”日本国紀” 補論  (普通部OB 菅原勲)

 

日本国紀はまだ読んでいない。そこで、早速、図書館に予約を入れた。ところが、待ちが、上巻は35人、下巻が29人。図書館の最大貸出期限は2週間だが、面倒なのでひとり10日間と計算しても300日前後だから、借りられるのは10ヶ月後の年末年始か。

そこで、War Guilt Information Program(以下、WGITと省略)だが、この件に関し江藤淳がやったことが極めて過小評価されているのが、誠に残念でならない。江藤は1932年生まれで、塾の文学部英文科を出た文芸評論家だ。ただし、1989年暮れ、妻が癌で亡くなり、翌年、手首を剃刀で切って自死している。その著作は数多あるが、例えば、「小林秀雄」とか「漱石とその時代」などがある。1979年、米国で、占領下の検閲事情を調査し、米国の大学教授からWGIPの写しを入手。「忘れたことと忘れさせられたこと」(1979年)、「1946年憲法―その拘束」(1980年)、「閉ざされた言語空間 占領軍の検閲と戦後日本」(1989年)などで、初めてその存在を明らかにし、日本国の憲法が米国によって押し付けられたことも含め。つまり、我々は、体よく洗脳されてしまったわけだ。ただし、江藤は文芸評論家であって歴史家ではない。従って、所謂、専門家からは等閑視されたのも無理からぬことではある。百田がその江藤に言及しているかは寡聞にして知らない。

(編集子)俺たちの年齢で10ケ月先に何が起こるか、わかったもんじゃねえ。読了した2冊、お貸しするので住所、教えてほしい。片倉会の住所録がどこを探しても出てこない。

(菅原)そりゃー、そうだな。「カサブランカ」で、酒場の女に「今晩、どう」と誘われたボガートが「そんな先のことは分からない」って言ってるぐらいだから。喜んで拝借する。

エーガ愛好会 (123) ジェシージェームスの暗殺   (34 小泉幾多郎)

西部開拓時代南北戦争の南部の生き残りの荒くれ男たちを纏め上げ、犯罪を繰り返した無法者のリーダー、ジェシー・ジェームスの後半生の伝記。ニュージーランド出身のアンドリュウー・ドミニク監督が、ジェシーにブラッド・ピット、その部下ロバート・フォードにケイシー・アフレックを起用し、ジェシーに憧れ信頼を得ようとしながらも殺意を感じる何かもの悲しい奇妙な関係を描いている。ピット扮するジェシーは、リーダーとしてのカリスマ性、自己中心的な傲慢な、きれ易く疑心に溢れたかと思えば、狂気な眼で相手を威嚇したりの性格。アフレックのロバートは、なんとかして憧れのリーダーに取り入ろうと努力するも、カリスマ性のある自分の世界を持っているリーダーから心許されないジレンマを持つといった二人の関係が遂に殺害にまで達するのだが、この二人の間に生まれた特異の演技には魅せられる。ピットはヴェネチア国際映画祭男優賞、アフレックはアカデミー助演男優賞賞ノミネート他各賞を受賞している。

西部劇とはいうものの、英雄的ガンマンの活躍、痛快な西部の犯罪溢れる射ち合いや殴り合いといったおおらかな痛快さは殆んど見られず、地味で淡々とした芸術的ドラマの様相を呈している。2時間半ジェシーとその仲間同志が疑心暗鬼の腹の探り合いの緊張感たっぷりは少々きつかった。それを補って余りあるのは、撮影センスの素晴らしさ、撮影監督はアカデミー撮影賞ノミネートのロジャー・ディーキンス。

冒頭から最後の列車強盗と言われる描写で、暗闇から列車が現われ林に潜む覆面強盗団に、列車のライトが明滅すると、急停車する車両の火花といった光の光景が芸術的といったように、全体的に自然の写し方が美しい。ジェシーが金色の麦畑で沈みゆく太陽を見つめたりするシーン等西洋美術作品を観ているような感覚になる。

