オリンピック開催下でのコロナ対応   (34 船曳孝彦)

 

コロナ新感染者数が増加する中で、オリンピックが迫ってきて、開催か否か、開催強行となれば観客をどうするのか、緊急事態宣言は?蔓延防止対策は?など、日々の情報が変化し、私のコロナ情報が随分間をおいてしまいました。結局は、私が前から言っていたように、医療界の反対を押し切ってオリンピックは開催する、ただし無観客の原則を導入するということで決着しています。

明らかに第5波は感染力の非常に強いインド株を主体に高まってきております。生物学的に見てビールスは当然変異を繰り返し、感染力の強い株が他の株をしのけて感染の主力となるので、大変に危険です。

問題は、ワクチンの予防力です。ビールスに打ち勝つ生命線はワクチンですが、その予防力は100%ではありません。従来型のビールスに対して95%前後の予防力が証明されているのは、素晴らしい成績です。インド型は免疫逃避の変異を持つことから、ワクチンが効かないのではないかと懸念されていましたが、幸い90%以上の予防効果があるというデータで安心していました。しかし最近60%だというデータが出てきました。インド型株の検討が不十分だったので、検討症例が多くなれば90%に近づくのか、あるいは60%が正しいのか製薬会社ごとのワクチンによっても異なりますが、データが十分ではありません。あるいは新たにマイナーチェンジのワクチン抵抗性の変異を起こしたのか、まだ十分には分かっていません。3番目の新たな変異(すでにデルタ+が出ています)が、医学的には一番考えられる仮説で、怖ろしいことです。

感染数と人流とは相関することがはっきりしています。今、第5波として蔓延力が強まっている時期に合わせて、オリンピックで人を集めようというのは、なんとしても理不尽です。開幕までもう10日を切ってしまいました。選手団の入国状況があまり報道されませんが、来日拒否が続出する可能性もありますし、入国選手団、関係者がバブル方式と称する不確かな体制とプレーブックといういい加減な行動規範で、大丈夫なのでしょうか。すでに規定破りの選手、関係者が街に出歩いていますし、土台、自主待機期間の1週間なり2週間が有名無実化してしまっています。選手にとっても24時間監視下に置かれたままの状態が何日も何週間も続き、しかもその間に世界一のパフォーマンスをせよとプレッシャーが強いられているのです。精神的にも変調をきたしてしまうのではないでしょうか。海外からの選手団、関係者に、日本の規制、日本人の思考を理解せよといっても無理な話で、どうしても新規感染者は増えることになるでしょう。渡来者だけでなく日本人も感染します。その時、コロナ患者の対応が十分に出来るか疑問が残ります。さらに熱中症が加わります。医療体制が持ちこたえられない可能性大です。海外からはブーイングの波が来て、責任を問われるでしょうが、IOCは日本側に押し付けて逃げを切るでしょう。

新型コロナ感染はこの先どうなるのでしょうか。ワクチン接種の効果が上がって収束に向かうか、インド型には予防が効かず第5波はますます猛威を振るうのか、新たな変異を起こして次の第6波迄いくのか、まだ読めません。流れとしては収束に向かうとしても、オリンピックが絡んでくると、終息したといえる日はまだまだ先になるでしょう。

私たちはどうすればよいのでしょうか。ワクチン2回接種を受ければビールスに対する抵抗力は出来たはずです。従って高齢者は理論的には少人数なら静かな会食も可能なはずです。しかし世の中には緊急事態宣言が出されておりますし、アルコールが入ると静かなとはいかなくなるかもしれませんが。肝心の働き盛り世代にはワクチン接種が進んでおりませんので、社会的免疫が出るといわれるような70%(少なくとも50%超)接種率に達するのは年を越すかもしれません。ワクチン行政は完全に失敗し、破綻しています。早くから確り準備・手配し、上手くワクチン接種を進めていれば、無観客オリンピックももう少し安心して出来たでしょうに。

第5波の間、やはりマスクで微小飛沫を避け、症状の出ていないインド型株の感染者からの感染を避けるようにして、笑って会食できる日を待ちましょう。

乱読報告ファイル (3) マクシミリアン・エレールの冒険 (普通OB 菅原勲)

 

フランスの作家、アンリ・コーヴァン(Henry Cauvain)の小説、「マクシミリアン・エレールの冒険」(Maximilien Heller)を読んだ(発行:21年5月27日、論創社。翻訳:清水 健)。大変、面白かった。

松村 嘉雄が「怪盗対名探偵 フランス・ミステリーの歴史」(晶文社。1985年)を著しているが(小生、未読)、正にその題名にぴったりの怪盗対名探偵のお話しだ。何しろ1871年の出版だから、今から150年も前のこと。本格探偵小説とは凡そ縁がなく、つまるところ、犯人捜しではなく、読み始めて、直ぐに犯人は察しが付く。この怪盗を名探偵がとっちめる。虎穴に入らずんば虎児を得ず、と名探偵のハチャメチャな冒険が始まる。従って、四の五の理屈を言っていれば、頁は一向に進まない。話しの流れにただ身を任せるだけだ。しかも、最後は、久し振りにほのぼのとした気持ちになった。

