”エーガ愛好会” 初顔合わせ開催

いつが正式?なオープニングだったかすでにあやふやなのだが、念願の顔合わせ会を開いた。猛暑の中、ほぼ全員が楽しい時間を持つことができた。同窓会とかなんとかのよくある集まりではなく、うまい例がみつからないが、かの あしながおじさん の結末のように、メールでしか知らない仲間と会って、(あ、こう言う人だったんだ!)という、小生が細々と続けているアマチュア無線でいう Eyeball ミーティングであった。次回は忘年会で鍋でもつつこうか、という話が不思議ではなかった。

写真後列左から 安田・林・関谷・小泉(KWV OB), 齋藤(筆者会社時代友人)、保屋野(KWV), 菅井(会社同僚)、レストラン ”ヴァンサン” オーナシェフ城(じょう)悦男氏、前列小田・金藤(会社同僚)、児井(大学クラスメート)、筆者、菅原(普通部時代友人)、飯田(大学クラスメート)。

色覚異常 ということについて   (会社時代友人 齋藤博)

色盲、色弱、色神異常、赤緑色盲と言う言葉をご存知だと思います。
私が大学に入る頃、理学系の学部を志す人たちで、これらのような人たちは受験できないとか、自動車運転免許は取れないとか言われていました。入社試験でも、この件は聞かれました。

2005年に日本眼科学会は、色盲とか色弱などの言葉をすべてやめ、「色覚異常」に統一したそうです。それでも、ネガティブな印象があるため、もっとよい言葉を検討しているようです。

この日本眼科学会のウェブページでは、目の病気「先天性色覚異常」(https://www.nichigan.or.jp/public/disease/name.html?pdid=33)の項目で、詳しい内容を説明しています。
一方、日本眼科医会のウェブページ(https://www.gankaikai.or.jp/health/50/index.html)には、「色覚異常と言われたら」というページがあって、詳しく説明されています。その最初に、「ゴッホやウイリアム・ターナーなどの有名な画家も色覚異常だったといわれています」と記載されています。

一般色覚者の見え方
色覚異常の見え方

20年ほど前に、ウェブ上で動くアプリケーションを開発する仕事をはじめました。その頃に、カラーユニバーサルデザインという言葉に気付き、例えば赤色を赤色と見えない人たちも同じアプリを使えるようにと、色合いの設定に腐心していました。色々なツールを使って画面がどう見えるかを確認しながらアプリを開発していたのですが、ずっと気になっていた事が、一つのテレビ番組を見ることで、腑に落ちました。数日前、録画していたNHKの「ヒューマニエンス クエスト」の「”目” – 物を見抜くセンサー」の回を見て、「色の見え方も個性があって、共通性がありながらも多様性がある」と知りました。

生物学的には、ヒトの眼球の網膜の奥には、2種類の視細胞(桿体と錐体)があって、その中の錐体細胞というのが色を識別する細胞だということ。
・その錐体細胞は、色を示す波長域によって3種類の細胞があるということ。長波長(L)、中波長(M)、短波長(S)を感じる3つ。
・3つの錐体細胞の、どれかの錐体が機能していない、あるいは、なかった(欠損)ことで、色の見え方は変わるということ。

すなわち、
それぞれが持つ錐体の特質によって、ある人は赤く実る果実を見つけやすいが、草むらに潜む天敵を見分けにくいと言う特性が生まれるので、果実を見つける役割を分担して生きてきた。つまり、人類に進化してゆく過程で、
「いろんな色覚型がいた事で、人類は絶滅を免れて生き延びてきた」と言う話がされていました。う〜ん、認識を新たにしました。LGBTQではありませんが、色覚の異なりも、認識すべきことなのですね。実際、血液型のABO型と何ら変わることがないのかもしれません。

エーガ愛好会 (156) 山猫   (44 安田耕太郎)

舞台はシチリア島、時代はガリバルディによるイタリア統一を目指し歴史が回天する1860年代。革命軍は貴族支配の終焉を目指す中、没落を宿命づけられた山猫の紋章を持つ300年の栄華を誇った名門貴族サリーナ家の公爵(バート・ランカスター演じる)が、時代の変化に翻弄される姿が描かれる。同時代のアメリカ南北戦争時代の南部の奴隷制に基づく白人貴族社会の凋落を描いた「風と共に去りぬ」1939年を彷彿とさせた。両映画は、バート・ランカスター、アラン・ドロン、クラウディア・カルディナーレ vs  ヴィヴィアン・リー、クラーク・ゲーブル、オリヴィア・デ・ハヴィランド、レスリー・ハワードの豪華な出演俳優の顔ぶれ、壮大なスケールの映像美、時代背景と没落してゆく貴族階級の人々の生き様など、多くの共通点があると感じた。

