何がきっかけだったのか、この真夏、トニー・ザイラーという名前が飛び交っている。なんでもええけど、トニーの話はこのエーガを見てからにしてほしいね。
旧き友集い語ろうは 過ぎし日の旅山の想い (投稿は著者あてメールでお願いします)
長月はやや涼しい日で始まりました!もう何だかんだ言っている内
今朝はベランダに水やり、してインナーガーデンを古いLensを
このレンズはライカの古いカメラに付いていた物ですが、腐っても
下の写真は大分以前買ったフレクトランスモナラベンタートと言う花で
愛用のカメラはこれです!
(編集子)門外漢には全くわからないけど、これって、車でいうとロールスとかフェラーリとかっていうクラスなわけ?
本日は用事があって恵比寿まで行った。共同住宅の裏門を出て暫く行くと三光 坂と言う急坂にぶつかる。これを左に折れて1区画ほど行くと右側に聖心女学院がある。短期大学の英語専攻科がなくなったから、今、ここに通学しているのは、小中高校生だけだ。勿論、夏休み中だから学生に出会うことはない。小生は右に折れて急坂を下る。急な坂道を上るのは可なりシンドイが、下るのにも骨が折れる。下りたところがバスの停留所「三光坂下」。ここを渋谷と田町をつなぐ都営バスが走っている。小生、身体障碍者なので、都から都営交通無料乗車券を頂戴しており、これを大いに利用している。このバスで田町行に乗って三つ目の駅に塾の中等部と女子高があり、その一つ先が大学だ。今は夏休み中だが、「ラーメン二郎本店」は健在で、昼飯時はいつも人の列が絶えない。小生、渋谷行の五つ目の駅、恵比寿で降りて、先ず、「みずほ銀行」に行く。スゲー、動いてる!「三菱銀行」、最後にアトレ内の郵便局に行く。アトレは相変わらず寒い。冷房をこれほど効かせる必要はあるのか。省線「恵比寿」駅の東口を出て帰途につく。恵比寿一丁目で田町行に乗り、三光坂を上るのが嫌なので、わざわざ一駅
先まで行って、スーパー・マーケットの「クイーンズ伊勢丹」に寄って買い物をし、帰宅する。汗がポタポタ、ポロシャツはぐしょぐしょ。例年どうり蒸し暑さは変わらないが、今年の夏は風のない日がないくらい風が吹く。それも熱風ではなく、しのぎ易い。北風か。ならば、30度前後、までと思うのだが、であればこそ、40度近辺を35度前後まで下げてくれているのか。素人の小生にはさっぱり分からない。そこで我らが後輩の天気予報士、石原良純に聞いてみる。「今年の夏の天気の特徴は?」。石原良純、とくとくと、30分以上に亘って早口でべらべらと喋り捲る。しかし、結局、何を言っているのかさっぱり分からない。
(性懲りもなく、続「本日の散歩」です。「十代の性典」にあやかりました。ポスターのあの若尾文子は、今でも忘れ難い。続々までありましたから、「本日の散歩」も続々で打ち止めでしょう。関心のない方は、さあー、元気を出して「スルー」しましょう。
(編集子)若尾文子のイメージが小生とはだいぶ違うようだ(そもそもあやかった、という日本語の意味がわからん)。もめるのはばかばかしいので写真は探さなかった。小生新婚当時に住んでいたころの恵比寿とはあまりにも違ってしまって、懐かしさ、なんてものを感じないのは残念。
英国人の冒険小説好きについては何度か書いた。古くは僕らの年代の人なら子供時代に読んだはずの 宝島 から始まってその筋に詳しい人ならいろいろな本を上げるだろうが、評論家の皆川正夫は 冒険・スパイ小説ハンドブック の中の ”海洋冒険小説ベスト30” としてその第一にアリスティア・マクリーンの ”女王陛下のユリシーズ号” を、第二位にジャック・ヒギンズの ”脱出航路” を選んだうえで、第四位に挙げたのがあまり知られていないかもしれないがバーナード・コーンウエルの ”ロゼンデール家の嵐” である。
