何故か白梅に置き忘れた?パンダが。昨日の前の錦糸公園にて 平和な日本ですね。陽光が春の気配です
エーガ愛好会 (199) 遠い太鼓(34 小泉幾多郎)
ラオール・ウオルシュ監督、ゲーリー・クーパー主演の西部劇と来
スーパーヒーローのクーパーともなれば、20本を超える西部劇に
1840年フロリダ地方はアメリカがセミノールインディアンと7
フロリダ地方の湿地地帯の美しきロケ撮影や水中カメラ使用による
(保屋野)小泉さんの完璧なコメントに付け加えるところはな
感想を記します。
舞台がフロリダで、小泉さんの云われるように西部劇らしからぬ西
大昔観て面白かった記憶があったので期待して観たのですが、どう
(グーグルから転載)この映画は、ある“音”で映画ファンに愛され、親しまれています。それは兵士がワニに襲われて叫ぶ声。効果を高めるためにアフレコで製作された音なのですが、この作品以降、ほかの映画でも同じ声が使われているんです。「スター・ウォーズ」(1977)で、ダース・ベイダーの深い呼吸やライトセーバーなど、さまざまな音を製作した音響デザイナーのベン・バートは、西部劇「フェザー河の襲撃」(1953)でも使われたこの声を“ウィルヘルムの叫び”と名付け、「スター・ウォーズ」や「インディ・ジョーンズ」のシリーズに使用。さらに、ほかの音響デザイナーにも広まり、「バットマン リターンズ」(1992)や「キル・ビル」(2003)など、400本以上の映画やアニメ、そしてテレビゲームでも、主に男性のキャラクターが吹き飛ばされたり、倒されたりする場面であえて、この叫び声をリスペクトをこめて使っているということです。映画史上の名作。“音”にもご注目ください。
アンナプルナ遠望 (42 河瀬斌)
(編集子)山岳展望の放映をきっかけにここ数日、KWV仲間ではその話題が集中している。現地を歩いてきたドクターからの情報である。36年卒の仲間でエヴェレスト展望へ出かけてすでに四半世紀!
アンナプルナは我々が真近に見ることのできる唯一のヒマラヤ80
(安田)河瀬さんの素晴らしいアンナプルナ実撮の写真が届きました。ありがとうございます。実物を見た人でなければ感じ得ない臨場感の迫力があるのでしょうね。
(菅原)
山と言えば、青山、代官山、大岡山などにしか登ったことのない小生が、アンナ・プルナと言う名前を聞くと青春時代が蘇る。
1950年に、フランス隊が8000m級の初登頂を果たし、その経緯を隊長のM.エルゾーグが「処女峰アンナ・プルナ・・・」として出版した本が、1953年、近藤等の翻訳で白水社から出され、これを何故か小生貪り読んだ(小生の普通部時代)。今にして思えば、次から次に降りかかる危難を不屈の闘志で掻いくぐって行くところが、冒険小説が好きだった小生の嗜好にピタリとはまったからではなかったか。下山の際の悲劇、登頂したエルゾ-グ、ルイ・ラシュナルが凍傷で、足指20本、手指10本を失ったと言うからその下山は、常人には想像も出来ない凄まじいものだったのだろう。
アンナ・プルナとは「豊穣の女神」と言う意味だそうだが、写真を見ても悪さをする山とは思えない。しかし、ネットを見たら、2012年3月時点で、登頂者191人に対し、死者61人と言うから誠にオソロシイ女神だ。写真を見ているだけで充分に満足。
クラシックカメラご案内 (普通部OB 船津於菟彦)
全日本クラッシックカメラクラブと言うフィルムカメラの愛好者の
小生2022年秋のAJCC春の写真展には1952年発売の東独
1935年製造のコンタックスⅠ型で湯島天神の梅が満開の佳き日
黄色がフィルム巻き上げ。赤が高速用シャッターダイアル。ブルー
キミは 鷲は舞い降りた を読んだか? ー 冒険小説へのお誘い
(三橋) このあたりで英国ミステリーのもうひとつの別の流れを追ってみよう。冒険小説・スパイ・スリラーの系譜である。そもそも英国にはダニエル・デフォー『ロビンソン・クルーソー』、ジョナサン・スウィフト『ガリバー旅行記』といった冒険物語の伝統があったが、まだ19世紀には“外套と短剣”という言葉に象徴される古風で通俗的なスリラー小説が流行していた。(中略) また、冒険小説の方面では、『孤独なスキーヤー』や『キャンベル渓谷の激闘』など苛酷な自然条件と英国人の“ジョンブル魂”を描き、この分野を牽引したハモンド・イネスがいた。アリステア・マクリーン、ジャック・ヒギンズ、デズモンド・バグリイ、ギャビン・ライアルらの活躍は、イネスが切り開いた道があってこそのものであった。
