ドン・ウィンズローの「犬の力」(原題:The Power of the Dog。2005年。翻訳:東江一紀、角川文庫)を読む。余計なことだが、東江は「あがりえ」と読むんだそうだ。原題は、ジェイン・キャンピオンが監督し、ベネディクト・カンバーバッチが出た映画「パワー・オブ・ザ・ドッグ」(2021年)と全く同じだが、その原作ではない。小生にとって、ウィンズローは、初作「ストリート・キッズ」(A Cool Breeze on the Underground。1993年)以来だから30年振りと言うことになる。先に言ってしまえば、その作風は、所謂、探偵小説から全く様変わりしてしまった。
「犬の力」と言う言葉は聖書が出典で、それに馴染んでいる人にとっては知悉していることのようだが、日本人である小生には全くピンとこない、犬の糞なら良く分かるが。どうやら、邪悪の象徴と言うことを意味しているらしい。上巻が574頁、下巻が467頁、都合して1041頁もあって読みでがある。いささか手に余ったが、極めて平易な文章で歯切れよく、大変、読み易く、面白かった。
内容は、米国人の麻薬捜査官とメキシコ人の麻薬王兄弟の争いを軸にしたもので、数多の脇役がからむ。そのことによって1000頁にもなんなんとする長尺となってしまった。
兎に角、「清く、正しく、美しく」ってな人は一人も出てこず、過激で理不尽な暴力と殺戮に満ち溢れ、セックスの描写がふんだんにあるなど、誠に凄まじく、犬の力シリーズは、このあと「ザ・カルテル」、「ザ・ボーダー」と三部作になっているようだが、一度読んだらもう結構と言う類いのノワール(暗黒小説、或いは、犯罪小説)だ。まー、万人にお勧めする本じゃない。一方、こう言う類いの本が滅法好きな奇人もいるようで、宝島社の「このミステリーがすごい!」では、2010年の海外編1位となっている。ただし、これをミステリーと断ずることには大きな違和感がある。
リドリー・スコット監督、米人の麻薬捜査官をレオナルド・ディカプリオで映画化(「ザ・カルテル」)ってな話しもあったようだが、立ち消えになったのか、ネットを見ても、いずれの作品一覧にも載っていない。或いは、現在、まだ製作中なのか。