話の筋は没落した英国貴族の当主が古い格式やら金目当ての親類などに飽きはてて、単身、ヨットで放浪の旅に出るのだが、その親類の策略にひっかかって財産の中でも飛びぬけて価値のあるゴッホの絵を持ち逃げしたという疑いをかけられる。一族の中でも彼がただ一人愛している知恵遅れの妹の将来にも不安を感じて英国に戻り、盗難にあった名画の捜索に巻き込まれてゆく、というものである。 作者自身もおそらくヨットに詳しかったのだと思うのだが、話の筋はともかく、海と一人で格闘するシーンが素晴らしく、これが英国人があこがれるライフスタイルなのだな、と納得する。小生は船にはできれば乗りたくない部類の人間で、ましてやヨットの操縦などちんぷんかんぷんなのだが、かえってその格闘にすがすがしいものを感じる。ヨットの経験者ならば十分満喫できるものがあるのだろうし、テクニックを論じたりすることもできるかもしれない。
もう一つ紹介したいのが 黄金の島 という作品で、これはがらりと変わってカリブ海での麻薬密輸に絡む話だが結構入り組んだストーリーなので、話の展開を楽しむのが第一。ただ ”ロゼンデール” とは違って、米国の裏庭で起きる事件で極めて現代的な話なので、海との戦いもヨットの話とはだいぶ違った感覚で、むしろ ”スパイ・冒険物語” に近いジャンルの話である。
いずれも面倒くさい論議なしに海の香りをかぎながら、できれば冷たいビールでも味わいながら楽しめる作品である。コロナ鬱の昨今、純文学系の方からは他愛ないといわれるかもしれないが、爽快感のある読後感を約束する。新刊は見当たらないので、ブックオフの文庫棚を探すことになるとは思うが。
バーナード・コーンウエル
1944年、ロンドン生まれ。カナダ空軍パイロットと英空軍に所属していた女性の間に生まれるが、その後すぐに養子に出されてエセックスで育つ。ロンドン大学を卒業後、教師などを経て10年間BBCでプロデューサーなどを務めたのち、妻の関係で1980年にアメリカに移住したことを機に小説を書き始め、イギリスを舞台とした歴史小説を多く執筆している。本国イギリスやアメリカのほか、その他の国々でも代表作『シャープ・シリーズ』や『小説アーサー王物語』など多くの作品が翻訳されており、日本でもその一部が出版されている。初期には海洋ミステリー小説を執筆しており、これには『殺意の海へ(The Thrillers )』、『ロセンデール家の嵐(Sea Lord )』(第10回日本冒険小説協会大賞受賞)、『嵐の絆(Stormchild)』などがある。2006年にはその功績により英国王室から大英帝国勲章(OBE)が贈られている。
観終わった後に爽やかな気持ちにさせられた、野球を通じてアメリカの善良市民の夢と希望、家族の絆を描いたファンタジー映画。傑作だと思う。
主人公(ケヴィン・コスナー)の父親はサウス・ダコタ州出身、兵役から帰還後シカゴに住む。野球好きで地元の大リーグ球団ホワイトソックス(Whitesox)に入団するも出場機会は殆どないまま退団。その後一家はニューヨークに移り住み主人公はNYヤンキースファンとなる。これが物語の伏線となっている。
主人公はトウモロコシの州(Corn State)と呼ばれる中西部アイオワ州の片田舎でトウモロコシ畑を営む貧しい農家だ。ある日、彼はトウモロコシ畑で農作業の途中、謎の声を聞く。「もしそれを作れば、彼は来る。(If you build it, he will come)」、と。妻や娘に話すが信じてもらえない。就寝中にも同じ謎の声を聞き、近所の人達にも打ち明けるが、誰も信じない。彼とは誰?何を作るのだ?
