image_pdf

第六波 到来したのに?     (34 船曳孝彦)

第5波の波が収まってきたころ新聞コロナ川柳欄に投稿し、10月9日に掲載された、“第6波今でしょ対策立てるのは” と警告を発していたのですが、前回情報(31)で危惧していた通り、第6波対策は有効打を打っておらず、爆発的に感染者が増えています。

新変異株オミクロン株が出現し、世界的に猛威を振るったデルタ株に入れ替わって拡散しています。感染力は数倍とも10数倍ともいわれ、幸いにして重症化率は低いようですが、政府や東京都が唯一の対策としたコロナ病棟では収拾がつかず、しかも非コロナ救急・重症患者の診療に支障が出始めています➊。

首相を始め厚労省、東京都、果ては基本的対策専門分科会長までもが、支離滅裂な発言を繰り返し、日本の医療は無茶苦茶になっています。

第5波までにあれ程指摘されてきた検査体制の拡充がなされておらず❷、PCR検査、抗原検査をやらずに臨床症状だけで感染者と見做してよい(政府)➌、濃厚接触者は本人が届け出をする(都) ❹感染者本人が濃厚接触者に直接連絡する(都)❺、濃厚接触者の特定や入院調整の司令塔であるべき保健所が、予想を上回る対象者数に人員を4,5倍の最大限に増員しても追いつかずパンク状態となり❻、保健所の検査は高齢者施設か同居家族に絞るとか❼ 濃厚接触者のリストアップを患者所属会社に一任する➑など自らの業務を放り投げようとしています。感染が疑われる素人が自分で検査をしようとしても検査キットが品不足で入手できず(検査難民)しかも先進国では信じられない野放図な料金が請求される➒、抗原検査の精度にも問題があり、専門家でさえ陽性、陰性の判断から次のPCR検査か入院かの判断が難しいといわれるのを素人が判断せよという❿、患者側からは発熱外来の予約は一杯で受け付けてくれず医療機関受診も出来ないとなったらどうしたらいいのでしょうか(受診難民)⓫。本来体調が悪い時に診察、治療を受けるのは患者の権利でもあります。これを検査も受診もせずに素人が判断せよといっている。もはや医療と言えず、文明国の生活とは言えません。

➊~⓫どれ一つとっても医療崩壊と言えます。患者数が減っていた数か月を無駄に過ごしたのが原因と思います。

新聞では『開業医を含めて総動員体制でオンラインや電話で問診し診断せよ』という意見がありました。感染症専門医でさえ、「検査なしで臨床症状だけから

診断するのは危険だ➊」といっているのに、「医者ならそれくらいできるだろう」というのは、あまりにも無謀というか、何十年と眼科医や皮膚科医として診療してきた医師にとっては無理な要求です。

このような社会情勢では、陽性者数、濃厚接触者数ともにあやふやで、オミクロン感染の統計自体への信頼も失墜することになり、欧米から冷たくあしらわれるでしょう。

人数制限はするが人流制限はしないなど、政府は突き放し、東京都は軽症・無症状患者は自宅待機せよと放棄しています。『ほとんどの人は自宅療養で治る病気というイメージに変えようという意図の確信犯的迷走なのではないか』という意見も見られました。例えば他の株と比し、重症化率が4分の1としても感染力が4倍なら重症患者数は同じです。従って未だ科学的に立証されていない段階での軽視可能イメージは危険です。

ともかく大変な事態になってきました。ワクチンの第3次接種は、英、韓、仏、豪、米などの54~25%(これらの国では発生率のピークを越えつつあります)と比較し本邦では僅か2.5%と、大きく遅れています。2次接種率では78.7%と優れた数値でデルタ株脱出にも先行できたのに、予め計画して行うことの不得意な国なのでしょう。2次との間隔を9か月と決定したころの縛りがまだ効いているのでしょう。ワクチンの第3次ブースター接種はオミクロン株に対しても有効です。

皆さんなるべく早く第3次ワクチン接種を受けてください。 今、感染ないし濃厚接触者となると大変です。ステイホームせざるを得ないかもしれません。

(コロナとは関係ありませんが、今年正月のー筆者のー写真です)

ところで先輩、おいくつでしたっけ?

 

M.M のこと ー 2022年1月に

 

いにしえの賢哲は 人生とは川の流れだと言った。

流されず川床に残る石を想い出というのだ、とも。

 

遠からず河口にたどり着く俺の流れにも 数多くの石が並んでいる。

ど真ん中に顔を出して未だに川浪をけたてているのもあるし

底深く黙って砂をかぶっているのもある。

お前の石は そう、右岸にちょっと寄ったあたりのへこみ

岸辺から垂れている草に触れようかと 例のように はにかんで沈んでいる。

 

成人式前年の師走

(好きなのかな?)と思っていたひとりの少女を見送ってこのかた

俺は一切の宗教というものを信じなくなった。

 

流れの右岸 草に触れるようにはにかんで座っているその石は

燕 赤倉 五色 焼額

俺のクリスチャニアを追いかけてきては繰り返していたときのように、

(前傾しすぎじゃねえか?)と問いかけてくる気がする。

 

いままでどうしても出来なかったが

ゆうべ

俺はお前のメアドを delete した。

 

 

