翠川幹夫・紀子です。
今日午後、家から車で15分程で行ける大泉学園駅近くのシネマコ
観客も疎らで、ポップコーンを食べながらボンヤリと観ていたので
旧き友集い語ろうは 過ぎし日の旅山の想い (投稿は著者あてメールでお願いします)
翠川幹夫・紀子です。
今日午後、家から車で15分程で行ける大泉学園駅近くのシネマコ
観客も疎らで、ポップコーンを食べながらボンヤリと観ていたので
僕が住んでいる地域は行政区画上では調布市だが、ほんの数十メートル歩くと三鷹市になり、もう少し歩けば世田谷区になる、いわば入会地みたいなところである。面白いことに(最近知ったのだが)わが家のある 西つつじヶ丘 の、それも 2丁目 だけが、NTTの都合なのだろうが電話局番が03である。甲州街道まで100メートルもないが、それを越えれば042になる。こういう意味でも面白い辺境?かもしれない。
この地域には、世田谷のほうから順に仙川、入間川、野川という3本の川が流れている。野川はハイキングコースになるくらい立派な”川”だが、入間川(埼玉県境の大河とはちがう)はほぼ暗渠になっていて注意しないと存在がよくわからない。仙川は野川ほどではないがあちこちに散歩道があったり、暗渠部分があったりと都市の河川の様相そのものだが、その一部なのかあるいは(多分)入間川の上流なのかが甲州街道とほぼ平行して流れていて、三鷹市との間が”中仙川遊歩道”として保存されている。無機質なコンクリートなどではなく敷石状の舗装がしてあり、多くの樹木が保存され、夏には涼を求める散歩客もいる。甲州街道とぶつかるところにその入り口の標識があるが、僕が時々歩くルートはその途中の坂の下から始まる核心部である。
歩き始めて10分くらいは左側が樹木を植えこんだ崖状、右側にその借景?を意識したのだろうが好もしい小住宅がゆっくりと建っている、一番”遊歩”というイメージに近い。甲州街道に直交するバス道を横断すると、今度は家家の並び方が一変して、いわば ”三丁目の夕日” 的な、違う感覚だが懐かしい雰囲気のある一角が続き、それをぬけるとまだ ”生産緑地” という名目で枯れたキャベツなどがうら寂しく残っている畑地になって、中央高速をくぐる寸前で暗渠が終わり、遊歩道の終点になる。
ここへ引っ越した当時はよく歩いたものだがしばらくご無沙汰していたので、朝飯前に歩いてみた。今まで全く気が付かなかったのだが、立ち並ぶ小住宅のうちの一軒の表札が 小八重 さんとあるのを見つけた。わがワイフの愛称は おやえ であり、こやえさんなのかおやえさんなのか、伺ってみたい気もするのだが、ストーカーと間違われても困るので、遠くから表札の写真を撮った。そこからほんの数件で、今度は 玉虫 さんという表札、そのすぐさきに 春 さんというのがあった。NHKのプログラムに紹介したいようなものだ。
ま、春の便りのある朝、おやえさん に 春 が来れば、これまた結構、という結末であろうか(彼女が ”え” の字がちがう!というのは織り込み済みだが)。往復して帰り道にファミマへ寄って、ほぼ50分の散歩になった。気まぐれにたどってみた京王線地下化あとの漫歩と同様、多少は運動不足解消になっただろうか。
次回の高尾W月例は景信山、天候がうまくはまればいいのだが、どうもCL堀川君は天候運のいいほうでないので、心配である。”春” が来ていることを祈るとするか。
今、思い出したのだが、わがジャイアンツのレジェンド、王さんの夫人の旧姓が小八重さんだったのではなかったか?
今日本で話題になっているこの映画を観に、映画館に足を運ばれ
多いのではないかと思いますが、私もそのうちの一人です。
音楽と
この映画について、新聞等に書かれている記事や寄せられている声
あとで知ったのですが、クイーンのメンバー全員かなりのインテリ
出自が移民であるフレディをファミリーの一員として受け入れ、共
「ボヘミアン・ラフソディ」は人を殺したという告白で始まる驚く
「人生は芝居だ、なにやら喚きたてているが終わりには何の意味も
シェイクスピアの言葉ですが、彼はそのようにこの世を去っていき
でも、人を勇気づける歌も残していきました。
We are champion いろいろ失敗しても、また頑張れば誰でもチャンピオンになれる、と最終シ
(編集子の横河電機同期入社の仲間のひとりが美術に詳しく、自身でもブログを書いていることがわかり、見せてもらってその内容に驚嘆して、とりあえず絵に詳しいと思っている仲間に紹介した。そのうち小泉先輩からの一文を紹介する。なおブログ名は 帆足進一郎絵日記 である)
ご紹介の帆足進一郎絵日記を拝見しました。先ずは、絵の多いこと、その中でも、山を描いた絵の多いことに驚きました。gisanとの交流から?と思いましたが、自分で50名山を選らばれるくらいですから、本当にお好きなのでしょう。事例として故郷の大分県の山は別として、指名された14の山のうち、明神岳を除き登っていることもあり、その山を見ながら、夫々感慨に耽ることが出来ました。60の手習いとはよく言ったもので、60歳から絵をデッサンから習われた由、小生も会社を辞めた時からでも、何か一つのことに打ち込むべきだったと後悔しても既に遅し。帆足さんが絵を描いているところをカメラでパチパチするぐらいが関の山。そう言えば、ワンダーの仲間にも、後藤三郎君をはじめ、29年卒の先輩宮田澄男さんも山では、スケッチ専門でした。同期の片岡陽一君は百名山を油絵で全てを描く計画をたて実行した筈です。
