エーガ愛好会 (356)「男はつらいよ」第1作   (大学クラスメート 飯田武昭)

この映画を見る前に、「夕陽のガンマン」(1965年)、「続 夕陽のガンマン」(1966年)を再見た後の口直しの意味で見た。2作共に脚本・監督セルジオ・レオーネ (音楽)エンニオ・モリコーネが担当していて、主演はクリント・イーストウッド、リー・ヴァン・クリーフである。第1作の方は賞金稼ぎで生きている二人の射撃の名手が銀行強盗団相手に、最後は手を組んで滅ぼすが、あくまで賞金稼ぎ目的のイーストウッドと娘殺しの仕返しが目的のヴァン・クリーフと、それぞれ目的が異なっていて、賞金はイーストウッドに全て手渡されるというストーリーだ。ところが第2作の続編は主演に2人ともうひとりイーライ・ウオラックが加わる3人が主役。それぞれthe Good(善人) the Bad(悪人) the Ungly(無頼漢)という役柄名がついていて無頼漢役のイーライ・ウオラックの振舞いが、無頼漢と言う言葉からくる印象より、極悪非道そのもののような役で、通俗を越えて低俗な映画になってしまった。しかも3時間と上映時間が長い(前作は2時間15分)。せめて2時間程度にカットして編集するか、続編を作らないで欲しかった。そうしたら本編の2大俳優が対決する作品の価値が高まったとすら思った。

そこで「男はつらいよ」第1作をみたが、以前にテレビ放送で見た時よりは、東京の下町人情や風景を含めて、出演俳優の全てが溌溂とした演技上手で多分に新鮮な感じがした。特に、主役の渥美清の喜悲劇的演技、倍賞千恵子の溌溂さなど、その後、49作(1997年)まで続く30年間の後半の作品よりも斬新な名作との感じがした。

この第1作(未だ、サブタイトルは無い)の話は、寅さんが20年ぶりに、故郷柴又に帰ってくる。歓迎ムードも束の間、寅は妹さくらの縁談をぶちこわし、また旅の人となる。奈良で旅行中の御前様とその娘・坪内冬子(光本幸子)と再会。幼なじみゆえ、気さくな冬子に恋をした寅さんは、帰郷してからも冬子のもとへ日参する。一方、裏の印刷工場につとめる諏訪博は、さくらへ想いを寄せていて、急転直下で二人は結婚する。・・・  元気溌剌な寅のハチャメチャぶりが爆笑を誘う。

この大ヒットシリーズの第1作が公開された1969年頃は、どんな邦画がヒットしていたのかを自分の良く見た邦画で振り返ってみると、石原裕次郎主演の第1作「太陽の季節」(1956年)で随分前だったし、黒澤明監督の作品なら「七人の侍」「用心棒」「椿三十郎」は公開を終わっていて、「赤ひげ」(1965年)と「影武者」(1980年)の間の頃だった。

映画「男はつらいよ」シリーズで私の記憶に残るのは元の会社で1980年3月にニューヨーク支店に着任し、マンハッタンの中央の当時のPAN AM(現MetLife Building)ビルに隣接するGrand Central Stachon駅から北向きに出発する3本の列車の真ん中の線Harlem Lineで約45分のBronxville駅近くに住み、住宅街に通称100番というショッピング通りがあり、そこの映画館で毎月一回の日本映画上映会があった。そこで掛っていたのが「男はつらいよ」シリーズだった。私は着任間もなく時間が無かったので1~2本を観た程度だったが、マンハッタンの仕事仲間の日本人は、この公演を大変楽しみにしていたものだ。4年間の勤務を終えて帰国し、日本での仕事を始めたが、仕事の続きのようなカラオケに行くと、その中の誰かが「私の名前で出ています」「矢切の渡し」などを良く歌っていた。私は4年間のN.Y.ブランクがあり聞いたことが無い変わった題名の曲だなーと違和感を覚えながら、自分は裕次郎の「錆びたナイフ」「夜霧よ今夜もありがとう」や「霧子のタンゴ」、韓国の「ノーランシャッツ(黄色いシャツ)」や洋物ではプレスリーの「愛されずにはいられない」、ザ・プラターズの「Only You」などを歌ってお茶を濁していた。そんな時代の思い出のあるシリーズの映画だった。