エーガ愛好会(115) 悲しみは空の彼方へ     HPOG 金藤泰子

母親二人が娘を深く愛しているところは同じなのですが二組の親子が送る、全く異なる半生が描かれていました。1940年代のニューヨーク コニーアイランドが舞台。

海岸で知り合った二組の母と娘が同居することになりました。
一方は白人ラナ・ターナー(エマ)の母と娘サンドラ・ディー (スージー)、母親は女優志願者ですが、なかなか役が取れず毎日オーディションに出かけ、家では宛名書きの内職をする毎日。 優しい恋人ジョン・ギャヴィン(スティーブ)が求婚するのですが、エマは夢を諦められないと言う。
やがてエマは女優として成功し華やかな生活を送るようになります。
娘は母親が留守がちで寂しい思いもする日々でしたが、同居しているアニーに面倒をみてもらえます。 娘の卒業プレゼントに母親は馬を贈り、自分が留守の間、久しぶりに現れたスティーブに娘の面倒を見て欲しいと頼みます。娘スージーはスティーブと乗馬をしたり食事ダンスをして楽しい夏を過ごします。 名声を得、女優人生に満足したエマは、10年記念の恋人スティーブと結婚する事になったのですが、思春期に成長した娘は、優しい母親の恋人に恋心を持つようになっていました。 娘は遠く離れたデンバーの大学へ行く決心をします。

もう一組の母親は黒人アニー、捨てられた元夫が白人で、娘スーザン・コナー(サラジョーン)の肌の色は父親と同じ白色でした。
黒人の母親アニーが家政婦の役割をしてエマの家で共同生活をする事になりました。
娘達は幼ない頃は何の違和感もなく仲良く生活していましたが
成長するに従い、娘のサラジョーンは、家の外では自分の母親が黒人である事を隠すようになります。
母親が娘に雨具を届けに行っても、小学校の教師はクラスに有色人種の子はいないという。 白人の素振りをしていた娘は、母親にどうして学校まで来たのかと怒ります。
母親は、知られて何が悪い、自分を恥じる事は何もないと娘に言うのですが、
娘は、どうしてあなたが私のママなのかと泣きながら母親を振り切ります。
母親は信じています。神のみ業には意味があると知るべき 肌の色が違うことにも
自分を恥じるのは罪、自分を偽るのはもっと悪いと。
でも、どう説明しても娘は傷つくだけと、自分の胸の中におさめます。

恋をする年頃になった娘サラジョーンは、恋人(トロイ・ドナヒューだったのです)に母親が黒人である事を知られ酷い暴力を振るわれ、惨めな姿で家に戻ります。 娘の姿を見て、母親アニーは愛する娘に、誰がこんな酷いことを!と聞き出そうとするのですが、
娘サラは、あなたのせいよ!あなたが自分の娘だと言い回るから、あなたがぶち壊したのよと母親に言い放つのでした。
母親の愛がどんなに深くても、どんなに愛していると言われても、娘は自分では変えられない運命を嘆きます。 娘は図書館に勤めていると言っていましたが、実はクラブでダンサーをしていました。 母親の血が流れているのを隠しながら・・・母親エマが娘に会いに行くたびに母親の肌の色のため、娘は職を失います。 やがて体調を崩した母親アニーが最後に娘に会いに行き、もう二度と来ないからと娘を抱き締め、涙する娘。

時が経ち、アニーは自分の葬儀を立派な葬儀にして欲しいとエマに頼みます。最後の審判の日に善き市民として裁かれたい 栄光の旅立ちへと。 この辺りからは、彼女が信じているの宗教の話になります。 遺言通り立派な葬儀が行われます。 教会で ︎この世の苦しみから神のもとへ ︎ゴスペルが切々と歌い上げられます。 参列者の数の多いこと。
家にいて家事をしていただけのように思われたエマは、熱心に教会や集会に通い、信じ深いたくさんの仲間たちがいたのでした。 棺を乗せた車が出発する間際に娘が戻って来てママ、許してずっと愛していたと泣きじゃくるのでした。
たくさんの人々に見送られ立派な葬列になりました。
(ALLCINEMA より転載)

 34年にC・コルベール主演、ジョン・スタール監督で映画化された当時のベストセラーのリメイク。その際の題はズバリ「模倣の人生」。正にそんなソープオペラ的できすぎの題材を、メロドラマの巨匠サークがてらうことなく真摯に映像化し感動を誘う。L・ターナーとJ・ムーアの二人の母親がそれぞれの娘を共同生活の中で紆余曲折ありながら育て上げる話だが、ムーアは白人の夫に捨てられた黒人女性であり、白人と見分けのつかない混血の娘がいる。未亡人のターナーは初め売れない女優だが、やがて人気が出て荒んだ生活を送るようになり、S・ディー扮する娘ともしっくりいかなくなる。最初の映画化を見ていないので比較は出来ないが、より黒人のムーアとその娘を大きく扱っていると思え、それゆえ感動も深い。空虚に生きるターナーの支えになり娘との橋渡し役になる恋人を演じるJ・ギャビンも好演。