絵画は勿論ですが、音楽への傾倒にも感心しました。先ずは鑑賞する道具が違う。真空管アンプでの音響装置は、普通の音とは違う次元の異なる音の世界に違いない。名盤を聴いても、鑑賞する力量が異なるから、指揮者カラヤン、アバドや管弦楽団のベルリンフィルやウイーンフィルとの団員まかせをけなせるという音楽評論家でも言えないセリフで切り捨てる能力には恐れ入りました。語学が堪能でなければ、歌曲の素晴らしさに目覚めることは出来ないし、故郷の背景に、R.シュトラウス「最後の四つの歌」が聴こえてくる心境にはなれない。
先日、マーラーの先駆者とも言えるハンス・ロットの交響曲第1番が、2月9日にN饗と神奈川フィルとが定期演奏会で、同時に演奏されという珍しい出来事があり、小生は神奈川フィルを聴き、N饗の方は、いつかTV放映されるはずだが、聴き比べて、どちらかに軍配を挙げよと言われても,小生は判断出来ないだろう。
後藤君が、フォンオッターへの言及で、アンネ・ゾフィー・ムターが出てきましたが、その夫であったアンドレ・プレヴィンが2月27日89歳で亡くなりました。結婚当時34歳も歳が離れているので驚いた記憶がありますが、4年で解消。その前にも女優ミア・ファローやジャズ歌手ベティ・ベネット等とも結婚歴がありました。プレヴィンは、ジャズピアニストから映画音楽に関係した後、ロンドン交響楽団の指揮者N饗の名誉客演指揮者にもなり、自身のピアノで、モーツアルトの協奏曲やラフマニノフの交響曲等々、批評家には、通俗的と言われたりもしましたが、そのスマートな心地よい演奏は大好きでした。晩年は椅子に座っての指揮にもなりましたが、若々しい演奏は不変でした。
先日、まったくの偶然から編集子の会社時代の親友とKWVとの接点?が生まれたという楽しい話を書いた。その続きである。
(中司―後藤)
サブちゃん、先日、
(後藤―帆足、中司)
早速、帆足様の絵日記を見せてもらいました。素晴らしい作品が沢
(帆足―後藤、中司)
私のブログを色々見て頂いたようで有難うございます。 また、お友達にも過分に紹介頂き恐縮です。 ここのところ、月1回のペースになっていますが、
(中司―後藤、帆足)
喜んでいただけたようでうれしく思います。
趣味のある、
平成最後のKWVスキー合宿は新たなホテルステイで成功裏に終わったと思います。天候もまずまずで、大きな怪我もなく、湯の花漂う温泉にはみな満足だったようです。
長野五輪ではフランスチームが宿泊したホテルだそうで、食事や設備もまずは合格点、ホテルスタッフの「おもてなし」姿勢は好感が持てました。
34年が3人(含む夫人)35年4人、36年3人、37年4人、38年1人、39年5人で30年代20人。最長老Fドクターは相変わらずの達者な滑りで、新雪を漁っていましたし、軽井沢と志賀の年間パスで今シーズンすでに75日滑ったという現役スラローマー森永さん(35年)は次のレースが間もなくとのことでジャイアンツを何本も直線的に滑り降りていました。
“平成が滑り納めと膝が云い” 遠藤夫士男
ジャイへ すっかり春ですね~、私達世代の季節到来!。
真木弓子
写真は殆ど写していませんが合宿の解散直後に蓮池(現在は違う名
後藤三郎
1年の体育実技のスキーには、KWVからの参加がずいぶんあった。夜行列車で長野、志賀高原へ入り、確か丸池(蓮池だったか?)の下のほうでクラス分けがあり、今考えても無理があったと思うのだが、多少滑れたものは全員、ジャイアンツコースを下ろされて発哺へ入った。春合宿へ直結だったので、皆、大型のキスリングを背負っていたから、無残な滑降だった。最後の半日はKWVのメンバーは免除されて裏日本まわり、坂町から米沢まで、たぶん生涯一度の経験になると思うが米坂線というのに乗って五色温泉へたどり着いた。長かったなあ。
(編注)舟橋氏は小生と横河電機同期入社、以来親友付き合いを続けている。横浜市大在学中はテニス部で活躍。3年次に教育大との試合で5セットマッチで7時間を超える死闘を制して名を挙げた。社会人でも実業団戦ではデビスカップ出場者との対戦(1勝1分け)もふくめ、武蔵野市民大会など(単4回復1回優勝)で活躍。コートを離れても青梅マラソンに47回参加した快男児、今は同期会(事務系入社18人)の永久幹事でもある。今回思いもかけないことで連絡あり、まことに世の中狭いことに驚くとともにおおきに楽しく感じた次第である。
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皆さん平均年齢に達したかこれから達するかの時期になりましたが全員元気のことと存じます。当方も昨年をもってテニス、マラソンの公式戦を引退しました。
ところで本日(2/18)武蔵野市のシルバー人材センター主催のパソコン教室に出席しました。3回目でしたが自分で習いたいテーマを申告して自分のパソコン持参で教えてもらうやり方の教室
今日はグループのメンバーのアドレスをいちいち入力せずに予めまとめて登録をしておき、その都度のメールのあて先入力を省力化するやり方の勉強申告をしました。このやりかたを同期会メンバーを使ってマスターしようとしている途中で、二番目に中司
世の中本当に狭いですね。以上ご報告まで。
次回ハッキリ会での再会を楽しみに。