そんなある時、彼は農作業中、トウモロコシ畑に謎の幻影を見た。それが伝説の大リーガー、“シューレス”・ジョー・ジャクソンではないかと思い、謎の声はこの畑を潰して野球場を造ればジョー・ジャクソンが現れることを指しているのではないかと考えた。1919年のワールドシリーズでシカゴ・ホワイトソックスの8選手が八百長に連座したとして球界から永久追放される。その中の中心選手だったのが“シューレス”・ジョー・ジャクソンだった。“he will come” の he とはジョー・ジャクソンのことではないのか?作るべき「何」は野球場のことではないのか?何ひとつ冒険することのなかった父のようになりたくないコスナーは野球場を作る決意を固め、妻も夫の情熱に打たれ、共に野球場作りを開始する。
ファンタジー映画なので、一歩間違えると妄想に憑りつかれた空想物語になるところを、ケヴィン・コスナーの地に足の着いた演技が救っているし、夫の奇行を優しく見守る妻の姿には映画のテーマである夢と希望と家族の絆が見事に描かれている。実際と空想が色々と入り混じっていて面白い。
野球場を作ってから一年後、コスナーが隣人から笑い者にされていた頃、野球場に人影が現れコスナーが近づくと、グランドに居たのはジョー・ジャクソンだった。彼と共に八百長事件で永久追放された合計8人の選手たちがいたのだ。
しかし、選手たちの姿は主人公一家以外の人達には見えない。一方、コスナーは野球場で「Ease his pain (彼の苦痛を癒せ)」という謎の声を聞く。ある日、出席した町のPTA集会では、1960年代に活躍した作家テレンス・マンの著書を排除しようとする動きが広まっていた。その動きに反対し、60年代への熱き想いを語る妻の姿に、「彼の苦痛を癒せ」とは、この作家のことを指し示しているのではと気づく。映画の原作ではこの作家は実在の The Catcher in the Rye(ライ麦畑でつかまえて)で有名なJ.D .Salingerサリンジャーである。。
マンの小説には野球選手だったコスナーの父も登場しており、コスナーは「苦痛を癒せ」とは野球に夢を託していた作家マンと共に球場で野球を観戦することではないかと考え、マンの住むボストンを訪れ、レッドソックスの本拠地フェンウェイ・パークで二人は野球を一緒に観戦するのだった。その時、コスナーの耳元で「Go the distance (やり遂げろ)」という謎の声が響き、電光掲示板には「アーチボルト・”ムーンライト”・グラハム」という名前が表示された。二人はグラハムの住むミネソタ州に会いに向かった。だが、グラハムは既に他界していることを知る。
物語は、現在(映画公開の1989年)、八百長事件のあった19
登場人物と時系列の実在と空想、
作家テレンス・マンがシューレスが来ると保証する。映画「ス・アール.・
かくて、
するとグランドには、若き日の、コスナーの父親の姿があった。父子の仲が良くなく父と衝突して家を飛び出したコスナーはそれ以来一度も言葉を交わすこともなかった。He will come のhe は父親だと悟るのであった。謎の声の目的が自分を父親に引き合わせるためのものだったと気づいたのだ。
息子のコスナーは父親にキャッチボールをしようと頼む。二人が夕暮れの野球場でキャッチボールをする心温まるハイライトシーンだ。
コスナーの娘と作家のマンはアイオア中の人々が心の安らぎを求めてこの球場に足を運ぶと予言するが、二人がキャッチボールをしている時、どこからともなく野球場を目指してやってきた人々の車のとめどない長い車列のヘッドライトの明かりが延々と続いているのだった。予言が当たった映画のラストシーンがこの映像です。印象的な忘れがたいラストシーンの一つだ。
(船津)「それを作れば彼が来る」という”声”
(菅原)貴兄と全く同じ思いだが、バート・
******************************
テレンス・マン(Terrence Mann, 1951年7月1日 – )は、アメリカ合衆国の俳優、歌手、ダンサー。ケンタッキー州出身。映画、テレビドラマにも出演作多数。