小生の読書の原型は、今はもう忘れられてしまったが、「怪傑黒頭巾」で有名な高垣 眸だ。

題名も内容も全て忘れてしまったが、血沸き肉躍る話しを次から次に読んで行ったことだけは覚えている。それを思い出させた。従って、理屈をこねる人にとっては、実にバカバカしい話しに過ぎない。

ところが、この本が、ある特定の仲間内で話題になっているらしい。一言で言えば、A.コナン・ドイルのホームズ、ワトソンの原型がここにあり、と(ホームズが初めて登場する「緋色の研究」の発行は1887年)。しかし、小生、この本を読んでいて一瞬たりともホームズを思い出したことはない。牽強付会そのものだ。仮に、人物設定(医者と私立探偵)が同じだったとしても、その中身はまるで違う。その証拠に、ホームズは未だに読み継がれているが、エレールは知る人ぞ知るだけの存在になってしまっている。大体、英国人はフランス人をフロッグ(Frog Eater)と言って軽蔑している。そんなコナン・ドイルが、口が裂けてもフランスから元ネタを頂戴したとは言えないだろう。逆に、フランスの作家、モーリス・ルブランはそのルパン(正しくは、リュパンらしい)もので、エルロック・ショルメことシャーロック・ホームズを散々虚仮にしているから、お互い、おあいこと言えないこともない。

と書いて来て、はたと気が付いた。小生、依然として、怪盗ものに留年し続け、卒業していないと言うことに。そうであれば、これからも「失われた怪盗を求めて」彷徨い続けることになる。

(編集子)全く同じ時代を生きたものから付け加える。高垣眸をいうなら ジャガーの眼 を忘れちゃ困るな。彼の海外歴がどれだけあったのか知らないが、時おり挟まれる字句がカタカナ書きの英語だったり、少年の眼にはすげえ、なんて写ったもんだがね。それと、山中峰太郎。敵中横断三百里という実録小説は当時多感の中学生だった亡兄に勧められて読んで興奮したもんだ。それとスーパーヒーロー本郷義昭! 日東の剣侠児 アジアの曙 なんてあったよね。それと南洋一郎、吠える密林 なんてぞくぞくしたもんだ。しかし考えてみるとあれが全部漫画だったらどうだっただろうか?目に焼き付くかもしれないが老年になってしみじみ再読したい、という気にはならないだろうな。

乱読報告ファイル (2) ジャック・ヒギンズ  “謀殺海域”

ヒギンズ初期の作品だが、当初はマーティン・ファロン名義(後述)で書かれたもので、珍しく英国情報部と中国共産党との対決、という形をとっている。主人公のポール・シャヴァスはこのほか数作に登場するシリーズキャラクタである。本作は主な場面が英仏海峡の洋上で起きるが、海洋冒険的な要素は少ない。むしろエンディングの意外さなどが面白いが、翻訳者も言っているように、ストーリーとは別に英国の冬という暗く冷たい雰囲気や、主人公の胸を行き来する思いの描写が心に染みる、ファンの言うヒギンズ節、を醸し出す。このあたりはストーリの新鮮さが話題になったヒット作 鷲は舞い降りた にはない、別の魅力なのだろう。

こういう見方をすれば、この翻訳本のおどろおどろしいタイトルはいかにもミスマッチングであり、せっかくの名訳に水を差す結果になっていると思える。原題は A fine night for Dying となっていて、はかりごとの闘争を何とか生き抜いた主人公が持った一種の虚無感を表すいいタイトルなのだが。下記に引用しておくが ”ヒギンズ節“ のエンディングでこの作品は終わっている。

…….そんな言葉が、まるでロシター本人に耳もとでささやかれたの如く聞こえてきたように思えた。突然、嫌悪感に襲われて、シャヴァスはナイフを放り投げた。ナイフは一度キラリと光って、波の下に沈んでいった。はるか頭上を雁の群れが鳴き交わしながら海へ向かって飛んでいく。シャヴァスは力なく立ち上がり、ダーシイのいる操舵室へと向かっていった (小関哲哉訳)。

The words seemed to whisper in his ear as if Rossiter himself had spoken. In as sudden gesture of repugnance, Chavass flung the knife from him. It glinted once, then sank beneath a wave. Somewhere overhead geese called as they moved out to sea and he rose to his feet wearily and went to join Darcy in the wheelhouse.

