(保屋野)名作中の名作と云われる「市民ケーン」は昨年6月に、愛好会でも話題になりました。
その結果、斬新な映像については評価が高かった半面、総じて、意外にも「やや否定的」な感想が、私含め多数を占めました。
(安田)映画史上ベストとの評を知りつつ、前回に放映で初めて観ました。
旧き友集い語ろうは 過ぎし日の旅山の想い (投稿は著者あてメールでお願いします)
(保屋野)名作中の名作と云われる「市民ケーン」は昨年6月に、愛好会でも話題になりました。
その結果、斬新な映像については評価が高かった半面、総じて、意外にも「やや否定的」な感想が、私含め多数を占めました。
(安田)映画史上ベストとの評を知りつつ、前回に放映で初めて観ました。
先ほど、ラジオ(RadioSude)
こんなことを話していました。フランスでの放送の一端です。
> 君已駕鶴七七忌 君すでに鶴に駕(の)って七七忌
>
> 霊峰浮隠春霞雪 霊峰春霞の雪を隠すがごとく
>
> 爲解吾心不晴亊 為に我が心 晴れる事なきをわかり
高尾嶺上祈冥福 高尾嶺上に 冥福を祈る
(駕鶴は 仙人が空へ帰ること、浮隱ははっきり見えないことを指します)
3月13日掲載ののジャイの短文(下記)に感じるところあり、漢詩の形にしてみました。小生の原文を中国医療を営んでいる友人に添削してもらったものです。
友去りて四十と九日 わがこころ 晴れぬごとく 霊峰また春霞に隠れをり高尾山
「月いち高尾」写真付 (1)”]2022年4月25日(月)、前夜の雨が嘘のような晴天の朝、それも、日中は夏日との予報。自他ともに雨男を認めるS世話人(私ではありません)の汚名返上か!
今回は、高尾山のメインから中央自動車道を挟んでほぼ真北に位置する「八王子城跡」の散策プラン。八王子城は、小田原に本拠をおいた小田原北条氏(大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の北条ではない)の、三代目氏康の三男北条氏照が1580年代に築いた山城。生活の中心だった居館地区から460mの山頂にある本丸跡まで、約40分の、結構な山歩き。
JR高尾駅北口に、24名が、10時の集合時間の10分前には全員そろい、予定していた一台前のバスで城跡入口へ。ガイダンス施設前での記念撮影。
嬉しいことに盛況な参加者数だったこともあり、3グループに分かれて行動。
<A> (36年)中司、鮫島、岡、深谷、高橋、(37年)矢部、(47年)関谷
<B> (39年)西澤、立川、蔦谷、岡沢、三嶋、(40年)藍原、(41年)相川、(47年)伊川
<C> (43年)猪俣、(44年)安田、(46年)猪俣、村上、木川、(47年)平井、福本、48年)福良、(51年)斎藤
各グループ共に、管理センターで、八王子市のボランティアガイド(コロナ禍で活動を中止していたが先週末から再開したとの事。タイミング良かった!)をお願いし、各ポイントで細かな説明があり、歴史を改めて学ぶことが出来た。さんさんと輝く初夏の太陽浴びながらの新緑鮮やかな自然の中、往時の山城での攻防合戦を想像しながら、又、当時の戦乱と同じような悲劇が、今、ウクライナで繰り広げられている事に悲しみと憤りも覚えた山城散策でした。
終了後、各グループ、三々五々、「テング飯店」に集結(19名)。何時もながらの取り留めのない話題で盛り上がった反省・懇親会でした。
