”それぞれタウンウオーク“  (2)      (44 安田耕太郎)

山梨県甲州市塩山の笠取山(標高1,953m)の頂上直下を源にする多摩川は全長138Km(意外と長い)。東京に入り、羽村から羽田空港近くの河口まで整備された河原を歩く「たまリバー50キロ」なるウオーキングの催しもある(去年・今年はコロナで中止)。500mごとに距離を示す道標が埋められていて大変便利。

二子玉川駅付近(楽天本社も進出)

河口から15キロに位置する二子玉川付近に住んでいるので多摩川河原歩きが日課になっている。コロナ禍以来、特にそうなった。


中原街道陸橋方面を望む

自宅から約5キロ(7000歩)下ると、学生時代利用した東急東横線、そして中原街道、東海道新幹線の陸橋に達する。体調と天気が良ければそこまで往復することもある(1〜2週間に1回くらい)。2時間タップリ歩く勘定だ。河口まで往復30キロを一度だけ歩いたことがあるが、もう沢山だっ!の気持ちになった(笑)。コロナ禍以来、月に最低20万歩、興に乗れば30万歩を目安にしている。150キロから200キロ強に相当する距離だ。

広々とした河原には、長嶋・王時代の巨人が練習に使用した野球場、サッカー場、ラグビーグランド、テニス場などがあり、スポーツを楽しむ憩いの場所になっている。好天であれば富士山を横目で見ながら、さらにサギ 鵜 小鳥に癒される散策となる。

河原の桜並木(3月下旬)

古き良き時代のエーガ  (4)  ファンタジア   (普通部OB 船津於菟彦)

なんと」

日本公開は1955年9月となっているので高校の時に有楽座に見に行ったはずだが、そのときの入場券が出てきた。公開されて直ぐ行っているようで、なんと170円!

当日のパンフレット

 

出てきた入場券

『ファンタジア』(原題: Fantasia)は、監督はベン・シャープスティーン。1940年11月13日封切。ディズニー長編アニメーション第3作であり、史上初のステレオ音声方式による映画作品である。何しろ有楽座の音響設備が凄かった。4本のサウンドトラックからスピーカーを沢山付けて劇場中から音が出たし、スクリーも凄い。タシンスキー・レンズと称するレンズでシネマスコープ・サイズ2.55対1から1.60対1まで自由に変化出来る特殊方式で上映され、有楽座の舞台一面がスクリーンに成りグアーット画面が広がったりするので、これには大変驚いた。1940年にpersonal computerも無く、録音もレコード時代に、フィルムの光学録音を駆使したものである。最新の映画・映像・音響の各技術に関心が深いウォルト・ディズニーは、ストコフスキーから米ベル研究所に於いて自らの指揮で1932年にステレオ録音を行ったという話を聞いた(この時の米ベル研究所の録音が、現存する世界最古のステレオ録音である)。そこでディズニーはただちに映画『ファンタジア』をステレオ音響で制作することに決めたそうだ。
描き上げられた原画100万枚、録音テープ(光学録音フィルム)の長さ42万フィート(そのうち映画の中で実際に使用されたのは1万8千フィート)、制作期間3年と前例のないスケールでの製作となった。コンピュータなど無い時代に人力だけで制作されたアニメーション作品として、史上最も手間をかけて作られた作品であると思われる。そのため制作に掛けた経費があまりにも大きかったために、リバイバル上映を繰り返して1970年代になるまでは製作に投じた資金を回収できなかったと言われている。

さて、物語だが、ストコフスキーとディズニーが色々工夫して原曲には忠実では無く、いろいろ変わっているが、映画と言うより音楽を聴いている感じが強い。
また、日本は何も無い時代に超豪華な見世物を見た感じで今でもありありと各々シーンを覚えて居る。特に途中で休憩が入り、天使が幕を閉めたりして、指揮者ストコフスキーが登場し、アニメのミッキー・マウスと握手するというシーンは何とも面白い。

1:「トッカータとフーガ ニ短調」(9:22) – J.S.バッハ
「抽象的な音楽もやってみよう」と提案したことによる。そのため抽象画で作られている。

 