ジャック・ヒギンズは本名ヘンリー・パターソン、英国生まれだが、現在はアメリカに移住している小説家である。早くから冒険小説を書き始めたが、実際にヒットして知られるようになったのは本稿で何度も触れたが1975年に発表した 鷲は舞い降りた である。この時ペンネームで使ったのが現在の名前で、それまでにはジェームズ・グレアム、ヒュー・マーロウ、マーティン・ファロン、ハリー・パタースン、と合計5つのペンネームで、グーグルによれば現時点までに短長編あわせて62編の作品を発表していて、そのうち、56編が翻訳されて日本にも紹介されている。退職後、外資系会社勤務のゆえに親しくなった英語を忘れまいとポケットブック版の 鷲は舞い降りた に挑戦、すっかりヒギンズファンになってしまい、今数えてみると英語版翻訳版あわせて51作を乱読していることになった。ご参考までにグーグルに載っている作品リストを添付しておこう。

ヒギンズの作品の中心は第二次大戦中及び戦後の混乱時での秘話、アイルランド紛争にかかわる逸話、数はあまり多くないが海洋冒険小説といえるもの、の三つだが、最近の作品群は欧州対アラブ紛争にまつわる国際陰謀話がほとんどである。ただ、人気作家で富豪となった例にもれず、ヒギンズも昨今のアラブ物の多くは共著が多く(思うに名前貸しであろう)、装丁ばかりは豪華だが内容に薄いものが多くなってしまった。特にIT技術を織り込んだ筋立てでシリーズキャラクタを設定した結果、推理とかその過程での興奮とかいう重要な人間的要素が抜け落ちてしまったものが大半なので、正直、落胆している。人間誰でもそうだろうがやはり若いころの作品のほうがストーリーと言い文体と言い、優れたものが多いようだ。作品のテーマや筋立て、という本来の見方からすると、やはり 鷲は舞い降りた が優れているとは思うのだが、全体に流れる雰囲気、文体、もう一つ、小生の好みである、いわばハードボイルド風味をくわえた突き放したような文体、といった点でもヒギンズはもっと読まれてもいい作家だと思っている。

冒険小説の本筋からいえば  の次に小生の好みを言えば 狐たちの夜 ウインザー公略奪 反撃の海峡 サンダーポイントの雷鳴 などの大戦秘話ものが、ほかのジャンルでは、小生のイチオシは 廃墟の東。 ついで 非情の日 そして サンタマリア特命隊(これまたなんとつまらない訳名か―原題は The Wrath of God で雰囲気は全くちがうではないか)が好きだ。脱出航路 はアイデア、スケール、また文体とも優れていて、ヒューマンな結末が素晴らしい。特に出だしの港町の描写はここだけでも読む価値もあると思うほどである。

これらの作品は  を除くと現時点で翻訳を新刊で入手できる機会はあまりないと思うが、アマゾンで検索するとまだまだ在庫はあるようだし、ブックオフでハヤカワ文庫を探せば結構並んでいるので、コロナ禍で持てあます時間の消化にぜひおすすめしたい作品群としてご紹介する次第。リストご参照の上、次回の散歩がてらにお探しいただきたいものだ。ブックオフなら100円台で買えるし、アマゾンでもいろんな価格帯で新品、中古がならんでいる。

同好の士を募る意味で言えば、小生のかかりつけ医が 認知症予防にきわめて有効と勧める外国語の読書、ということで、原本に挑戦することもぜひ、おすすめしたい。ヒギンズは文体は簡潔だし、ほとんどどれでもアマゾンの洋書欄から入手できる。ただし電子辞書(小生はEXWORD を愛用)がないと、辞書のページをめくる手間が膨大で大事業になってしまうことは警告しておく。自分が最初に読んだ 鷲 のページにはご丁寧に書き込みをしていて、ざっと1頁に2回は辞書を引いていた痕跡が残っていることから、やはり当初は大変だったのだなと思う。現在では今度本書を試してみてその頻度は大幅に減っていることを実感するがこのあたりが万事まーまーで済ませられる乱読のご利益だろうか。子供が言葉を覚えていく過程は要はくりかえしなので、とにかく数をこなすことで語彙は増えていくはずだ。それと会話を志向される向きには、いわゆるハウツー本には出てこない、もっと生きた言い回しや文節のつなぎ方なんかを勉強するにはこういう”現物”でのトレーニングが効果があるように思っている。

(グーグルによる作品リスト)

ジャック・ヒギンズ名義

  • 「廃虚の東」 “East of Desolation”
  • 「真夜中の復讐者」 “In the Hour Before Midnight”
  • 「地獄島の要塞」 “Night Judgement at Sinos”
  • 「神の最後の土地 」 “The Last Place God Made”
  • 非情の日」 “The Savege Day”
  • 死にゆく者への祈り」 “A Prayer for the Dying”
  • 鷲は舞い降りた」 “The Eagle Has Landed”
  • 「エグゾセを狙え」 “Exocet”
  • 「狐たちの夜」 “Night of the Fox”
  • 「地獄の季節」 “A Season in Hell”
  • 「反撃の海峡」 “Cold Harbour”
  • 「鷲は飛び立った」 “The Eagle Has Flown”
  • 「シバ 謀略の神殿」 “Sheba” (”Seven Pillars to Hell” を改稿)
  • 「双生の荒鷲」 “Flight of Eagles”
  • “The Key of Hell”
  • “Bad Company”
  • “Dark Justice”
  • “Without Mercy”「嵐の眼」 “Eye of the Storm”
  • 「サンダー・ポイントの雷鳴」 “Thunder Point”
  • 「闇の天使」 “Angel of Death”
  • 「密約の地」 “On Dangerous Ground”
  • 「悪魔と手を組め」 “Drink with the Devil”
  • 「大統領の娘」 “The President’s Daughter”
  • 「ホワイトハウス・コネクション」 “The White House Connection”
  • 「審判の日」 “Day of Reckoning”
  • 「復讐の血族」 “Edge of Danger”
  • 「報復の鉄路」”Midnight Runner”