(小泉)いつもは作品内で通行人よろしく登場するヒッチコックが珍しく冒頭から「実際に> 起こった出来事をもとにした映画」と紹介する。ヘンリー・フォンダ扮するベースの バンドマンが、妻ヴェラ・マイルズの歯の治療費を借りようと保険会社を訪れたこと から、目撃証言と筆跡の類似から容疑者として逮捕、拘留されるという恐怖を描く。 ヒッチコック作品としては、最初から犯人ではないことが判っている事実であり、恐 怖心もスリラー的要素もないことは、冒頭にヒッチコックが登場したことから、認識 されたのだった。フォンダも間違えられた男の恐怖心を淡々と演じるほかなく、妻の ヴェラ・マイルズは美しい妻が、自分の強すぎる責任感から精神に異常を来たす痛々 しさから入院するまでを演じ、アンソニー・クエイルが誠実な弁護士役で、協力を惜 しまない姿に救われる。間違えられた結果は当時免罪については如何だったのだろ う。今なら相当多額な損害賠償を受け取ることになったものと想像されるが、映画で は損害賠償には触れず、めでたしめでたしで終演。
(飯田)ヒッチコック作品は個別の作品ごとに評価するのでなく、全作品をセット及びシリーズとして楽しむのが良いと思っています。その点で「間違えられた男」はヘンリー・フォンダが西部劇の「アパッチ砦」や「戦争と平和」で演じた一徹な正直者の演技と同系列の演技をしていると思って演技を観ると楽しめるし、ヴェラ・マイルズという美女が急にスクリーン・デビューしてきた映画としてストーリーを度外視して時々観るのは楽しめます。
そして、安田さんの「ヒッチコック映画論と作品の解説付きのべスト10」に大いに興味をそそられました。概ね私も同様の評価ですが、自分の好みから強いて外す作品が「サイコ」と「鳥」です。両作品とも2度3度と見直したいと思わない作品です。「サイコ」のアンソニー・パーキンスはこの作品では上手い演技と思ったら、他の作品もみな同じくおどおどした演技をするのであまり好きになれずに終わりました。パット・ブーン全盛時代に、アンソニー・パーキンスがデビュー当時の「月影の渚(Moonlight Swim)」の入ったEPレコードを買って一緒に歌った時期もありました。
「断崖」「白い恐怖」「汚点」「疑惑の影」などはそれぞれに長所短所があり楽しめます。安田さん、保屋野さんも挙げているベスト10外での「ハリーの災難」は私も大好きでしたが、劇場公開当時のアメリカ東部(バーモント州、ニューハンプシャー州)のロケの紅葉の色がその後のテレビ放映では全く色彩が劣化していて楽しめないのが映像技術の限界で残念です。それと「私は告白する」はモンゴメリー・クリフトとカール・マルデン(神父役)が最近見ても新鮮な感じがしました。後は「泥棒成金」です。南仏リビエラ海岸を舞台にした粋なケーリー・グラントとグレース・ケリーのほんわかした騙し合いは風景の綺麗さと共に私は大好きな一本です。
(安田)ヒッチコック映画は“スリラーやミステリー”ではなく、彼は自らの映画を“サスペンス”と云っています。サスペンスは英語suspend(サスペンド=宙づり)に由来しているとのこと。精神的に宙ぶらりんになっていて、不安感やハラハラ感を持っている状態のこと。ミステリーと違い、謎解きはない。サスペンスは感情(エモーション)を揺り動かすことが絶対的要素、だとヒッチコックは云っている。「間違えられた男」の場合、ヘンリー・フォンダのハラハラ感に観客を同化させ、感情移入させることがサスペンスの核だと、云わんばかりです。冤罪事件で決着しますが、終盤までどのように決着するかフォンダもハラハラしているし、同化した観客をもドキドキさせるという訳です。一番端的に見事に描かれた映画が「めまい」でした。高所恐怖症のジェームス・ステュアートが教会の階段を上がる時めまいを起こすシーン。彼のみならず観客もハラハラ・ドキドキさせられます。これこそヒッチコックの真骨頂です。「間違えられた男」ではそこまでのハラハラドキドキ感は味わえませんでした。彼にしては凡作だと思います。
(保屋野)ヒチコック、私も別にファンではないのですが、観て損した、という駄作はありませんね。私が印象深かったのは、ケ・セラ・セラの「知りすぎた男」キュートすぎる、S・マクレーンの「ハリーの災難」映像にも感心した、恐怖の「鳥」そして、私のツートップは、J・スチュアートの「裏窓」と「めまい」でしょうか。G・ケリーとK・ノヴァクが魅力的でした。
