大晦日は、TV東京のジルベスターコンサートのカウントダウンを
旧き友集い語ろうは 過ぎし日の旅山の想い (投稿は著者あてメールでお願いします)
山口県のほぼ中央、瀬戸内海沿いに位置する防府市からの年末状況
ナンカナイ会の皆さんは塾150周年ウオークで立ち寄られご存知
寂れゆく地方都市です。因みに、防府三田会会員は現在30数名。
その昔は、年末の買い物客で賑わった商店街も、御多分に漏れず、
閑散としたシャター通りに衰退。自粛、自粛で明け暮れた20
午後、散歩がてら防府天満宮を覗いてみたら初詣の準備は着々と進行。菅原道真が九州に流される道筋で現在の防府に滞在
山口県のコロナ感染者数は現在537人、内防府市は20人と抑え
宇都宮在住のため、近所のモール屋上より日光連山の夕焼けを撮影しようかと思いましたが、残念ながら本日全国的に北部は雪のようで撮影できませんでした。
その代わりに先日撮影した日光連山の遠景、そして12月26日に登った奥久慈男体山からの風景写真を送付します。
(55宮城裕之)
そうなのです!あの法政二高の駅「武蔵小杉」です。スレート引き平屋の工場が並んでいたあの「武蔵小杉」です。南武線が1時間に3本しか通らなかったあの「武蔵小杉」です。普通部時代、南武線で帰る友達を東横線駅内で南武線が来るまで喋りながら時間つぶしたあの「武蔵小杉」です。
が、今や一番住みたい街に変貌したのです。シャレタお店があちこちに並び、東横線特急が止まり我が「日吉」にはここで屈辱の乗り換えを余儀なくされている「武蔵小杉」なのです。その「武蔵小杉」のとあるマンション38階に住む倅宅ベランダから筑波山・スカイツリー・横浜ベイブリッジの遠望をお届け致します。今日大晦日は遠望が良くコスモポリタン東京の街が綺麗に見えました!
(41 田中透)
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会社時代米国主張先は事業所があったカリフォルニア、オレゴン、アイダホがほとんどだったが、何回かはそれでも東部にいくこともあった。ボストンにあったメディカル事業のオフィスを訪れたとき、週末を使ってピューリタン上陸の歴史ゆかりの地とかケネディ一家の別荘の所在地ハイアニスポートあたりをドライブしたことがある。そのとき足を延ばして明るい海岸線を走りケープコッドへ行った。およそ ”旅愁” などとは無縁のつもりだったがどういうものか 寂しさ を感じたときの感傷である。
ケープコッド
”ひどい風だね“ 乾いた東部訛りでその男は言った
”地球が丸い、ということを信じるかね?“ と俺は答えた
少し話をしたいと思うような相手だったが
”信じるね。丸いさ” といった男は
少女の肩に手を置き枯草の上を辿っていってしまった
マサチューセッツの夕陽が二人の影を引きずり
重いエンジンの音が俺だけを置きざりにする
振り向いた世界にはなんの色もなかったが
目の前にひろがる大西洋にはそれがあった
むらさき色の、その輝かしい絶望のなかへ
俺は心を投げる
今年最後のワンデリングに急に思い立って、一人ぼっちの忘年登山に天気も良いので出かけてみました。伊勢原から日向薬師までバス行き、7:50から歩き始め大山山頂を目指しました。
私の年齢では経験のない、コロナウィルスと言うモンスターに翻弄され続けた1年間でした。振り返ると予定された(予定していた)ワンデリングをどれだけ中止・変更したことでしょう。海外旅行は2月から3月にかけてぎりぎりの思いで行ったフランスのスキーだけで9月と10月に準備していたアラスカ旅行とアメリカ西海岸のツアーは全て中止にしました。両ツアー共に1年後即ち来年2021年の9月、10月に延期にしましたが、昨今の状況では実施できるだろうか懸念されます。でも、その中、反発したわけではありませんが、間隙を縫って回数にしてこの「一人ぼっちの忘年登山」で今年19回目のワンデリングとなります(日帰り10回、スキー2回内1回は海外、冬山を含む1泊以上の登山7回)。特に夏から秋にかけてはコロナに対して、自分でもこれでいいのかなと思いつつも泊りがけのワンデリングを楽しみました。
最近の私は、思いついたらなんでも消化することに専念しています。何時どうなるかわからない社会の様々な現象、また、明日には自分自身が動けなくなるかもしれない年齢になっていることを鑑み多少の批判を受けようとも、やりたいことを悔いなく満喫したいと思っている、今日この頃です。
