の動向を気にして行動しているように見えます。

エーガ愛好会 (357) 女相続人  (44 安田耕太郎)

映画の時代と舞台は、1850年頃、ニューヨーク・マンハッタンの高級住宅地ワシントン街に邸宅を構える医師スロッパー家。婚期を逸した一人娘キャスリン(オリヴィア・デ・ハヴィランド)は外見は並み、不器用、引っ込み思案で社交性はなく、刺繍を 唯一の趣味として家に閉じ籠っていた。父は断ち難い想いの亡妻を理想化し、そのイメージを彼女に押し付ける。娘の幸せを願うが、厄介者扱いする姿も垣間見れる。牧師の夫を失い、兄スロッパーを頼って居候するラヴィア(ミリアム・ホプキンス)は社交好きで、姪に異性と知り合うチャンスを作ろうとする。叔母は終始姪キャスリンの味方で、財産を利用してでも縁談をと考える。そんな折、舞踏会にキャスリンを誘う。そこで、外見と礼儀は申し分ない青年モリス(モンゴメリー・クリフト)に出会う。モリスはキャスリンに興味を示し、舞踏会用の手帳のパートナー欄に直ちに彼女の名を記す。二人は恋に落ち、急速にお互いの想いを交わし短兵急に結婚の約束をする。

父親は、紹介されたモリスが定職に就かず、財産も無いことを知らされ激怒して娘に言う。「モリスは身勝手な怠け者だ。外見と礼儀は申し分ない、だが財産がなければ結婚は出来ない」と。映画では父はモリスのことを“mercenary”だと
言う。mercenaryは、主に金銭や報酬を目当てに働く人や、そのように金銭欲が強い人を指す。傭兵の意もある。父は娘に言い放つ、「モリスは、婚期を逸し刺繍以外取り柄がないスロッパー家の、唯一の相続人であるスロッパー家の財産目当てだ」と。キャスリンは父のあまりに彼を強く見下す(映画ではdespiseの単語を使用)態度に唖然とすると同時に、一人娘をも軽蔑する父に落胆する。キャスリンは駆け落ちさえ覚悟するのだった。

父は、善後策として一呼吸入れて娘と一緒に数か月間ヨーロッパ旅行に行くことを提案し、娘もそれに同意して二人で旅に出かける。父はその間にほとぼりが冷めて、娘の決意が変わることを期待していた。が、娘の決意が変わらなかった。父はモリスと結婚するなら相続権を放棄したと見なすと最後通牒に近い意向を伝える。

ヨーロッパ旅行帰国から5年を経て、その間に父は肺炎で亡くなり、唯一の相続人キャスリンは全遺産を引き継ぎ、叔母と二人で依然として豪邸で暮らしている。キャスリンが、随分昔、モリスのために買って渡し忘れていたパリ土産のルビー付きのボタンセットをプレゼントしたのを見て、叔母は「よりを戻したのね」と歓喜する。しかし、キャスリンは、「性懲りもなく、あの男はまた現れ、今度は財産目当てだけでなく、強欲なことに、私の愛情まで求めている。痛い目のあわせてやる」と、ある決意をもって、叔母に一瞬視線を投げ、刺繍を続けるのだった。亡き父が唯一褒めてくれた刺繍を。

(42 保屋野)ウイリアム・ワイラー監督の掲題(名作)映画初めて観ました。

ストーリーは、大金持ちの父親とその一人娘キャサリン(オリヴィア・デ・ハヴィランド)、そして彼女にプロポーズするハンサムな貧乏青年モーリス(モンティー)・・・この三者の愛憎劇ですが(ハラハラドキドキはないものの)十分楽しめる内容でした。なお、チビ太氏のコメント通り、「モーリスのキャサリンへの愛が本物か」、というのがこのエーガの骨子になっています。特にオリビアは「女性としてあまり魅力がなく、父親からも自立できない娘が、父親の死後、その呪縛から解放され、自立した魅力的女性に変身」・・・という難しい演技をこなし、1948年・アカデミー主演女優賞を受賞しています。モンティーも、彼の魅力である「ニヒルで陰のある役」ではありませんでしたが、やはり男性には珍しい「目の保養になる」存在感ある名優ですね。

(編集子)小学生のころ、姉や兄が映画の話をしているのを何となく聞き流していたものだ。兄とは8歳、姉とは10歳違ったので、共通の話題があるわけもなく、映画自体、今とは違って何か別世界のように聞こえる時代でもあった。その中でも、”カサブランカ” と ”女相続人” と ”我が谷は緑なりき” の3つの話をしているのはなんとなく記憶にあった。このあたりのエ―ガを見るのは高校時代の自宅の近くに大森名画座、というのができて、高校生の小遣いで名画が見られるようになってからだった。大学も2年までは日吉だったから、エーガの場は自由が丘か、少し遠出して渋谷に変わった。 ”シェーン” を初めて見たのも自由が丘南風座だったと記憶している。駅前広場を渡った一角には鉄道模型とかラジオ部品屋なんかがあり、”モンブラン”が目新しい喫茶店として話題になっていた。一本入った通りにあった、当時まだ目新しかったジュークボックスを置いてあった ”セシボン” にはよく通った。あの頃の自由が丘は緑なりき、という思い出に残る街だ。 ”セシボン” の常連だった住吉康子が始めた”ジジ”は俺たちのまたとないたまり場だったのだが、彼女の引退後、女相続人なく、灯を落としてしまった。”シェーン”のラストシーンを思い出しながら JIJI ! come back ! とつぶやいてみようか。