監督はミラノの貴族階級の末裔ルキーノ・ヴィスコンティ。1936年にココ・シャネルの紹介で知り合った巨匠ジャン・ルノワール(画家ルノアールの次男、先日「大いなる幻影」を観た)の監督作を手伝うようになり、「郵便配達は二度ベルを鳴らす」(‘42)で監督デビュー。第二次世界大戦中は共産党に入党、「赤い貴族」と呼ばれた。戦後はイタリア・ネオリアリズムの旗手として「夏の嵐」(’54)、「若者のすべて」(’60)などを手掛け、本映画「山猫」ではカンヌ国際映画祭パルムドール受賞。後期は先日放映された「ベニスに死す」(’71)、「ルードウィヒ 神々の黄昏」(’72)など独特の美学に基づく名作を残した。

シチリアの乾いた風景と色彩が潤いのある国土に住む日本人には新鮮で強烈な印象を与えてくれる。やはりシチリアを舞台にした映画「ゴッドファーザー」「ニューシネマ・パラダイス」「マレーナ」などと空気感が当たり前ながら大変似通っていた。原色の鮮やかな映像タッチは絵画を見ているかのようだ。額縁に入れて飾りたくなるような瞬間を捉えた場面はそれ自体ヴィスコンティの美意識が反映させているとさえ思った。自身、イタリア貴族の血統を引くヴィスコンティ監督が唯一自身を語った作品とも云われた。1860年代と云えば、日本でも幕末の動乱期。ドイツは鉄血宰相ビスマルクが首相となり(1862年)、軍国化を押し進めた激動の時代。フランスはナポレオンの甥ナポレオン3世の第二帝政の治世でパリ・コミューンの共和政へ向けて動乱の時代。世界各地で同時代を特徴付けた大きな政治・社会変革のうねりを伴う歴史を俯瞰する楽しみがある映画だった。

シチリア島の名門貴族の当主(バート・ランカスター)は、永年仕えてきたブルボン家がガリバルディ革命軍の世に名高い赤シャツ隊に排除されるのを目の当たりにする。当主の甥(アラン・ドロン)は反対勢力の赤シャツ隊に合流し、新興勢力のブルジョアである市長の娘(クラウディア・カルディナーレ)と婚約してしまう。彼女が初めて登場する晩餐のシーンで、彼女はアラン・ドロンの冗談に大笑いする。周りの貴族の人々は大変白ける。しかし、貴族の出ではない彼女はへっちゃらで、大笑い続ける。このシーンは、それまでの社会や習慣がそれまで通りでなく、変化せざる得ないことをヴィスコンティは暗示している。映画の1/4を占めんばかりの舞踏会のシーンにもヴィスコンティの言いたいことが暗示されているようだ。大舞踏会は長く盛大であればあるほど、次第に人が減って行き終わりに近づくにつれて寂しさが一層募る。元気に踊る若者達に対して、一人、孤独や老いを噛みしめる主人公の深い想いが、観る者の胸に迫ってくる。ヴィスコンティは舞踏会の場面を通して、動と静、盛と寂、昇と降、多と独、を対比させることで、没落してゆくシチリア貴族の現実を描き、時代の変化、社会の変化に翻弄された貴族の物語は、永遠に続くものはない、人間も老いや死からは逃れられない、のだと観る者に語りかけてくる。

革命が成功してガリバルディ軍も解散し、新しい国王の政権が始まり、ランカスターは新しい政府の貴族院議員に推挙されるが、古いしがらみの中でしか生きられないと固辞する。悲惨なシチリアの現状を改善しなくて良いのかと更に懇願されるが、「シチリアは変化を望まない、眠りにつきたいだけだ」と断り、代わりに甥を推薦する。彼の屋敷で大規模な舞踏会が催された。大盛会の舞踏会が終わった明け方、彼は家族を馬車で帰らせ、一人街を歩きながらつぶやく、「いつになれば永遠の世界で会えるのか」と語り掛け、路地に消えて映画は終わる。

この映画の大舞踏会ほどの豪華絢爛で長時間にわたる舞踏会を他の映画では見たことがない。撮影場所はパレルモに実在の貴族の館「パラッツォ・ガンジー」。この館は先日、イタリアの貴族の館の一つとしてテレビ番組で紹介されていた。電球を一切使わず撮影の明かりは全てローソクに頼ったということで、室内の暑さは殺人的だったとのこと。出演者が大汗をかき、扇子で風を送るシーンが多く見られたが、実際とても暑かったそうだ。最後に出演俳優について。デボラ・カーとの波打ち際のラブ・シーンが忘れがたい「地上より永遠に」、ワイアット・アープを演じたOK牧場の決斗」、アカデミー主演男優賞を獲得したエルマー・ガントリー」、いぶし銀の演技が光った「フィールド・オブ・ドリームス」などで貫禄の演技を魅せたバート・ランカスターは、現在の我々からかけ離れた現実感がない没落する貴族役を見事に演じたのは流石だった。ヴィスコンティ監督作品では「若者のすべて」に続いての出演だった容姿も立ち振る舞いも美しい若きアラン・ドロンは映画のテーマの一つ、激動の世に於ける若者の生き様を繊細に演じた。「刑事」「ブーベの恋人」が印象的だった、映画の題名「山猫」のような野性的な容姿の魅力的なクラウディア・カルディナーレも若者のすべて」に続いてのヴィスコンティ作品の出演。いかにもイタリア南部シチリア島の物語に相応しい雰囲気を醸し出す女優であった。舞踏会でのアラン・ドロン、バート・ランカスターとのダンスシーンは圧巻であった。