小生がこの 冒険小説 というジャンルにひかれたのは、引退後に英語を忘れないようにしようと始めたポケットブック原書版乱読ジャーニーの第一号が、ジャック・ヒギンズの 鷲は舞い降りた だったことだ。ヒギンズは多作で知られる売れっ子作家になってしまい、最近の作品は粗製乱造というか、およそ見るべきものがないのが残念だが、この記念碑的作品の舞台になっている、第二次大戦の秘話というべき初期の作品をいわば芋づる的に読んで行って、小説もさることながらその実態を知りたくなって何冊かのドキュメンタリや記録物に挑戦することになった。この 鷲 は、史実ではあるが実現しなかった、ヒトラーによるチャーチル暗殺計画の話だが、この作品が特に注目されたのは、それまでの小説も映画も当時のドイツ軍人をいわば悪人あつかいしかしてこなかったのに、ヒギンズは彼らの人間性とかあるいはヒューマニズム、というファクタを盛り込んだことだ。同じような背景で書かれた 狐たちの夜 はストーリーの面白さ、という意味では一番だと思っているのだが、欧州戦線で敵味方に分かれはしたが戦前は英国で学んだ知識階級のドイツ青年が国策と個人の間に挟まれてしまうという、同じ時期に勃発した太平洋戦線での日米両国の場合とは全く違う事情がよく描かれている。同じようなテーマだが、よりフィクション性の高いいくつかの作品 双子の荒鷲 反撃の海峡 ウインザー公略奪 なども面白かった。いずれにせよ、現代史の勉強という意味もあるが、戦争とは全く違った、三橋氏の言われる意味での冒険小説、というカテゴ リでのヒギンズは何といっても 脱出航路 に描かれる海との戦いと再び国境を越えたヒューマニズムだろうか。ヒギンズにはもう一つ得意なテーマがアイルランド紛争にまつわるエピソードであるが、中でも 非情の日 はヒギンズ本人も好きだと言っているらしく、心に響く作品だと思っている。ヒギンズのものはデビュー当時からさかのぼって20冊以上読むことになったが、小生のお気に入りは 廃墟の東 という中編である。全体に漂う虚無感の様なものが自分の心の周波数に合致するように思うのだが、一般受けはしなかったようだ。
ヒギンズのいわば先輩筋にあるアリスティア・マクリーンにも素晴らしい作品が多い。中でも 女王陛下のユリシーズ号 は冒険小説、というジャンルにとどまることのない傑作だと小生は思っていて、絶望の淵に追い詰められた男たちの振る舞いと猛烈な嵐、訳者はマクリーンの原文をどう日本語にすればこの本の神髄をつたえられるのか、自分の能力のなさを嘆いた、と告白したくらいの圧倒的迫力がある。良く知られたのはグレゴリ・ペックの ナヴァロンの要塞 、やはり映画化された 荒鷲の要塞 とか 八点鐘の鳴る時 なども歯切れのよい作品だ。
イギリス文化の根底にある海洋へのあこがれ、といったものがテーマになっているのが バーナード・コーンウエル という作家で、ロゼンデール家の嵐 嵐の絆 などはヨット愛好家ならば別の意味でも面白い作品だと思う。三橋氏のコメントにもあるが ギャヴィン・ライアル については先に 深夜プラスワン ちがった空 について書いたが、より現代的なテーマでの傑作が多いし、同氏が触れておられる ハモンド・イネス は徹底して大自然の中での話で、その描写が素晴らしい。多少なりとも山、とか雪、に馴染みのある我々にはより親近感を覚えるテーマが多い。
80年代になると映画でもアピールした トム・クランシイ の レッドオクトーバーを追え に始まる軍事ものが盛んになってきて、昨今では軍事スリラー、というような用語も目に付くし、アマゾンで買うと、その原題に THRILLER というサブタイトルがつく本が多くなってきた。こうなると 冒険小説 の定義そのものも再考されるべきかもしれないのだが、同じ副題がついても、最近小生がはまっている C.J.ボックス のテーマはすべて米国ワイオミングとかノースダコタの荒れ野が背景の、個人対自然のかかわりあい、という部分が多いので同じアメリカ発ではあるのだが、よりおおらかな男の闘いは快い読後感にさわやかさを残す。調べてみるとこの人の和訳はだいぶ以前に出されていて、その後の復刊を聞かない。しかし英文は非常に簡潔だし分かりやすいので、原文をトライされたら如何だろうか。
”冒険小説” といっただけで、ハイブラウな読者、純文学志向の人たちにはおよそ見向きもされない、いわば裏街道筋とでもいうべきジャンルがなぜ心をひきつけるのか。評論家の関口苑生氏は、”冒険小説の主人公は愚直なまでに頑固なおのれの倫理観を持つ”、とし、”その主人公がさらに成長し、自己を獲得していく過程” を描くものを冒険小説である、と定義している。ただ単に暴れまわって破壊行動を繰りかえすだけのものは決して冒険小説ではない、というのだ。このあたりの言い方は、ハードボイルドを語るときにもよく出てくる。グーグルでは (ハードボイルドは、文芸用語としては、暴力的・反道徳的な内容を、批判を加えず、客観的で簡潔な描写で記述する手法・文体をいう)と言い切っているが、決して暴力・反道徳的内容がその定義の必要要素ではあるまい。同じことが冒険小説の定義にも当てはまるので、そういう意味では関口氏の定義には同意する。