ハリー・パターソン名義

  • “Sad Wind from the Sea”
  • “Cry of the Hunter”
  • “The Thousand Faces of Night”
  • 「復讐者の帰還」 “Comes the Dark Stranger” (翻訳版ヒギンズ名義)
  • 「地獄の群衆」 “Hell is Too Crowded” (翻訳版ヒギンズ名義)
  • 「裏切りのキロス」 “The Dark Side of the Island” (翻訳版ヒギンズ名義)
  • “A Phoenis in the Blood”
  • “Thunder at Noon”
  • 「獅子の怒り」 “Wrath of the Lion” (翻訳版ヒギンズ名義)
  • “The Graveyard Shift”
  • 「鋼の虎」 “The Iron Tiger”
  • “Brought in the Dead”
  • “Hell is Always Today”
  • 「勇者の代償」 “Toll for the Brave” (翻訳版ヒギンズ名義)
  • 「ヴァルハラ最終指令」 “The Valhalla Exchange”
  • 脱出航路」 “Storm Warning” (翻訳版ヒギンズ名義)
  • 「裁きの日」 “Day of Judgment” (翻訳版ヒギンズ名義)
  • ウィンザー公掠奪」 “To Catch a King”
  • 「暗殺のソロ」 “Solo” (翻訳版ヒギンズ名義)
  • 「ルチアノの幸運」 “Luciano’s Luck” (翻訳版ヒギンズ名義)
  • 「テロリストに薔薇を」 “Touch the Devil” (翻訳版ヒギンズ名義)
  • 「デリンジャー」 “Dillinger” (”Thunder at Noon” を改稿)
  • 「黒の狙撃者」 “Confessional” (翻訳版ヒギンズ名義)
  • 「ダンスホール・ロミオの回想」 “Memories of a Dance Hall Romeo” (翻訳版ではジャック・ヒギンズ名義)

マーティン・ファロン名義

  • “The Testament of Caspar Schultz”
  • 「虎の潜む嶺」 “Year of the Tiger” (翻訳版ヒギンズ名義)
  • 「地獄の鍵」 “The Keys of Hell” (後にヒギンズ名義で改稿)
  • 「謀殺海域」 “A Fine Night for Dying” (翻訳版ヒギンズ名義)

ヒュー・マーロウ名義

  • “Seven Pillars to Hell” (後にヒギンズ名義で”Sheba” に改題)
  • 「闇の航路」 “Passage by Night” (翻訳版ヒギンズ名義)
  • 「雨の襲撃者」”A Candle for Dead” (”The Violent Enemy” を改題。翻訳版ではヒギンズ名義)

ジェームズ・グレアム名義

  • 「勇者たちの島」 “A Game for Heroes”
  • サンタマリア特命隊」 “The Wrath of God” (翻訳版でヒギンズ名義)
  • 「暴虐の大湿原」 “The Khufra Run”
  • 「ラス・カナイの要塞」 “Bloody Passage” (米国版のタイトルは”The Run to Morning”)

このリストに邦題が示されているものは翻訳があるものだがグーグルの記述は多少古く、このあと、邦訳が出たものも数点ある。太字が小生のおすすめ。

 

梅雨空の下の小旅行   (HPOB 小田篤子)

接種も終わりましたので、小旅行に出かけてきました。

一日目は美濃加茂市、ぎふ清流里山公園。有名な建物はありませんが、昭和の建物が起伏のある木々の間に点在していて、良いハイキングになりました。梅雨時の平日なので、人は疎ら、アジサイと、薄い透明感のあるレモンイエローのモネのひまわりやオレンジ色のゴッホのひまわりが綺麗でした。まだ2/3程の他の種類はつぼみでした。
二日目は、杉原千畝の故郷、加茂郡八百津町に建つ、杉原千畝記念館へ。リトアニアのカウナスに以前行き、唐沢寿明と小雪さんの映画も観ましたが、ここは新しく、説明がアクリル板に大きめ字で書かれており読みやすくなっていました。見学者は雨の為もあり我々だけ。あらためてその人道的勇気に感動いたしました。他方、パレスチナの人びとを思うと少し複雑な気持ちになります。
一角に満蒙開拓団に加わり、悲惨なめに合った方々の碑も雨に濡れていました。

 

大谷くん、投げて、打って、フォアボールで出ても盗塁して点を入れる……凄いですね! 外見もマナー等も良くって…怪我しないでいてくれるといいですね。しばらく雨の日が続きそう、録画してある映画を観ることにいたします。

