12月3日一泊で山梨県東部 道志村に位置する山梨百名山・鳥ノ駒山(とんのこまやま・1,
(保屋野)
鳥ノ駒山ですか・・・中々良い山ですね。
高幡不動尊の紅葉、私も一昨日行きましたが、今年の紅葉は色づきがイマイチですね。
今日は、来年2月に行く予定の同期蔵王スキーの宿予約をしたところ、主要な宿の多くが満室でビックリしました。やはり2年間の我慢が爆発したのでしょうか。何とか(少々高かったものの)予約はできましたが。ただ、コロナ第6波が来ないことを願っています。

旧き友集い語ろうは 過ぎし日の旅山の想い (投稿は著者あてメールでお願いします)
昨日が8日だったからそうではないかと思っていたが、1日遅れて今日のBS劇場は トラトラトラ である。何回か見ているので目新しくはないのだが、新聞に出ている番組紹介が主演を マーチン・バルサム と書いているのにちょっと驚いた。バルサムが演じたのは当時真珠湾軍港の海軍指揮官だったハズバンド・キンメル大将で、陸軍指揮官だったウオルター・ショート中将(ジエイソン・ロバーツ)とともに戦後真珠湾の防衛の責任を追及されることになる人物なので、筋書き上、重要であることはわかるが、山本五十六の山村総ほかもっと重要な役を演じた名優が沢山いるのに、という意味である。しかし念のため例によってグーグルをあさってみて了解した。グーグルの紹介記事の一番上にバルサムが載っていたからである。欧州戦線の最大の山場ノルマンディ上陸を扱った 史上最大の作戦(原題の The Longest Day のほうがはるかにいい、翻訳タイトルの失敗作だとおもうのだが)でも大物俳優が多すぎて、彼らのメンツを推し量ってクレジットタイトルはアルファベット順にしてあったが、おそらくこの作品も同じことだったのかもしれない。
さてこの映画と同時に、昨日、今日と80年たった今、というタイミングでいくつかの秘話が掲載されている(読売新聞)。そのことを書きたい。
一つは当日、空母から発進した航空機群とは別に、ひそかに湾内に潜入した特殊潜航艇5隻のことである。この5隻の戦果がどれほどあったのか、詳しく書いた資料はまだ見たことはないが、乗組員10名はいずれも戦死したとされていて、当時国内に発表された記事では 九軍神 となっていた。うち1名が経緯はわからないが米軍の捕虜になっていたからで、死すとも虜囚の辱めを受けるな、として
いた当時の軍指導部にとって、開戦当日に起きたこの事件はあってはならないものだったからだ。今回、この捕虜となっていた酒巻少尉のご遺族のたっての願いが報いられ、九人の仲間たちの顕彰碑のかたわらに同氏の記念碑が建てられ、80年たって仲間たちと会えることになった、という記事である。大戦で亡くなられた方は数知れないが、このような軍機とか政治的理由などでその最後が圧殺されてしまった方々はほかにもあるだろう。ただご同情申し上げるほかにできることはないのだが。
もうひとつはこの映画のタイトルになっている暗号電信、トラトラトラ を搭乗機から打電した松崎大尉の話である。大尉が当日の指揮官淵田中佐の搭乗機に同乗しこの歴史的電信を発信したということをご遺族が語ったという記事だ(大尉はその後マーシャル沖で戦死された)。この場面は トラトラトラ でも代表的
なカットで、オアフ島まで敵に会うことなく潜入した、田村高広演じる淵田中佐が ”奇襲成功だ、トラ トラ トラ や!“ と絶叫する。この作戦のすべては攻撃部隊が現地防衛軍の準備ができないうちに奇襲する、という一点にかかっていたからだ。
この真珠湾攻撃が、日本の正式な宣戦布告の前におこなわれたことから、treacherous attack として米国民の怒りを買い、ルーズベルト大統領が政治的優位に立つことを可能にした(ルーズベルト自身日本との対決はやむを得ずとしていたが世論はまとまっていなかった)、というのは事実であったし、映画でも情報部のブラットン中佐(エドワード・マーシャル)は攻撃のあることを確信して上申したにもかかわらず大統領が拒否したことになっている。山本は在米経験からアメリカ人がフェアプレイを最高の仁義と考えていることを知り抜いており、攻撃以前に公式な通知が必ず米国に伝えられることを最後まで