「夕陽のガンマン」などの描写は、当時でも狩猟民族と日本人の農耕民族との感覚の違いなどの例えが、度々、耳目を賑わわせていたように思うが、最近はそのような区別も少なくなり、米の値段は高く、野菜も高騰し、肉も高いが当時よりは比較にならないほど肉食を好む日本人になってしまって、狩猟民族化してきたのではと要らぬことまで発想が及ぶこの頃ではある。

 

地ビール、とはなにか

セブンイレブンで目に入った ”三鷹特産” ビール(エール)を買ってみた。

酒の味を論じられるほど、この道には詳しくないのだが、KWVOB会のスキー合宿でなじみだった志賀高原のロッジで、信州エール、というのに出会って、運動後の高揚した気分も手伝ってか、(オ、信州のビール、うまい!)と感激したことがあった。そんな気分になるかどうか、それと表記してある ”三鷹の街をイメージして作った” という文句にひかれて面白半分で買ってみた。

結果を言うと、”地元”の味” というか気分が味わえたとは思えなかった。もっとその道に詳しい連中の意見を聞かなければ何とも言えないが。ただ表記によると原料というかホップは欧州からの輸入だというし、ほかの原料も特に武蔵野で収穫されたものではあるまい。そうすると ”三鷹の地ビール” というのは何を指すのか、わからなくなった。同じ工場を隣の小金井に移せば小金井エールになるのか?

ま、いずれにせよ気まぐれのたわごとだが、一つ、これ1本の価格でバドワイザが3本買える。生産者の心意気は理解できるが、やはり高いよな。今後、地元ビール(理屈がよくわからないが、クラフトビール、ともよぶようだが)の存在価値は高まるのか?

 

年初月いち高尾

(44安田)本当に気持ちの良い能岳>八重山ハイキングでした。斎藤(伸)さん、大場さん、同行の皆さんありがとうございました。能岳頂上から富士山頂上までの距離は海抜0mの直線で49km、高尾山頂上からは55km。因みに保屋野さんが挙げられた山梨県道志村の山梨百名山「鳥ノ胸山」(とんのむねやま・1208m)から富士山頂上まで29km。

(42 保屋野)能岳→八重山、初めて歩きましたが、まさに低山の魅力満載のコースで、富士山はもちろん、丹沢、道志、扇山、権現山、陣馬山、石老山・・・

素晴らしい眺望に大満足しました。そして、八重山展望台では恒例の大場スペシャル(絶品のクッキーとミニコーヒー)を楽しみました。

テレビで吉田類の「日本百低山」が放映されてますが、まさしく「山、高き故にに貴(たっと)からず」ですね。大場さんはじめ、臨時リーダーの斎藤伸介さん、皆さん、今回も82歳の(斑ボケ)老人と遊んでいただいてありがとうございました。

(47 福本)昨日は大変お世話になりました。コース、眺め、仲間と三拍子揃った素晴らしい山行でした。今朝から、山に関心のある方々3名に能岳を紹介しました。送って頂いた写真には私の大写しもあり、嬉しかった。冬ちゃん、ありがとう。そして、歩きながらの皆様とのお話もとても楽しかったです。

(51 羽田野)昨日はお天気にも恵まれ、とても楽しい能岳、八重山でした。冠雪した素敵な富士山をゆっくり見ることができ、とても嬉しかったです。八重山はいろいろな花が綺麗なようですので、花の季節に歩いてみたいと思いました。

(51 丸満)本当に昨日は快晴無風で気持ち良い山行が出来ました。また色んな方とお話が出来楽しい会ですね。2月はワンゲル3世代の先約と重なり参加叶いませんが今後とも出来る限り参加したいと思います。