PALO ALTO という名のワイン

ここのところ酒瓶のラベルについて何度か書いたが、今日、近くのスーパーでなんと PALO ALTO というブランドを見つけてとりあえずシャルドネを買ってきた.チリ産としてはやや高めの値段である。

サラリーマン生活のほぼ全部をHP(ヒューレット・パツカード)で過ごした小生にとってこの地名は特別な意味を持つ。エレクトロニクス業界の巨人を創立したビル・ヒューレットとデイヴ・パッカードがここパロアルトにあるスタンフォード大学で知り合い、卒業後、ヒューレットが開発、特許をもつ低周波信号発生器を200A という製品名で製造販売を始め、この会社を創設した場所だからである。技術の高さと清潔なビジネス倫理で業界に確かな地位を確立したHP社はほどなく小高い丘の上に本社工場を建設する。“ビルとデイヴ” のオフィスがあるこの場所は社員から敬意をこめてOn the hill といわれ、その絶頂期には ”現代のアラビアンナイト企業”と言われた会社の頭脳であり心臓であった。

現在はいわゆるシリコンバレーと呼ばれ、エレクトロニクスとITを中心にした米国の技術センターの一つになった、サンフランシスコ湾に沿って Bayshore Freeway, US101号線にそって広がるこの広大地域は、僕が初めて行ったときはクパティーノからサンノゼのあたりにはまだ果樹園が広がる、北カリフォルニアの沃野の面影を残していた。日本では経験したことのない自然環境とビジネスの結合体のなかで、いくつか、若い夢を見たことが改めて懐かしい。

僕にとってのサラリーマンライフ心のふるさと、であった on the hill, ページミルロード 1501番地 にすでにHPの本社はない。たしかスペイン語で 高い木 ということを意味する Palo Alto の響きがもう一度聞こえるような気にさせた、新しい出会いだった。

 

エーガ愛好会 (73) ワイルドバンチ  (34 小泉幾多郎)

西部劇に新境地を切り開いたと言われるサム・ペキンパー監督が「昼下がりの決闘1962」で、典型的な西部の正義の老いたヒーローを描いたが、ここでは西部の悪党たちの老いた一党たち、金に執着し悪事を繰り返す無法者たちが友情のために命を懸けて散って行く男の美学を描いている。

冒頭アリの群にサソリを落とし火をつける子供たちの無邪気な姿、何か恐ろしいことが起こる予感がするが、それに続いて、登場するワイルドバンチの一行をストップモーションを駆使してキャストを紹介する演出から始まる。リーダーはあの端正だった美男子の成れの果てのようなウイリアム・ホールデンのほか、アーネスト・ボーグナイン、ウオーレン・オーツ、ベン・ジョンスンという一癖も二癖もあり、善玉、悪玉を体験したそうそうたる初老のメンバーに、唯一の若者ジェレミー・サンチェスこの人だけはじめて、というそうそうたる顔触れ。

この5人が、メキシコ国境のサン・ラファエルに乗り込み、町を荒らすが、町の有力者に雇われたホールデンの昔の仲間ロバート・ライアンや賞金稼ぎたちに一斉射撃を受ける。辛うじて切り抜けた5人だが、実は5人にもう一人いた仲間は殺されてしまう。彼らはメキシコに向かうが、ライアンたちが追跡する。メキシコは、エミリオ・フェルナンデス扮するマバッチの率いる政府軍とパンチョ・ビラ率いる革命軍との戦闘状態で、5人の仲間で、唯一のメキシコ人のサンチェスの故郷の村は、マバッチに襲われ、その恋人はマパッチの女と化してしまっていた。5人はマパッチと取引し銃器弾薬を満載した列車を奪うことになる。追跡された5人が橋を渡るに際し、スローモーションによる爆破シーンが見事に人馬が落ちるさまをを描く。成功した5人は、マパッチとの取引に成功したものの、サンチェスが革命軍に銃器1箱横流ししたことがバレ、リンチを受け、のどを裂かれ死ぬことになる。

このことが、他の4人に再びヒーローの心を取り戻したのだろうか?意味不明だが、ボーグナインを除き3人が女を買った翌朝、ホールデン「Let’s go」、オーツ「Why not」。軽く言葉を交わし、自分たちが与えたものだが、重機関銃を含む 無数の近代兵器で武装した200人の敵と対決、壮絶極まりなき死闘が展開されたのだった。4人はそれぞれハチの巣になりながらも、マパッチ軍団のほとんどを壊滅させる。ライアンを除く登場人物の殆んどが死に絶える銃撃戦は、そのスローモーションのシーンにより時間を止め、夢幻の世界の出来事にしたように思えた。

(ワイルドバンチについて―ウイキペディアより転載)

ブッチ・キャシディのワイルドバンチ(Butch Cassidy’s Wild Bunch)はアメリカ合衆国ワイオミング州ホールインザウォールHole-in-the-Wall)で雑然と結成された強盗団。1969年の映画『ワイルドバンチ』と『明日に向って撃て!』で有名になった。名前は“ビル”ウィリアム・ドゥーリンが率いた強盗団ワイル