(安田)ヤッコさんから送って頂いたDVDを遅ればせながら観ました。

  1. 映画の舞台は戦後間もない1940年代後半から50年代。資本主義を謳歌するアメリカの豊かさを目のあたりにさせられた。いかにもハリウッド全盛期を感じさせるインテリアやファッションの華やかさに、アメリカの絶頂期ともいえる50年代は眩くさえ映る。
  2. 人種差別による人間関係の難しさ、女性が夢をもって働くこと、母と娘の難しい関係、貧富、恋愛など色んなものが詰まっているが、多民族国家アメリカの永遠のテーマ「人種差別」の複雑さと悲劇に焦点を当てて描いている映画。60年後の今日にも存在する普遍的な人種問題を扱っている。
  3. 舞台女優の夢を追いかける白人シングルマザーと差別の中で生きる黒人シングルマザー、二人の母親と二組の母娘のコントラストが見事に描かれている。
  4. 黒人の母と白人の父から生れた娘は肌の色は白い。しかし、彼女は母親が黒人であることを隠そうとして、自分の血を卑下しコンプレックスと持つ。日本ではほぼ体験し得ない人物像とそこから自然発生的に起こる複雑な人間模様を、セクシー女優と謳われたラナ・ターナー(映像では驚いたことにアングルによって少しデボラ―・カーに似て優美にさえ見えた)と、主役といってもおかしくない黒人シングルマザーの二人が好演。
  5. 美しいラナ・ターナー(彼女の映画は初めて)演じる女優業も演出がやや粗削りで強引な印象を受けたし、時を経て一挙に大豪邸の自宅に住むなど話の筋の展開が恐ろしく早い。黒人の母親と肌の白い(外見は白人)の娘が直面する差別の描き方もやや短絡的な感じが否めなかった。短い時間では如何ともしがたいのか?
  6. 誠実に生きた黒人シングルマザーの葬式のシーンは大変印象的。有名なゴスペル歌手マヘリア・ジャクソンの歌が大変良かった。ウィキによると、黒人の公民権運動を指導し銃弾に斃れたマーティン・ルーサー・キングと並び黒人の人権運動に強い影響を与えた女性であったと、記述されていた。
  7. 原題「Imitation of Life」(模倣の人生)は邦題「悲しみは空の彼方へ」のニュアンスと違い、監督が描きたかったと推察する、人種差別に対する批判を鋭いタッチで描いた社会的メロドラマに相応しい題名だと思う。フランスの鬼才ゴダールも監督を絶賛したとのこと。

(編集子)映画とは関係ない提案だが、この愛好会もすっかり我々の日常に定着したようで、きっかけを作った当人としてはうれしい限り。顔合わせ(声だけしか知らない友人と顔を合わせる機会をアマチュア無線の世界では Eyball QSO と言い、大変うれしいこととされる)はまだできていないがもう百年の知己、といった間柄だ。そろそろ XX様 というのはやめませんか。Imitation of friends とでもいうのでは?

 

 

クリスティはお好き?   (普通部OB 菅原勲)

探偵小説、中でも本格探偵小説とは、殺人が起こり、その犯人を見つけ出すまでを描いた物語だ。作家は、あらゆる手練手管を使って読者を最後まで騙して犯人を隠蔽し、意外な犯人を持ち出して読者を呆気に取らせることに腕を振るう。それが成功すれば、万々歳と言うことになる。そして、そこに犯人探しの探偵役が絡んで来るのは言うまでもない。

如何に読者を騙すか、如何に魅力的な探偵を創り出すか、と言う基本的な点で優れているのが英国のA.クリスティーであることに異論はあるまい。しかし、だからと言って、それらの点でクリスティーが並み居る探偵小説作家(以降、作家)より抜きん出ているかと言えば、そうとは言い難い。例えば、S.S.ヴァン・ダイン(「僧正殺人事件」1939年)、ジョン・ディクソン・カー(「ユダの窓」1938年)、エラリー・クイーン(「Xの悲劇」1932年)、フリーマン・ウィルズ・クロフツ(「樽」1920年)などなど、この二点に限って言えば、多士済々で、枚挙に暇がなく、クリスティーはその中のほんの一人に過ぎない。しかし、逆にクリスティーほど広範囲に亘って読者を獲得している作家はどこを探しても見当たらない。それは何故なのだろうか。それは、クリスティーが、ただ単に、吃驚仰天の「アクロイド殺し」、極めて魅力溢れるエルキュール・ポワロなど以上のものを身に着けているからに他ならない。

それは何だろう。結論を言ってしまえば、それはクリスティーの探偵小説が、極端に言えば、実は、世の中の人間模様を濃厚に描いた風俗小説であって(断るまでもなく、ここで言う風俗とは、風俗営業などで使われる意味ではない)、そこに、探偵小説が塗されているからではないだろうか。その傾向は晩年になるに従って益々強くなって来る。また、クリスティーは、メアリー・ウェストマコット名義で「愛の小説シリーズ」を6冊書いている。小生、読んだことはないが、さぞかし面白いに違いない。つまり、意外な犯人、魅力的な探偵、それ以上のものが描かれ、万人に親しまれる内容になっていると言うことだ。ここにクリスティーだけが持っている独特の存在感がある。そう言う意味での最高傑作は、異論があるのは百も承知だが、ポワロではなく、ジェイン・マープルの「バートラム・ホテルにて」(1965年)ではないだろうか。いや、おっ魂消た「アクロイド殺し」(1926年)と言う人もいるだろうし、いや「ABC殺人事件」(1936年)だと言う人もいるだろう、「そして誰もいなくなった」(1939年)、「オリエント急行の殺人」(1934年)などなど、千差万別、百花繚乱、大いに結構。それだけクリスティーの作品が、極めて広範囲に亘って読者に受け入れられていると言う証拠でもある。上記のヴァン・ダインはどうか、カーはどうか、クイーンはどうか、クロフツはどうかと言えば、かれらは極めて限られた、それこそ本格探偵小説マニアに受け入れられているに過ぎない。小生もその末席を汚しているが、「ユダの窓」こそ理解の範囲を超えているが、「僧正殺人事件」、「Xの悲劇」、「樽」などは、確かに非常に面白かった。

