乱読報告ファイル (54) トランプ帝国のネオ・パクスアメリカーナ

 

一見支離滅裂に見えるトランプ政権の行動に世界中が振り回されている現状だが、自衛隊幹部だった著者によれば、それは外見だけであって、実はしたたかな計算に基づいた、一貫性のある政策なのだ、という議論である。軍人らしい大胆な解釈だが、なるほど、と思わせた書である。

司馬遼太郎の大作、坂の上の雲で、主人公の秋山真之は米国留学の機会に当時注目されていた思想家、アルフレッド・マハン の教えを受ける、帰国後の行動の根底にはマハンの主著 海上権力史論 に説かれたシ―パワー の理論が根付いていた。現代において、再びこのシーパワー理論を実践実行しようというのがトランプなのだ、というのが著者の解釈である。

ウイキペディアによると、マハンはこの著書の中で、地理的位置、海岸性の形態、領土の範囲、人口、国民性と政府の性格などがその国のシーパワーに影響を及ぼす要素である。これらから構成されるシーパワーは生産、海運、植民地の連鎖とこれを保護するための海軍のそれぞれのバランスのとれた海洋政策によって国家の力となると主張した。

トランプの一枚看板、America First  という極めて分かりやすい主張からすれば、われわれはそれが外国のことから手を引いて、自国第一の、内向き志向、という感覚を持ちがちだが、それは実は アメリカが世界を制覇することすなわち パクスアメリカーナの再現であり、”Make America Great Again” の、その実現にむけた行動が実は一見無秩序に見えるトランプの行動なのだ、というのが福山の主張である。第二次大戦後実現したアメリカのもたらしたものがパクスアメリカ―ナだとすればそれはすでに崩壊してしまった。トランプの主張が実はその延長なのだ、と読み切って,ネオ、と付け加えているのが本著である。われわれ門外漢にとってみれば、なぜグリンランドなのか、パナマなのか、と首をかしげることも、軍事の専門家から見れば、これからの地球規模の変化によって大国間の交通路になるのが明確な北極海と、アジアへの出口である太平洋への海軍の進出路を確保する、という狙いは明確であり、”アメリカファースト” が決して内向きの思想ではなく、実はふたたびアメリカ帝国の実現を目指しているのだ、ということが、いくつかの資料を論拠に展開される。そしてもう一つ、隠された意図として中国を完全に抑え込むことがあり、さらに言えば、その底流には明治初期に展開されていた、黄禍論、も見え隠れする、とも言っている。この論議に当たっては、AIの解釈もトライしたということで、その解答も付記されているのも面白い。

”アメリカのポチ” と揶揄・侮蔑されこともある現代日本の在り方だが、小生はそれを否定しない。この本の著者の見解では、このあり方の根本にある “不戦” という国是は、そもそも日本を占領したGHQが押し付けたもので、これをめぐっての議論は果てしないが、なんといわれようと、戦後は寸土といえども国土を失うことなく、国民をただひとりも戦争で失わず、80年間の絶対的平和、が実現しているのはこの政治姿勢にあるのは疑い得ないからだ。しかしもしアメリカが再び帝国として君臨することを望む、ということになってしまえば、その時、我が国の立ち位置はどうあるべきか。わが国土が戦場となり、攻撃され、再び焦土と化す可能性が高まることを、著者は軍人の立場からそのことを論じ、憂えているのは明らかである。

トランプがどれだけの人物なのか、まだまだ疑問はあるが、この本は一読にあたいする。

 

アルフレッド・セイヤー・マハンはアメリカ合衆国の海軍軍人・歴史家・地政学者。最終階級は海軍少将。アメリカ海軍の士官であるだけでなく、研究者としても名を馳せた。その研究領域は海洋戦略・海軍戦略・海戦術などに及び、シーパワー・制海権・海上封鎖・大艦巨砲主義などに関する研究業績がある。

 

(ウイキペディア)パクス・ロマーナとは、古代ローマ帝国が地中海世界を支配していた時代に実現した、約200年間の平和な時代のことです。アウグストゥス帝の時代から五賢帝時代までを指し、ローマの圧倒的な軍事力と政治力によって、内乱や外敵の侵入が少なく、商業や文化が栄えました。しかし、この平和はローマの支配によるものであり、被支配地域では搾取や不平等も存在していました。パクス ブリタニカ(Pax Britannica)とは、19世紀のイギリスが圧倒的な経済力と軍事力で世界の平和を維持したとされる状態を指し古代ローマ帝国の「パクス・ロマーナ」に例えられ、「イギリスの平和」を意味します。パクス・アメリカーナ(Pax Americana)とは、第二次世界大戦後、アメリカ合衆国が主導し、国際社会に安定をもたらしたとされる秩序のことです。