エーガ愛好会 (355) サスカチワンの狼火    (34 小泉幾多郎)


風光明媚なカナダ西部のサスカチワン州(マニドバとアルバータ州に東西で接し、南は米国のモンタナ北ダコタ両州に接している)にロケーションして製作したカナダの北西騎馬警官隊を扱った1954年制作のラオール・ウオルシュ監督、アラン・ラッド主演作品「サスカチワンの狼火 Saskachewan」。この騎馬警官隊で有名なのは、ハリウッドの生きた歴史と言われた巨匠セシル・B・デミル監督ゲーリー・クーパー主演「北西騎馬警官隊North West Mounted Police1940」。両者共プログラムが見付かり、これには、1952.1.13於横浜国際劇場と記載。この「サスカチワン狼火」のプログラムには日付の記載はないが、戦後の1954年制作だから、その年には公開されていたようで、両者共、高校生時代に観ていたことになる。

西部劇乍ら、カナダが背景で、カナダの警官隊が主役とは珍しいが、ゲーリー・クーパーは、テキサスレインジャーで犯人を追ってカナダへ。アラン・ラッドは騎馬警官隊員だが、敵役の先住民がカナダ在住の先住民クリー族ではなく、米国からやって来た直前にカスター将軍の部隊を全滅させたスー族と工夫は凝らしている。

北西騎馬警官隊警部オローク(アラン・ラッド)は、両親を殺された際.カナダ先住民クリー族酋長の息子ケジュウ(ジェイ・シルヴァー・ヒールズ)の義兄弟として育てられ、そのケジュウと辺境の巡察を終え、砦へ戻る途中。越境してきたスー族に襲われたグレース・マーキィー(シェリー・ウインタース)と同行することになる。オローク不在中、新任の隊長ベントン(ロバート・ダグラス)が赴任し、事あるごとに、オロークと対立することになる。味方になるクリー族から銃を取り上げる等から、クリー族とスー族との合議の成立から一時守備隊は危機に陥ったが、その危機を乗り越え、守備隊とクリー族の合同によるスー族背後からの攻撃により、スー族は米国へ逃げ去ることになった。グレースは殺人の疑いが課せられていたが、それも解消し、オロークと共にモンタナに旅立つことになった。

冒頭からサスカチワンの岸壁から渓谷に至る風光明媚な差がアクションの連続の中に楽しめた。豪快なタッチで知られるラオール・ウオルシュによる先住民との戦いが、脚本・撮影・音楽との三位一体で楽しめたと言えるのではなかろうか。

(編集子)放映があるのは知っていたが、見過ごしてしまった。実をいうとこれも古典?だが ”モホークの太鼓” とごっちゃにしていた気がする。小泉先輩も言及しておられるが、カナダに場を移したセーブゲキ、というのはあまりお目にかかれない。クーパ^―の北西騎馬警官隊、のほか、カナダ平原、というのを見た記憶があるが。

(HPOB 小田)アラン・ラッドの「シェーン」の翌年の主演作ということで「サスカチワンの狼火」初めて観ました。アラン・ラッドはゲーリー・クーパーのオーラにはかないませんが、少しおっとりした誠実さを感じます。騎馬警官隊の赤の制服は鮮やかで敵に見つかりやすいのでは…と心配になりましたが、綺麗なカナダやモンタナの山や湖の背景に映えますね。

(狼火…昔中国で狼の糞を薪に混ぜ火をつけると、その煙は風に強く、まっすぐに上がることから“のろし“の字に使われているそうです)。
小泉さん、飯田さんは高校時代に御覧になられたとか…、きちんと記録と記憶に残されているのに驚きました

 

ガザ紛争についてのメモ    (44 安田耕太郎)