1901年に撮影されたメンバーの写真

ドバンチ(後述)から取られた。ブッチ・キャシディのワイルドバンチは、人殺しはしないよういつも努力していると主張し、キャシディは一度も人を殺したことがないことを自慢していた。しかし、この主張は虚偽であり、キッド・カーリー、ジョージ・カーリー、ウィリアム・カーヴァーなどのメンバーは、警官隊の追跡を受けている間、多くの人を殺した。キッド・カーリー1人で9人の法執行官(保安官を含む)を殺し、2人の市民が銃撃戦の巻き添えになって死んだ。以後、キッド・カーリーはメンバーの中で最も恐れられるメンバーとなった。エルジー・レイも強盗の直後、2人の法執行官を殺したが、自らも負傷して逮捕され、服役した。ジョージ・カーリーは少なくとも2人の法執政官を殺し、その後ユタ州グランド・カントリーの法執行官に殺された。

『ワイルドバンチ』 は、1969年製作のアメリカ合衆国の映画。サム・ペキンパー監督による西部劇。時代の波に取り残された無法者たちの滅びの美学を描いた作品であり、西部劇に引導を渡した「最後の西部劇」と呼ばれている。ペキンパーの最高傑作として高く評価されている。定義にもよるが「アメリカン・ニューシネマ」の一つとされる。

(編集子)最後の西部劇、という表現をよく耳にする。フォード作品を中心に、ランドルフ・スコット、ジェイムズ・スチュアート、ジョエル・マクリー、グレゴリ・ペックにウオルター・ブレナンそしてベン・ジョンスン。こういう名前がエーガの常識だったころ、そう、西部劇映画の領域にも心理描写だ人種問題だというような異形の成分が幅を利かせるようになって以来、俺っちのセーブゲキは確かに減った。しかし最後の、とはまだいうまいよ。つい先日本稿に小泉さんが書かれていたシルバラードとか、ワイルド・レンジだとか、まだまだあるじゃありませんか、諸君!

 

オオムラサキを追って   (大学時代クラスメート 飯田武昭)

 

ここ兵庫県でも新型コロナ禍の緊急事態宣言が蔓延防止等重点措置に変わった6月21日の同じ週の25日と26日にかけて、県内の日本海側の豊岡市に急遽出かけました。

本州の中で南北に列島を縦断している県は、両端の青森県と山口県を除いて兵庫県だけのように思いますが、私の住んでいる南の宝塚市から北の豊岡市まではJR特急でも略3時間掛かる立派な旅行であることに時々気づく次第です。コロナ禍で県を跨いで移動することに宣言が外されたとは言え抵抗感がある中、県内である安心感がどこかにあったための急拵えのプランでした。目的は2日目の丹波市柏原にある「丹波の森公苑」のオオムラサキ(国蝶)のケージ内に6月一杯留められて飼育されている蝶々(成虫)をこの目で観察し確認することでした。

初日にJR豊岡駅で下車しタクシーで出石町へ。先ずは第1目的の出石皿そば店でランチを取る。出石町には約50軒の皿そば店があり、NETで人気一番のお店「近又」に早い時間帯で入店し久々に昼間とは言えビールの注文も出来て満足。出石町は小さい町ながら、日本最古級(明治14年)の時計台「辰鼓楼」(※)と近畿最古の芝居小屋「永楽館」(明治34年開館)、それに沢庵和尚ゆかりの「宗鏡寺」等の見どころがあり、それぞれをゆっくり見て回りました。出石町からはタクシーで城崎温泉まで約1時間で到着。がらがらの温泉街を翌日ゆっくり散策して昼前に再びJR特急で丹波市柏原駅へ向かいました。

(※)札幌の時計台と数カ月違いで札幌の方が早かった事実を最近になって調べ上げたことが先月NHKニュースで流されました。

「丹波の森公苑」のオオムラサキ飼育センターとの関りは、昨年8月の番組「NHK朝のおはようニッポン」を何の気なしに見ていた時に1分少々流されたニュースが気になって、その発信元を調べて辿り着き、10月に現地(兵庫県丹波市柏原)に出かけて詳しく内容を聞いたことから始まったもので、今回でやっと2回目の現地訪問でした。NHKニュースは、柏原からオオムラサキの卵をシェーンブルン動物園(ウイーン)へ送った分が、ウイーンで羽化して蝶々になったというただそれだけの内容でした。私はこのニュースを見て、柏原とシェーンブルン動物園という、どうにも考えにくい繋がりがどこにあるのかをどうしても確かめたく、昨年10月にやっとこさ現地を訪問して、先方から5人が出席してくれるミーティングが開けて、その関係が約30年前に遡って深い繋がりがあることを知った次第です。また何んとも不思議なことに、昨年のニュースを見た時に、私の数人のメール仲間にそのことをメールで流したところ、そのうちの一人のM君(私の昭和20年(終戦の年)卒園の幼稚園の同級生、東京都渋谷区の若葉会幼稚園)が “実は自分の祖父がオオムラサキの命名者だ”と言ってきて、その根拠となる資料を直ぐにメールで送ってきてくれた時には、そんな偶然ってあるのかと2度ビックリしました。

オリパラはなぜ無観客にできないか   (普通部OB 篠原幸人)

オリパラは何故無観客開催にできないか?