要求していた。映画にあるように, 現地大使館に文書は届いていたにもかかわらず、単なる事務的な遅れで提出が間に合わなかった。この通告が事前に届いていれば、真珠湾攻撃は正規な戦争行為であり、現実の戦果はともかく、”ジヤップは卑怯ものだ“ という汚点を歴史に残すことはなかったはずだ。しかし史実は面白いもので、映画の中でも上記した酒巻少尉らが、湾口を警戒していた米艦ワード号から攻撃を受けたのは実はまだ ”トラトラトラ!“ が実現していなかったので、この日米開戦の第一弾を放ったのは米国、ということになるのだという。
映画とは全く関係ないがもうひとつ、この トラトラトラ はハワイ近海にいた母艦赤城にあてたものだったが、それははるか離れた広島県呉にいた戦艦長門でも受信された。映画では興奮した通信士官が
山本の席に飛び込んで、”長官、トラトラトラ であります!“ と報告する。しかし山本はじっと目をつぶったまま微動だにしない。部屋には一瞬、静寂が訪れる。おそらく山本の胸中には(すでに通告が事前に届かなかったことは伝わっていた)、来るべき戦争がいやがうえにも難しくなった、ということがわだかまっていたのだろう(右の写真はグーグルに長門、として載っているものだが果たして本物か映画用の代替か、小生にはわからない。本当の長門は戦後、米国軍による原爆実験に使用されて悲劇的な最期を遂げている)。
もう一つ、多少、無線交信に知識を持っている小生として、日本戦闘機の発信した信号が広島にいた長門に、ハワイ―日本間の、この時間帯の電波伝搬状況で届いた、という事実が興味深い。この当時、戦闘機に搭載されていた送信機の性能はどんなものだったのか、とか、周波数はどのくらいだったとか、このあたりの博識をもって知られる浅野三郎くんの解説を期待すること大である。また関連して史実で言えば、この山本五十六は2年後、南方戦線で米軍機に撃墜されて戦死するが、これも実は現地の司令官が山本の旅程を到着地に知らせるべく打った信号を米国司令部が受信、現地の戦闘機に迎撃させたというのが真実である。当時の米国の通信機の性能ならばかくありなん、と納得するのだが。山本機を撃墜した米国のパイロット、ランフィーア大尉の回顧をどこかで読んだ記憶もある。いずれにせよ、当時世界の通信・情報技術がもう少し進んでいたら、歴史が変わっていただろうと改めて感じる。
ここでまた、時代は大きにずれるが、レッドオクトーバーを追え で、潜水艦ダラス艦長スコット・グレン(このエーガでまたこの俳優が好きになったのだ)がレッドオクトーバーの艦長(なんせショーン・コネリーであります)に発光器でモールス信号を送る場面がでてくる。最初のコンタクトぐらいはいいのだが、実に複雑な情報を伝えなければならないうえ、電信手には任せられないので ”俺のモールスはさびついてるんだが“ と自嘲しながら送信する。モールス信号には個々の文字だけでなく、意味を持った略号(誰でも知っているSOS のような)があることはあるが、それでもあんな複雑な意思が、専門の電信兵でもなくて伝えられるのだろうか、これも電信の名手浅野君の意見が聞きたいが、このあたりがやはり、エーガはフィクションである、という当然のことなのだろうか。
日米開戦にあたって改めて決めてあったいくつかの暗号の候補から、淵田中佐が自分が寅年であることと、”千里を走る”という意味でこの暗号 トラトラトラ を選択した、ということで、その縁起がこの長距離通信を可能にしたのかもしれないが。ついでに言えば、最終決定に先立って北太平洋を進んでいた旗艦に開戦日の最終決定を告げた電文が ニイタカヤマノボレ であったことは良く知られている。当時、台湾の高峰新高山は日本の領土にあったのだ。
ワクチンの2回接種を終わり、3回目の接種(ブースターというらしいです)が話題になっています。ご覧になった方も多いと思いますが、東京新聞の記事抜粋をご参考までに。
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新型コロナワクチンを2回接種してから数カ月がたち、
◆これが「ブースター効果」か
図の通り、抗体価の推移はジェットコースターのようだ。
喜んだのもつかの間、1カ月たつと半分以下に。
知人で横浜市在住の大学教員、鎌田素之もとゆきさん(48)=
◆急減から緩やかに
ただ、表計算ソフトでグラフ化してみると、「1カ月で半減」
本紙の産業医で、
◆未知の領域、個人差も大
抗体価がどれだけあればいいのか、
そもそも人によってワクチンによる抗体の獲得状況は大きく異なる
日本でも3回目の接種が始まったが、

塀まで剥がして差し出していました。
す。
た。