マカロニウエスタンで活躍したジュリアーノ・ジェンマ(右端)もガリバルディ革命軍・赤シャツ隊将軍役で出演。左端はアラン・ドロン。

(保屋野)ガリバルディーの活躍で、悲願のイタリア統一がなされた直後のシチリア貴族と甥っ子そして婚約者の物語なのですが、当初、中々筋立てがよく分らず期待外れ?、と思いながら観ていましたが、次第に人物像や時代背景が理解出来て、最後の舞踏会場面も素晴らしく、特に、ランカスターとカルディナーレがワルツを踊るシーンは圧巻でした。俳優陣では、ドロンとカルディナーレも魅力的でしたが、やはり何といっても、初老の(時代に抗う)公爵役を見事に演じきったランカスターの存在感に圧倒されました。ただ、歴史を背景とした大作としては、私には、昨年観た「ドクトル・ジバゴ」の方が面白かったですが・・・・

乱読報告ファイル  (25) 居眠り磐根江戸双紙

この本のことが話題になっていることはだいぶ以前から承知はしていたが、万事、流行には反発することにしている生来の天邪鬼気質が邪魔して、最近まで見向きもしなかった。ところが偶然にテレビで山本耕史出演の番組に出合ったのがきっかけで文春文庫版を本屋で手にしてみた。ただ全51冊、と言う分量に多少腰が引けていたら、スガチューから、51冊、なんて三日三晩で読めらあ、とけしかけられて(考えてみるとミステリーというものを吹き込まれたのもこの男なのだ)読み始めたのだが、本心、どこまで続くかと不安でもあった。しかし始めて見るとまさにはめられて、そのほか積んである本には見向きもせず、昨晩、51冊目 旅立ちの朝 を読了した。これで気になっていたポケットブックのほうに戻れそうだ。

これまで、いわゆるシリーズ物にはまった経験は、たとえばロバート・パーカーのスペンサーものとか、北方謙三のブラディドールとかはたまたスー・グラフトンのキンジー・ミルホーンシリーズとか結構あった。これらの場合はまず当初目に触れた1冊が気に入って次のを待つ、という時間的ずれがあったのだが、今回はすでに全巻が本屋に並んでから読む気を起こしたので、週に2回は立ち読みに出かけると常に存在が眼に入って、はい、つぎ! とせかされるような気分だった。そのことがほかの本には目もくれず、といったペースを生み出したのかもしれない。

このシリーズの魅力はなんだろうか。

第一に、全体を通じて感じられる、日本人らしさというか、表現は変だが清潔さ、みたいなものだ。主人公はやはりスーパーマンではあるのだが、いつも堅苦しさを持ち続けこの話の背景の時代にはすでに崩れかけていた武士の在り方を追いかける、昨今の小説ではおよそはやらないテーマだからだ。作品が扱う爛熟した江戸時代の社会が、ある意味では現在の表面は派手だが中には耐えきれない逼塞感があるような日本を思い出させて、人々が求めようとしている生き方を暗示するからではないだろうか。ミステリではいわゆる本格物は非現実的だからハードボイルドがあるのだ、などとうそぶいている人間にしては殊勝かつ自己矛盾的な言い方ではあるのだが。

第二はシリーズ物につきものの、主人公以外のいろいろな登場人物や背景に対する親近感が絶えず感じられるストーリーであるからだろう。”どてらの金兵衛さん” などはテレビ番組で好演の小松政夫のイメージがすっかり定着していくのがいい。ほかのシリーズ、たとえばスペンサーにしても北方にしてもストーリーは面白いがバイプレイヤーについての書き込みがあまりない(その点、グラフトンのABCシリーズはよくできている)。また江戸(この本が描く江戸が発展拡大して東京になった、などは決して思えない)というたぐいまれな文化や人間関係が、今となっては一種の羨望さえ抱かせるように書き込まれていることがあるだろう。