ここで、小生のクリスティー読書歴に若干触れてみる。実は、「アクロイド殺し」を読んで、相反する二つの読後感を持った。一つは、こんな犯人、冗談じゃないと言うクリスティーに対する激しい怒り、もう一つは、そうであることで、まんまと騙され、完全にしてやられてしまったと言う自分自身に対する情けなさ。両方がない交ぜになって、以後、暫くの間、クリスティーから遠ざかっていたことがある。しかし、何が切っ掛けだったかは覚えていないが、久し振りに手に取ったクリスティーの正体が実は風俗小説作家であることに気付かされ、そこから再び熱心に読むようになった。ここでも極端を言えば、そこが、大変、面白くて、誰が犯人でどうやってやったかは、もうどうでもよくなってしまった。繰り返しになるが、クリスティーの最大の特徴は、単なる謎解き以上の魅力に満ち溢れていると言う一言に尽きるし、それこそが極めて広範囲な読者を獲得している最大の理由でもある。

最後に、本格探偵小説を読んで失望するのは、犯人、即ち、作家が無理に無理を重ねてでっち上げた犯行方法が、本当に実現できるものなのかどうかと言う疑問、そして、そのことに極度にかまけるあまり、物語りが疎かになって極めて平板なものになってしまうことなど、不満や失望を抱かせる例もあることだ。これでは、正に単なる作り物となる。ここにこそ、本格探偵小説が、クリスティー程の人気を勝ち得ることの出来ない最大の理由があるのかも知れず、一方、クリスティー好きの人にとって、世にいう本格探偵小説の史上最高傑作と言えども、いささかの興味をも抱かせない最大の理由があるとも言えるだろう。

(小田)はい、お好きです。

本と、HDに貯めているポワロ、ミス·マープルの映像と、(平井杏子著)「アガサ·クリスティを訪ねる旅」を比べて楽しんでいます。
私もミス·マープルの「バートラム ホテルにて」は、最後にホテルのメイドと刑事が仲良くなったりするTV版も好きです。このバートラム ホテルのモデルはロンドンの高級地区メイフェアにあるブラウンズ·ホテルかフレミングス·ホテルらしく、平井杏子さんはシオドア·ルーズベルト大統領が結婚式をあげ、アガサの姉も滞在したことのあるブラウンズ·ホテルに軍配を上げています。付近には日本大使館もあるようです。ロンドン駐在されていた児井様はご存知でしょうか?
松本清張、ダン·ブラウン、アーサー·ヘイリー等もきちんとしたストーリーで、引き込まれますが、背景か暗かったり、事件がグロテスクだったりで、私はやはり、アガサです。お勧めの「赤毛のレドメイン家」は是非読みます。
お返しに…… 三沢陽一著、「なぜ、そのウィスキーが死を招いたのか」(ウィスキーにまつわる短編ミステリー4編収録)はいかがでしょう。読んだことはないのですが、新聞に載っていましたので。
著者は東北大在学中に執筆を始め、「致死量未満の殺人」でアガサ·クリスティー賞を受賞しているようです。

(児井)小生もアガサは大好きです。彼女に限らず「推理小説」(映画化も含め)は数多く読み(観)捲くって来ました。

お尋ねのロンドン、メイフェアのホテルの件ですが、小生メイフェアの馬小屋を改装した小さな単身用アパート(?)Houseと称していましたが)に一年半ほど住んでいました。そこでブラウン/フレミング両ホテルについては名前だけは聞き覚えがあるような気おもいたしますが、前を通り過ぎるだけで、利用することも無く、何せ50年ほど前の事ですので、ほとんど記憶にありません。残念ですが、悪しからず。

余談ですが、一つだけ小生の自己紹介を兼ねてお話したいと思います。小生の遠縁に「兒井 英雄」(我が親父の又従兄弟に当たる)なる人物がおりました。当人は日活映画の大物制作者(producer)の一人で(後年映画界に多大な貢献をしたとして叙勲されております)、古くは「恋愛三羽烏」、近年は小林 旭の「渡り鳥シリーズ」等を手掛けていました。当人とは2,3度ほどしか会っておりませんが。一つだけ印象に残っていることは制作者は一種のギャンブラーではないかということです。と言うのは、作品が当たると家具を始め住居が宝の山となり、不作の場合にはそれらが一掃されてしまうからです。何とも因果な商売だなと思っていました。それはさて置きこの縁で当時の青春、活劇路線を奉ずる日活映画を数多く観て来ました。特に石原裕次郎の大フアンで彼の出演映画はほぼ全巻観ました。

(編集子)さすがわが師匠、スガチューの解説。何回も言うが、彼にそそのかされて小生がミステリに窓を開いたのは高校1年で同じクラスになって以来のこと。中学時代にはホームズ、ルパンは卒業していたが、これはむしろ世界名作文庫的な位置づけ(?)で読んだので、本格物第一号はクリスティと同時代の(本業は推理ものでは無い人だが)A.E.W メイソンの 矢の家 で、その次に読んだのがアクロイド殺人事件 だったと思う。それぞれ主張はいろいろだろうが、小生が 犯人の意外性という推理小説の第一義に感心した、という意味ではアクロイドについではウイリアム・アイリッシュの 幻の女 だった。このジャンルがアメリカで盛んになり、代表と言われるのがエラリー・クイーンとヴァン・ダインだと思うのだがこのあたりになると本家を意識してか、あまりにも込み入ったストーリーが多すぎると思う。その反動がこれも何度も書いたが、ハードボイルドミステリというわけだ。こっちなら小生も多少、話ができる気がするのだが。いずれにせよ、皆さん、ミステリを読みましょうよ!