イスラエルとパレスチナ問題の本質的な根っこは、信ずる宗教が共に「一神教」だという点に帰せられる。しかも宗教発祥の地がユダヤ教、イスラム教共に(更に一神教のキリスト教も)同じパレスチナと呼ばれた場所だったのは不運としか言えない。独善的で排他的なので他宗教を信奉する国との共存は所詮無理。共に「目には目、歯には歯」に頼る民族的な属性がある。この属性は特にネタ二アフの手法に顕著だ。だから始末が悪い。

20世紀になって今日の絶望的にさえ見える状況を産み出した根本原因は英仏両国(特に英国)の責任に起因する政治的外交判断にあった。有名な1917年に表明された「バルフォア宣言」がその端緒だ。第一次世界大戦中、中東を当時支配していたオスマントルコ帝国滅亡が予期された戦後中東の統治地図を両国で描き、国境を定めて両国の支配下に置いたのが中東諸国だ。中東の国々の国境線がほぼ直線になっているのは両国が人為的に定めたからに他ならない。英国ロイド・ジョージ内閣の外務大臣バルフォアが推し進めた「シオニズム支持表明」、即ちユダヤ人支持を鮮明にして世界に向けて発信したのが「バルフォア宣言」だ。英国ユダヤ人社会の重鎮ロスチャイルド家の当主宛に出された、これが、戦後のユダヤ人国家「イスラエル建国」へと繋がった。イスラム教を信奉する中東のアラブ・パレスチナ地域のど真ん中に「イスラエル建国」を容認し、後押ししたのだ。この2つの根本的な「一神教」と「バルフォア宣言 = 英国の無責任な外交政策」が今日の悲惨な状況の根源的な原因を為している。英国の責任は重いと言わねばならない。映画「アラビアのロレンス」で描かれた英国の将校トーマス・ロレンスはこの英国の政策の実行役である。映画では190cmはあろうかというピーター・オトゥールが演じたが、実在の人物は小柄な男だった

(HPOB 菅井)「唯一神」という共通の根っこを持ち、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教(アブラハムの宗教)は旧約聖書(またはその物語)を共有しながらも対立する主な理由は、「解釈の違い」と、それに伴う「誰が真の継承者か」というアイデンティティの競合だと言われています。これって、一種の「近親憎悪」に見えます。

一方、ネタニヤフをはじめイスラエルの指導者たちは具体的に口にはしないようですが、ナチス・ドイツの「ユダヤ人600万人虐殺説」を最大限に利用している(自分たちの利益や立場を守るためには何をしても許される)ように感じられます。

(編集子)巨木があればそれは神様の化身だと敬い、高山には霊気が宿ると信じて、八百万の神様を報じるわが国伝来の文化のほうが親しみやすいやね。巨木派と高山派が命を懸けて戦う、なんて馬鹿なことは起きていない。最近は例のどっかの地上げ屋大統領は南アフリカがキリスト教を迫害してる、などと言い出したそうだし、なんせ一神教信者がこねる正義というやつは理解できないね。

 

 

 

あの頃って、いいエーガがあったなあ

先日掲載飯田君の回顧録?の記事の該当する時代でベスト3は何か?というフォローをしてもらった。

(44 安田)“あの頃”を1950年代と規定してベスト3を選ぶのは至難の業。僕の観た映画からまず、”ベスト”の候補作を挙げる。

「波止場」「ケイン号の叛乱」「第十七捕虜収容所」「欲望という名の電車」「女相続人」「第三の男」「エデンの東」「イブの総て」「ローマの休日」「赤い河」「道」「鉄道員」「恐怖の報酬」「悪魔のような女」「十二人の怒れる男」「七人の侍」「シェーン」「裸足の伯爵夫人」「雨に唄えば」「眼下の敵」「捜索者」「情婦」「めまい」「80日間世界一周」「裏窓」「ベンハー」「俺たちは天使じゃない」
「死刑台のエレベーター」「大いなる西部」「サンセット大通り」「ゴジラ」。
(注:「女相続人」「第三の男」は1949年製作)

