乱読報告ファイル(8) ロセンデ―ル家の嵐

英国人の冒険小説好きについては何度か書いた。古くは僕らの年代の人なら子供時代に読んだはずの 宝島 から始まってその筋に詳しい人ならいろいろな本を上げるだろうが、評論家の皆川正夫は 冒険・スパイ小説ハンドブック の中の ”海洋冒険小説ベスト30” としてその第一にアリスティア・マクリーンの ”女王陛下のユリシーズ号” を、第二位にジャック・ヒギンズの ”脱出航路” を選んだうえで、第四位に挙げたのがあまり知られていないかもしれないがバーナード・コーンウエルの ”ロゼンデール家の嵐” である。

話の筋は没落した英国貴族の当主が古い格式やら金目当ての親類などに飽きはてて、単身、ヨットで放浪の旅に出るのだが、その親類の策略にひっかかって財産の中でも飛びぬけて価値のあるゴッホの絵を持ち逃げしたという疑いをかけられる。一族の中でも彼がただ一人愛している知恵遅れの妹の将来にも不安を感じて英国に戻り、盗難にあった名画の捜索に巻き込まれてゆく、というものである。 作者自身もおそらくヨットに詳しかったのだと思うのだが、話の筋はともかく、海と一人で格闘するシーンが素晴らしく、これが英国人があこがれるライフスタイルなのだな、と納得する。小生は船にはできれば乗りたくない部類の人間で、ましてやヨットの操縦などちんぷんかんぷんなのだが、かえってその格闘にすがすがしいものを感じる。ヨットの経験者ならば十分満喫できるものがあるのだろうし、テクニックを論じたりすることもできるかもしれない。

もう一つ紹介したいのが 黄金の島 という作品で、これはがらりと変わってカリブ海での麻薬密輸に絡む話だが結構入り組んだストーリーなので、話の展開を楽しむのが第一。ただ ”ロゼンデール” とは違って、米国の裏庭で起きる事件で極めて現代的な話なので、海との戦いもヨットの話とはだいぶ違った感覚で、むしろ ”スパイ・冒険物語” に近いジャンルの話である。

いずれも面倒くさい論議なしに海の香りをかぎながら、できれば冷たいビールでも味わいながら楽しめる作品である。コロナ鬱の昨今、純文学系の方からは他愛ないといわれるかもしれないが、爽快感のある読後感を約束する。新刊は見当たらないので、ブックオフの文庫棚を探すことになるとは思うが。

バーナード・コーンウエル

1944年、ロンドン生まれ。カナダ空軍パイロットと英空軍に所属していた女性の間に生まれるが、その後すぐに養子に出されてエセックスで育つ。ロンドン大学を卒業後、教師などを経て10年間BBCでプロデューサーなどを務めたのち、妻の関係で1980年にアメリカに移住したことを機に小説を書き始め、イギリスを舞台とした歴史小説を多く執筆している。本国イギリスやアメリカのほか、その他の国々でも代表作『シャープ・シリーズ』や『小説アーサー王物語』など多くの作品が翻訳されており、日本でもその一部が出版されている。初期には海洋ミステリー小説を執筆しており、これには『殺意の海へ(The Thrillers )』、『ロセンデール家の嵐(Sea Lord』(第10回日本冒険小説協会大賞受賞)、『嵐の絆(Stormchild)』などがある。2006年にはその功績により英国王室から大英帝国勲章(OBE)が贈られている。