 

2:組曲「くるみ割り人形」 – チャイコフスキー14:12)

 

 

 

3:「魔法使いの弟子」 – デュカス(9:17)

 

4:「春の祭典」- ストラヴィンスキー(22:28)
舞台を人類時代の原始時代から、地球創世期~恐竜の時代に変更している。

 

 

5:「田園交響曲」 – ベートーヴェン(22:00)
◦ 舞台をギリシャ神話の世界に求めている
6:「時の踊り」 – ポンキエッリ(12:13)
◦ 担当者は研究のために動物園やバレエ公演に頻繁に通ったり、バレリーナの映像を参考にした上で製作された。
7:「はげ山の一夜」 – ムソルグスキー(7:25)
8:「アヴェ・マリア」 – シューベルト(6:27)

 7と8はアニメーションがつなぎ合わされ(「禿山の一夜」の終わりの音と、「アヴェ・マリア」の最初の音が偶然一緒だった)、「光と闇」という壮大なラストを表現している。今考えると1940年。80年も前にこんな映画が作られたとは驚きの一言。カタログと入場券は今も大事に保管している。

ワクチン接種 ー カリフォルニア風  (HPOB 五十嵐恵美)

本日、Pfizerワクチンの第二接種を受けてまいりました.もしかしたらご興味があるかと思いその様子をお知らせします(ワクチン接種アメリカ版です).

全てコンタクトレスで行われ、車でサンマテオ郡のイベント・センターに行き、免許証、証明書、等、を車の中から窓越しに見せると、IPADを持った係りの人が、それをデータと見合わせます.本人であることが確認できると、ウィンドシールドに「確認済」の札を挟み、接種者はそのまま車で前進、大きな倉庫のようなイベント・センターの建物の中に入り、これも車の中から腕を出して接種を受けます.指定された時間の10分ほど前に到着して、接種を受け、15分間指定の駐車場で(車の中で)安静にしている時間を含め、全て、約30分弱で終わりました.3週間前の第一接種を受けたときも同様で、車の整理、書類の確認、ワクチンの接種、等、20台、30台の若者達が取り仕切っています.一日中、立ち仕事で大変だと思いますが、皆「気持ちよく」接種者と対応しています.郡が住民の接種を開始した初期は色々ロジスティクスに問題があったようですが、今は驚くほどスムーズに行われていて感心する次第です.

JOHNSON&JOHNSONのワクチンも早々認可され、カリフォルニアでもすでにJ&Jのワクチンの接種が始まっています.既にご存じのことと思いますが、J&Jのワクチンは普通の冷蔵庫で保存でき、接種も一回でよいということで(効果はPfizerやModernaと変わりないと聞いています)、今後、その便利性からJ&Jのワクチンの普及(特に施設が不足している遠隔地)が早いのではないかと思われます.ワゴン車で移動し、遠隔地、ホームレスの人たちへの接種(J&J)は始まったそうです.

(HPOB 山下明子)
今日、Giさんのブログにアップされた“ワクチンは怖くないよ!”を拝読させていただきました。
現場で働いていらっしゃる船曳、篠原両先生の貴重なご投稿を拝読し、ワクチンを恐れずに接種できます。順番が来たら積極的に接種しようとは思っていましたが、副反応など不安もありました。今は、早く順番が来ることを願っています。

“それぞれタウンウオーク”(1)  日吉キャンパスの現況   (42 下村祥介)

「高尾の天狗」、調布で飲めるとは奇遇(?)ですね。ご夫妻ともどもお元気の様子で勇気づけられます。

先日、天気はあまり良くなかったのですが、気晴らしに日吉のキャンパスを散歩してきました。日吉駅からキャンパスに向かって真正面に見える銀杏並木は例年より半月ほど早く緑にあふれ、すがすがしい気分になれました。

残念ながら教室のあるエリア一帯は柵で仕切られ、ゲートには守衛さんがいて検温チェック。OBと言えども中に入れず、少しがっかりでした。まあ、不要不急の散歩だから仕方ありませんが・・・。通常なら多数の男女学生で賑わっているキャンパスもオンライン授業のためか学生の姿はほとんど見られず、咲いているつつじの花も少し寂しげでした。