 

 

エーガ愛好会 (114) 大砂塵と主題歌を巡って

(34 小泉) ジェームス・ディーンの「理由なき反抗1955」フィルムノワールの傑作「夜の人々1948」のニコラス・レイの監督だけに、西部劇でも、男でなく女が主役という異色作となる。主演が当時女優稼業も終わりに近づきつつあった50歳のジョン・クロフォードとその大女優に対立するのは、マーセデス・マッケンブリッジで、「シマロン1960」にも出ていたが、「ジャイアンツ1956」で、ロック・ハドソンの姉を演じた。原題のギターを抱えた渡り鳥ジョニー・ギターにスターリング・ヘイドン。何といっても、ペギー・リー作詞、ヴィクター・ヤング作曲の主題歌ジョニー・ギターの旋律が懐かしくもあり、映画の中に溶け込んでいる。最後に生き残った二人に流れるペギー・リーの歌も良いが、冒頭山道を馬でいくジョニー・ギターを伴奏するメロディーも良い。それと劇中、葬儀帰りの黒ずくめの群衆が酒場に集る緊張の中、白いドレスでピアノで応えるクロフォードが何とも素晴らしい。

荒野の片隅にある酒場が舞台。辺境の風情を醸し出す中、ランプが灯るうら寂しい酒場。女主人ヴィエンナ(ジョン・クロフォード)は、鉄道開通による新しい街作りを期待して酒場を経営しており、そのために過去懇意だったジョニー・ギターを雇うことから物語は始まる。このジョニーとヴィエンナの酒場チーム、ダンシング・キッド(スコット・ブレイディ)率いる強盗チームのバート(アーネスト・ボーグナイン)、ターキー(ベン・クーパー)、コーリー(ローヤル・ダン)の4人組、エマ(マーセデス・マッケンブリッジ)率いる牧場主たち鉄道建設反対住民グループ(代表ワード・ポンド)が三つ巴の構図で渡り合う。何故エマが。これほどにヴィエンナを憎むのか。鉄道への反発もあるが、色男ダンシング・キッドを巡ってのエマの嫉妬からくる憎悪が狂気を駆り立てたようだ。エマの酒場のランプを落とし焼失させた満足気な得意気な顔、マーセデスの演技力もなかなかのものだった。

女の憎悪を下敷きにした女性ふたりの演技に対し、団体の動きとなると意思の弱いアウトローになり下がり、煽動されリンチに走るかと思えば、いざ吊るし首の執行となるとその役をたらい回しする等情けない面ばかりだったが男たちも夫々の演技力を発揮している。しかし 何といっても、ジョン・クロフォードのための映画で、途中火事の場面やら川を渡る場面やらが出てくるが、それら全てが衣裳替えのための口実だった。白いドレスでピアノを弾いたと思えば次は赤、次は黄色と洋服の色が変わる。この映画はカラーだがテクニカラーではなく、制作会社リパブリックのトウルーカラーという低予算のフィルムで作られているが、テクニカラーと遜色ない色彩の峻別がみられた(余談になるが、一時西部劇を中心にシネカラーで作られたものもあったが、色彩などというものではなかった)。

最後は、キッドの隠れ家での戦いとなり、キッド一味の若者ターキーが騙され縛
り首にされ、ヴィエンナも危なかったところジョニーに救われキッド一味の隠れ家へ。バートの裏切りからエマを導き入れてしまうが、裏切りに入らないコーリーはバートに殺され、バートもジョニーに撃たれる。エマはヴィエンナを殺そうとして、キッドともめ、キッドは殺されてしまう。エマが撃った弾はヴィエナの腕に命中するが、ヴィエナの弾はエマを殺し女の闘いは終わりを告げる。

(編集子発信のメール)僕らが高校時代には今のように多彩なメディアがありませんでしたから、映画の主題歌やテーマソングがそのままヒットチャートを飾るのはごく普通でした。器楽曲ならば、かの 第三の男 や 禁じられた遊び 現金に手を出すな、避暑地の出来事 に 史上最大の作戦 のマーチなどが代表的だったでしょうが、主題歌そのものが歌われたというケースはあまり数がなかったように思います。

その中では シェーン の Call of the faraway hills や 真昼の決闘 Do not forsake me とならんで 大砂塵 の主題歌 Johnny Guitar は ペギー・リー が歌って、哀調を帯びたけだるいトーンが好評でした。実は今日は張り切ってゴルフの練習に行くつもりをしてましたが朝刊でこの放映を知り、予定変更してこれで三度めだと思いますがエーガにしました。これが終わると17時には大岡越前第15部(!)、22時にはごひいき(スガチューは嫌いらしいが)山本耕史の居眠り磐音と、小生にはめずらしくテレビの日になりそうです。映画の筋そのものは言ってみればB級西部劇ですが、しいて言えば女二人が最後に対決する、というのが売りで、放浪のガンマンスターリング・ヘイドンはギターを担いだ引き立て役です。そういえば最近、小林旭の ギターを持った渡り鳥、なんて思い出しましたが、ひょっとしてこれ、大砂塵 の焼き直しかなあ?