コダックの現像レシピ本を購入してもらい端から作り必要な「まぁそんな自由な校風でのほほんと10年間過ごし、
鉄鋼での新製品の売り込みと同じで回線問屋-海鮮問屋-
しばらく遠ざかっていたBS劇場で、再見。いくつかのことが重なって、じっくりと観た。
一つはマイケル・ダグラス。彼の作品は正直言うとあまり見ていない。彼に興味があるのは、小生の年代ならそうだろうが、やはり ”カークの息子“ ということだろうか。たたき上げの俳優カーク・ダグラスを始めてみたのは 探偵物語、中学生の時である。普通なら中学生(そのころの)が見る映画ではなかったのだろうが、慶応普通部には教育の一環として生徒に映画を見せる、という授業時間があって、”聖衣“、かのシネマスコープ第一号、を観たのもそうだし、この映画もそうだった。”聖衣“ はキリスト教の一部を学ぶ、ということで意味はあっただろうが、探偵物語 が果たして教師同伴で中学生が見るべきものか、ということは父兄の間や教員の一部にも異論はあったらしい。何しろ姦通という、オトナであっても難しいことが背景になっている映画だったからだ。しかし今、すがめで見てみると、あれを選択した先生は実はカーク・ダグラスにほれ込んだからではないか、と思えるほど、15歳の少年にも衝撃を与えた俳優だった。それ以来、彼の黄金時代にはかなりの数の作品(史劇物は敬遠したけれども、あまり評判にはならなかったが御贔屓ドロシー・マローンと共演した ガンファイター は特に好きだった)を見た。その息子なのだから興味があって当然かもしれない。
しかしもう一つの興味は、松田優作、という俳優を改めてみてみたい、ということにあった。ただその理由は、多くの人たちがこの特異なキャラクタを持つ俳
優、という目で彼を評価するのに対して、小生の単純な理由は 横浜ホンキートンクブルース をうたった歌手、としての彼を見たい、と思ったからだった。この歌のことを教えてくれたのはHP社の営業部門でただ一つのお荷物、といわれた事務用(当時はまだ事務用・技術用という区分があったのだ)コンピュータで悲鳴を上げていたころ、最大のカストマ(になるはずだった)C社とのルート開発に血の道を上げていたとき、先方の担当窓口だったS さ
んだった。出先で音楽を聴くとなればカセットテープくらいしかなかった当時、計画通りに事は運ばず、悶々としてアイダホ州はボイジーのモーテルのプールサイドでバドワイザー缶を片手に何回もこのブルースを聞いた。カントリーにも興味があった当時、いわばその本場にいながらなぜ、ヨコハマあたりの嘆き節を聞いていたのか、今思っても判然としない。しかしいかにも blue な気分にはぴったりしていたからなのだろうか。今自宅には原田芳雄版しかないがときどき、しんとした夜中なんかに気分を出して聞いている。
三つ目の理由はやはり高倉健。この映画と所々でごっちゃになるのだが、ロバート・ミッチャムが主演し、岸恵子も登場した ザ・ヤクザ というやはり日米にわたる犯罪捜査の話である。もともと、ブラックレインにせよヤクザにせよ、(言葉もわからんでこうは行くめえよ)という
連続の、難しいことが好きな評論家先生方にはあまり評判のよろしくない映画なのだが、その中で、ある意味、(ああそうか、こういうことがアメリカ人のみる良き日本人なんだな)という役がご存じ健さんなのだ。この両方に登場して、全く瓜二つ、とでもいう役を淡々と演じている。英語も達者なものだ。健さん、といえば任侠ものを見なければならないのだろうが、小生は一本もみていないので、船津於菟彦はじめファンの方には肩身がせまいが、小生には 幸福の黄色いハンカチ とこの2本で十分、しっかりケンさんびいきになっている。
映画の筋書きそのほかについては特に書くべきこともない。ただ画面の血生臭さや爆音のなかで、この三つのテーマ、をあらためて味わった、ということか。
本日ブログ拝見致しました。カミユは私の好きな作家の一人です。
で私が読んだといえば「嘔吐」の一冊のみです。その中に吐き気と
小説の手法もメルヴィルやヘミングウェイなどに学んだといわれて
カミユの作品に登場する人間には善良さと温かさを感じるからです
カミユを理解するのに都合の良い、佐藤 朔先生の書かれた文章をご紹介いたします。
カミユの作品が今も尚愛されているのはなぜか?カミユの作品
罪に苦しむ者や罪を犯した者はいるが、いずれも悪人ではない。だ
カミユの作品の魅力が失せない訳はそこにあるのです