(保屋野)名作「北北西に進路をとれ」は昔観た記憶はあるのですが、あまり覚えていないので、29日に観ます。また、チビ太一押し?の「レベッカ」は以前コメントしましたが、多分あの「名著」を読む方が面白いのでは。
(船津)飯田さんはやはり「師匠」ですよ!リズのこんな切り抜き誰が持って居ますか
小生普通部時代1952年-昭和27年-に有楽座?で観た「陽の
また、カサブランカ50年記念-1952年-のLDが何故か在り
又、若き血の溢れていた頃飯田さんのように「エーガキチ」だった
しかし、飯田さんの新聞の切り抜きは凄いですね!又、安田さんの
(保屋野)根津神社のツツジ、素晴らしいですね。写真もさすがプロです。
さて、これまで私が見たツツジの中で印象に残っている場所は・・・・ ① 箱根「山のホテル」②山梨「甘利山」③長野「湯ノ丸高原」(レンゲツツジ)~高尾山「一丁平付近」の(ミツバツツジ)、九州「祖母山」の(アケボノツツジ)も奇麗でした。
(菅原)雨に濡れそぼる金糸公園のツツジか。乙なもんだ、花だけじゃなく、こう言う観点で写真を撮る貴兄もなかな乙なもんだね。翻って、小生、本日の午前中、散歩を兼ねて「クイーン伊勢丹」まで行って来ました(往復1時間。健常者なら精々20分)。桜田通り沿いの歩道に植わっている、そぼ濡れたツツジ(何て言うツツジなのか?)満開でした。しかし、その傍を車が疾駆しているとあっては、乙どころか丙(へ)にもなりません。でも、ないよりましか。
(児井)船津さんご案内の素敵な写真を添
物理的に何らかの指標がない事象について、優劣だとか好き嫌いとかを決めなければならいないときの選択基準というものがあるのだろうか。そんなものはないはずなんだが、一種の確率のようなものもある、と思う時もある。映画、でなく エーガ、だったころの話だが、 ”アラン・ドロンとアーネスト・ボーグナインのどっちがハンサムか?“ と言ったとすれば、まずはアラン君に票が集まるだろう。この場合、”ハンサム“ の定義は何だ、と言われても明快に答えは出てこないけれど、多くの人々の間にある種のクライテリアが存在するのではないか。
このような場は人生いたるところにあるのだが、味覚、ということについてはどうだろうか。味覚、という事を論ずる場は基本的に日常の生活の場である以上、環境とか雰囲気とか人生経験とか人間の感情感覚の中であるから、絶対的に中立な条件で論じられるものではあるまい。そう考えてみると、味覚、を論じるときに大きな影響を与えるのは、物理的とともに人間の感覚を支配する、場所、という事があるのではないだろうか。そんなことから、頂戴した意見を整理してみることにする。
保屋野君いわく:
先日ワンゲルの同期5人で銀座でランチを楽しんだのですが、そのはす向かいに「日新堂」という高級時計店があります。この会社のオーナーはKWV1年先輩の佐川さんで、あいさつに寄ったのですが帰りに、佐川さんから「銀座百店会」の小冊子をいただき、店の名前を眺めていたら、ユニクロも入っているのにビックリしました。この中に、飲食関係(レストラン、日本料理)が26店舗ありました。レストランでは、三笠会館、つばめグリル、ライオン、資生堂パーラーなんか有名ですね。日本料理では、てんぷら屋(ハゲ店、天一、天国)すし屋(久兵衛、乾山)後は、鳥ぎん、吉兆、やす幸、ろくさん亭あたりが有名かな。ちなみに、私は、三笠会館、ライオン、久兵衛しか行ったことがありません。
“しか” と言われる中に久兵衛が入っているとちょっと構えてしまうのだが、現役時代、華やかなりし夜の銀座にくわしい児井君はさらに書いている:
銀座は総じて名前に恥じぬ高級店のイメージが濃厚でしたが、バブル崩壊以降、変貌著しく、二極化が進むと共に店構えも大きく変わって来たと思います。先に親友飯田君指摘の様に「食事の楽しみ」は料理が美味く値段もリーズナブルであることは元より、店の雰囲気、シェフ/板前等の応対・愉快な会話にあると思います。皆さんご推奨の店以外ではコリドー街に在った合唱も楽しめるドイツ料理店「アルテリーベ」には良く通いました。銀座ではありませんが六本木の「ストックホルム」では好物の北欧料理を大いに楽しみました。
好きな「焼鳥屋」ではこれも銀座ではありませんが、軍鶏炭火焼店「たかはし」(山手線五反田駅前)が贔屓な店です。
彼は アルテリーベ や ストックホルム が(まだあるのかな)と心配しているが、同様な経験はたくさんある。銀座八丁目のおでんの名代 お多幸 の野田君は小生の高校時代からの友人だが、銀座の店の世代交代は昔からあることなので仕方ないと思うが、外国企業がいかにもビジネスライクに出入りを繰り返すのは銀座、という世界に誇る街の伝統を壊してしまうのではないか、と嘆いていた。小生が高校時代、映画に行った帰りなどに良くいっていた(つまり当時、いまよりはるかに高級だった銀座に高校生でも行ける少ない店だったのだ)スイス とか 煉瓦亭 なんかが亡くなってがっかりしていたら、三丁目あたりになるのだろうか、松屋あたりのガス灯通りに移転していたのを発見して大変うれしかった。
これから少し飛躍して、フランス行きなどを計画しておられる向きに、平井さんからのパリ情報も届けておこう。
1. アンジェリ-ナのモンブラン:随分昔、目黒駅の近くにモンブランという喫茶店がありましてお友達と会うのによく使っていたのですが、モンブランというケーキが売り物でした。パリに来て間もなく、本場物のモンブランが食べたいと探したのですが、これが意外とパリのパティッスリ-にはないのです。やっと見つけたのがアンジェリ-ナ(本店はルーブルの近くリヴォリ-通りにあります)のモンブランです。マロンクリ-ムがこってりして大きく美味しかったですが、最初半分もたべられませんでした、が、今はペロリと食べてしまいます。時々無性に食べたくなる時があります。
2. シャンティ城のレストランのシャンティ・クリ-ム:このお城は17世紀後半コンデ公爵の所有で、料理人だったヴァテルが最初にこのクリ-ムを作りました。1671年ルイ14世の来城の折り、注文していたメインの魚が時間に着かず、自殺してしまったのですが、何と魚は別な入り口に着いていたのです。こんな逸話がありますが、ここのお庭のブラッスリ-で頂くシャンティクリ-ムは本当に美味しいです。
3. フォンテンブローのフロマ-ジュ・ブロン(ホワイトチ-ズ):フォンテンブロー城の近くにバルビゾンという小さな村があって、ミレ-のアトリエがあり印象派の画家たちも訪れていた有名な村なのですが、ここに昭和天皇も訪れたというブレオというレストランがあります。ある時とない時があるのですが、ここで出されるフロマ-ジュ・ブロンは逸品です。
パリはともかく、どっこい東京のベストは、と万事に博識で会社時代にはあまたの顧客のなかでも手ごわかった斎藤さんは主張する:
■スイーツ
1位 ランペルマイエのスイートポテト(渋谷東横のれん街)
2位 マッターホーンのサンレモ(学芸大学)
3位 マッターホーンのモンブラン(学芸大学)
■豆大福
1位 原宿 瑞穂
2位 護国寺 群林堂 3位 泉岳寺 松島屋
話がデザートから始まったが、小生学生時代か今日まで、まずまったく、と言っていいくらい変わらず半世紀前の雰囲気をしっかり維持しているのが 銀座ウエスト だ。当時から名曲をハイファイで聞かせることでも知られた店で、さすがに音源はCDに変わったとはいえ、さりげなく置いてあるプログラムまで変わらないし、ウエイトレスのユニフォームや接客態度や、そして多分、テーブルの配置まで変わっていないのではないか。銀座へ出るときには、ここへ立ち寄って紅茶とショートケーキを食べるのをコースにしている。”まったり”という形容詞が当てはまる時間が流れるのを感じる場所である。