エーガ愛好会 (60) パリは燃えているか   (44 安田耕太郎)

パリは燃えているか」は、1944年連合軍のパリ進撃で敗色濃厚となったドイツ軍パリ占領司令部へアドルフ・ヒトラーが電話で発した言葉として知られている。それと同じ題名の映画のみならず、同じ題名だが映画主題曲とは異なる楽曲も聴いて見た。オーケストラ演奏の序曲が流れたあと、冒頭にヒトラーが登場し、パリ占領のドイツ軍司令官として任命した赴任前の部下に、撤退する時はパリを焦土にせよという命令を下す。そこでタイトルが出て、重厚なテーマ曲とともに風前の灯となったパリの風景とパリ・シャンゼリゼ大通りを凱旋行進するドイツ兵の姿が映し出される。素晴らしいオープニングだ。映画の主題は、「パリ爆破計画はいかに回避されたか?」と言ってもよい。

ポーランドへ侵攻して第二次世界大戦の口火を切ったナチスドイツは、1年を経た1940年夏にはパリに達し、以後4年間に亘り占領統治する。パリがドイツに占領されるのは歴史上2回目。最初は普仏戦争で敗れ、プロシアに占領された(1871年)。映画「史上最大の作戦」で描かれた1944年6月の連合軍のノルマンディー上陸作戦とそれに続くベルリンへの進攻(途中のオランダにおける激戦を描いた映画が「遠すぎた橋」)、更にはロシア・スターリングラードで敗北したドイツは一気に敗戦への坂を転げ落ちて行く。一方ドイツ占領下のパリでは、地下組織として潜伏するレジスタンスたちが、ドイツ軍の士気が低下している隙に活動を活発化し、連合軍の到着を待ちながら総決起の準備を進めていた。

約80年前の歴史的事実を描いた映画という点では「史上最大の作戦」「遠すぎた橋」と同様、ストーリー展開に特別の目新しさはないが、フランスにとってはフランス革命にも匹敵するであろう歴史的出来事を忠実に淡々と積み上げていく。従って、総じて、登場人物を掘りさげるとか、人間ドラマを深く描くわけでもない。豪華スターを集めた作品なので、“スターの顔見せ”風の傾向は否めなく、出演者が豪華な割には彼らすべての魅力が充分に活かされているわけでもない。この類の映画では致し方ないのであろう。だが、全体として違和感はなく、実写フィルムも加え、どちらかと云えばドキュメンタリー風であるし、まるで記録映像のようにも鑑賞できた。

連合軍側による劇的な “パリ解放” に至る歴史的事実を、戦後大統領となったドゴールの一派(幕僚役アラン・ドロンが活躍)、自由フランス軍、レジスタンス、連合軍、市民、ドイツ軍のそれぞれの様子と行動、及び彼等相互の絡みを交えて描いている。監督は「禁じられた遊び」「居酒屋」「太陽がいっぱい」の巨匠ルネ・クレマン。「ゴッドファーザー」の演出監督として知られる、若きフランシス・コッポラが脚本を担当した。音楽は前年1965年の「ドクトル・ジバゴ」、1962年の「アラビアのロレンス」の主題曲を作曲した鬼才モーリス・ジャールが担当。戦争映画には似つかわしくないワルツの音楽を採用したのは粋で憎い! 因みに、1966年に公開された洋画は、「ネバダ・スミス」「動く標的」「男と女」「引き裂かれたカーテン」「ミクロの決死圏」「天地創造」「続・夕陽のガンマン」「野生のエルザ」などがあった。