ジェローム・デイヴィッド・サリンジャー(Jerome David Salinger、1919年1月1日 – 2010年1月27日[1])は、アメリカ合衆国の小説家。『ライ麦畑でつかまえて』などで知られる。
******************************
(久米)9月のBSシネマ、相変わらず再放映の作品が多いですね。8月30日のフィールド オブ ドリームスは大リーグの企画を察知していたのでしょうか。タイムリーな放映でした。あの試合ではMBLは大変な視聴率を上げて既にに来年の試合の予定も決定したようです。
(安田)2021年8月12日、実際にこの球場で大リーグ公式戦シカゴ・ホワイトソックス vs NYヤンキースの試合が行われた。選手たちは映画と同じように外野のトウモロコシ畑から球場にはいって来たのであった。来年も大リーグ公式戦を行う予定だと伝えられている。1919年の八百長試合と判定されたシンシナティ・レッズvsシカゴ・ホワイトソックスの因縁の試合であるという。
大リーグ機構は1919年の八百長事件で永久追放した8選手の復権を未だ行なっていない。未決着のまま八百長事件の発端となった両軍レッズvsホワイトソックスの公式試合を、今年に引き続き、このトウモロコシ畑の球場で来年開催する予定だと発表したことに違和感を持つ人たちも少なからずいると伝えられている。復権問題を棚上げにして公式戦を開催するなど映画の評判を利用し過ぎているとの批判である。
我が敬愛する永井荷風の「日和下駄」の足元にも到底及びませんが
拙宅のある共同住宅は、目黒通りと桜田通りがぶつかるT字路わきにある。玄関を出ると、その前が目黒通り。左に出て、すぐに左に折れると、桜田通り沿いをだらだら下った坂道となり、交番と消防署が軒を並べる。坂を下り切ったところで、桜田通りを横断すると、その目の前が、図書館が同居している区役所の支所。これを桜田通り沿いに右に進むと洗濯屋があり、今度はだらだらした上り坂となる。下ったところが天神坂下。余談だが、これを上ると左に和菓子屋がある。「虎屋」と称しているが、我々は専ら「ニセトラ」と呼んでいる。
そこで、再び桜田通りを横断して目黒通りに戻る。駐車場があって、直ぐに「トヨタ」の販売店。トヨタの車など、街中をわんさか走っているので展示されている車は面白くも何ともない。せめて「ブガッティ」だったなら。その隣が、「シェラトン都ホテル東京」。余談だが、ここは、元外務大臣だった藤山愛一郎の本宅あと(妾宅ではないと思う)。玄関前に、宿泊客の国旗を掲揚するポールがあるが、「武漢ウィルス」このかた、掲揚されているのは日の丸だけ。例外は、五輪期間中のみ。
また。余談だが、都ホテルは宿泊客、利用客用に無料のシャトルバスを省線目黒駅との間を15分間隔で走らせている。厚顔無恥な小生は、これを頻繁に利用(便乗)しているが、最近の乗客は小生のみの場合が少なからず。これでホテルはやって行けるのか。通り過ぎて、目黒通りを横断して帰路につく。小一時間。
健常者なら20分の行程。それにしても、色気も何もないクソ(失礼)面白くもない散歩だ。確かに、都ホテルでお茶が飲めるが、「スターバックス」の約3倍。到底、しょっちゅうと言うわけにはゆかない。これが本日の成果。
(船津)高級住宅地に住んでいるんですね。珈琲はスタバの何倍もするのは
藤山愛一郎と言えば普通部にご子息が来て今したよね。父兄会に第
(保屋野)菅原さん、船津さんの地図によるとお住まいは「白銀」なんですか。ネットで「東京の高級住宅地」を検索したら、一例ですが、何と「白銀」が第1位に選ばれてました。ちなみに、2位が「田園調布」3位が「松濤」4位が「南麻布」5位が「成城」6位が「青葉台~目黒」でした。。
なお、名前だけなら、品川の城南五山の一つ「御殿山」がトップ(他に、池田山、島津山、八ツ山、花房山)ですかね?
