「袋小路」(著者:G.シムノン/1938年、翻訳:臼井美子、発行:東宣出版、2025年)。
ベルギー生まれのフランスの作家、G.シムノンは、メグレ警視ものの探偵小説(75冊)で有名だが、彼は、実はロマン・デュール(硬い小説、日本で言えば純文学)の作家である自負が甚だ強く、その著作は117冊にも及んでいる。これは、東宣出版からシムノン ロマン・デュール選集として出版された二冊目にあたる。
自宅から近い高輪図書館は近着の本であっても、まだ貸し出されていなものは近刊本の棚で閲覧に供しており、この本は、そこを覗いて見つけ出した。しかし、読後、大変、大変、失望した。まー、こんな酷い本は誰も借り出さないんだろう。
主人公は、友人である35歳のブリニ(本名:ゲオルギー・カレーニン)と共に、ロシア革命によってフランスに亡命した白系ロシア人、38歳のウラディーミル(プーチンと同じ名前だ)・ウゴフ。こいつが、コート・ダジュールは、カンヌとアンティーブの中間地点に位置する港町、ゴルフ=ジュアンで、金持ちの夫人が所有するヨットの船長となり、同時にその夫人の愛人となるのだが、無為徒食の生活を送り、朝から近くの店で酒浸り。ところが、実際に船の世話をしているブリニが、船に泊まっている婦人の娘と懇ろとなり、それに激しく嫉妬した彼は、夫人の大事な宝石を盗んで、それをブリニに擦り付け、罪に陥れて、ブリニを追い払ってしまう。小生、先ず、こんな下劣な行為を行う男は軽蔑するし、況や、感情移入なんて出来るわけがない。そして、確かに、罪の意識と後悔の念に苛まれはするが、飽くまでも自己中心の彼は、自分が今の悲惨な環境下に置かれているのは夫人のせいだと思い始める。そして、遂に、機会を見つけて夫人を絞殺する。そして、最後の行を見て欲しい。「ウラディーミルは満足だった。すべては順調に進んでいる!」。これには唖然とするばかり。一体、どう言うことだ!シムノンよ、貴兄は何の取柄もない殺人犯人を野に放つのか。確かに、実人生ではこういうことが起こり得るかも知れないが、であれば、小説の上での結末は、なおさらの事、勧善懲悪に徹すべきではなかったのか。そうか、ここでメグレ警視が登場していれば、それこそ間違いなくウラディーミルを捕まえて、勧善懲悪で終わっていたに違いない。そもそも、シムノンがロマン・デュール(純文学)なんて変な色気を出したのが間違いのもとなのだ。
こんなことを得々として書いているシムノンは、Wikipediaによれば、13歳以来、約1万人の女性と交合い、その内の8000人が娼婦で、残りの2000人が素人だったそうだ(自分でこんなことを公言したのだろうか)。これは「袋小路」とはあんまり関係ないが、その余りの酷い出来具合から、いささかシムノンの悪口も言いたくなる。解説を書いた瀬名英明は、「シムノン、おまえは、天才だろ」とこの本を絶賛しているが、馬鹿者!バカも休み休み言いたまえ。
ジョルジュ・シムノン(Georges Simenon, 1903年2月13日 – 1989年9月4日)は、ベルギー出身のフランス語で書く小説家、推理作家。息子のマルク・シムノン(1939 – 1999)は映画監督で、女優ミレーヌ・ドモンジョの夫。
103編ある、ジュール・メグレ警視(Jules Maigret, 後に警視長)が登場する一連の推理小説で知られる。
世界中で最も読まれたフランスの作家は、ヴィクトル・ユゴー、ジュール・ヴェルヌについでシムノンであるとの説がある位、シムノン文学は世界各国で好評を博した(シムノンはベルギー生まれだが、ほとんどのフランス人は彼のことを同国人と考えている)。その売上のほとんどはメグレものだが、シムノン自身はメグレを主流な仕事とは考えておらず、あくまで自分を純文学の作家とみなしており、そのメグレ以外の代表作の一つ、『雪は汚れていた』(“La neige était sale”)はアンドレ・ジッド、フランソワ・モーリアックから絶賛された。