第三には、これは作家としては当たり前といえばそれまでだが、時代検証が行き届き、江戸の地理地名が詳細に書き込まれていて、現在と比べてみる楽しみがある。当時、水路がこれほど発達していたとは知らなかったので、日本橋さえ埋め立ててしまった東京の、ある種の貧困を感じさせる。また頻繁に当時の食べ物の描写も懐かしさを引き立てることが多い。この本に出てくる献立に郷愁を感じられるのも小生たちの時代までなのだろうが、(明治は遠くなりにけり)という言葉が浮かぶ。

ま、今晩は金曜日、とりあえず、読了した満足感と開放感みたいなもの、スガチューにどうだ、と言ってやりたい気持ち、そんなものを感じながら時代劇専門チャンネルで磐根くんとおこんちゃんにお目にかかろう。

 

エーガ愛好会 (155) マグ二フィセント・セブン    (34 小泉幾多郎)

七人の侍」のリメイク「荒野の七人」は今や西部劇の古典となり,その続編も4本制作された。この「マグニフィセント・セブン」は、どういう訳か観たことがなかった。これは続編でなく「荒野の七人」のリメイク版だった。主演は黒人のデンゼル・ワシントンということからも、最近の映画らしいのだが、他の6人は殆んどの俳優を知らない。正編の方は何回も観てきているから、ユル・ブリンナー以下その個性的な役柄が夫々発揮され、お馴染みとなったが、初見の時は、殆んどが知らない俳優だった筈だから、致し方あるまい。

冒頭、大資本家というバーソロミュー・ボーグ(ピーター・サースガード)が、暴力を背景に町民に立ち退きを迫り、動揺する町民たちの中、反論したエマ・カレン(ヘイリー・ベネット)の夫が撃ち殺されてしまい、また町のシンボルである教会までも、見せしめのため焼いてしまう暴挙には最初から驚く。  エマは煮え切らない町の男たち差し置いて、町の用心棒を探しているとき、偶々その町で、サム・チザム(デンゼル・ワシントン)というカンザス州ウイチタの委任執行官で7つの州の治安官が銃でもって解決する姿に惚れこみ、住居地ローズバーグの用心棒になることを懇願する。ストーリーの骨格は、正編へのリスペクトが感じられるリメイクで、同様に6人の用心棒たちを順に誘っていく。訳ありのアウトローたちは次の通り。先ずは流れ者のギャンブラー、ジョシュ・ファラディ(クリス・ブラッド)、スナイパーのグッドナイト・ロビショー(イーサン・フォーク)、怪力の山男ジャック・ホーン(ヴィンセント・ドノフォリ)、ナイフの名手東洋系のビリー・ロックス(イ・ビョンホン)、メキシコ人で二挺拳銃の使い手バスケス(マヌエル・ガルシア=ルルフォ)、ネイティヴアメリカンの弓矢とトマホークの名手レッド・ハーベスト(マーティン・センズメアー)。人種的には、主役に黒人、、白人二人だけであとは諸々。唯一の女性エマ役が用心棒集めや戦闘への参加等活躍するが、胸の露出が目立つ衣裳だが、恋愛関係なしの儘。最後悪役リーダーバンソロミューに、とどめを刺すだけでなく、七人と一緒の活躍を見せても良かったかも。

山場は二つ。ローズクリークでの、バーソロミューの部下達を殲滅させる戦いと最後の激戦。ただピストルの音がパンパンと空砲のような音が気に入らない。何か規制でもあるのだろうか?最後は敵対する相手が軍隊規模の数百名?多彩な武器での派手な動き、今の核兵器ガトリング銃の恐怖、それをダイナマイトで爆破する等、正編を大幅にスケールアップしている。最後の最後に「荒野の七人」のメインテーマが流れ、死んだ4人の墓標と共に、崇高な男たちを讃えるエマのモノローグが入り、生き残った3人(黒人、メキシコ人、ネイティブ)が再び荒野へ去る。

(編集子)リメイクというのは賛否それぞれあるだろうが、シエーン のリメイクである ペイルライダー は別として小生が気に入ったものはあまりない。デンゼル・ワシントンは人種差別と闘う戦士としてよく登場するが、そういう意味ではハリウッドの優等生なのだろうか。ジーン・ハックマンと共演した クリムゾン・タイド でやはりそういう重圧に耐える役の抑えた演技の印象が残る。 この作品の現場がローズバーグという架空の街になっているが、これはかの 駅馬車 でも使われた地名だ。HB作品ではロス・マクドナルドとスー・グラフトンがカリフォルニアのある街、として、たぶん偶然なのだろうが サンタテレサ という街を創造した。マクドナルドのほうはわからないが、グラフトンの創造したサンタテレサは、たぶんサンタバーバラらしい、という事が熱心なファンの間の定説らしいのだが。こういうトリビアが結構面白い。

 

 

乱読報告ファイル (24)  佐伯啓思 ”さらば、欲望”

