昨日(4月9日)までの風雨から、今日は無風快晴。またまた近く
乱読報告ファイル (55) 女流探偵小説家、見参 (普通部OB 菅原勲)
「霧の中の虎」(1952年。翻訳:山本俊子、2001年11月出版、早川書房)。「殺人者の街角」(1958年。翻訳:佐々木愛、2005年6月出版、論創社)。
英国の三大女流探偵小説作家は、A.クリスティー、ドロシー・L・セイヤース、マージェリー・アリンガムと言われている。ニュージーランドのN.マーシュを含めて四大と呼ばれることもあるようだ。
その一人であるアリンガムの本を読んだわけだが、何故、読んだかと言えば、単なる犯人探しの本格探偵小説ではなく、スリルとサスペンスに満ち溢れた傑作と喧伝されていたからに他ならない。その内容は、いずれも、「犯人はわかっているがなかなか捕えられず、早く捕えないと甚大な被害が及ぶような事態」(Wikipedia)を描いたものだ。
なかでも、「霧・・・」については、英国の識者が「アリンガムの最高傑作」と謳っていることから、それこそ、米国のW.アイリッシュの「幻の女」(1942年)の如きスリスリ、ハラハラ、ドキドキを大いに期待していた。ところが、結果は、スリスリのスの字の欠片もない、期待外れの駄作、愚作だった。題名の「霧」はロンドン、「虎」は殺人犯を意味するのだが、この殺人犯が小物で、まるっきりのチンピラと来ては、感情移入など出来るわけがない。しかも、のっけから「霧は氷水に浸したサフラン色の毛布を思わせた」と言う表現が使われているように、単刀直入な表現でなく、持って回った言い回しが至る所にちりばめられ興をそぐこと甚だしい。つまり、犯人の魅力に極めて乏しいこと、加えて、回りくどい表現が頻発することなど、これがサスペンスとは到底言えないシロモノなのだ。
二冊目の「殺人者・・・」は、確かに、殺人者に魅力があり(良い人と言っているわけではない)、人物造形に格段の進歩が見られたのは間違いない。加えて、持って回った言い回しも少なくなって読み易くなっている。こちらの方が、「霧・・・」より遥かに面白かった。でもスリスリ位で、ハラハラ、ドキドキとまでは、到底、行かなかった。
しかし、ここでよくよく考えて見ると、英国の三大とは言いながら、面白さと言う点では、他の二人より、クリスティーがずば抜けていることが良く分かる。探偵小説は、所詮、娯楽に過ぎない。面白いことが絶対に必要だし、何も文芸臭などと言うイカガワシサなど不必要だ。その点で、クリスティー(1890年―1976年)は、同じ英国の女流探偵小説作家、ウェクスフォード警部シリーズで有名なルース・レンデル(1930年―2015年)に「人物造形や社会性の浅薄なクリスティー」とまで軽蔑され、バカにされているが、じゃー、レンデルは面白いかと言えば、その点では、レンデルはクリスティーの足元にも及ばない。例えば、そのレンデルのウェクスフォード警部ものは、本国では1964年から2011年まで23冊が刊行されているが、日本では最初の18冊は翻訳されているものの、残りの5冊は、未だに未約であることでも証明されるだろう。また、探偵役一つを取って見ても、お馴染みのH.ポワロに始まって、J.マープル、トミーとタペンス、P.パイン、H.クィンなど、多士済々であることでは他の追随を許さない。
アリンガムを語って、最後にはクリスティー礼賛になってしまったが、これからクリスティーを凌ぐ、敢えて言う、男女を問わず、探偵小説作家が果たして出て来るだろうか。
(編集子)推理小説、てえのはそれを生みだす国民性というか社会環境という、そういうものの産物なんじゃないだろうか。クリスティの時代、1930年代の社会にはまだ階級意識みたいなものが残っていて、英国では上流階級のたしなみみたいなものだったようだし、米国に渡ったとはいえ、ヴァン・ダインにしてもクイーンにしても、雰囲気は英国文化をそのまま持ち込んだ東部のエリート臭がぬけていない。アメリカでブラックマスク誌に影響されてハードボイルド文学が出現するまで、伝統的なミステリ分野ではクリスティを越える作家はでてこなかった、ということだろう。
金沢・福井の旅 (44 安田耕太郎)