ハードボイルド派についてはまた稿を改めるとして、とにかく、年齢的ハンディが日々積みあがっていく毎日、心の憂さの晴らし場所、くらいに考えて、諸兄、せめて 鷲 か ユリシーズ でも読みたまえ。
こっちは大倉山 (34 小泉幾多郎)
船津さんに遅れること何日か,こちらヨコハマ大倉山公園。
大倉山梅林、今年も梅の季節到来。コロナ禍で中止していた地域振
緋寒桜 今日の錦糸公園 (普通部OB 舩津於菟彦)
スーパーボウルで感激したこと
今日、何気なくテレビをつけたら、スーパーボウルの中継番組に行き当たった。
小生はフットボールには関心がないので、いつもならほかのチャネルにしてしまうところだったが、ゲームの開始にあたってのセレモニーだったので何気なく見ていたら、アメリカ国歌が歌われる場面になり、出場選手たちがこれを聞いている場面になった。我が国とは違って、顔だけを見てもいろいろな人種がいるのだなあと改めてアメリカという国の成り立ちを改めて感じた。そのうち、ひとりが黙って聞いていながら涙をながしているのが大写しになった。
彼がなぜ涙を流しているのか、もちろんわからない。この場に参加できるまでの努力とか苦労を思い出していたのかもしれないし、なにかもっと個人的な感激だったのかもしれない。しかしそれが 国歌吹奏の時だ、ということに感動した。勝手な想像だが、彼は自分がこの国に生まれ、多くの仲間たちと一緒にその国歌を聞く、という当たり前のことが改めてどんなにすばらしいことなのか、それに思い当って感激したのではないか。
人種間の対立やら異文化のはざまの問題とか極端な経済格差とか銃暴力とか、我々日本人には理解できない障壁を抱えながら、なお、”自分たちの国” という感情がこの国の人たちにはずっと強いのではないか、という気がした。はじめて米国の地を踏んだ時、いろいろな場所場所に米国旗がひんぱんに翻っているのに驚いた。その時はかなり自分の考え方もひねくれていて(国旗でもない限り自分の国という感情が湧かないんだろう)などと考えていた。ちょうどヴェトナム戦が問題になっていた時期でもあったかかもしれない。しかし今日、すんなりとこのシーンに感激したのは、簡単に言えば愛国心というのかもしれないが、僕らがなんとなく口に出しにくくなっているごくごく素朴な気持ちをこの選手は素直に表していたのではなかったのか。
この種の発言をすればやれウヨクだのなんだのという雑音が聞こえ、建国記念日に国旗を掲げるなんてこともなんとなくはばかられるような、現代日本というのはどんな国なんだろうか。そんなことを思った。名前ももちろん知らないこのアメリカ青年の素直な感情が温かく伝わってきて、彼のゲームでの健闘を祈る気持ちになった。いろんなことが起きている国ではあるが、その原点を支える人たちの善意を改めて感じたことだった。
(船津)日本人とて同じだと思います。
つまり、米国は、絶対王政を選択すべきでした。しかし、歴史は戻ってやり直すことは出来ません。米国は、もしかしたら、例えば、永遠にUnited States of Aの実現に向かって行く、常に青春であり続ける国なのかもしれません。
(編集子)常に青春であり続ける、か。なるほど。スガチューの喝破で一件落着、のようで。
小海線の旅 (HPOB 小田篤子)
車は生活圏で…と決め、小型車を1月に頼んだのですが、
エーガ愛好会 (198) ジェイムズ・ディーンのこと (普通部OB 舩津於菟彦)
本名ジェームズ・バイロン・ディーン1931年2月8日~
18歳の時に州政府主催のスピーチ・
1952年、レストランのアルバイトで生計を立てる一方、
ディーンは各種新人賞に輝き、
1955年 映画「エデンの東」が完成し、
そして、あの主題歌とラストの名曲「テキサスの黄色いバラ」
主題歌は確か小坂和也が「山よ谷よ・・・」と歌ってましたね。
「幸せは金で買えない」のは事実ですが、「
夕刻、速度違反で切符を切られたが、その後も疾走は続いた。そして2時間後の午後5時59分、
「エデンの東」「ジャイアンツ」と、
後年、事故現場には「James Dean 1931 Feb 8 – 1955 September 30 PM5:59 ∞」の字が刻まれたモニュメントが建てられた。彼が残した言葉として、「優しさこそ、