本のタイトルだけを見ると、小生得意のハードボイルド小説の話か、と思われた人も多いかもしれないが、これは極めて明快な文化・経済についての識者の解答である。小生、幸いなことに多くの友人に恵まれてきたが、佐伯、という苗字の友人はあまりいない。たまたま、今回、ふたりの佐伯氏 に続けて出会うことになった。一人は今や国民的作品とされている 居眠り磐根 の著者であり、もう一人が独特の理論で小生も共鳴するとこの多い京大名誉教授である本書の著者である。

経済学部を出たことになっているが、本筋の経済理論には興味がわかず、いわば傍流の社会思想史、という事を少しばかりかじった小生が散発的ではあるが多少読んできた佐伯教授にひかれるのは、同氏が経済理論を文化論の立場から論じられることが多いからである。本著は同氏が今まで発表されてきたエッセイをまとめたものだが、その冒頭に現在世界が注目しているウクライナ情勢にかかわる一文を持ってきたのは、さすが商売上手の幻冬舎、という感じがしなくはない。

その第一章で佐伯教授が ロシア的価値 という単語を選び、それを20世紀初頭に書かれたドイツの思想家シュペングラーの 西洋の没落 という本から始められたところが小生の興味を引いた。仕事を辞めた後、社会思想をかじった手前、今まで名前だけは知っていたこの本に挑戦したが、膨大なトピックと西欧思想全般にわたる大著で、何とか最後まで読むのがやっとだった。佐伯氏はこの本の持つ意味は、当時の西欧文明が生み出した新世界の典型がアメリカ合衆国とソ連(当時)であるとし、いずれも土着の文化を無視して合理性と技術による経済発展を目指したこの二つの文明によって、それまでのヨーロッパの文明は没落すると論じたことなのだ、と言っておられる。小生が納得したのは、同氏が 文化とはある特定の場所に根付き歴史的に生育する民族の営みであり、それはアメリカ文明とソ連が掲げた普遍的抽象的理想などという観念とは相いれない、というくだりである。同氏はさらにナチスによって破壊されつくしたヨーロッパ文化の後に現れたのが、ともに近代的な人工的文明であるアメリカとソ連の対立だった、と定義される。そして生き残ったアメリカ文明は、歴史は普遍的価値の実現に向けて動くものであり、その実現こそがアメリカの使命なのだ、と主張し続けている。そしてこれはまさにほぼ毎日、新聞に登場するいわゆる西欧側の理屈そのものであり、今を盛りのインド太平洋戦略なるものの骨格でもあるのは周知のとおりだ。

本著の主題、すなわちこの西欧側の主張の根幹をなす、民主主義、法の支配、個人の自由、といった価値観を実現する体制とされている資本主義、それはどうなるのか、あるいはなっていくのか、という疑問に対しての佐伯氏の考え方を一つにまとめてしまえば、人間の欲望とそれを満たす機構としての資本主義とその実現形態である市場経済を通じて人間の欲望とそれを満たすための仕掛け、硬い言葉でいえば資源の希少性をどうやって満たすか、と云う仕組みが成り立たなくなっている、という点に尽きるのだと思う。資本主義・市場経済の混乱はグローバリゼーションという、ただ単に利潤と効率の追求が文化すなわち ”歴史的に生育する民族の営み“ を無視して拡大した結果であり、それはゆく先々に効率のみを重視する姿勢を強要し、その結果として必然的に発生する経済格差と社会の分断を伝染させているからだ、とする。この主張に小生は全面的に同意する。

その資本主義・市場経済というメカニズムを支えるイデオロギーとしての民主主義の現実についての佐伯氏の考え方は、乱暴な言い方をすれば、そのよって立つ基盤であるはずの民意、とか、国民主権、といった観念そのものに対する疑問として表現される。昔日のアテネのように、”市民“ すなわち日常の生活は奴隷に任すことができ、政治に全うすることができた選良たちのみが行政を行った時代はともかく、現在ではその ”市民” 的存在であるとされているはずの ”国民“ は、ありとあらゆる欲望をそれぞれ勝手に主張する群衆にすぎない。その欲望に応える企業側はこの欲望の是非を判断することはなく(できないから)ただ規模の拡張のみを主張し続ける。今の政治家が決まり文句にしている ”民意“ などという正義は存在しないのだ、ということだ。このことは(一応社会思想史なるものをかじった経験で言わせてもらえば)現在の社会はすでに大衆社会、すなわち群衆がものごとの実像を理解することなく、かつてオルテガが唱え、フロムが名付けた ”匿名の権威“ 現在の用語でいえばフェイクニューズによって情緒的な反応に終始する段階に来てしまった、という事だと思う。そして同氏が(不本意だろうと勝手に想像するだけだが)、民主主義とか国民主権などと称する幻想をすてて、いわば ”手続きとしての民主主義“ に徹するしかないだろう、という結論を引き出されたことに、自分でも不本意ながら、この結論は正しいと思うのだが、各位の感想を伺いたいと思う。