僕のベスト3は、「ローマの休日」「七人の侍」「第三の男」

先日ブログ掲載の ”飯田リスト”(未観映画がかなりある)から僕のベスト3は、
「波止場」「ケイン号の叛乱」「裏窓」

蛇足ながら、「ハリーの災難」は2つの点でとても印象深い。後年、姐御の貫禄を醸し出したシャーリー・マクレーンの可憐な初々しい美しさ(保屋野さんと同感)。「アパートの鍵貸します」と2作が僕の好きな彼女のベスト映画。それとニューイングランド地方バーモント州の🍁紅葉が見事だった(ジャイさんと同感)。

(大学クラスメート 飯田)今回の1955年製作の映画に限って言えば、
安田さんの上げられたベスト3の「波止場」「ケイン号の叛乱」「裏窓」は私も同感です。

他の作品でも一口コメントをすれば「紅の翼」(颯爽としたパイロット姿のジョン・ウエインと主題曲のHigh and Mighty)、「麗しのサブリナ」(お洒落なA.ヘップバーン、H.ボガート他)、「スター誕生」(歌手ジョディ・ガーランドの演技の真剣勝負)、「掠奪された七人の花嫁」(7人の山男に街から攫われた7人の娘たち」という奇抜な発想のミュージカル)、「海底2万哩」(海洋冒険映画の原点)。

「ブリガドーン」(ジーン・ケリーとシド・チャリシーが二人で踊る屋外の幻想的なシーンでのヂュエットは、映画のダンスシーンのベスト1、「グレンミラー物語」(何度観ても良いビッグバンドの演奏)、「ショウほど素敵な商売はない」(M.モンローは勿論、タイトル曲がいつ聴いてもいかにもハリウッド的なな曲)。

愛の泉」(戦後に海外旅行が中々できない時代にローマ観光も楽しめた3人娘の淡い恋の物語)、「裸足の伯爵夫人」(ジャイさんもお気に入りのエヴァ・ガードナーのベスト作)、「デシレ」(ジーン・シモンズ・ファンなら見逃せない)、「折れた槍」(最近テレビでやったか?スペンサー・トレイシー、ロバート・ワグナー、ジーン・ピーターズ、リチャード・ウィドマークの4大スター競演)と名作・力作が目白押しで賑やかな時代でした。

(普通部OB 菅原)この中からベスト3を選ぶのは、小生にとって無理。
これらは、エーガと言うより、正にハリウッドの黄金時代。古き良き時代だった。もう戻って来ない。が、それを楽しみ続けるしかない。と愚考します。

(42 保屋野)飯田さんの推薦映画21本の内7本しか観ていなかったのですが、ここからえらぶなら、まず7本。7本(波止場、ケイン号、サブリナ、裏窓、海底2万哩、グレンミラー、折れた矢)の中では、ヘプバーンの「サブリナ」とケリーの「裏窓」、かな。

(HPOB 小田)50年代の映画はTVやDvdで観たものばかりですが…

*チターの曲と共に[第三の男]
*[大いなる西部]
*山々が綺麗な[シェーン]
そして、愛らしいオードリーの[戦争と平和]なども好きです。
今月の初めに新作の「喝采」が上映されていました。
ブロードウェイの大女優が公演前の稽古中に認知症の診断を告げられる…というストーリー。「タイタニック」などに出ている貫禄のある、キャシー・ベイツを観たかったのですが、見逃してしまいました。
*Giさん、
お孫さんがエルビス·プレスリーをご存じなかったようですが、次女のダンナさんでさえも知っているのは、名前だけのようです。しかし、昨日はプレスリーに関して2件、目にしました。
まず新聞に、“特別列車「エルビス特急」がオーストラリアで運行された“…という記事。車内で生演奏を楽しみ、終着駅のParkesには人口の2倍の24,000人のファンが集まったとか。毎年誕生日の8日近くには、日本やアメリカでも生誕祭があります。