想像していた通り、第5波が始まっています。オリンピック・パラリンピック強行で、日本が世界に大恥をかくことだけは日本人としては避けたいですね。このウイルスを世界に拡散した責任国も、対策に失敗して国民の信頼を大きく失った国も、ここぞと日本の策のなさを攻めてくるでしょうから。

それにしても今頃「無観客も視野に入れながらーー」とはなんですかね。思い切っていますぐ「オリパラは無観客と決定」と言えないのでしょうか? そうすれば、入場券の再抽選も、JRの終電延長も、競技場周辺のバス停の位置変更も、首都高の料金変更も必要なくなります。やはりバイデン夫人など要人に開会式で、寂しい思いをさせたくないという「おもてなしの心」が根底にあるのでしょうか? オリンピック期間中、一部の新幹線を夜中に走らせる計画もあるそうです。マニアはオリンピックに関係なくこの夜行新幹線のチケットを欲しがったり、乗車して写真を取ったり大はしゃぎでしょうね。何が「人流を出来るだけ制限して」ですかね。

中外製薬はじめいくつかの製薬メーカーから、新しい新型コロナ治療薬の申請が出たと聞いています。しかし内容はあまり新鮮味がありません。それよりワクチンの不足を「接種体制が整いすぎたから」と涼しい顔をして言い訳をする神経の太さには呆れてものが言えません。以前の本随筆に書いた、私が期待する日本で発見された「イベルメクチン」の治験(治療研究)もなかなか軌道に乗らないようです。

ファイザーやモデルナのワクチンはどうやら、新しいデルタ株やシグマ株にも多少有効なようです。但し、当然ながらワクチン接種後でもコロナに全く罹らないわけではありません。罹りにくくし、重症化をある程度予防するという程度です。かえって無症候のコロナを増やすかもしれませんが、しかしワクチンを打ちたがらない一部の若者にもそれでも是非打ってほしいですね。

彩の国のウエスターンライフ  (38 林裕)

ウクレレこと、林裕君(KWV 38年卒)から、近況報告ということで最近講演したときの内容が送られてきた。一部、紹介。

1945年8月15日終戦、9月2日降伏文書調印。埼玉県には所沢、豊岡、熊谷、朝霞などの飛行場や軍事施設、軍需工場などに占領軍が進駐開始。上尾には10月10日大日本機械に衛生部隊70名が進駐。当時私は5歳でした。突然、長いアンテナを揺らせながらジープが我が家に現れたのであります。ケモーノ、ケモーノと盛んに謂う。ケモーノ? キモノ?  着物? 私の生家は町では古い呉服屋でしたので、彼らは祖国への土産にキモノが欲しかったのです。商品としてのキモノ謎はありませんので仕方なく古い嫁入り衣装などを引っ張り出してケモーノ!というわけです。曾祖母の古い嫁入り衣装はハーシーのチョコレート2,3枚との交換になりました。そして彼らは度々我が家を訪ねるようになりました。

私の家の前の中山道を通る乗り物は終戦前は荷馬車か自転車、時々自動車は木炭車が通る程度でしたが、戦後になりますと米軍のジープをはじめとして軍用トラック、横っ腹い白い星マークを付けたモスグリーンの将校用乗用車果ては戦車、ブルドーザなどが薄青い煙を出して走っていく。彼らのガソリンの匂いに舶来のアメリカ文明をまざまざと見せつけられた次第で、この時以来私には made in USA のものだけが 舶来 として刷り込まれてしまったのかもしれません。

こうして私の 舶来 へのあこがれは西部劇映画、FEN放送に向かっていきました。西部劇は物語が単純で登場するのは正義感の強いヒーローtおブロンドのヒロイン。テレビ時代になりますと移りの悪いテレビの前に釘付け。牛追いのカウボーイ達の様子を知ることができました。カウボーイという言葉は、中世アイルランドの牛番(Wrangler) に由来しアメリカフロンティアの牛飼いがその名を受け継いだのだそうですが、それが荒くれで独立心旺盛、勇気と忠誠心に富んだ辺境の男たちの代名詞となったのだそうです。カウボーイがみにつけたものは世界中どこを探してもその類を見ない独特のもので、出稼ぎ生活を送っていた彼らは最小限のものだけしか持ち歩かなかったので、購入できる範囲で最高のものだけを持つように心がけたそうです。それは帽子、ブーツ、銀のスパー(拍車)、サドルバッグ、チャップス、ホルスターなどです。

私は実際にカウボーイを見たことはありません。馬にも二度乗ったことがあるだけです。わたしのあこがれは木目張りのステーションワゴン(馬車)になり、ハーレイのオートバイ(馬)になったというわけです。