また、戦後の日本、押し付け憲法だとか政治の貧困だとかあいも変わらぬ外国崇拝主義だとかいう現実のもとで、過去80年間、ただ一人の若者も戦争で失っては来ていない国の在り方を結果論なのだろうが ”日本という国の政治” の成果と考えると、この史実は将来の歴史書によってがどう判断されるだろうか、そのあたりの佐伯氏のお考えを聞いてみたいものだ。

三室戸寺の紫陽花       (大学クラスメート 飯田武昭)

紫陽花の季節には神戸市森林植物園(六甲山)に出かけることが多かった私ですが、新型コロナ明け?の今年は以前からこの時期に一度観ておきたいと思っていた三室戸寺(京都府宇治市)に梅雨の合間の薄日のさす昨日出かけてきました。

きっかけは確か保屋野さん、船津さんか安田さんだったか?(多分、ベスト3の話絡みだから保屋野さん)が少し以前に、紫陽花の日本で最も綺麗な庭園の一つは三室戸寺だったと見事な写真付きで紹介されたためでした。六甲山の紫陽花は青系統が多い印象ですが、三室戸寺のそれは青、ピンク、白を初めメランジュ系統の色も多く種類が多いのも見事でした。

昼食に「三室戸寺(とじ)」の頃合わせで、宇治市の旧商店街(宇治橋通り商店街)で「たまご(とじ)」でも食べればとダジャレとも思えぬことを考えながら、お茶の本番の地で「天ぷら付き茶そば」を賞味しました。

(船津)朝起きたら素晴らしい紫陽花有難う御座いました。古刹とマッチしていいですね。

22年6月 月いち高尾    (47 関谷誠)

駅前で出発前の集合

梅雨の真っただ中、ここ数日、九州・西日本は大雨、その梅雨前線が北上、6月22日の実施日、東日本は、終日、「雨」との予報。中止すべきか否かを悩みに悩み、Webで「高尾山気象情報」と数時間おきににらめっこ。決断を迫られた、集合時間の24時間前、予報が「小雨」に変わり、「決行」を決意。最近の天気は局地的に大きく異なる傾向にあり、参加予定者が住んでいる地域での状況から、「行くか・止めるか」の判断を、各々にお任せしたところ、20名が京王線「高尾山口」駅に集合しました。心配した天候、山行中は、小康状態を保ち、下山した14時頃からパラパラと降り始め、雨具も付けず、傘をさすこともなく、2022年3回目の「月いち高尾」を、無事、終えました。

<ケーブルカー利用で山頂~いろはの森コース~日影バス停~高尾駅>    34小泉、36遠藤、鮫島、高橋、中司、深谷、鮫島、39蔦谷      (平均年齢: 84.3)

月いち高尾では、お世話になりました。ケーブルから山頂までは殆んど平という認識でいましたが、傾斜があるものだと感じる歳になりました。帰りは、ケーブルで戻る積りでいましたが、全員いろはの森コースということで、お蔭様で4年前の201812月忘年会の懐かしの日影沢キャンプ場を眺められました。 」 (小泉)

<金毘羅台コース~1号路~山頂~稲荷山コース>              39岡沢、堀川、西澤、三嶋、40武鑓、41久米コブキ、42保屋野、47伊川、平井、関谷、51羽田野、中里    (平均年齢: 76.5)

金毘羅台コースは、古の参拝者が登った古道、汗をかきかきコースタイムを大幅に下回るペースで1号路に合流。ひんしゅくを買うトップ、稲荷山の下山では途中交代!それにしても健脚、元気なシニア―集団!

下山後、近くにご用のあった当会メンバーの34船曳(ドテ)さんご夫妻が、「高尾山口」駅でお待ちになっており、久々に、再会を喜び合いました。

型どおり山頂で。今日は富士山は見えないが安定した天候。

下山後、近くにご用のあった当会メンバーの34船曳(ドテ)さんご夫妻が、「高尾山口」駅でお待ちになっており、久々に、再会を喜び合いました。有志は、「テング飯店」で反省・懇親会。

参加された皆さんお疲れ様でした。コロナ禍の先はまだまだ見えませんが、マスクを外し、自然と触れ合いながら、新鮮な空気を思い切り吸い込むのは素晴らしいですね!次回の「月いち高尾」でお会いしましょう。

今日も「月いち高尾」とても楽しかったです!!大変ありがとうございます。お天気については、関谷様の的確なご判断がすばらしく、そして「月いち高尾」の皆様の日頃の行いの良さが証明されました。金毘羅台コースは私にとって、初めてでした。樹林の中の古い一本道で趣があり、歩いていて、とても楽しかったです。大好きなコースになりました。素敵なコースをお教えいただきありがとうございます。 」   (羽田野)