(編集子)スガチューの嘆きに同調する。先日、孫2号(社会人2年)にエルヴス・プレスリーって聞いてみたら (なに、それ?)という回答が戻ってきた。高校時代、Rock Around The Clock のレコード(!)をかけただけで親父に怒鳴られたものだ。紅白歌合戦の変わりざまに驚くくらいでは済まない時代。さきほどはテレビで衆院解散の舞台を見た。高市時代はどんな歌が流行るんだろうか。

 

Rock Around the Clock” is a rock and roll song in the 12-bar blues format written by Max C. Freedman and James E. Myers (the latter being under the pseudonym “Jimmy De Knight”) in 1952. The best-known and most successful rendition was recorded by Bill Haley & His Comets in 1954 for American Decca. It was a number one single for two months[6] and did well on the United Kingdom charts; the recording also reentered the UK Singles Chart in the 1960s and 1970s.

 

 

越路の日本酒は国宝  (41 斉藤孝)

 

豪雪と寒波の来襲です。お酒の魅力には勝てませんでした。越路で酒蔵を巡りました。

 

「八海山」の生まれ育つ長岡越路地区は水田と里山が豊かに広がる。

「越路吹雪」のシャンソン、「サントワマミー」を歌いながら吹雪の「八海山雪室」を訪れた。まるでワイナリーの酒蔵ようだ。高級な銘酒「八海山」のボトルが並べられていた。

「八海山雪室」と呼ばれる酒造蔵には焼酎「面向未来」が保存されている。5年前から預けられたプレミアム焼酎。一本一万円するビンテージである。 

「久保田」試飲として久保田「千寿」を一口。軽い、水のようだ。

水のようにスーッと喉の奥に流れていく。初めは頼りなく感じる。何も逆らわない。綺麗な米の味わい。甘味と酸味は控えめ。

いつまで飲んでも飲み飽きない。これが久保田の「杜氏」の技なのだろう。杜氏はAIに置き換わられるのか ? 

知識には形式知と暗黙知があるという。形式知はコトバやデータで表される知識であり、これはAIの適用範囲になる。暗黙知は、コトバやデータで表現できない感やコツといわれるものでオノマトペの幼い表現も含まれる。香りや味覚なども最近はデータ化されると形式知に含まれる。センサー技術は進歩したからだ。

しかし曖昧模糊とした直観や経験による職人技はなかなか形式化できない。水のようにスーッと喉の奥に流れていく”。「スーッと喉の奥に」、これがオノマトペである。

(編集子)HP在職中、仕事で付き合って仲良くなったのは何人もいるが、中にカリフォルニアはナパヴァレーのワイナリの次男坊というのがいた。パロアルトへ出張した折、彼の勧めでそのワイナリに一泊させてもらったことがある。日本酒の醸造元がどんなものか知らないが、陽光きらめくワイナリというのは素晴らしいところだった。息子から聞いている、とだいぶ年を取っていたが母親が自ら案内してくれ、早朝、散歩の折に積んだ野菜と果実の朝食、なんかはわすれられない。帰国してからシャルドネなど買おうか、としらべたらなんと1本5桁の値札が付いていて驚いたのものだ。ブランド名は CAKEBREAD。次男坊スティーヴとクリスマスカードのやり取りも途絶えてしまって久しい。自慢のシャルドネはまだ、買っていない。

エーガ愛好会 (354) 喝采  (大学クラスメート 飯田武昭)