(編集子)なににつけスガチューと張り合ってきたが、散歩道については武蔵野のコーシューカイド―を歩いてる当方とはだいぶランクがちがうようで。わがつつじが丘にはスタバですら、ない。駅前のドトールがせいぜいで、鳥取県知事がいつだったか ”わが県にスタバはないがスナバならあるよ”、といったのがうれしかったね。明日もまた、ネスカフェかあ。
新型コロナ肺炎の第5波の感染拡大は凄まじいまま続いております。決して明かりが見えて来たとは言えません。週内変化がありますので7日単位(あるいはその中の1日単位)で比べないと分かりませんが、まだ増え続けています。当初は高齢者感染の割合が多かったのですが、デルタ株への変異とともに、ピークが50,60歳代に移り、30代、さらに20代へと移行しています。怖いのは感染しにくいと見られていた幼小児の感染が急増していることです。子供の一斉検査で高い率で陽性が認められたとの報道もあります。当然ながら小児への重症化治療施設、設備など全く手が付けられていません。悲劇的な結果となりませぬよう祈るばかりです。
子供たちへの拡大の大きな原因は、大人の軽症感染者の家庭内療養(待機)政策にあります。狭い日本の家屋ですから、感染したお父さんを隔離するなど出来る訳がありません。お母さん、子供たちへと家庭内感染を広げた結果だと思います。昨年のコロナ情報でも述べていますが、感染者が家庭内に留まることは非常に危険です。子供同士の集団感染へと発展します。逆に子供から親への感染ケースも報道されています。子供たちを守るためにも、専用病院、隔離・観察施設の重要性を強調します。
TVのインタビューで「私達は罹らないと思っていた」と答えていた20代の女性がいましたが、街中の人出を見ても分かりますが、緊急事態だ、蔓延防止だなどの制約に全くとらわれずに出歩いていたのでしょう。国のGo-Toキャンペーン、オリンピック実施政策などからは、誤った楽観主義が広まってきたのでしょうが、とんでもないことです。路上飲酒などが放置されているのは、3流以下の国家でしょう。前報でも医療崩壊が始まったと指摘しましたが、やがて患者が病院前に群がり苦しんでいるインドの事情を皆さんTVでご覧でしょう。日本もあのようになりかねません。
◎政治の対応すべき対応
コロナ病棟増設ばかり強調されていますが、コロナ病棟増設はそう簡単には行かないのです。政治的プロパガンダの色彩が強いのですが、施設の広さ、設備、医師・看護師・技術者などの人材、それら全てが足りていないので、これ以上は無理な要求に近いと思います。一般病棟をこれ以上締め付けてがん、心臓病、外傷などの治療を疎かにすべきではありません。
入院治療のできない患者に観察-待機施設を増設すべきです。中国、米英などで素早く建設されてそれなりに機能したようで仮設病院、野戦病院を日本も見習うべきと言われます。しかし日本の現状では無理と思います。病院としての治療は出来なくとも、毎日診察だけは行い、重症化をいち早く見つけて手配しなければなりません。酸素治療も可能となるでしょう。イベントホールや体育館などを利用すべきですし、昨年から本情報でも主張していたようにオリンピック選手村の活用です。昨年オリンピック1年延期が決まった時点で踏み切っていれば、この1年弱で随分事情は違っていただろうと考えますが、過ぎたことは仕方ありません。信じられないパラリンピックが進行中です。あと1週間、終わり次第直ちに移行すべきです。
新感染者数のカーブは人流のカーブから1~2週遅れてきれいに一致しています。緊急事態宣言はオオカミ少年ではありませんが、完全に機能していません。殊に第5波では、山の日連休、お盆、オリンピック、パラリンピックなどの逆方向政策と重なり、効果がありません。為政者自身が守っていないような会食自粛を唱えても意味がありません。先述のTVの女性の発言などないように、本気で自粛方向に導くべかです。
◎医療側への提言
コロナ病棟増設にご協力いただいている施設にはご苦労様ですとしか言いようがありません。引き続き頑張ってください。