米・仏合作のパリを舞台にしたルネ・クレマン監督作品でもあり、フランス人豪華キャストの顔ぶれが凄い。二人のスター俳優「太陽がいっぱい」のアラン・ドロンと「勝手にしやがれ」のジャン・ポール・ベルモントの珍しい共演アラン・ドロンは17歳の時にインドシナ(ヴェトナム)戦線に志願して従軍(20歳まで)したことがあり、こういった戦争映画は得意なはずだ。「恐怖の報酬」「さよならをもう一度」のイヴ・モンタンは、「嘆きのテレーズ」「悪魔のような女」の妻シモーヌ・シニョレと夫婦共演。「ガス燈」のシャルル・ボワイエは往年の二枚目の面影は消えたが渋い演技は健在、「足ながおじさん」のレスリー・キャロンはバレリーナ出身だけあって立ち姿が綺麗で、容姿も素敵だ。アメリカからは、パットン将軍役を演じた、「スパルタカス」「OK牧場の決斗」のカーク・ダグラス、「市民ケーン」「第三の男」のオーソン・ウェルズ、「ミッドウェイ」のグレン・フォード、「サイコ」のアンソニー・パーキンス、「ウエスト・サイド物語」のジョージ・チャキリステレビシリーズ「アンタッチャブル」のエリオット・ネス役ロバート・スタックなど(挙げた「鉤括弧内」の映画は既観の代表作品)。

主役級の役割を果たす、ドイツ軍パリ占領司令官役の西ドイツ俳優ゲルト・フル―ベ は 、「007ゴールドフィンガー」のゴールド・フィンガー役で、その存在感は際立っていた。ふてぶてしさの中に人間味が滲み出ている。中立国スウェ―デンの領事役オーソン・ウェルズの貫禄ある演技も光った。全編に登場するオールスターキャストを見ているだけでも楽しめる映画だが、惜しむらくは撮影時には出演者それぞれの母国語(仏語・独語・英語)でセリフを言っていたが、アメリカ公開版の際に全て英語に吹き替えられたそうであろ。日本で観れるのはアメリカ公開版なので、アラン・ドロンとジャン・ポール・ベルモントが英語で話しているのはやや興覚めではあった。

ドイツ軍はヒトラーの命令通り、エッフェル塔などの文化遺産や主要な橋やインフラ設備などパリ市内の至る所に爆弾をしかけていた。パリ郊外に迫る連合軍の進撃を阻止するための “パリ焦土化計画”と、これを食い止めようとするレジスタンスたちの熾烈な攻防戦だ。これに連合軍の侵攻の過程が刻々と挿入され、クライマックスはパリの大市街戦へとなだれ込む。ドイツ占領軍司令官は中立国のスウェ―デン領事(オーソン・ウェルズの勧めに応じて、レジスタンスと休戦協定を結び、連合軍の侵攻までパリ破壊を引き延ばす時間稼ぎをする。彼がパリの破壊を遂行しなかったのは、単なる博愛精神だけでなく、すでに敗北を悟り、戦争犯罪人として裁かれ歴史に悪名を刻まれる屈辱を避ける狙いもあったのかも知れない。彼にはヒトラーは狂っているとしか思えず、人類の財産と云うべきパリの破壊を回避した。部下が「美しい町ですね」と語りかけ、司令官は「我々は軍人としてここにいて、観光客ではないのだ」と応えるシーンが印象的だ。この司令官の勇気ある決断が、全人類の世界遺産花の都パリを救ったかと思うと感慨深い。狂気が支配する戦争において、それを抑える理性が存在した事実は知っておくべきであろう。


ドゴール将軍と群衆がシャンゼリゼ通りを凱旋パレード(実際の映像)

連合軍のパリ入城に熱狂するパリ市民、国歌「ラ・マルセイエーズ」を大合唱する群衆、ナチスの鉤十字ハーケンクロイツの旗を引きちぎる群衆、4年半ぶりに鳴り響くノートルダム寺院の鐘の音、罵倒されながら群衆の中を逮捕され連行されるドイツ占領軍司令官・・・、映画の最後の大団円は歴史の事実を強烈に描いている。そして、司令官が逮捕され誰もいなくなった司令部の受話器からはヒトラーの「パリは燃えているか?」と問い合わせ続ける声が響いていた。

