東京支社マイクロ同窓会

YHP(横河ヒューレットパッカード、日本hpの前身)はHPの創業者ヒューレットとパッカードの経営思想を日本の風土の中でも実現に努め、製品力とあいまって、最も成功した合弁会社、といわれたこともあった。その中心にあった経営技法はMBWA(Management By Walking Around) と呼ばれ、社員間のインフォーマルなコミュニケーションを基盤としたチームワークであった。編集子がマネジメントの末端に加わった時、管理職の任務は ”Not to do the job, but to get the job done” だ、と叩き込まれた。いろんな職場を経験させてもらったが、この黄金律を曲がりなりにも実現できた、と思ったのは営業部門に転出し、支社のひとつを任された時だった。その間、小生を支えてくれた仲間たちのなかで、いまも親しい時間を共有しているグループの会合を神楽坂で開催した。坂東正康、小野寺務は西国に去り、健在なら 真ん中に座って”俺、ぬる燗!” と言ってるはずの曽山光明、名コンビだった坪内和彦や近野俊郎、なんかの思い出話で夜が更けた。学生時代近くに下宿していた天堀はセンチになったのか、昔をしのぶ、といって坂を下りて行った。

(写真左から麻生洋、楠路夫、浅原弥生、菅野節子、天堀平衛、中司恭、木内和夫)

(天堀)早稲田駅まで歩き 4年間過ごした4畳半の下宿を探しましたが見つかりませんでした。

近くにあった小さな公園は残っていて 60年前の記憶がよみがえりました。

冬草や 強者どもが 夢の跡