(42 保屋野)大砂塵観ました。俳優陣はパットしない映画でしたが、ストーリーはまあまあ面白かった(少々変わった)西部劇でした。さて、映画より有名になった主題歌「ジャニー・ギター」ですが、昨年実施した「映画音楽ランキング」で使った映画音楽リストを見て大砂塵のように、映画とは独立して大ヒットした「主題歌」を探してみました(ミュージカルやディズニーは除きます)。

①   ジャニー・ギター(大砂塵)②モア(世界残酷物語)③ケ・セラ・セラ(知りすぎていた男)④死ぬほど愛して~アモーレ・ミオ(刑事)⑤   サウンド・オブ・サイレンス(卒業)⑥ムーン・リヴァー(ティファニーで朝食を)⑦マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン(タイタニック)~歌ではないのですが・・・⑧魅惑のワルツ(昼下りの情事)⑨禁じられた遊び(同名)⑩追憶(同名)

(飯田)映画「いそしぎ」のテーマ曲:The Shadow  of Your Smile(アンディ・ウイリアムスが歌う)「ヘッドライト」のテーマ曲なんかも流行ったと思いますがリストにありますか?

(編集子)この 大砂塵の主題歌は当時のジャリタレ歌手が歌いましたが、みんな ジャニーギター、と発音してあたかも英語通みたいにしていました。これはペギーの発音に影響されたのだと思います。当時、僕らには高根の花だったウイスキーの最高峰(勝手に思ってただけで要はほかのブランドを輸入する業者があまりいなかったのだと思いますが)とされていた Johnny Walker は ジョニ赤やジョニ黒であった、ジャニーウオーカー と呼ぶ人はいませんでしたな。

(ウイキペディアから)小林旭主演でヒットした『渡り鳥シリーズ』で、主人公のトレードマークがギターなのは『大砂塵』の影響だといわれている(キャラクターは『シェーン』の影響)。なお、1960年に封切られシリーズ中最も西部劇のムードが濃い『大草原の渡り鳥』において、小林旭は『大砂塵』のスターリング・ヘイドンとほぼ同じデザインのフリンジウェスタンジャケットを着て登場している。

 

実は冴えていた半日高尾

杉並木保存事業の寄贈者の看板

意気込んで行った ”半日高尾” だが、予想外のユカイな出来事をもたらした。その報告である。

(中司ー児井)憂さ晴らしに高尾山へ散歩に行ってきました。行ったことがおありかどうかわからないが、ここはもともと信仰の場所であり、その参道には杉並木保全のための寄付金(1口3000円)をした人の名前が1年間掲示されます(もっとも1万円以上だそうだ)。一番奥が一番の高額寄付者で、これはご存じ北島三郎ですが、行き帰りに何となく名前を見ています。今日、まったく偶然に添付写真の名前を見つけました。珍しいご苗字なんで、なんとなく。

(児井-中司)貴信拝承。小生にとっては貴重な情報を貰い、有難う。これも何かの「縁」ですね。当人は小生の従弟とその妻(我が親父の弟の倅)に当たります。母校市川学園の後輩で同窓会の集まりとか共通の兒井家の墓の墓参の折とかに時々顔を合わせたりしていました。ここ数年はコロナの所為で墓参も儘ならず、忸怩たる思いでおりましたので、貴報告で大切なことを思い出すことが出来ました。今後とも貴兄との「縁」を大事にしながら、どうぞよろしく。

(中司ー児井)まさか、と思っていましたがいや、びっくりです!そうですか、貴兄とは初対面の時からなにか通じあうような気持ちがあったと思いますが、縁がある、ってのはこういうことのようですね。ご一統様、ご健康をいのります。ところで児井、という姓はどのあたりが発祥なのでしょうか、ご存じですか。

中司というのもあまりないのですが、壇之浦で敗れた平家の下級武士の末裔だという事までは祖母に聞いていました。
祖母が実はこの中司(明治維新で士族であったそうです)の生き残りで、男子がいなかったため、山形の有泉家に嫁し、次男の清つまり小生の父親が姓を継いだのだそうです。なんで、どうして、まだ新幹線もないころ、山口のこれまた片隅
(周防大島の安下庄というところ)から山形なんぞと縁があったのか(山形といえば米沢の版図のはずですが、会津の味方ではなかったのか、とすると長州の家との縁組が何でできたのか、謎だらけです)、まではわかりません。

(児井ー中司)貴信確と拝受。兒井家の発祥は金沢前田家の家臣だった様です。当時当地では「濃い」・「薄い」の「薄井」姓が本命で、そこから転じて「兒井」姓が生まれた様です。現在では兒の字が当用漢字から外され「児」の字を使っております。(戸籍上では旧漢字の兒井で登記されています) 余談ですが昔役所に登録の際、筆の誤りで臼の下に足が生えてしまったのではないかと親父から冗談交じりに聞いています(笑い)。何れにせよ極めて稀な姓で、貴ブログ仲間の保屋野さんの調べでは、「児井」姓は全国で20人(市川に10人、他関東に10人)の由。これまた余談ですが、小生出生の折、当時陸軍士官であった親父(英義)が「皇軍堂々正義の士」と謳って、「正義/まさよし」と命名した旨アルバムに記載されていました。当時の世相を振り返るとともに正義には聊か未熟な自分に恥じらいを否めません。

