舞台はシチリア島、
監督はミラノの貴族階級の末裔ルキーノ・ヴィスコンティ。1936年にココ・シャネルの紹介で知り合った巨匠ジャン・ルノワール(画家ルノアールの次男、先日「大いなる幻影」を観た)の監督作を手伝うようになり、「郵便配達は二度ベルを鳴らす」(‘42)で監督デビュー。第二次世界大戦中は共産党に入党、「赤い貴族」と呼ばれた。戦後はイタリア・ネオリアリズムの旗手として「夏の嵐」(’54)、「若者のすべて」(’60)などを手掛け、本映画「山猫」ではカンヌ国際映画祭パルムドール受賞。後期は先日放映された「ベニスに死す」(’71)、「ルードウィヒ 神々の黄昏」(’72)など独特の美学に基づく名作を残した。
シチリアの乾いた風景と色彩が潤いのある国土に住む日本人には新鮮で強烈な印象を与えてくれる。やはりシチリアを舞台にした映画「ゴッドファーザー」「ニューシネマ・パラダイス」「マレーナ」などと空気感が当たり前ながら大変似通っていた。原色の鮮やかな映像タッチは絵画を見ているかのようだ。額縁に入れて飾りたくなるような瞬間を捉えた場面はそれ自体ヴィスコンティの美意識が反映させているとさえ思った。自身、イタリア貴族の血統を引くヴィスコンティ監督が唯一自身を語った作品とも云われた。1860年代と云えば、日本でも幕末の動乱期。ドイツは鉄血宰相ビスマルクが首相となり(1862年)、軍国化を押し進めた激動の時代。フランスはナポレオンの甥ナポレオン3世の第二帝政の治世でパリ・コミューンの共和政へ向けて動乱の時代。世界各地で同時代を特徴付けた大きな政治・社会変革のうねりを伴う歴史を俯瞰する楽しみがある映画だった。
シチリア島の名門貴族の当主(バート・ランカスター)は、
革命が成功してガリバルディ軍も解散し、
この映画の大舞踏会ほどの豪華絢爛で長時間にわたる舞踏会を他の
(保屋野)ガリバルディーの活躍で、悲願のイタリア統一がなされた直後のシチリア貴族と甥っ子そして婚約者の物語なのですが、当初、中々筋立てがよく分らず期待外れ?、と思いながら観ていましたが、次第に人物像や時代背景が理解出来て、最後の舞踏会場面も素晴らしく、特に、ランカスターとカルディナーレがワルツを踊るシーンは圧巻でした。俳優陣では、ドロンとカルディナーレも魅力的でしたが、やはり何といっても、初老の(時代に抗う)公爵役を見事に演じきったランカスターの存在感に圧倒されました。ただ、歴史を背景とした大作としては、私には、昨年観た「ドクトル・ジバゴ」の方が面白かったですが・・・・