(編集子)白状すると、小生も 嘔吐 にでてくる、木の根を見ていて真実を悟る、という一節は何が何だか分からず、その意味では一応最後まで読んだ、という事実が残るだけで、到底この哲学の巨頭を理解したなどといえる段階ではない。しかしヨシコの示唆で、サルトル本体はともかく、カミュという人の作品が持つ意味はなんとなく分かったし、提示してくれた佐藤 朔の一節が、考えてみると今回もっともらしく読んだふりをした石光氏のいう ”正義” なのかも、と思ったりしている。

はたまた石油危機か?という不安が続きますが、関係情報を得たのでご参考までにご覧ください (出所:「宮崎正弘の国際情勢解題」)。
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世界的なエネルギー価格上昇の懸念を受け、石油備蓄の放出に関する報道が相次いでいます。各国の個別の対応のみならず協調行動の可能性も浮上しています。
エネルギー価格の上昇はバイデン政権にとって最も厳しい試練になる恐れがあります。しかし実際のところ、バイデン政権ができることは限られています。何か手を打つとすれば、戦略的石油備蓄(SPR)の放出しかありませんが、効果は限られます。しかし、少なくとも具体的な対応をとっているという政治的アピールは可能です。このため、おそらく米国としては、最大3,000万バレルの緊急放出ではなく、最大500万バレルの「テスト・セール」のような措置にとどめ(この場合、緊急事態宣言は必要なく、エネルギー長官の決定で足りる)、さらに中国や同盟国との協調放出を進めようとしていると考えられます。
米中首脳会談では共通の利益に向けた連携が強調され、エネルギー危機への対応にも言及がありました(明日の記事で説明します)。中国はもともと単独でもSPRの放出を行う姿勢を見せており、米国との協調を受け入れる余地は十分にあると考えられます。上記記事で述べたとおり、原油価格は落ち着きを見せているので、SPRの放出の可能性は高くないと考えられていましたが、このような首脳会談からの流れを見ると、可能性はやや高くなったといえます。
しかも、次項で述べるとおり、ビルド・バック・ベター法案を成立させる上でも、インフレ懸念に対応しているというポーズを見せることは重要です。実際、原油価格の高騰は収まりつつあるので、政権としては短期的な圧力を弱めれば足りるところ、こうしたメッセージを出すことはそれなりに有効とも考えられます。
(ビルド・バック・ベター法案の下院可決)
米下院がビルド・バック・ベター(BBB)法案をついに可決しました。220対213で、民主党の反対は1人(ジャレッド・ゴールデン議員)でした。以前に指摘したとおり、下院は11月19日までの可決を目指していましたが、民主党穏健派はその前に議会予算局(CBO)による歳出と歳入の試算結果を確認する必要があると主張していました。今回の可決は、CBOが前日に試算結果を発表したことを受けて行われたものです。
CBOの試算はバイデン政権(民主党)の試算と大きく異なりましたが、それでも穏健派の多数は納得し、法案は可決されました。なお可決前に共和党のケビン・マッカーシー下院院内総務が下院での演説としては最長記録となる8時間半の演説を行ったことも話題になりました。
バイデン政権の試算結果は州税・地方税(SALT)控除の上限引上げによる減税効果などを含めていなかったのですが、CBOはこれらを含めて計算しており、新規支出と減税の合計額は2.2兆ドル、1,600億ドルの赤字を生じさせるという結果になりました。このような大きな違いが出ることを見越して、バイデン政権はCBOの試算をあらかじめ批判するという異例の行動に及んでいました。
それでも下院では可決に至りましたが、問題は上院です。マンチンとシネマの両上院議員は法案を大幅に書き換えるでしょう。しかも12月には国防授権法(歳出削減の回避が必要)、債務上限、つなぎ予算の失効という立法アジェンダが立て込みます。これらの問題はドタバタを演じながら最終的に解決されるでしょうが、BBB法案の審議にかける時間は大きく制約されます。したがって、年内の可決は難しく、来年に持ち越す可能性が高いと考えられます。
バイデン政権は、かねてよりOPECプラスが増産しないことを批判していましたが、先週には、FTCに石油市場の操作を監視するよう指示しました。これらの措置は、産油国やエネルギー企業の投機的行動に矛先を向けさせることが目的で、やはり打つ手が限られている中で国民への政治的アピールのために行っているものです。今後もこうしたメッセージは繰り返されるでしょう。