ストーリー:アメリカのボストンのステージで新作ミュージカル・ドラマの主役を決めるのに演出家バーニー(ウイリアム・ホールデン)は、プロデューサーの猛反対を押し切って、往年のスター、フランク(ビング・クロスビー)を起用することを説得し納得を得た。フランクの可って栄光は何処へ、妻(グレース・ケリー)に隠れての酒浸りの毎日を送っていたが、バーニーからの久々のオファーと妻からの押しも有ってステージに立つことになった。しかし、初日の公演の出来は芳しくなく新聞各社の評論も厳しいものであった。実はフランクはスター時代に、ふとした不注意から幼い息子を自動車事故で死なせてしまった過去があるとこをバーニーには隠していた。フランクの酒浸りはその時から始まったのだった。このミュージカル・ドラマはボストンからその後にニューヨーク・ブロードウエイに掛けることが決まり、主役に代役を起用しようとしていたプロヂューサーに、フランクの事実を知った演出家バーニーは、再びフランクを起用することに成功し、フランクも舞台の瞬間は息子の事故を忘れ、集中した演技でステージを盛り上げた。実はこの間、酒浸りのフランクを身を粉にして更生させようと努めてきた妻ジョージーとバーニーの間には仄かな愛情が芽生えていた。それを薄々感じていたフランクはステージの大成功の後、静かに一人街を去って行った。妻のバーニーはフランクへの愛情を断ち切れず後を追う。バーニーもその影を見ながら納得の気持ちであった。

物語はこの映画の製作当時はよくあったバックステージ物であり、大物俳優がその演技力を競演する点でも、特に秀作ではないかもしれない。しかし、今日改めて観ると3大俳優の火花を散らす迫力ある演技が楽しめる。アカデミー主演女優賞をグレース・ケリーが獲得しているが、彼女の映画としては極く地味な役どころ。薄暗いフランクの自宅で地味な衣装で家事をこなし酒浸りのフランクの愚痴を聞く生活臭と一転して社交界のパーティ・ドレス姿の華やかさとのギャップが楽しめるが、「真昼の決闘」「ダイヤルMを廻せ!」「裏窓」「泥棒成金」「上流社会」などの美しさや存在感はない。主役のビング・クロスビーの演技力というか、どこにでも居そうな田舎のおっさんのような顔つきが、酒浸りとステージ演技の妙で実に味を出しているのが秀逸だ。又、演出家を演じたウイリアム・ホールデンも良い味を出しており「サンセット大通り」「第十七捕虜収容所」「麗しのサブリナ」「慕情」「ピクニック」「戦場にかける橋」「騎兵隊」「タワリング・インフェルノ」まで、色々な役柄を演じ分け息の長い20世紀の代表的な男優5人の中の一人に必ず入れたい俳優だったと思う。

この時代は俳優が演技を競うような作品が多かったが、同じくモノクロ映画「成功の甘き香り」(1957年製作  監督アレクサンダー・マッケンドリック)などもバート・ランカスター、トニー・カーティスの2大俳優の競演が見どころだった。

この映画の製作された年度(1955年)のアカデミー作品賞は「波止場」が監督賞エリア・カザン、男優主演賞マーロン・ブランド、女優助演賞エバー・マリー・セイントと強かったが、他にもわくわくするような以下のような作品揃いだった。

<12候補: 『波止場』、7候補: 『ケイン号の叛乱』、『喝采』、6候補: 『紅の翼』、『麗しのサブリナ』、『スタア誕生』、5候補: 『掠奪された七人の花嫁』、4候補: 『重役室』、『裏窓』、3候補: 『海底二万哩』、『ブリガドーン』、『グレン・ミラー物語』、『ショウほど素敵な商売はない』、『愛の泉』、2候補: 『裸足の伯爵夫人』、『折れた槍』、『カルメン』、『デジレ』、『おかしなおかしな自動車競争』、Jet Carrier、『銀の盃』、『奥様は芳紀十七才』、『地獄門』>

 

(編集子)グレース・ケリーはゲイリー・クーパーとの共演初出演、かの 真昼の決闘 がなんといっても素晴らしかった。飯田君ご指摘の名作リストでは太字にしたものしか見ていない。この中では 裸足の伯爵夫人 が小生の中ではダントツ、だが、ベストスリーをえらぶならほかに ケイン号の反乱 と 波止場、かな。愛好会各位、ひさしぶりに ”飯田リストで選ぶあのころベストスリー”、なんてのはいかが。ご投稿お待ちします。