唄は世につれ、という言葉があるが、映画についてはあまり聞かない。思うに歌曲は聞く、その瞬時に投影され引き起こされる、いわば時間軸に左右されて感情に訴えるのに、映画には脳裏に残る映像があり、それがある種の固定された記憶を呼び起こし、時間の経過とは独立したかたちの印象をもつからではないか。
この映画は僕の高校時代、人がだれでも経過する人生の最も脆弱な時間帯に遭遇したある個人的な経験を思い出させる。フィルムとしての出来や俳優や背景などとは関係のない次元で、タイムワープして60年前の自分に対決するような気持ちで改めて見た。丘の上の一本の樹の映像が思い出させる記憶のほうが僕には重くて、予想はしていたのだが一種の虚脱感が残った、そんな再見だった。以下、愛好会メンバ各位の、メールの一部を紹介させてもらうことでフィルムそのものの感想に代える。引用したイメージは例によって安田君のご厚意による。
(安田)
第二次世界大戦後の1949年、イギリス植民地香港を舞台とした1955年制作の映画。ヒロインのイギリス人と中国人ハーフの未亡人の女医ハン (ジェニファー・ジョーンズ) とアメリカ人特派員マーク・エリオット (ウイリアム・ホールデン) は恋に落ちる。最後は悲恋に終わる物語だか、社会背景、混血、戦争などについても提起されている。監督は、ジェニファー・ジョーンスが1943年、のちに双方不倫の末結婚することになった名プロデューサー・セルズニックに見出され、23歳のデビュー映画 「聖処女」(The Song of Bernadette) でオスカー主演女優賞を獲得した時にも、メガフォンを執ったヘンリー・キング。
ジョーンズがデビューから12年後の映画で、その間 「ジェニィの肖像」 「ボヴァリー夫人」 「黄昏」 「終着駅」 などを経て大スターへの階段を上っていく姿を見(魅)せてくれました。彼女はチャイナドレスがとても似合う、品ある美しさと物腰が特に際立っていた。長身170cmに驚くほど細いウエストが印象的。彼女のみならず1940年~50年代を代表した多くのスター女優のような個性的オーラ溢れる女優には、今はなかなかお目にかかれない。相手役のウイリアム・ホールデンも既にオスカー男優 「第十七捕虜収容所・1953年」であり、「サンセット大通り」 「麗しのサブリナ」 「喝采」 などを経て押しも押されぬスター俳優。演技力を兼ね備えた美男美女の競演ぶりは見応えがあった。「慕情」 と双璧を成す香港を舞台にした洋映画 「スージー・ウォンの世界」 でも主役を演じている。「慕情」のホールデンは彼の多くに映画の中でも、「第十七捕虜収容所」 と並んで気に入っている。
(保屋野)「慕情」、今ビデオで見終えたら、早々に安田君のメールが届いていました。何時もながらの完璧な、解説、感想で、私が付け加えることもありませんが一言だけ・・・
この映画は大昔観た記憶はありますが、ほとんど忘れてました。冒頭1949年の香港の映像・・・当たり前ですが、高層ビルがほとんど無いことに何故か感動。そして、ジェニファー・ジョーンズとウイリアム・ホールデンという、美男美女の恋愛絵巻は、愛情物語に続き、またまた「目の保養」をさせていただきました。特に、ジェニファー・ジョーンズは、ハリウッド有数の正統派美人女優で、かつプロポーションも抜群で、チャイナドレス姿や水着姿等に圧倒されました。、
また、この映画は「旅情」と良く比較されますが、旅情はベネチアが舞台で、キャサリン・ヘプバーンとロッサノ・ブラッツイのコンビ、そして、慕情に匹敵する素晴らしいテーマ曲もありますね。。ちょっと違うのは、方や「絶世の美女」、方や「ハリウッドNO1の演技は女優」ということか。・・・旅情も放映してほしい。
(編集子)封切りが1年前後したやはりホールデン主演の トコリの橋 を思い出した。出入りの激しい映画だったが、慕情 の背景になった香港と同時期の(朝鮮戦争のころの)日本社会が、多少戯画化されてはいるものの背景にあった映画だった。そのころの人気女優淡路恵子が出ていたっけ。ついでに保屋野兄の待ち望まれる旅情の有名なラストシーンを張り付けておこう。安田解説で出てきた第十七捕虜収容所の悪役で出てきたピーター・グレイヴスと、のちのTV人気番組 ミッションインポッシブル でお目にかかった時はうれしかったものだ。