予定していたコースタイムで大山山頂に来てやっと富士山を望めました。下山は阿夫利神社(下社)を通らずに蓑毛に下山してバスで秦野へ。天気は最高で暖かく気持ちのいいワンでリングでした。予定より早く完歩できたので電車で一つ戻って渋沢のいろは食堂で女将としばし歓談。ご機嫌で帰宅の途につきました。
ご存知かもしれませんがスタンフォード大学のウォルター・
シャイデル教授は大東亜戦争(私は「右」
現在進行中のコロナ禍によってこの現象(格差の是正)
事実100年前に我が国も経験した「スペイン・インフルエンザ」
話はマクロからいきなりミクロの世界になりますが、
銀座でも飲食関係の店は厳しい状況で営業を諦めて閉店した店が結
これが全てではありませんし、
海の向こうではバイデン次期大統領が America is back ! とわめいておられるようだが、本文の Ryo とは小生のお気に入り、原尞 のことである。
昨日、散歩の途次、3日ぶりに駅前の本屋でへ立ち読みに入った。いつもは通過してしまうのだが、ハヤカワポケットミステリの棚を眺めたら、なんと原のデビュー作、”そして夜は甦る” が入っているのに気が付いた。高校時代、初めてのミステリを読んだのがこのポケミスで、以来数十冊に及んでご厄介になってきたが、日本人の作品が入っているのは初めて見た。この本の解説にもあるが、日本人の作品としてポケミスに選ばれたのは4人目(ほかの3人は戦前の大家たちで、小生、名前は知っているが作品を読んだことはない)だそうである。
原はフリージャズのピアニストとして玄人筋には知られた人らしいが、その時代のことは知らない。本人の言っていることではチャンドラーにあこがれ、特に ”さらば愛しき女よ に1ミリでも近づきたい、と思って” ハードボイルド作家の世界に飛び込んだのだという。今までに長編を5冊出しているが、この処女作から最近作の ”それまでの明日” まで、実に30年の間隔がある、いわくつきの寡作家なのだ。僕はこの本に出合ったのがいつだったか、記憶にない。しかしとにかく次の作品が出るまで、イライラしてきたことは間違いない。それをポケミスの中に見つけたときは、まさに Ryo is back ! と思ったものだ。初めに買った本は手元に見つからないし、世界に名高い文庫に収納された、その記念にと2冊目を買ってしまった。改めて読んでみると、初めのほうで関係者の大富豪の家を訪ねるくだりは さらば. の前に書かれた 大いなる眠り のイントロを彷彿させるし、そこかしこの描写文にもチャンドラーの香りがするようだ。
ストーリーを解説するわけにはいかないが、主人公の沢崎のオフィスが新宿にあることから、サラリーマン時代のピーク(その後には予想もしない深い谷に飛び込んでしまったのだが)を過ごした、今様に言えば胸キュン、というのか、西新宿あたりの光景が出てくるし、おんぼろブルーバードで走り回る地名もよく知っているあたりが多い。だが、なんといっても文体が素晴らしい。硬くて、突き放すようで、しかしヒューマンな、というのは実に陳腐が表現だが、そういうものを感じる。”ハードボイルド” の定義では文体が重要な要素になっているが、僕の程度の読み方では、専門家がその手本としてあげるヘミングウェイ(翻訳された形でしか比較できないのは当然だが)よりも心に残る、応える、そういう文体なのだ。
ミステリというだけで敬遠する人もいるし、ハードボイルド、となるとさらに遠ざかってしまう人たちがたくさんおられるのはもちろん承知しているのだが、コロナ騒ぎで行動が束縛される日がまだ続きそうだし、テレビばかりでなく、ま、”ミス冒” への偏見(?)を払拭していただくためにも、初めは暇つぶしでも結構、ぜひ、一読をお勧めしたいし、読後感の交換なんかができれば誠にうれしい。
今晩は久しぶりに沢崎に会おうか。まことにキザで書くのもきがひけるけど、沢崎にはバーボンが合うように思うんだが、彼は事情があってアルコールを断っているから、やはり独り酒かな。それにしても俺も結構酒飲みになったもんだ。これもコロナのせいなんだが。
12月25日BSP放映「七人の無頼漢SevenMenFrom
ジョン・ウエイン設立バトジャックプロ製作で、製作者に、弟ロバー
ゲイル・ラッセルの映画は「密輸空路1945」「拳銃無
妻を殺された元保安官ランドルフ・スコットが犯人の七人の無頼漢
リー。冒頭、雨の夜、岩場に休みコーヒーを飲む二人の男のところにずぶ
あらすじを
(編集子)たしか小泉さんが一番気に入っている、女優がこのゲイル・ラッセルだったはずだ。”あの大きな瞳に見つめられて” 震えていたのは高校時代?