エンドロールで、これらの生々しいパリ解放の場面から、現代(1960年代)のパリへとシフトしていき、上空から街並みを俯瞰してカメラが捉え、モノクロの映像がカラーに切り換わる幕引きは、本当にパリという美しい世界遺産の街が戦禍を免れて良かったなという余韻に浸ることが出来た秀作であった。余談だが、映画がモノクロになったのは、黒と赤のナチスの旗ハーケンクロイツを映画撮影で市内に掲げることを当局から断固拒否され、仕方なく旗を灰色と黒に替えて撮影したのでモノクロ映像になったという。結果として実写フィルムとも違和感なくマッチして第二次世界大戦当時の雰囲気が醸し出されていると思う。

続いて楽曲について。欠かさず観たテレビ番組にNHKスペシャル「映像の世紀」(The 20th century in moving images) がある。印象的なテーマ曲は「パリは燃えているか」。映画と同じ題名であるが、モーリス・ジャールではなく、加古隆の作曲による異なる楽曲である。彼は東京芸術大学作曲科卒業後、パリ国立高等音楽院に学んだ作曲家・ピアニストである。1995年にNHKスペシャル『映像の世紀』の音楽を担当し、テーマ曲の「パリは燃えているか」は大きな反響を呼び、加古の代表曲となる。パリに永年留学した加古は、この曲をヒトラーのパリ壊滅命令を無視し、街を救ったドイツ軍司令官のエピソードにヒントを得て作曲した。戦争に翻弄された20世紀と人間の運命への思いを込めているという。

ワクチン接種は積極的に!  (34 船曳孝彦)

入院中でしたので、有力な情報は入っておりませんが、コロナの現況について一言発信しておきます。

前報で危惧していた通り、第4波となってきています。あの時点での緊急事態宣言解除がとんでもない失敗です。大阪では爆発的蔓延に(まさにパンデミックに)発展しそうな気配です。東京周辺もおっつけ大阪を追うことになるでしょう。各種の変異型ビールスが主役となり、強い感染力を持っていますので、蔓延防止策が採られようが、緊急事態宣言が出されようが、関係なく我々自ら最大限の注意をしなければなりません。怖ろしいことになりそうです。

「俺は(私は)未症状感染者かもしれない」「友達と言えども感染者かもしれない」と覚悟して行動することです。3密は避け(人込みに加わることは絶対避けてください)、アルコール会食は自粛し、マスク会食(現実には無理でしょうと思っています)などより、外出時には頻繁にマスクを替える方が、より効果的であろうと思います。

遅れに遅れていますが、ワクチン接種が、医療従事者の大部分をすっ飛ばして、高齢者への接種が始まりました。皆さんにもし順番が来たら、副反応だ、アナフィラキシーショックだのと言ってないで、是非お受け下さい。私の目から見て怖い副反応が頻繁に起きているとは思えません。世界の先進国中最下位に近いワクチン民度の低い日本人に、医学的に判定できない程度の副反応を大袈裟に取り上げているマスコミに踊らされて世の中騒ぎ過ぎです。心配しないでください。ちゃんと安全に接種できたと確認するよう手配されています。私も自分が入院などにならなければ、ボランティアで接種のお手伝いをしようかと思っていましたが、消えてしまいました。

山を愛してきた皆さん。それでもこの自粛、自粛の世に圧し潰されてしまわないよう、賢く生きてください。ヒトのせいにせず、賢く自分で判断してください。私は山歩き自体には何の危険性もなく、山道となればマスクも不要と思っています。ゴルフ場もそれに準ずるでしょう。キャディさんに迷惑の掛からないようお気遣いしてもらうのも大切です。きれいな空気を胸いっぱいに吸い、精神的にもおおらかさを回復したいな、と思っています。しかしこの時期、4人位の少人数で行動しませんと、世間もうるさいですから、人数にはお気を付けください。打ち上げはやはり自粛でしょうな。KWV三田会会員から一人も感染者を出さないようにしましょう。

高尾の天狗 !