また、先週、バイデン政権はメキシコ湾での石油採掘のためのリース権の入札を実施しました。もともと公約に従い、発足直後に国有地での石油・天然ガスの新規リース契約を停止したのですが、産油州から訴えられて敗訴していました。そして最高裁でも勝てないと見てこれを許可したものです。民主党左派を失望させる措置ですが、エネルギー問題について批判をかわしつつ、民主党左派にはBBB法案を可決させることで、最終的には納得させるという計算があるのでしょう。こうしたバランスをとった現実的な路線を続けることで苦境をしのぎ、BBB法の成立で挽回を狙う、というのが政権の戦略と考えられます。
監督「大砂塵1954」のニコラス・レイ、主演ジェームス・キャ
冒頭主題歌 Run For Cover が唄われ、ニューメキシコのア
出会いから、樹々の向こうに煙が立ち上り列車との遭遇で、二人が
そのヴィヴェカとキャグニーが恋愛関係になり
クとボーグナインの対決となる。デレクは一味と通じていたことが
以上二人の出会いから、父性の懐の大きさを感じながら、強盗団と
(編集子)ジェイムズ・キャグニイといえば
まず思い浮かぶのがシカゴのギャング、というイメージだし、出てくればまず憎まれ役が多い名優だった。小生の好きなフォンダの ミスターロバーツ でもその憎々しさが面白かった記憶があるし、かたやボーグナインといえば
これまた掛値なしの敵役だ。特に 地上より永遠に でフランク・シナトラを殺してしまう軍曹役なんかが思い出される。このふたりの西部劇、ということになるとセーブゲキ党としてはぜひ見ておかなければならなかったのだが所用で見逃してしまったのが残念至極。
(飯田)小泉さんが纏めた「追われる男」をビデオ撮りしておいて昨日観ました。今月のBSシネマで、劇場では観ていなかったので、この一本を観たいと思っていた作品でした。
ジェームス・キャグニーが善人役として、珍しい作品で西部劇としてそこそこ面白いと思いました。ジャイさんもコメントしてましたが、キャグニーの映画ではジョン・フォード監督の「ミスター・ロバーツ」のヘンリー・フォンダに対する上官役が秀逸であり「ヤンキー・ドウードウル・ダンディ」が自分は好きな映画です。それに当時劇場で観た「白熱」は、もう一度是非観たいと思ってますが、テレビでは見たことが無いです。
遠藤誉女史の自伝、「卡子(チャーズ)」(1984年、読売新聞社)を読んだ。極めて激しい衝撃を受けた。
その内容は、戦争の終わった1948年、日本に引き揚げずに満州の新京(現:長春)に残り、チャーズに収容された人たちの話しだ(戦いもせず、我先に逃げ出し、敵前逃亡とも言える軍規違反をした関東軍には言葉もない)。チャーズとは、国民党、または、共産党が管理し、鉄条網が張り巡らされた、小生の理解では、強制難民収容所だ。しかし、そこには住まいもなく、食料もなく水もなく、体力のない人は、それこそ次から次にバタバタと死んで行く生き地獄だった。現に、当時7歳だった女史がチャーズに足を踏み入れた際には、死体があちこちに散乱し、目を覆う状況だった。雑草も木の芽も、そして、食べられるもの全てを食い尽くした後に残っているのは、カニバリズム(人肉食)だけだった。チャーズで何人の、それこそ無辜な日本人が亡くなったのか、未だに分かっていない。
何故、こんな悲惨なことが、戦争も終わり、しかも民間人の身の上に降りかかったのだろう。シナ人がスパイの存在を恐れたためだとの説があったようだが、それだけではこの蛮行、いや大虐殺は説明しきれないだろう。
日本はシナで蛮行を繰り返して来たと教えられてきた。例えば、重慶の爆撃、南京事件、その他。逆に、中国共産党は、清く正しく美しく、まるで宝塚でもあるかのように一方的に日本を非難し続け、片方の日本は、腰抜けの河野洋平がただただ叩頭するだけの河野談話を発表するお粗末さ。この虚偽に、日本が未だに拘束されているのは言うまでもない。
中国共産党は、チャーズの存在自体を公にしているわけではなく、ましてそこで亡くなった日本人がどれぐらいいたのかなど全く興味を持っていないだろう。となると、チャーズでの大虐殺は歴史の闇に葬られることになるのだろうか。結局は、勝てば官軍、負ければ賊軍か。
最後に、亡くなった方々の御霊に合掌。