この本(炭素文明論―「元素の王者」が歴史を動かす)は、9年も前に発売された本ですが、何度も何度も読んでいます。着想が素晴らしいだけでなく、実によくまとまっていて、化学を心がけた者にとっては、歴史を振り返り、見直すきっかけを与えてくれます。Amazonを検索すると、まだ買えるようです。2回に分けて、この本から2つのエピソードを簡単にまとめて紹介したいと思います。
1回目は、炭素がもとで、国が滅ぼされたこと
2回目は、糖の起源から、糖の利益が産業革命の原資となったこと
この本では、炭素についてのエピソードが書かれているのですが、『地球の地表および海洋の元素分布を調べると、炭素は重量比でわずか0.08%しか占めていない』と言うのです。そんなに少ない元素が、地球上の世界の歴史を動かしてきたというのです。もちろん、気候変動のことにも触れています。
参考までに蛇足ですが、地表での元素の重量比と言う観点で最も多いのは、酸素です。続いてケイ素、アルミニウム、鉄、カルシウム、ナトリウムなどが続きます。炭素はようやく17番目に出てきます。炭素の重量比0.08%の出どころはわかりません。英語版のWikipediaでは、0.02%だとしています。
著者、佐藤健太郎氏は、この炭素をめぐり、激しい争奪戦が繰り広げられ、炭素戦争が勃発してきたと記しているのです。
例としてモルヒネの歴史を簡単にまとめてみますと、5000年以上も前に、ケシの未熟な果実に傷をつけて得られる乳液に、鎮痛・催眠の効果があることが知られていました。
・未熟なケシの果実に傷をつけて得た乳液を干して固めたものがアヘンです。
・16世紀には、インドや東南アジアで巨大なケシ畑が展開されていたそうです。
・1803年、ドイツで有効成分モルヒネが単離され、目分量やさじ加減でないデー タに基づいた医療へと大きな変革が起こります。
・1896年、モルヒネに体内への吸収を早める工夫をし、ドイツのバイエル社が鎮咳薬として販売します。
・これを、静脈注射で体内に入れると、途方も無い多幸感が生まれる。ヘロインの誕生です。もちろん、ヘロインの基本骨格は炭素からできています。
イギリスは、1800年代に入ると紅茶に砂糖を入れて飲むという大ブームが訪れていたそうです。紅茶の原産地の清への外貨流出に困ったイギリスは、アヘンを製造し、清だけに売り渡すという戦術を取ることとになります。この作戦は成功し、清の政府高官から庶民まで、アヘンの虜になってしまいます。清政府はアヘンの輸入を禁止しますが、それを待っていたイギリスとの間にアヘン戦争が勃発します。1840年のことでした。
私達は食として小麦や米を食べます。これらの主要成分はデンプンであり、ブドウ糖が複数つながりあってできています。ブドウ糖は炭素、酸素、水素の3種類の元素からできていて、私達は、人間となってからまもなく、これらの食料を奪い合う戦いをしてきたというわけで、炭素が絡んで、歴史は動いてきたのです。次回は、砂糖のことについて触れます。
ご参考までに、この本の目次です。
◉人類の生命を支えた物質たち
第1章 文明社会を作った物質――デンプン
第2章 人類が落ちた「甘い罠」――砂糖
第3章 大航海時代を生んだ香り――芳香族化合物
第4章 世界を二分した「うま味」論争――グルタミン酸
◉人類の心を動かした物質たち
第5章 世界を制した合法ドラッグ――ニコチン
第6章 歴史を興奮させた物質――カフェイン
第7章 「天才物質」は存在するか――尿酸
第8章 人類最大の友となった物質――エタノール
◉世界を動かしたエネルギー
第9章 王朝を吹き飛ばした物質――ニトロ
第10章 空気から生まれたパンと爆薬――アンモニア
第11章 史上最強のエネルギー――石油
終章:炭素が握る人類に未来
炭素はどこへ
炭素のサッカーボール
カーボンナノチューブの衝撃
炭素争奪戦の時代
気候変動の宿命
人工光合成をを実現せよ
石油を作る藻
持続可能な地球に向けて
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