”月に一回、せめて高尾山くらい行かねえか” と36年同期仲間で半ば冗談半分ではじめた ”月いち高尾” もすでに10年を超えるロングライフプログラムになった。言い出しっぺのいわばファンディングメンバーは参加者が拡大したこともあり、10年を機会に幹事役を堀川・奥沢コンビに託した。彼らの献身的な幹事役のおかげでこの企画は KWVOB会有志 のひとつの絆として定着した感がある。

このワンデルングの当初から、その日の打ち上げとして定着したのがJR高尾駅南口にある中華料理店 天狗 である。実は36年同期が幹事役を仰せつかった秋のワンデルングで使った居酒屋が感じがよかったのでそこを予定して行ったところ、なんとその店は閉店していてその隣にあった、はっきり言えばあまりさえないこの店に仕方なしになだれ込んだ、というのがきっかけだ。店も別に綺麗げということもなく、台湾生まれのオーナー夫妻はぶっきらぼうだが料理はうまいし居心地も悪くないのでいまや 月いちW不可欠のエレメントになっている。

一昨晩、夫婦で家のそばにある、10年来の行きつけである釜めし屋に行ったところ、新しく取り寄せた日本酒の大きな広告に対面して、文字通りの出会いに大きに喜んだ。あまりまだ街中の店では見ないが、これからは仲間うちの必需品になりそうな気がする、やや甘口、である。小生には耳新しい醸造元で、最近はこのギョーカイもでいりが多くなってきたが、ぜひ長続きしてほしいものだ。

(36 高橋良子)

ジャイさま
私のおすすめ。「高尾山」 やや辛口。あきる野市牛沼 中村八郎右衛門。

 

錦糸公園の夜桜      (普通部OB 船津於菟彦)

新型コロナウィルス蔓延旋風は収束は見えず、医療関係者のご努力で日本の死者は世界でも少なく、蔓延も何とか抑えられています。
医療関係者に励ましと御礼で東京はブルーの色で示しています。ここ錦糸公園のサクラのライトアップも今年はブルーです。

エーガ愛好会 (59)  ネバダ・スミス

(久米)「ネバダスミス」の感想が西部劇ファンの小泉さんからまだでてきませんがきっと書いてくださると楽しみにしております。

監督、ヘンリーハサゥエイ(勇気ある追跡も同監督の作品でした)そして、私のお気に入りのスティーブ・マックウィーンがニヒルに格好よく主人公を演じていました。この映画は随分前に見ていたのですが見直してみると印象が随分変わってきました。カール・マルディンの悪役も珍しい、そしてラフ・バローネの神父役はもっと珍しいと思いました。マックウィーン演ずるマックスが拳銃さばき、読み書きなどを習得したりしていきながら両親の復讐を遂げるまでにはキリスト教の教えを諭す神父に出会ったりしながら成長していく姿をマックウィーンならではのニヒルでスマートな身のこなしで最後までハラハラドキドキとした映画でした。昔見たからもう見直さなくてもいいかなと思ってはいけないと感じさせてくれた映画でもありました。

(小泉)三人の男に白人の父とカイオワ族の母を虐殺された息子を演じる若きスティーブ・マックイーンが、自宅を焼き、ロードに出る復讐劇。復讐するには世間知らずで、実力も教養も足りない若者が、軽い身をこなし格好良く荒野や渓流を進み旅をしながら成長して行く様子が何とも気分よく観ることが出来た。

そのマックイーンを育てる立場の人、復讐される悪人たちが、脇役ながら風格ある演技者たちが演じているので、だらつかない作品だった。前者では、銃商人で、ガンさばきのイロハと処世術を教えるブライアン・キース、復讐と許しある尊い生き方を教える牧師ラフ・バローネ。後者では、第一の仇酒場のカード配りマーティン・ランド―、沼地の刑務所に服役中の第二の仇アーサー・ケネディ、第三の仇である駅馬車強盗の頭カール・マルデンと役者が揃う。女優陣も、美しく心優しい美女の面々が、顔を揃える。第一の仇の妻役ジョアンナ・ムーア、カイオワ族の娘ジャネット・マーゴリン、第二の仇共々監獄からの脱出に協力するスザンヌ・プレシェット。しかし女性蔑視的描き方が気になった。この美女たちとの行きずり関係はある程度致し方ないとして、監獄での描写で、女性が団体で、囚人の宿舎に入り込んでいく場面や、逃走に協力させたプレシェットが毒蛇
に噛まれ瀕死の状態を知りながら捨て去っていくマックイーンの冷たさ。もう少し描き方に工夫があっても良かったのでは?