起業家の倫理議論について:追論    (大学時代クラスメート 児井正義)

安田さん、貴信拝承。貴ご高説と多岐に亘る知見並びに行動力に感服しつつ、興味深く拝読いたしました。典型的なホモ・ルーデンスの小生にとって皆さんからの投稿は大いに勉強になり、楽しみです。

 さて本題の「起業家の論理」については貴兄の明解なご解説に全面的に賛意を表します。

「新世紀」の下、資本主義の進展と自由主義に綻びが顕著になり、混迷の時代を迎えている今こそ、将来に向かって物心共に新たな施策の構築が求められております。そこで喧伝されている第4次産業革命と共に内外を問わず「起業家の論理」こそ、極めて有効な手段であると思います。

そして現在世界中の論客によって様々な論争が繰り広げられております。浅学な小生にとっては、何れの政策/体制を多とすべきか迷うところです。(中・ソをはじめ全体主義を奉ずる国家体制には断固反対ですが。)今はただ選ばれた政策の具体的実践とCDGSの完遂による平和な明るい世の中の早期到来を期待し、祈るばかりです。

 そこで余談ですが、議論されたご当地ビール/ウイスキー等の酒類に因んだ小噺を一席。流血(好き)のメアリー(カトリックの女王Mary1世に対するプロテスタントからのあだ名)に因んで名付けられた皆さんお馴染みの赤いトマトジュ―スとウォッカを混ぜたカクテル・Bloody Maryがあります。

そして小生がロンドンに駐在員として滞在の折、時のWilson政権の下運輸大臣を務めたBurberry(?) Castleが飲酒運転禁止条令を発出しました。それを揶揄してロンドンの飲ん兵衛共がアルコール抜きの生のトマトジュースを「Bloody Burberry(?)」と呼ぶようになったとさ。お粗末!

 冗談さておき、今後とも皆さんの色々な発信を楽しみにしております。何はともあれ、お互い心身共に健康第一。ご自愛専一、万事お大事に。

(編集子)我がクラスを代表する論客である。もう一人の論客、飯田君の展開を待つ。

 

 

3回目接種について    (普通部OB 篠原幸人)

今日は1月21日ですが、東京都内の新規コロナ感染者はついに9、699名となり、全国では49,856名とのことです。要するに東京では約1万人、日本全国では5万人弱の方々が陽性と判明したわけですが、少なくともその倍ぐらいの方々は既に感染しているでしょうね。

皆さんのところにも第3回ワクチン接種のお知らせが来ていると思います。私は一寸遅れましたが、1月17日に3回目を受けました。1・2回目はともにファイザー社製の物でしたが、今回も私はファイザーでした。文献的には3回目は他種のワクチンの方が抗体価が上がるとの報告もありますが大差はありません。皆さんも受けられるなら、モデルナでもファイザーでも可能なほうでいいと思います。立川病院で接種しましたが、1回目や2回目と何も変わらず。接種後15-30分、接種会場で座っていて、何も起こらないのでそのまま帰宅しました。それから4日経ちますが、発熱・だるさ・筋肉痛などは全くありません。一寸鼻水が出ましたが、おそらく接種とは関係なし。ただし接種部の軽い痛みと注射部位を押すと軽い圧痛は今でもあります。

インフルエンザなどの予防接種は日本では皮膚の直下で、皮膚と筋肉の間の隙間のようなところに打つから、注射された液体が周囲の組織を圧迫せず、従って痛みも少なくまた残らないのです。しかし欧米ではこのような接種は皮下組織の奥にある筋肉のなかに直接打つことが多く、現在のコロナワクチンは欧米製ですから、全て筋肉内に打つように作られています。痛みが強く、また何日も注射部位に圧痛(押すと痛いこと)があるのは当然です。

そんなわけで私は全く副反応はナシ。但しうちの小児科医の娘は2日目に37℃以上の発熱と、全身がだるいと言っていました。仕事を休むほどではなく、その間に当直もしていました。私の知人の医師は軽い発熱と下痢が少しあったと言っていました。このように3回目ワクチン接種でもヒトにより多少の副反応は出るようです。家内は余りにケロッとしている私を不思議がり、抗体が上がってないのではと心配していますが、私は気にしていません。

それよりも、今回のオミクロン感染はワクチン2回接種者にも高率に出ています。3回したからといって、感染しないとは断言できません。しかし、3回接種終了者は多分(多分です)、感染しにくい、重症化しにくいという現段階で言われていることを信じざるをえないというのが現状です。 皆さん全員に、必ず3回目の接種を受けろとは言いません。ただ、問われれば「受けたほうが良いと思うよ、僕は受けて特に問題はなかったよ」としか言えないのが現状かと思います。

立川病院でも500名以上の医療従事者が3回目接種を受けました。発熱・倦怠感・筋肉痛以外の副反応は殆どありませんでした。1回目・2回目で熱発や筋肉痛を経験した人は、主治医にカロナールなどの鎮痛解熱薬を前もって貰っておくのも一つの方法です。