入院施設のない開業医の先生は、軽症患者待機・観察施設への診察、協力をお願いします。医師会として正式に表明すべきです。
眼科、皮膚科など普段感染症に関係していない先生は、ワクチン接種で大いに活躍してください。学校健診などで予防接種はお手の物です。ワクチン接種政策の最初からこのように分業すべきだったのです。
これは政治側かもしれませんが、発熱外来ももっとオープンにどこに行ったらよいのかPRすべきです。
◎皆さんに
デルタ株は武漢型、イギリス型などとは別のビールスになってしまったかのごとき性格です。感染力は一桁違いますし、対応年齢層も異なってきています。重症化率も明らかに高くなっています。エアロゾル感染で天然痘並みに感染機会があるともいわれます。十二分に注意してください。
とはいえ、新型コロナビールスですからワクチンの予防効果は大いにあります。接種者の感染者は一桁以上低いようですし、重症化率も低値です。接種後抗体は時間とともに低下することをメディアは喧伝していますが、これは当たり前のことで、100%持続するものではありません。また低値となっていても、ビールスが入ってくればブースター効果で再上昇します。早く若い人たちに行き渡って欲しいものです。
今の趨勢ではまだまだ長引くものと思われます。精神的にもつらい毎日ですが、罹らないよう頑張りましょう。
親しい友人から世界情勢に関する貴重な情報を転送して頂いている。現在関心の深いアフガニスタンの情勢について頂いた解説を紹介する。
*******************************
タリバンが圧倒的な攻勢を見せ、カブールを陥落。わずか2
一方、国内では抗議デモが起きていますが、それに対して発砲した
国際社会はおおむね静観する姿勢を見せていますが、カナダのトル
アフガン情勢はまだ不透明な部分が多く、確固たる見通しを述べる
●タリバンの支配
タリバンの新政府がどのようなものになるかはまだ明らかになって
新政府の機構や指導部の人選もまだ分かっていません。タリバンの
バラダルは政治担当で、ドーハに駐在して米国との和平交渉を含む
バラダルは政務を担当する最高幹部であり、アクンザダら他の幹部
ムハンマド・ヤクブはアフガン国内にあって軍事を担当しています
位に押す声もあったが、自身が消極的だったといわれています。ア
シラジュディン・ハッカニはタリバン最強硬の武闘派といわれる「
ジャラルディンはムジャヒディン時代からオサマ・ビンラディンと
タリバンは近年こそ記者会見などを開くようになりましたが、かつ
タリバンの融和姿勢は、20年前と比べると隔世の感がありますが
●アフガンの内戦
タリバンはアフガンの国土の大部分を制圧しましたが、前回の記事
アフガンは、前近代から近現代に至るまで、周辺国を巻き込みなが
アフガンの戦乱の大きな要因は民族の多様性です。民族構成は、パ
ン人3%、バローチ人2%、その他にも数多くの少数民族がいます
イスラム教という宗教の同一性がアフガンという国家の統一性を担
タリバンはパシュトゥン人の勢力であり(南部カンダハルが発祥)
このため主にパシュトゥン人以外の民族が軍閥を形成してタリバン
ハミード・カルザイ、アシュラフ・ガニ、アブドラ・アブドラとい
ガニは国外に逃亡しましたが(UAEに滞在、衝突を避けるために
一方、サーレフ第1副大統領(タジク人)は暫定大統領を名乗り、
ドスタム、ヌールといった有力な軍閥のリーダーは国外に脱出して
こうした考察の前提となるアフガン現代史については、読者の方か
●バイデン政権の対応
アフガン国内の情勢以上に関心を集めているのはバイデン政権への
Politico/Morning Consultの世論調査によれば、米軍のアフガン撤退を支持す
アフガン撤退自体は、バイデンとしては固い決意で実行したもので
府を維持できるのであれば費用対効果としては十分見合っていると
この点について、アフガン撤退は「同盟国を見捨てるもの」として
一方、NATO・欧州にとっては、連携不足を含めて、大きな不安
●中国の対応
中国はタリバンの制
実際、タリバンによるアフガン制圧後も、中国の言動はかなり慎重