(久米)小泉さんの女性蔑視の件につきましては同感です。昔の西部劇を観ていますとインディアンに対する姿勢も今となってはとても受け入れ難い描き方が多くあるように感じます。
スティーブ・マックウイーンの映画では女性蔑視の最たる映画、それでも私は
大好きですが「ゲッタウエイ」ではないでしょうか。妻に対して物凄い勢いで張りビンタを繰り返します。ワーこれは今では受け入れられない映画だなと感じます。女を自分の目的を達成する為の道具にしているとしか思えない男をマックウイーンが演じています。それでも妻は彼のことが好きでついて行くのです。そして私も彼が好きで映画を見てしまいます。

「ゲッタウエイ」はアレック・ボールドウインでリメイクされましたが迫力が雲泥の差でした。ちなみに映画でスティーブマックウインに殴られ続けていた女優さんはこの共演の後、マックウイーンと結婚しているのですから笑い話にもなりません。

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この映画、億万長者ハワード・ヒューズをモデルにしたハロルド・ロビンスの小説を映画化した「大いなる野望1964」のいわばスピンオフ作品とされる。”大いなる野望(The Carpetbaggers)は、エドワード・ドミトリクが監督した1964年のアメリカ合衆国の映画で、ハワード・ヒューズを大まかなモデルとした、ハロルド・ロビンズのベストセラー小説『大いなる野望』に基づいて制作された。ジョナス・コード・ジュニア役でジョージ・ペパードが主演し、アラン・ラッドが西部のガンスリンガーで、後に俳優になったネバダ・スミスとして出演した。アラン・ラッドはこの映画が最後の出演作となった。この映画は1960年代のセクシャル革命としての画期的な作品となった。小説で度々描写されていたように、映画にも男女間の包含や当てこすり、そしてサディズムが含まれていて、当時の他の映画よりも進歩的であった(ウイキペディア)

(編集子)本編とは離れるが、上記 大いなる野望 のジョージ・ペパードはお気に入りの一人である。。いろんなテレビシリーズもあるが、ジャック・ヒギンズの名作 狐たちの夜 が何といっても良かった。最近テレビで放映の トブルク戦線 ではロック・ハドソンよりも印象的だった。役柄として能力にあふれているがトップには立たない、その在り方をいつも客観的というか冷笑的に見ている、というようなものが多かったように思っている。

 

ヘイトクライム記事について   (HPOB 五十嵐恵美)

Giさんから、「ブログ、目を通していただいて、コメントやカリフォルニアでの事情など、お知らせいただければ幸甚です」とのメールをいただいた.最近、米国各地で起きている様々な人種に関係する事件の一つにジョージア州にあるマッサージ・パーラー3カ所で、8人が殺害された事件がある.その死者の6名はアジア系女性(うち4名は韓国人女性)だったそうだ.この報道は日本でもされたらしく、従妹から「そちらは大丈夫?」と心配する電話をもらった.サンフランシスコおよびロサンゼルス都市部の状況は当地シリコン・バレーと違う.このブロッグではシリコン・バレーの様子を中心に「米国における偏見」に関して思いついたことを書いた.

8名が殺害されたGeorgea州マッサージ・パーラーの一店舗

 

人種差別はアメリカの歴史

https://en.wikipedia.org/wiki/Racism_in_the_United_States

米国における人種差別は今にして始まったことではない.それも有色、黄色人種に対してとは限らず、対ユダヤ人、カトリック教信者、そして9/11以降は中近東諸国からの移民、イスラム教信者への偏見、またペッキング・オーダーごとく、対アイルランド人、ポーランド人、イタリア人、ドイツ人、プエルトリコ人、韓国人、等々を含む新しい移民への人種差別も存在する.

