(安田)OPS(On-base plus slugging)は、野球において打者を評価する指標の1つで、出塁率と長打率を足し合わせた値である。数値が高いほど、打席あたりでチームの得点増に貢献する打者だと評価される。アメリカ大リーグ(MLB)では重要視される指標で、最近よく耳にするが、日本のプロ野球で用いられず、関心はあまりないようだ。
時を同じくして、西部の一地方都市で30歳になったGlen Campbell(グレン・キャンベル)というカントリーシンガーが、1967年10月に「By the Time I Get to Phoenix」という歌をCoverして一躍All Americaの歌手になりました。中司君はこの曲をくちずさんでいたそうだし、僕もテレビやラジオから流れてくるのを毎日耳にしていました。
By the Time I Get to Phoenix By the time I get to Phoenix she’ll be rising. She’ll find the note I left hangin’ on her door.
She’ll laugh when she reads the part that says I’m leavin’ ‘cause I’ve left that girl so many times before.
By the time I make Albuquerque she’ll be working. She’ll probably stop at lunch and give me a call.
But she’ll just hear that phone keep on ringin’ off the wall, that’s all.
By the time I make Oklahoma she’ll be sleepin’. She’ll turn softly and call my name out low.
And she’ll cry just to think I’d really leave her tho’ time and time I’ve tried to tell her so, she just didn’t know I would really go She didn’t know I’d leave her.
You listening to Radio KEEN, the music station. Country music, 24hours a day
というアナウンスとともに当時売り出し中のバック・オウエンスがひっきりなしにかかっていた。グレン・キャンベルもこの時期の歌手だ。僕はこの曲もそうだがWichita Lineman という哀愁のあるやつも好きだった。僕がおっかなびっくり、マニュアルだけを頼りにブログ、というものを始めたのが17年の夏だったが、初めて間もなく、キャンベルの訃報に接してショックを受けた。その時の率直な感想を By the time I get to Phoenix という少しばかりセンチな記事を書いた。2017年8月11日、をブログ画面から検索して一読いただければ幸甚。
(安田) スピードドライバーキャンベルと「By the time I get to Phoenix」ストーリー、大変興味深く拝読いたしました。今後もし可能であれば、是非第2の故郷、イエイツ、バーナード・ショウ、オスカー・ワイルドの「文の国」アイルランドの体験話を伺えればまことに幸甚です。cooperに絡めたアイリッシュウイスキーの話はとても興味深く、目から鱗でした。座談の名手だとお見受け致しております。
アルカトラズを舞台にした3本の映画のことについての話をしたい。 1本は純粋に娯楽アクション映画の「ザ・ロック」(The Rock)1996年公開。2本目と3本目は共に史実を基に重厚で見応えがあった。1本は脱獄を描いた「アルカトラズからの脱出」(Escape From Alcatraz) , 監督ドン・シーゲル、主演クリント・イーストウッドの1979年の作品。この映画は最近NHK BSで放映されたので久し振りに再び観た。もう1本は、アルカトラズは1934年からアメリカ合衆国連邦刑務所となり’63年に閉鎖されたが、閉鎖のキッカケになった事件を基に描いた重苦しいが迫力ある映画だった「告発」(Murder In The First)。
閉鎖されたアルカトラズは、10年後の1973年歴史的建造物として一般公開されて人気ある観光地となって今日に至っている。一度訪れたことがあるが、囚人収容規模は450人の監獄・独房がそのまま遺っていて、臨場感ある迫力はなかなかのもので実際使用されていた当時の模様を容易に想像させ, 可視化させてくれた。収容フルキャパの450人に対して実際に収監された囚人は250人を超えることはなかったという。アルカトラズは別名ザ・ロック(The Rock)と呼ばれるが、島のサイズは150m x 500mほどの大きさで、岩盤の小高い丘になっている。文字通り、The Rock (岩山)だ。湾のその辺りは潮流が速く、海水温も低く、脱獄に成功しても生きては外部の世界に辿り着けれないだろうと言われていた。サンフランシスコ市内北端から2.5km離れた湾の中ほどに在る。島の歴史は1850年にアメリカ陸軍がこの島に要塞/城塞を建設したことに始まった。軍が1933年に軍捕虜の収容所として使用するが、やがて連邦刑務所となった。下図、左の縦に走る線は「金門橋」。右(東)へ橋を渡るとオークランド市(Oakland)だ。