デザートから一足飛びにアルコールの話だ。酒といえばアルミの食器で煮えこぼれた 白滝 (なんであの銘柄が上善如水、なのか今でもわからない)などで盛り上がっていた時代の記憶がしっかり残っている小生のごときものからみれば、ゲーテかミケランジェロか、KWVの酒仙(?)ふたりの意見を紹介する。
畏友浅海昭はこう書いている: 小生が味わったワインの産地別BEST3(ちょっとキザだったかな)
カリフォルニア オーパス ワン ブルーゴニュウ ロマネ サンビヴァン ボルドー ペトリュース
半世紀を超える交友関係だが彼が飲めないのは生卵だけなようだ。佐藤充良君はウイスキーについて語る:
シングルモルトは1000種類以上といわれていますが、スコットランドの6つの主要エリアのもので比較的リーズナブルなものの中から、気分に応じ飲んでいるのを「俺の普段飲み三大シングルモルト」としました。
2. ちょっと酔ってみるか、の気分の時 スペイサイドの「グレンファークラス105」・・・アルコール度数60%は飲みごたえ十分でスパイシー。ダブルで3杯まででやめたほうがいいです。
3. 食後に更に飲みたい気分のとき アイランズの「ハイランドパーク12年ヴァイキングオナー」・・・公に食後酒として推薦されているかはわからないがほのかに甘くてマイルドなピート香がして食後にストレートで飲むと二度飲みが楽しくなります。
ミツヨシが気合を入れて飲むとどうなるのか、ちょっと怖い気がする。現役時代彼と首席を共にした各位、そのあたりの事情をご存じあるか。
KWV現役時代の小生は飲むことにかけては横山美佐子とか浅海なんかからは子ども扱いされた口だが、コロナ蟄居の間にだいぶ酒量が増えてきた。この期に及んでいかがなものか、という気がするが、佐藤君には怒られるだろうがスコッチ党ではない。会社時代、ある付き合いですすめられたのがきっかけで、ウイスキーならばもっぱらバーボンになってしまった。バーボンとテネシーはどう違うか、とか、その道のエキスパートには笑われるだろうが、ま、ケンタッキーにせよテネシーにせよ、アメリカの草臭いあのあたりの品、という程度の知識しかない。その中でおずおずと言わせてもらえば、ダントツにうまいなあ、と思うのはブラントン、だと思う。ワインに近いような柔らかさが好きだ。ワイルドターキーだフォアローゼスだと銘酒と言われるブランドはいろいろあるし、”通”から言わせればまず間違いなく格下になるだろうが、アーリータイムズが味とかなんとかではなく、始めて飲んだ時の思い出というと気障だがそんなものがあるのと、近場のスーパーで格安なので、”気合を入れずに“ 寝酒の定番になった。もう一つ、ウイスキーではないが、これもコロナ蟄居で生まれた(?)日課として、夕方5時になると 大岡越前 を見ながらジントニックを作るようになり、北方謙三が小生愛読の ブラディドールシリーズで主人公に ”ビーフイータ―だけがジンさ“ なんて言わせていたのでうるさいことはわからないまま、これを定番と決めてきたのだが、同じシリーズの中で、やはり主人公が親友を失った後、仲間に ”俺たちができることは奴を覚えていてやることだけだな” という場面がある。同じ気持ちで、ジンのブランドは日本産の 翠 に変えた。文頭に言ったことだが、まったく味には関係ない選択である。
飲む食べるとなると話題は一気に広がるが、本稿はすこしばかりハイブラウな記事に偏ってしまったようだ。次回はテーマを限定して情報交換や思い出話なんかについて書いていただければありがたい。
1.蕎麦 2.中華そば(ラーメンに限定せず) 3.カレーライス(お皿に盛った、日常的なランチメニューとして) 4.ハンバーガー(ハンバーグなんとか、ではない、これも正統的なもの) 5.餃子