シリコン・バレーの様子

当地シリコン・バレーの状況はと言うと、余りこれに関したニュースは聞こえてこない.シリコン・バレーの生産業はすでに斜陽で、工場はほとんど多郡、他州に移転してしまい、工場労働者数は激減、また黒人が少ない.黒人の人口が多いオークランド市、サンフランシスコ市(中華街が大きく中国系の高齢者の数も多い)でのヘイト・クライムは増加、それに対応する地域の活動家も多いという.KPIX、 CBC系の地元テレビ局、によるオークランド市での人種差別反対のデモ中継は中国人のデモ参加者のインタービューも交えてその様子を伝えている.https://youtu.be/qk0w-Vg8W1I

シリコン・バレーでハイテクに従事する人たちの人種は多様で、米国人以外のヨーロッパ出身の白人も含め、中国人、インド人、イラン人と外国人の割合は高い.米国外で生まれたシリコン・バレー住民は約38%.知的有職者の多くがエンジニア、技術系で、彼らは一般的に「社会的思考」型ではなく、学歴レベルは高く、平均年収は約$150,000(2020)、仕事優先の「自分本位」タイプで、他人のことはあまり構わない集団である.外国人が多いこともあり、シリコン・バレーでは今回のような都市部で多数見られる「アジア人に対する偏見、暴力」はあまり聞かれない特殊な地域である.

Population Share by Race/Ethnicity

シリコン・バレー住民の人種別割合(2019)

https://siliconvalleyindicators.org/data/people/talent-flows-diversity/racial-and-ethnic-composition/population-share-by-race-ethnicity/

 アジア人(35.3%)、白人(32.7%)、ヒスパニック系(24.7%)、黒人(2.3%)、その他(4.9%)

コロナ禍の中、パロアルト市の「銀座」ユニバーシティー通りにテーブルを並べたレストラン

メンロパーク市「目抜き通り」入車禁止のサンタ・クルーズ通りのレストラン夜景

 ベイ・エリアの低所得者と超低所得者の実態

2020年9月21日付けで「Who Is Low-Income and Very Low Income in the Bay Area? ベイ・エリアの低所得者と超低所得者の実態」と題して、収入の差を人種別に解説した記事がある(https://bayareaequityatlas.org/node/60841).ベイ・エリアはサンフランシスコ、オークランド、シリコン・バレーを含む、人口約700万人のサンフランシスコ湾の湾岸地域を指す.現在のベイ・エリアの差別問題は「Equity、資産」の差から発生していると示唆している記事で「所得を対象とした政策は(特に黒人とヒスパニックに対する)住宅における人種平等を促進し(彼らは賃貸家屋に住んでいる場合が多いため)、人種を意識した差別禁止政策も必要だ」と結んでいる.ベイ・エリアの差別は一般的に、知的専門職を持たない低所得の黒人とヒスパニックの生活に影響する差別であり、それに対して特に政策はなく、貧富の格差は増す傾向にある.

国民、国家の安全に関して

日本に目を向けると、大分以前に「日本人は水と安全(Security)はただ(Free)だと思っている」と言った作家がいた.近年、中国(人)が北海道の水権を土地と共に買い続け、最近は基地周辺の土地を買い始めたと聞いている.それに関して某政党が「私権制限との批判を招きかねない」として慎重姿勢を強め、政府は国会成立を目指すが、既に閣議決定は見送られ、提出そのものが不透明になりつつあるという状況を知り(JIJI.COM)驚いた.

コロナ禍の長期化に伴い現在米国で起こっている「暴力」「差別」「ヘイト」の多くは恐らく職を失った(あるいは職に就けない)人々のフラストレーションに起因している部分もあると思う.結論を急いでいるわけではないが、最近の諸々の人種に関する事件、反人種差別の活動は、現在アメリカがひとつの大きな時代の変化のスタート地点に立っている現象のようにも見える.全米がシリコン・バレー化するとは思えないが、少なくともシリコン・バレーは世代を先取りしているひとつの社会モデル、パラダイムであるということは確かである.コロナ禍を機に、欧米では明らかに中国けん制が始まり、国民の「健康」「身の安全」をも含んだ、多様な意味での “Security” に重きを置いた舵取りが始まった動きが見える.