金沢大学卒の高校時代の友人の案内で金沢・福井を訪れました、
金沢では「金沢城」「兼六園」「ひがし茶屋街」「武家屋敷跡」「
(編集子)普通部時代からの親友のひとりに朝倉実がいる。昭和30年代の中学では、殴り合いだの鉄拳制裁なんてのは日常茶飯事だったたが、だれが見ても強そうな奴に挑む馬鹿はあまりいなかった。同期生では、エーガ愛好会メンバーの菅原勲なんかはなんせでかくて強そうで、低音でうなる聲がすごくて、だれも手出しをしなかった。今となっては誰も信じないだろうが、小生はそのころ、すでに現在と同じくらいの体躯だった(なので ジャイアント、略してジャイ、のあだ名ができたのだぞ)ので、なにかあっても勝ち組だった。朝倉は体躯はそれほど大きくなかったが、形容しがたい凄味見たいのものがあって、彼に挑戦するのは度胸が必要だった。その朝倉は大学卒業後、大手金融機関で現役時代はKWVOBの妹尾さんとともに要職にあったのだが、何を隠そう、朝倉義景公から17代目の直系にあたる。つい先日、同期会で久しぶりに会ったので、安田君の写真をみせたところ、コメントをくれた。本人の承諾を得てメールを転載しておく。
クリスマスローズが花をつけました (41 齋藤孝)
エーガ愛好会 (263) テレビ再放送番組も結構なもんです
ここのところ、BS劇場に見たい作品があまり出てこない。CSチャンネルをなんとなく探していたら、一昔前のことになるがその時には見ることもなかったミステリもので、本では結構固めて読んだ、西村京太郎原作 ”十津川警部” 番組の再放送にぶち当たった。懐かしさもあって、以来、昔読んだ時を思い出しながら放映は逃さずに見るようになった。たまたま出会ったのは渡瀬恒彦主演のシリーズなのだが、このシリーズの後編ともいうのが内藤剛志主演であること、さらには船越英一郎主演ものなどにも出くわしたので、待てよ、と例によってググってみると、今まで十津川を演じた俳優は16人いることが分かった。そもそも時間的に一番早かったのが三橋達也で、夏八木勲、宝田明、天知茂に神田正輝に高島忠夫に若林豪などなど、これまた懐かしい名前がずらりと出てきた。
原作者の西村京太郎は多作の作家として知られているが、作品数は600作を越えるそうで、グーグルには ”本気で読むならこの順番にしなさい” という記事があるほどだ(昔は大分読んだものだ、などとうそぶいたのが誠に恥ずかしい)。その作品群のなから代表作の十津川警部ものはトラベルミステリ、と呼ばれたように主に鉄道に関しての著者の蘊蓄を発揮した作品である。テレビ作品として、シリーズ化されたものも多いので、毎回出てくる助演陣にも親近感を覚えてくる。渡瀬シリーズでは、いわばホームズもののワトソン役の亀井刑事を伊東四朗が勤めているのだが、調べてみるとこの役には、歴代、どういうものか愛川欣也、坂上二郎、い
かりや長介、高田純次、犬塚弘、とコメディアンとして名を成したひとが充てられていることが多い。本を読んでも、亀井刑事は実直なたたき上げの刑事で、コミカルな要素が要求される役どころではないのだが、当時、コメディ畑のひとの転身が流行っていたのか、そのあたりの事情は分からない。しかし目下、放映されている渡瀬主演版の伊東四朗、内藤版の石丸健次郎、船越版の門野卓造と、いずれもベテランらしい、抑えた、落ち着いた役作りである。
そういうわけで、ここのところ、テレビを見る時間が増えているのだが、BS でも CS でも、いわゆるミステリ物の多いことに驚く。しかしポワロやホームズあるいは金田一恭介といった、いわゆる名探偵ものはほとんどなく、より現実的なストーリーを追う結果、警察ものの数が多いが、いっとき世を風靡した裕次郎の 西部警察 のような現実離れしたものでないのがいい。そういう意味では、これも存在したことさえ知らなかったのだが、村上弘明と加藤剛のコンビで語られる森村誠一の 刑事の証明 は抜群の出来である。十津川シリーズが物語、であるとすればこの村上作品は引き締まった、社会性のある重厚な作品だ。ただ残念ながらわずか9本しか作られておらず、DVD化もされていないのが誠に残念なことである。