(編集子)ワンダー仲間でも知る人ぞ知る、カントリソングの愛好家。病こうじて居住地上尾にウエスターンシーンに欠かせない各種商品やアクセサリなどを提供する専門店 YOUALLCOME (上記写真)を経営し、愛馬ならぬハーレイで疾駆する毎日を過ごしている。彼の店のホームページは www.youallcome.co.jp, 楽しい雰囲気にしてくれるつくりである。ご一覧あれ。

 

 

 

 

乱読報告ファイル (1) ハモンド・イネス ”孤独なスキーヤー”

イギリスには1930年代に花開いた推理小説というジャンルとならんで、冒険小説その展開として海洋冒険小説という伝統がある。陽の沈まない帝国を誇った時代、大航海時代に地球を駆け巡った英国人には海というものがそれだけ親しいものだったのだろう。同じ島国である日本に海洋冒険小説が育たなかったのは同じ時期、我が国が鎖国していたからだろう。残念なことだが。

日本が第一次大戦に参加してそのいわば分け前として南洋諸島と呼ばれた太平洋の島嶼の一部を信託統治するようになってから、子供向けの小説としては南洋一郎だとか山中峰太郎などの作品がならんだのは記憶に新しいが、残念ながら我が国に英国に比肩する海洋冒険小説、というジャンルに特筆するような作品は思い及ばない。

英国の冒険小説のうち、現代に題材をとったものの多くは2回の世界大戦にかかわる話が多い。代表的な作品としてはまずアリステア・マクリーンの出世作 女王陛下のユリシーズ号 とジャック・ヒギンズを一躍人気作家にした 鷲は舞い降りた を上げなければならないが、ほかにもマクリーンなら映画化された ナバロンの要塞 ヒギンズなら 狐たちの夜 ウインザー公略奪 などなどがある。この二人に次いで人気作が多い デズモンド・バグリイ、ギャビン・ライアル、バーナード・コーンウェル、なども読んできたが、だいぶ古手(原本を取り寄せたら表紙に classic と添え書きがあった)のひとりにハモンド・イネスという作家がいる。この人の作品がほかの人気作家と異なるのは、その舞台というか背景が社会情勢とか政治とかというよりも、常に大自然と人間との対決に置かれている点だ。

孤独なスキーヤー (原題: The Lonely Skier)は原本で127頁という比較的短い作品でだいぶ以前に翻訳を読んだことはあったが、今回英語の勉強をかねて読み返してみて、多くの作品とは異なった印象を持つ、すぐれた小説だと思うようになった。話の大筋は第二次大戦末期にナチが秘匿した金塊を探すというありふれたテーマで、話が展開する舞台は雪に閉ざされたヒュッテという、これまたミステリに多い設定なのだが、そうはいっても、なにか難しい推理があって最後に名探偵が登場して解決、というような作品ではない。

特に小生が感心したのは主人公が騙されてドロミテ山系の急斜面につれていかれ、深雪に転倒して動けなくなり、雪崩の危険に遭遇する場面の詳細な描写である。スキーヤーの一人として同じような経験は何度もしていて(自慢するわけではないが小さななだれもどきに巻き込まれた経験もある)このくだりの描写が自分の体験に即しても実に正確だと思った。おそらくイネス自身、スキーをやった人に違いないと思う。このシーンを読んでいて、突然、自分にとっての最後のスキーとなった、吹雪の志賀高原、焼額コースでのラストランのことを思い出した。なんと表現したらいいのかわからない、失ったものへの懐かしさと寂しさとが入り混じった感情だった。自身これまで乱読を重ねてきたが、このような感情ははじめてのことだった。

ところでこの作品自体もまた、なんとも表現しにくい、ハピーエンドとは程遠い結末で終わる。金塊も発見されないし、舞台となったヒュッテは登場人物の一人である女性の放火で、紅蓮の炎につつまれて全焼してしまう(ここだけとれば例の レベッカ のような終章である)。そして主人公をこの事件に放り込んだ諜報部の上司も現場から治安当局へ連絡のためにくだったスキー滑降の末に重傷を負って死んでしまう。此処まで読み切って、初めて読者は 孤独なスキーヤー というタイトルの意味を知ることになる。ほかの多くの小説群がそのエンディングで、ハピーエンドにせよトラジックフィニッシュであれ、とにかく読者を解放するというか納得できる結びになるのだが、この作品に限ってはそうはならない。これも初めての経験だった。

”アメリカには冒険小説は育たない“ と誰だったか著名な作家が書いていたが、英国人にとって自然はロマンであるのに、米国人には克服すべき対象としか映らないからなのではないか。そんな気持ちにさせてくれた一編であった。

(編集子)本稿になんでもいいから読んだ(あるいはかつて読んだ)本についての雑感を勝手に書き綴る、というシリーズを始めることにした。本の種類は問わず、難しいことは言わない、要は乱読、の報告である。各位のご投稿を待ちたい。