中国はタリバンに経済支援と政府承認をちらつかせていますが、こ
また、先に述べたタリバンへの要求は、米国にとっても歓迎すべき
民放テレビで2013年に製作された映画「風立ちぬ」をやって居たので再見した。NHKと違ってコマーシャルの多いのには辟易。
堀辰雄の「風立ちぬ」を軸に日本海軍のエース戦闘機、通称零戦を開発した堀越次郎を絡ませ、
飛行機に憧れている少年・堀越二郎は、東京帝国大学で飛行機の設計学を学び、
その結果、で休養を取り、
しかし、菜穂子の病状は良くなるどころか悪化の一途を辿る。
二人の決意を知った二郎の上司・
ふたたび夢に現れたカプローニ伯爵は、
今夏、最後の登山に行ってきました。6月の80歳の誕生日以降の山行に関しては、普段の山行とは異なり、自分の気持ちの中では「さよなら〇○〇山」登山と位置づけ、この山行がこの山に来る最後の登山になっても悔いのないように、そして素晴らしい思い出を演出してくれた〇○〇山の登山路、植物、景色等々の全てに感謝を込めながら、歩かせてもらっています。もちろん、これから先も訪れるに越したことはありませんが・・・
2021年8月18日(水) 新宿発23:15の夜行バスで扇沢へ。久しぶりに夜行バスで寝られるか心配だったが、ビールと缶酎ハイでぐっすりと良く寝られた。これも特技か・・・?? 夜行としては十分な睡眠で扇沢に到着しました。
8月19日(木) 扇沢から15分ほど歩いて戻り、柏原新道から入山。心配していた雨は全く影響なし。コースタイム通りに種池山荘に到着しました。雲が低く頂上の辺りは雲が掛かってしまいますが素晴らしい景色です。爺岳への登りには猿が歓迎してくれ、また、雷鳥の声がずっとしていたけど遂に姿を見せて呉れませんでした。途中、振り返ると立山そして剱岳が素晴らしい!
岳山頂到着前から小雨が降り始め、我慢して山頂へ到着し、思い切って雨具を着けたとたんに雨は止み、面倒なので雨具を着たまま冷池山荘へ到着。途中、赤岩尾根からの登山路との合流地点に素晴らしい大理石の道標が出来ていた。こんな道標見たことない!!
8月20日(金)
20日の日の出に祝福され鹿島槍(北峰)頂上へ。今日の午前中は天気も良いようなのでゆっくりと稜線歩きを楽しむ。そして、大学4年の夏合宿(58年前)に北峰に向う釣り尾根に残る雪渓のところでテントを張ったのを懐かしく思いながらしばしたたずんで懐古した。今では絶対に出来ない古き良き時代の思い出である。
そして、荒れて恐怖感一杯の登山路をキレット小屋目指して下降を開始、この道は登るのも大変だろうが下りも物凄く神経を使う。やがて、キレットの核心部を通過し、雨の降り始める前(正午過ぎ)に無事キレット小屋に到着です。
8月21日(土)
今日は午後から雨になるとのことで、早めに目的地に着くようにと小屋からのアドバイスがあり、5時30分にキレット小屋を出発して五竜岳へ向かいました。ところが、直ぐに小雨ながら降り始め、滑るのと悪路に難儀しながら約5時間、五竜岳にやっとの思いで登頂することが出来ました。五竜岳山頂には誰もおらず、天気は最高とは言えませんでしたが、振り返れば八峰の急峻な登山路を見返ることが出来ました。2年前のKWV三田会夏合宿で五竜岳から冷池山荘まで、今回の逆コースで行く予定でしたが、私の体調が前日から悪く、若いリーダが気遣って台風接近を理由にして五竜山荘から遠見尾根を下ることにしてくれました。メンバーに大変迷惑をかけたことが悔やまれました。あれから2年。歳を取り、体力も落ちました。でも、工夫次第でまだ行く方法はあることを実証できました。当時のメンバーには申し訳ありませんでしたが、個人的にはリベンジでき満足の山旅となりました。
(編集子)ったく !!!
(37 杉本光祥)コロナ禍の中、相変わらずすごいですね、
このコースは銀行の山岳会で八方尾根から唐松経由で爺岳へとほぼ逆に行ったことがあり懐かしいです。
それにしても80歳で単独行とはそろそろ気を付けてくださいよ。私の友人でも自信過剰の遭難が出ています。自分ではまだ若いつもりでも臓器は老化しているのです。くれぐれもご自戒を、