リー・マービンの若さにはびっくりする。いろんな場面での悪役ぶりを見てきたが、一番凄味があったのは リバティ・バランスを射った男 だった。それにしてもこの映画の決闘シーン、スコットの抜き打ちは早かった。シェーン のアラン・ラッド vs ジャック・パランス対決より早かったんじゃないかなあ。
「らせん階段」(1933年)を読んだ。これを書いたのは、A.ヒッチコックが監督した「バルカン超特急」の原作者、女流作家、エセル・リナ・ホワイトだ。久し振りの「ハヤカワ・ポケッット・ミステリー」(1749番)だったが、その惹句に、このミステリーは「ゴシック・サスペンス」とあった。しかし、話しは、極めて淡々と進み、最後も淡々と終わり(不幸にして、小生、途中で誰が犯人か分かった)、何が「ゴシック・サスペンス」なのかさっぱり分からずに終わってしまった。一言で言えば、ツマラナカッタ。従って、「バルカン超特急」も、図書館から借りる予定だったが止めた。
そこで、ジャイが、ドーダ、スゲーダロウってのを以下に記す。年末年始、紅白も見ず(でも、坂本冬美は、見て聴きたいなー)、箱根駅伝も見ず(小生、駅伝は大っ嫌い)、読み耽っても全部は読めそうもない。ジャイはハードボイルドにアウフヘーベン(ヘーゲルのこの言葉、一度、使いたかったなー。でも間違ってるかな)しちゃったけれで、小生は、本格探偵小説に留年し続けている。
1.「秘中の秘」(1903年):W.ル・キュー
2.「悪魔博士フー・マンチュー」(1916年):S.ローマー
3.「古本屋サロウビイの事件簿」(短編集:1899年―1923年):J.B.ハリス・バーランド
4.「血文字の警告」(1945年):S.ロジャース
5.「冷血の死」(1956年):L.ブルース
以上は市販されておらず、全て私家版だ。つまり、こんな本を、私家版であるにせよ、出版するのは、小生の到底及ばぬ探偵小説バカがいると言うことだ。それも超が付くバカだ(頭が悪いと言う意味ではない)。
なーんて格好良いことを言ったが、紅白を最初から最後まで、箱根駅伝は2/3日と見ちゃうんじゃないかな。ま、そんなことは絶対ありません。
(編集子)目下認知症予防にとほそぼそとドイツ語を勉強してる立場から言えば、Aufheben の使い方は正しいと思う。ただオレのことのために使ってもらっちゃ申し訳ない。ところで、確かに凄いリストだ。脱帽。きいたことがあるのは フーマンチューくらいなもんだな。
何故Hercule Poirot (エルキュール・ポアロ)がBelge(ベルギー人)なのでしょう?
英国人が嫌うFrench(フランス人)では無理。 Flamands (フラマン人、国の北部に住みオランダ語に近いフラマン語を話す)とWallons (ワロン人、南部に住みフランス語を話す) を抱えるベルギーなら中立であるし、フランス料理もたしなみ、Hastings以来の英国紳士(11世紀、フランスのノルマンディ公 - 後のウイリアム1世 – が英国南東部のHastingsヘイスティングスで英国軍を破りグレートブリテン島全体を支配。俗にNorman Conquestという。現在に続く英国の始まりとされる。)とは対照的に愉快な人柄でもあり、アールデコ(Art Deco)時代のデコ(装飾)も車や、そして英国のブルジョア、貴族社会のモナーク(Monarch君主)を中心とした伝統的な確執システムの中の外人探偵(ベルギー人)であれば英国人とは対照的に、3D(three dimensions3次元)の色彩豊かな人物像が描けることでしょう。
(同期 安田耕太郎鋳)
S44卒の同期に Yumi Ono-Dubois (旧姓:小野夕美)さんがいます。日本航空パリ支店勤務を経てフランス人と結婚、フランス在住40年以上、現在もパリに近いヴェルサイユ近郊にお住まいです。その彼女に「ポアロはなぜベルギー人か」を問いかけたところ、フランスの香りのする返答が以下の通りありました。カッコ内は安田が補記しました。12月18日付の掲題の弊投稿記事を併せお読みください。なお、マダム・ドゥボア女史からは今後折を見てフランスから投稿したい旨の嬉しい発言がありました。