冴えなかったぜ ”半日高尾” の顛末

何回とってもこのアングルになってしまう。ま、いいか。

無念にも 月いち高尾 復活が日延べされ、時あたかも 人数制限 が政治の帰趨を決めるご時世。ひとりならいいんだろう、と出かけてみた。今回は多少は行動パターンに変化をつけてみようと思い立ち、朝飯は食べず白湯を一杯飲んだだけで出発。北野駅の改札を出たところにフレッシュネスバーガーがあって、一度行ったことがあったのでここで朝飯を食べ、テルモスにコーヒーを買っていこうというプランだった。しかるになんと店はクローズ。何も表示がないので理由はわからないまま、仕方なしに構外へ出て、マックを見つけたのでここで何とかマフィンというのを期待せずに食べたら結構いけたうえ、コーヒー付きで250円だったのには驚いた。これが第一の意外。学生さんやら若い勤め人の方々には福音だろうなと思ったことだった。

今回、2日前、半年ぶりにゴルフの練習へ行ってみて、この半年の間の体力の減退にショックを受け、トレーニングの必要を痛感したのでとりあえず出かけたのだが、なんと、ケーブルから山頂へ行くまでの1時間で、息切れがするではないか。これには落ち込んだ。第二のショック。

行基像。あまりさえてないが。

まいったね。山頂は土曜日だったがそれほどの人混みもなく、例によって富士山のスマホ写真を仲間に山頂から発信して下山にかかる。当初は6号路(琵琶滝)かユービン道経由で小仏側へとおもっていたのだが、この息切れにショックを受け、テーマを変えて あまり見ていない高尾山を見るという事に切り替えた。何回通っても北島三郎の杉苗1万本、のイメージが強すぎる参道だが、気を付けてみると歴史を語るいろんなものがあちこちにある。僧行基が開いた寺院であることはさすがに知っていたが、その彫像を初めてゆっくりと観たり、奥の院にある堂の説明を見たり、のんびり下ることになった。なお、仲間内で定番コースになっている稲荷尾根ルートは工事中クローズ、高尾山口駅前の河川改修もまだまだおわらないようだ。

くだりもあっさりあきらめてケーブルで降り、予定通り駅隣接のイタ飯屋で昼食。全く予想していなかったが、スパゲティの茹で加減が、えらそーにいえばアルデンテに上がり、テーブルワインもそれなりによかった・・・・・のだが、スパゲティにはつきものの粉チーズがなかったので気楽に頼んだら、なんとそれだけで有料だという。こんなことってあっていいのか。それなら一瓶使っても100円か。試してみようかと思ったが、当然そんなことを予想した小皿で出てくるんだろうと思ってやめた。せっかくの半日の最後が腹が立った。腹が立ったのでコーヒーも頼まずに出たが、テルモスに朝仕込んだマックのコーヒーがまだ残っているのを思い出して駅で立ち飲みした。このあたり、この日三つ目の意外、で終わり。帰宅してチェックしたらドアツードアで 11,044歩、7.2キロの半日であった。行動時間、約4時間。

 

 

エーガ愛好会 (113) スカイスクレイパー   (普通部OB 菅原勲)

スカイスクレイパー」(2018年。監督:ローソン・マーシャル・サーバー)をCATVで見た。性懲りもなく、大活劇映画を堪能した。

不死身(不老不死と言う意味ではない)のドゥウエイン・ジョンソンが(前歴はプロレスラーだったそうだ)、超人をも凌ぐ大活躍。そして、何があっても、何をやっても、やられても不死身。

香港にある、200階を超える超高層ビルの100階前後で火災が発生する(これが実は放火)。最後は、その犯人である悪漢をやっつけ、火事から妻と娘を無事に救出してハッピー・エンド。「ダイ・ハード」、「タワーリング・インフェルノ」などと酷似していると酷評されたようだ。しかし、こう言う映画を酷評する奴は、映画がどう言う意味を持っているのか理解していない。それこそ一般大衆を見下し、高い目線からの独りよがりの戯言に過ぎない。例は、悪いが、こう言う輩に限って、ジャン=リュック・ゴダールのチンプンカンプンで訳も分からん映画を絶賛するに決まっている。繰り返しになるが、勧善懲悪、大いに結構ではないか。「悪い奴ほどよく眠る」(黒沢明にこう言う映画があった)って言うぐらい、実際にこんなことは稀にしか起こらないから、せめて映画を見て憂さを晴らしたい、ってのが正直な気持ちだ。

不死身四人組(見落としがあれば、ご容赦のほどを。また、ミラ・ジョヴォヴィッチも不死身のようだが、見たことがないのでここには含めない)。トム・クルーズ、ドゥウェイン・ジョンソン、ヴィン・ディーゼル、リーアム・ニーソン。これだけ揃ったら、地球上のどんな悪魔も敵ではあるまい。この4人組が、地球上最大の悪魔になろうとしている連中をやっつける映画が出来ないものだろうか。調子に乗って、ちょっと言い過ぎた。でも、日本で良かった。

(編集子)いやあ、気持ち、わかる、わかる。小生もここのところ、今まで敬遠してきたマカロニウエスタンを見るようになった。憂さ晴らしというか発散というか、理屈ぬきの息抜きがいるね。こうなると次は全盛期日活無国籍映画だな。小林旭に宍戸錠に阿部徹に二谷英明だな。裕次郎物になるとまた感覚が違ってくるけど、カサブランカの翻訳もので主題歌のほうがよかったやつ、覚えてる? これに英語のタイトルがついていたたあ知らなかったぜ。グーグルさまさまだな。