(小泉) 月いち高尾では、お世話になりました。

日蔭沢の清流

ケーブルから山頂までは殆んど平という認識でいましたが、傾斜があるものだと感じる歳になりました。帰りは、ケーブルで戻る積りでいましたが、全員いろはの森コースということで、お蔭様で4年前の2018年12月忘年会の懐かしの日影沢キャンプ場を眺められました。

(鮫島)「いろはコース」楽に下れるかと思っておりましたが、きつく疲れました。久しぶりに山らしい下り、大変でしたが、楽しみました。

(久米)昨日の山行では大変お世話になりました。それに致しましても関谷君の天気予報大当たりでした。それを信じて久しぶりの「月一高尾」に参加いたしました。登りは快調に飛ばして余裕のある山行でした。遠足の児童も少なく珍しく静かな山頂でした。

稲荷山の下りの道が木道になっていたのには驚きました。稲荷山を下っている時に一緒に登ったミドリさんのことが思い出されました。面白い話題を提供してくださったことなど思い出されて寂しい気持ちになりました。

高尾山口ではドテ先生ご夫妻が待っていてくださって愛子さまとは本当に2年半ぶりの再会でした。調子のお悪い所もあると仰っていましたが拝見した限りお元気そうで嬉しくなりました。天狗には参加いたしませんでしたが平均年齢84.3歳の先輩方とご一緒して乾杯しなかったことが悔やまれます。9月の「高尾」を楽しみにしております。

(中里)初参加でしたが、どうもお世話様でした。今後ともよろしくお願いいたします。

(三嶋)関谷兄、いや~お世話様でした。貴兄の的確な判断と ジャイさんのメールで 行く気になりました。梅雨の合間の ひと時 これ以上ない絶妙のタイミングでしたね。平均年齢76.5ですか。元気で歩けることは 素晴らしいというべきでしょうね。脚力が低下する中で 「月いち高尾」の有難味を感じています。

マティーニ の話

”アンノーンのマティー二”

(編集子)小田篤子さんが映画のコメントのなかでマティーニに興味を持ったようで面白いエピソードを拾ってくれた。会社時代、やっここと金藤くんが結構いける口なのは知っていたが、小田さんとアルコールとはイメージがつながらない。

(小田)「花嫁のパパ」はコメディ色が強く、「父」の方が落ち着いた感じがしました。結婚式前のパーティーで《父》は《マティーニ》を沢山用意しますが、他の飲み物を欲しがる人ばかり。用意するのに一生懸命で、スピーチの時間が無くなってしまいます。《マティーニ》についてあまり知りませんので調べてみました。

*辛口のカクテル
*チャーチルやヘミングウェイ  が好きだった。
*ジェームズ・ボンド(007)が  「マティーニを、ステアせず   シェイクして」。
 *「七年目の浮気」でマリリン· モンローが、頼んだマティーニが辛かったので      「私の故郷、デンバーではマティーニに砂糖を入れ る のが普通よ」と映画の中
 で言ったのが有名だそうです。

(船津)マンハッタンがよく見えるGEビルの最上階のレインボーでキザに頼んだらノンアイスかそうで無いか聞かれた。あれとおもったらカクテルグラスに入った奴がノンアイス。

マンハッタンはウイスキーベースのカクテルですが、スイートベルモットを使用しているため甘口な味わいが特徴です。ビターズも使用しているので、甘さの中にほろ苦さとハーバルの香りを感じることもできます。真っ赤な見た目からも甘美なカクテルという言葉がよく似合う、大人の小田さんにぴったりの1杯です。NYに行かれたらどうぞ。

(船津はなにしろ凝りやなので、自前のレシピも持っているようだが、ここはやはりプロの意見を聞いてみるべきだろう。         編集子があしかけ20数年親しくしている多摩市のバー ”アンノーン” のオーナー川島恭子さんは銀座の名門毛利バーで修業し、師匠の毛利隆男さん直伝の教えを固く守っている。
その本格レシピを書いてもらったので紹介しておこう。
(川島)

