先日アップさせてもらった畏友菅井君からの論説の終わりに、話題になったHP3000という型名のシステムの写真をUSGoogleから転写した。参考までにと写真のほか、解説の一部を転載しておいたが、その部分を読み直してみて、最後の行が気になった。原文は下記のとおりである
・・・・evolving from 16-bit to PA-RISC architectures until its sunset in the 2000s・・・
3000という型名で作られてヒットした製品はアップグレードを重ねていった結果、その構造自体を RISC(reduced instruction set computing)という方式に根本的に改造して処理速度を飛躍的に伸ばし、次の世代につなげていく。したがってそれ迄の3000という名前のシリーズはなくなるのだが、その終焉をあらわすのに sunset という単語を用いているのが小生の心にアピールしたのだ。
sunset, 日没、という単語自体は初級英語からおなじみだしこれはもちろん小生だけの心理的な反応にすぎないのだが、物事の終焉,ということを、うまい形容詞がみつからないがおだやかに、あるときはロマンティックに表している、深みのあることばだと思うのだ。
かつて、良き、伝統的なアメリカ人の典型であったレーガン大統領はみずからが病を得たことを知って引退するときに、たしか、”自分はあの海のかなた、sunset の彼方へ行く”、というようなスピーチをしたように記憶している(余計なことだが彼に比べるとトランプ、なんてのがなぜ後を継ぐことができるのかが理解できないのだが)。この時彼が使った sunset という一語は去り行く歴史の一駒をあらわすのにもっともふさわしい形容詞であったと思っている。
これとは全くちがった例だが、カントリー音楽のベートーヴェンと称されるハンク・ウイリアムズには Beyond the sunset という名曲がある。ウイリアムズの歌詞は If you go first and I remain という一句で始まり、近づきつつある愛妻との別れ、という人生の区切りをどう生きるか、を切々と歌う。ここでは人間の必然を穏やかに表すのがまさに sunset という一語だ。
かたやイ―ジ―リスニングならば、ユーゴー・ウインタハルターのCanadian Sunset があり サム・テイラーには Red sails in the sunset がある。これらの場合はsunset はその日の終わりを告げる自然の壮大なシヨウを賛美する意味だし、エーガでいえば、”黄色いリボン” のエンディング近く、真っ赤に夕陽に染まった荒野を、去っていくジョン・ウエインを吉報を携えたベン・ジョンスンが追いかけていく、あのシーンも同じ感覚で僕の sunset のもう一つのイメージである。
それに比べると、sunrise といく単語はあまり思い浮かばない。ニューヨークに駐在していた同期の大塚を訪ねた時、彼がちょうどいい、ということで設営してくれたのでありがたく鑑賞した 屋根の上のバイオリン弾き(Fiddlers on the roof) で歌われた挿入歌がたしかSunrise,sunset, とリフレインしたのはよく覚えているのだが、ほかには sunrise, がひびく作品は思い出せない。
そういえばハリウッドを連想させる大通りがサンセットストリップであり、テレビ放送黎明期のアメリカ製ドラマ全盛のころ、たしか日曜日が放映日だったのがサンセット77,エフレム・ジンバリスト・ジュニアの渋い演技が光ったものだった (ついでにいえば、7日間、同じ時間帯にならんだのが拳銃無宿、ライフルマン、コンバット、ララミー牧場、ローハイド、などなど、あの頃のドラマにかけた意気込みはどこへ行ってしまったのか、と思うのが昨今のテレビドラマの貧困さだ)。ウイリアム・ホールデンが溺死してしまうという衝撃がはしったのがサンセット大通りであることはご存じの通りだ。
なぜ、この地に sunset という単語が選ばれたのかは知る由もないが、アメリカという国の開拓期に西へ西へと旅を重ねた開拓の人々に、その先に何があるか、という希望を表すものが西に輝く太陽だったのではないか。デスバレーを旅した時、Wagon Burning Point という標識に衝撃を受けたものだった。カリフォルニアにすべてをかけて旅してきた開拓民が旅の終わり、というか力尽きる寸前、最後の頼りだった馬車を燃やして砂漠を抜け出した地点だという。この人々は間違いなく太平洋の彼方に沈む太陽を、すなわち sunset を、ことのおわりではなく新しい希望としてうけとめたのではないか。このあたりに四季の移ろいを感じ、春の芽吹きが木枯らしに散っていくことを穏やかに見つめ、侘び 寂び という感性に結露する日本文化との違いがあるのかもしれない。