再放送の作品群、たしかに時代背景は古くなっているが、満足できる作品が多いのは俳優陣が見慣れたもので、同じシチュエーションでも実感を伴わない洋画とは違って、いわば ”懐かしき日々” を再現してくれるからなのだろうか。
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西村 京太郎(にしむら きょうたろう、1930年9月6日 – 2022年3月3日)は、日本の推理小説家。本名は矢島 喜八郎(やじま きはちろう)[3]。人気シリーズである十津川警部シリーズ[1]や、トラベルミステリーで知られる。
日本中にトラベルミステリーというジャンルを示すきっかけとなったヒット作『寝台特急殺人事件』から全面的にトラベルミステリーに移行する。西村が考えた、鉄道などを使ったトリックやアリバイ工作は、そのリアリティが功を奏し根強い人気がある。
1933年〈昭和8年〉[1]1月2日[2] – 2023年〈令和5年〉7月24日)は、日本の小説家・作家。元ホテルマンであり[3]、ホテルを舞台にしたミステリー作品を多く発表している[4]。江戸川乱歩賞や日本推理作家協会賞など数々の推理小説の賞を受賞した[3]。
(もりむら せいいち、年代の作家として大藪春彦と交遊があり、森村は大藪の葬式で弔辞を読み上げた。また「思想の違い」を乗り越えて、角川春樹とは同志的連帯感があり[16]、角川が麻薬事件で逮捕された時は、「角川書店の将来を考える会」を自ら主導して結成した。その記録を『イカロスは甦るか―角川事件の死角』として出版した。
こんどは咲いてた (34 小泉幾多郎)
慶応普通部卒業70年の集い
檄!
歳月人を待たず、階前の梧葉既に秋声。
古の賢哲いわく 人生は川の流れ 人の最期にのこるべきは 想い出なり、と。
天現寺の茅屋に会し、土埃濛々日吉の庭に燃やしたるわれらが青春、慶応義塾普通部の日々、これをもって至上の想い出とすわれら至上の幸福者ならざらん。
あまたの朋友、すでに境を越え、会すること能わずとは言えども 彼らが童顔哄笑 いまなお脳裏にあり。
我ら齢傘寿を迎え、最終コーナーに挑むとき、その心意気たる普通部伝統のスピリットを共にせんと、同志つどいて卒業70周年同期会を画したり。
乞う、京橋に会せよ。
2024年4月6日、京橋 ”モルチェ” に昭和29年卒業同期生合計51人集い歓を尽くす。桜満開が告げられたこの日、首都東京はうすら寒かったが俺達の心はあたたかだった。
(伊藤俊明)こころあたたまるまた元気をもらえた会でした。普通部に学べた幸せをかみしめています。
(吉原治彦)昔懐かしい旧友に再会
京都では桜がありました (大学クラスメート) 飯田武昭
桜なしの花見 (34 小泉幾多郎)

ようやく桜も満開。3月27日高校クラスOB、3月29日大学K
高校の方は、クラスが1年だけ男女共学でその時の担任の故寒川先広さ15万坪あるそうで、12もの
大学は、KWV同期男4女2妻帯3計12名、場所三田キャンパス
第24回 KWV三田会ゴルフコンペ報告 (51 齋藤邦彦)
恒例の「KWV三田会ゴルフコンペ(第24回)」が4月4日(木)府中カントリークラブ開催されました。
この大会は令和元年に開催されて以来、コロナ禍や悪天候のため中止が続いていましたが、当クラブ会員の田端さん、副幹事の藍原さんほか幹事団皆様のご尽力により5年ぶりの開催が実現しました。幹事の私も長年の任から解放されてほっとしています。
この日の天候は長期予報では雨90%となっていましたが、これ以上は延期したくないという気力で天気は奇跡的に持ち直し「薄曇り20度」という絶好のコンディションのなかで七分咲きの桜の花を愛でながら最高のラウンドをすることが出来ました。参加者は23名の腕自慢が揃い、上位はわずか3打差の中に8人が集中するという大激戦で、これを制したのは水町さん、準優勝は0.2打差で吉井さんでした。特筆されるのは最年長のドテ先輩が並み居る飛ばし屋を押さえて堂々とドラコン賞を獲得されたことです。60歳代・70歳代の若手も大いに触発され、まだまだ頑張らねばと意欲を新たにしました。
優勝者(=次回幹事)からは来年以降もこの大会を継続するよう取り組むという力強いお言葉があり、和気藹々の雰囲気の中で無事に散会となりました。