久しぶりにたわごとを編集しています。ここのところの身近と言っても友人知人ではなく、家内がお世話になっているデイサービスやショートステイ先が、スタッフのコロナ感染で休業になったり、営業はしているが、あんに来所しないで欲しいと言うことで、2月、3月に予定していた泊りがけのスキーや登山はやむなく全て中止にして、家内と二人でひっそりと過ごして来ました。おかげで私は運動不足で2kgも体重増になってしまいました。ショートステイ先は3月一杯休業の為、その煽りで4月も超満員、希望する日程が取れず5月下旬にやっと予約が出来た、と言う状況でそれまで泊りがけで出かけられないと諦めていました。
でも神様がご褒美をくれました。キャンセルが出て出かけられるようになりました!! 救われました。
4月13日(水)久しぶりに家内をショートステイで預かってもらえる事になり、伊吹山やってきました。明日の14日は雨模様とのことですので、この日の内に伊吹山の全容を撮っておきました。近江長岡から貸切大型バス(路線バス)に乗り登山口へ。そこからしっかりと1時間、2合目にあるロッジ「山」に到着。そこは景色は最高です。琵琶湖を眼下に天気が良ければ夕日が最高の場所です。夕飯はうどんすき。女将が今日摘んできたというクレソンが最高14日の天気は雨! 予期していたものの雨対策をしていざ出発、でも雨は来そうにないし、気温が高いので早々に雨具を脱ぎ頂上を目指しました。何も見えない頂上を制覇。これで100名山の92座完登となりました.
彦根編
4月14日(木)昨夜は彦根のビジネスホテルに泊まり、本来ならまだ間に合ったはずの彦根城の夜桜を見に行きました。先週の季節ハズレの高気温で一気に散ってしまったそうです。残念!今朝はゆっくり目に起きてまずは国宝彦根城見学に。桜が満開ならさぞかし素晴らしいだろうと思いながら葉桜で我慢です。その後、お堀巡りの屋形船、50人は乗れそうな屋形船にお客は私一人だけ なかなか風情もあり1300円という値段はお値打ちでした。ランチはNewOld Townと称する観光客のための商店街にはある伽羅と言う評判の近江牛の店でステーキ重、3300円なり美味かった.
(編集子)百名山、といえば、斎藤邦彦さん、その後いかが。
(編集子)美術造詣芸術には全くめくらなので、パリは平井さんをはじめとして ”エーガ愛好会” 間を通り抜ける関連のメールは、以前にもお願いしたがどなたかエディターを志願していただけるまでは取り扱う自信がないので通過していく結果になる。音楽のほうはそれでも多少の興味と実績はあるので 音楽談義 欄を設けることにした(かたや同行の士の多からんことを願って解説した 冒険・ミステリ欄はざんねんながら 仮死状態である。嗚呼)。本欄に関心の集まることを希望する。
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ジャン・シベリウスの交響詩、「フィンランディア」(指揮:H.フォン・カラヤン、べルリン・フィルハーモニー)を聴く。
この曲は、ご承知のとおり、フィンランドがロシアの圧政下にあった1899年に作曲された。当初は、六幕物のフィンランドの歴史劇に、シベリウスが伴奏曲を作曲したものだったが、最終幕の、「フィンランドは目覚める」だけを取り出し、交響詩「フィンランディア」として独立させた。そう言う由来が由来であるだけに、極めて勇壮闊達、前へ前へと前進あるのみの音楽であり、その独特の旋律は一度聴いたら忘れることは出来ず、思わず鼻歌として飛び出して来る。これが名曲か傑作かは知らないが、ロシアの圧政に苦しめられていたフィンランド人たちに与えた影響は計り知れないものがあったのは間違いない。とは言え、ロシアはこの曲を演奏することを禁止した。