1.氷屋さんの氷を一度少し溶かしてから、浄水器の水で洗い 目には見えない空気の気泡をうめたものを、ミキシンググラスに、下大きい氷1個 上に小さ目を2個 きっちり入れる。水を入れ軽くステアして、氷の角を取る(こうする事で、無駄な氷が溶けずに水っぽくならない)。              2.良く水を切ったら、オレンジビターズOneダッシュ (目薬一滴分ぐらい)を入れる。手早くマイナス15度に冷やした ビフィータージン40mℓ  ゴードンジン40mℓ、ドランジャンペリー ドライ5mℓを入れる(アンノーンでは、通常のカクテルの量より多く作っています。通常は計60mℓです)。                    3.氷よりお酒が冷たいので、80回から100回を目処に香りを感じるまで 氷をぶつけないように静かにステアし(バースプーンは手首で回さずに指の前後運動をすることにより 自然と静かに回り混ざる)、3℃4〜4℃ぐらいにする。
4.静かにグラスに注ぎ、レモンピールのオイル成分は入れずに香り成分だけを振りかける。
5.種が入っているオリープを添える。(穴の中にピメント等が入っているものはオリーブを漬けた時の漬けた液体の味が入ってしまうので使用しない)。

上記、アンノーンの作り方をご紹介しました。マティーニのジンとベルモットの比率は近年ジンが多くなっています。マティーニは、作り手により様々ですが、飲み手の方の好みが有ればお申し付けになれバーテンダーはそのようにお作りするはずです。

癌健診について (普通部OB 篠原幸人)

血液だけでわかる新しい「がん検診」を知っていますか?

日本では肺がん・胃がん・大腸がん・乳がん・子宮がんなどの検診は、一定以上の年齢になると義務付けられています。但し、お役所仕事ですから多くに場合、肺がんは痰の検査、大腸がんは便に血が混じっているかを簡単にスクリーニングするだけで、本人が積極的に希望しなければ、詳しい肺のCTとか大腸の内視鏡検査まではやってもらえませんよね。

例えば、胃がんや食道がんの検査。私は影絵を見ているだけの胃レントゲン健診はあまり信用していないので、今から35年以上前から、胃の検査は内視鏡と決めています。年に1回か2回、内視鏡の専門医である友人にやってもらっていますが、今から20年ほど前、胃の表面に1㎜程度の怪しい病変が発見され、お腹を開けることなく、内視鏡的に表面を切除。顕微鏡検査では完全な癌でしたが、それ以降20年以上、全く胃の症状はなくても、毎年胃カメラだけは行っています。

肺がんに関してはCT検査がベストで、通常のレントゲン検査や痰の検査だけでは見逃されることも多いのです。大腸がんの検査にも内視鏡検査がやはり有用ですが、前の晩から2リットルもの水攻めには恐怖感を持たれる方もおられるでしょうね。私も大腸内視鏡は2年に一回、いやいやながらおこなっています。 肝臓や腎臓がんは人間ドックでやる超音波検査が、前立腺がんは採血によるPSA検査が有用なことは御存じの通りで、乳がんや子宮がんも検査で早期に見つかることが多いのですが、女性は検査を嫌がられる方もおられますね。

一方で、見つけにくいすい臓がんやその他の部位のがんは例えがん検診を毎年キチンと受けている方でも、見つかった時は手遅れという事も少なくないようです。中高年期の死亡原因は、がん・心疾患・脳卒中・肺炎などです。脳卒中や心疾患は糖尿病・高血圧・脂質異常症などの一次性生活習慣病(これがどんなものかは以前に説明しました。覚えてますか?)や遺伝が原因ですが、これはある程度、知性のある人なら(知性、あるよね?)予防も可能だし、事前に原因を見つけておけば、ある程度は避けることもできます。しかし、急に発症する心筋梗塞や脳梗塞はしょうがないとしても、今や、がんは早期発見すれば完全に治癒する病気であることは知っておいてください。筆者も昔、白血病・胃がん・前立腺がんなどを患いましたが、すべて回復しました。従って、がんはなっても早く発見すれば回復する疾患であることを忘れないでください。但し、頑固な持病や発見が遅れた場合は致命的になることもお忘れなく。

最近、血液や尿から、症状が出る前に「がん」を発見する新しい方法が見つかりました。小生も先日、ある施設でその方法でチェックを受けました。小生が受けたのは、血液からがん細胞が分泌する特異的な抗原を見つけ出す方法で、マイクロRNA検出法とよばれます。この感度は非常に高く、まだレントゲンなどにはっきり映らないうちの発見も可能とされています。しかし、まだこの全く新しい検査法は、できる施設が日本でも数か所だけです。この血液による検査はどこの臓器にガンがあるらしいことまで判別できる優れものです。

別に、比較的安価な患者さんの尿と線虫という虫を使った検査もありますが、この方法ではまだがんがご自身の身体のどこかにあることは推定できても、その部位までは区別できません。問題は現段階では、この血液検査は20万円ぐらいと高価な点です。保険はききません。また施設によっては人の弱みに付け込んで、更に怪しげな未だ効果もはっきりしない治療法まで押し付けてくるところもあるようです。しかし、がん家系の方で、お金に糸目をかけない、特にがんでは絶対に死にたくにない人はやってみるのも一つの方法です。 採血の時のチクッとした痛み以外は怖い検査ではありません。