「Big Jake 1971」 はジョン・ウエイン主演としては、後期に属する映画で、誘拐された孫を息子達と取り戻しに行く設定。製作が長男のマイケル、息子を次男のパトリック、孫を末息子のジョン・イーサン・ウエインの身内で固め、他にもう一人の息子が「エル・ドラド」で共演したロバート・ミッチャムの息子クリス・ミッチャム、奥さんが何度も夫婦役を演じてきたモーリン・オハラ、仲間となるインディアンがブルース・キャボット、敵役がリチャード・ブーン、しかも監督が若き頃からお馴染みだったジョージ・シャーマンで、ウエインとしては身内や懐かしい仲間に囲まれての仕事はさぞ楽しかったことと思われる。
オープニングが洒落ている。時代背景の説明から入るのだ。1909年文明の波が欧州からアメリカ東部へ、ニューヨークは世界の大都市に肩を並べる。メトロポリタン歌劇場では、カルーソが歌い、トスカニーニが指揮棒を振り、ブロードウエイではバリモア一家が、ジーグフェルドのレビューが人気・・・東部では最初の劇映画「大列車強盗」が完成、その頃西部では、本物の強盗が荒らしまわる・・・という説明から、その強盗リチャードブーン率いる9名の無法者が、牧場主ウエインが留守の大牧場を襲撃する場面に繋がる。冒頭から使用人とその子供を含む家族数人が殺害され、ウエインの息子一人が重傷を負ったうえ孫が誘拐され、身代金100万ドルを要求される。活劇の中にもユーモアを忘れないウエインの西部劇としては、冒頭から残虐なシーンに驚いたが、これもマカロニウエスタンの影響か?
時代設定からか、自動車、自動二輪が登場する。古い西部男が時代に取り残される寂しい設定がニューシネマ西部劇だが、ウエイン親父の場合は真逆。これに乗って先に行った息子たちが、相手に、してやられ車は壊され、親父の連れてきた馬に乗ることになったり、殴り合いでも親父の方が滅法強く、親父らしく西部での生き方を息子達に教えることになるのだった。最後は息子達と協力しながら、孫を取り戻し、悪漢どもをやつけてめでたしめでたしで終わるのだが、折角の終わり方に、ケチはつけたくないが、一言。冒頭から敵討ちのため一緒に苦労し、また助けられてきた仲間である犬とインディアンが最後の最後にやられやられてしまう。それこそ犬死だ。途中、インディアンは息子に向かって言う。「父の言うことを聞け、父の言うことを聞けば生きて帰れる」それなのに、それを言った本人が死んでしまう。画面では、悪漢をやつけた喜びは表現されたが、インディアンにも犬にも哀悼の表現はなかった。
(編集子)老境に入ってからのウエイン西部劇の筆頭は リオ・ブラボー だろうが、同じようなつくりの エルドラド、エルダー兄弟、遺作となった ラストシューティスト、と比べるとこの作品は小泉さんが指摘されたように、フォード一家の生き残りの出演、ということだろう。大番頭ワード・ボンド、引き立て役ヴィクター・マクラグレンなくベン・ジョンスンもいないフォード一家2.0だが、また違った雰囲気の作品だ。ドクターの解説にあるように、良きなつかしき西部が消えてゆく、そういう時代背景もまた、いくつかの作品に描かれているが、この作品は最後まで西部男にこだわったウエインへの挽歌、であったかもしれない。