一方のロシアにも、1880年、P.チャイコフスキーが作曲した有名な序曲、「1812年」がある。これも、皆さんご存知のとおり、1812年、ナポレオンがロシアに侵入し、辛うじてモスクワを持ち堪えて反撃し、勝利を収める消長過程を、それぞれの国歌(フランスのラマルセイエーズ、ロシアの神よツァーリを護り給え。ただし、Wikipediaを見ると、いずれも、1812年当時は、まだ国歌にはなっていなかったらしい)で表現した、ロシア人の愛国心を擽る交響詩だ。実際の大砲を使ったりとかいかにも物々しいのだが、所詮、作曲したのがチャイコフスキーであるだけに、全編を流れるもの悲しさは否定できない。なお、真偽のほどは定かではないが、友人から聞いた話しでは、ロシアのウクライナへの侵攻に鑑み、最近、ヨーロッパでは「1812年」の演奏が禁止されたとのこと。しかし、チャイコフスキーに罪はない。
ここで思い出したが、ロシアにも、中国で言う「国恥地図」の概念、と言うより、独りよがりの妄想があり、その中にフィンランドも含まれていることだ(ただし、余談だが、フィンランドがNATO入りするのは間違いなく、そこにロシアが侵入すれば、第三次世界大戦となるのは避けられない)。加えて、1500kmにも亘る国境を接しているフィンランドとの国境近辺にロシアが軍隊を移動させたとの報道があったことも思い出した。しかし、どちらの音楽が傑作かどうかは別として、そうなったら「フィンランディア」が「1812年」を遥かに上回るのは否定できない。それにしても、フィンランドと言うより、シベリウスの音楽はドイツのそれとも違うしイタリアのそれとも違う、正に独特の音楽だ。単純に、北欧だからだと言うだけでは説明しきれない(例えば、若気の至りで、デンマークの作曲家、カール・ニールセンの交響曲第1番を聴いたことがあるが、極めてつまらない音楽だった)。こんな音楽がどうして生まれてきたのか、長年の謎だ。小生、勝手に辺境の音楽と呼んでいる。
(保屋野)掲題映画、初めて観ました。評価の難しいエーガですね。超善人夫婦を演じた、ジェームス・スチュアートとドナ・リードはまさに「はまり役」でしたが、ストーリーはやや平凡で、最後に「天使」が助けてハッピーエンド、という展開もどうなのか。ただ、ネットでの評価は概ね高く、クリスマスには必ず上映される「特別なエーガ」だそうです。
これと似たような映画で先月観た「我ら人生最良の年」は3人の復員兵の、それぞれの「愛の物語」でしたが、アカデミー賞作品だけあって、こちらの方が私には面白かった。なお、この映画のテレサ・ライトや上記ドナ・リード・・・戦後の、ヘプバーンとかバーグマン、テーラー、モンロー等と比べて、オーラはないものの、気品があって、チビ太同様私も好きになりました。
(船津)全く同感。
良き時代のアメリカ映画ですね。淀川さんが泣きながら「映画って
(安田)お二人のご感想に同感です。「
また保屋野さんに同意です。同じ1946年制作ウイリアム・ワイラー監督の映画「我らの生涯の最良の年」(The Best Years of Our Lives)の方が内容が濃くて様々の人間の人生を深く、しかもpositiveに描いていたと思います。出演した一押しのテレサ・ライトですが、この映画の他では、「偽りの花園」1941年ウイリアム・ワイラー監督、「ミニヴァー夫人」1942年アカデミー助演女優賞獲得、「打撃王」1942年(The Pride of the Yankees)、「疑惑の影」1943年(Shadow of a Doubt)ヒッチコック監督サスペンス映画などを観ました。それぞれ、ベティ・デイヴィス、グリア・ガースン、ゲーリー・クーパー、ジョセフ・コットン等の一流俳優と共演。大関・横綱格のオーラはないが、小結・関脇クラスとして“いぶし銀”の素晴らしい存在感を見せてくれていました。