ジェシーは「地獄への道」のタイロン・パワーに感じられた情熱も正義感も見えない別人で、仲間に対して持つ疑心暗鬼がひしひしと伝わって来る。それ以上に、ロバートはジェシーへの屈折した怒りや憎しみ、殺さなければ殺されるところに追い詰められて殺しに至るまでの姿に緊張が高まる。

殺しの場面、自宅で額縁の埃を羽箒ではたくジェシーの背後から自分が呉れてやった拳銃の撃鉄のカチリという金属音で狙われている音は聞こえている筈だが、其の侭背後から撃たれ倒れる。敢えて凶弾に身を任せたようにも受け取れる。疑心に苛まれた自分自身に嫌気がさしているかのようにも見えた。この後も映画は続くが、信じられないことばかり、ジェシーの死体の写真が複写され売りに出されたり、ジェシーを撃ち殺す場面をロバート自身が劇場で演じまくったり、遂にロバートはある酒場で、義憤に駆られたエドワード・オケリーという男に撃ち殺される。ロバートは悪党を退治した英雄としてではなく、汚辱に満ちた生涯を終え、反対にジェシーは西部の義憤のヒーローとして、その名は高まった。

蛇足ながら、ジェシー・ジェームズ登場の映画で日本公開されたものを調べてみると下記18作品にも及ぶ。残念ながらそのうち観た映画は「地獄への道」「命知らずの男」「無法の王者ジェシー・ジェイムス」「腰抜け列車強盗」「ミネソタ大強盗団」「ロングライダーズ」「ジェシー・ジェームズの暗殺」の7作品に留まる。

「ジェス・ジェームス1927」「地獄への道1939」「復讐の六連銃1941」「地獄への挑戦1949」「平原の勇者1949」「命知らずの男1950」「無法一代1951」「荒野の三悪人1951」「私刑される女1953」「拳銃が掟だ1953」「無法の王者ジェシー・ジェイムス1957」「地獄の分れ道1957」「腰抜け列車強盗1959」「ミネソタ大強盗団1959」「ロングライダーズ1980」「ワイルドガンズ1994」「アメリカン・アウトロー2001」「ジェシー・ジェームズの暗殺2007」

(編集子)小生が見たのは 地獄への道 ワイルドガンズ ロングライダース の三作、いずれも セーブゲキ の王道?を踏んだ作品だ。ドクター小泉のプロ裸足の眼からご評価は高いようだが、審美眼を持ち合わせていない小生には、ご指摘の列車が近づいて来る場面を見たとたん、どうもこれは 王道セーブゲキではないな、という直感があった。先般のカンパ―ビッチの作品もプロの評価は非常に高いようだが、いずれも映画作品としての評価であって、小生ごときが云々することはないのだが、セーブゲキ を見たい人間にはどうもすっきりと心に落ち込んでこなかった。

 

エーガ愛好会 (122) ポンペイ    (普通部OB  船津於菟彦)

『ポンペイ』(Pompeii)は、2014年のアメリカ合衆国のディザスター・アクション映画。監督はポール・W・S・アンダーソンで、2014年2月21日に公開。
ポンペイの噴火の悲劇を描いた歴史的な映画かと思いきや、そんな事はなくその大半は剣闘士の話。裏を返せば、災害を描くというよりはあくまでもポンペイの日常やローマと取引という都市国家の政治の一面。見る側はこれから噴火するという事を知っているから、馬の異変や、ポンペイの地震の意味も分かるが、人々は特に何をするわけでもなく、普段の生活をしてる。ここがポンペイでなければ剣闘士との恋物語ももっと描かれたのではないだろうか。しかし、あらゆるものが、ヴェスビオ山の噴火で突然終りを迎える。火山の恐ろしさが伝わらない安っぽい映画。タイトルにひかれて、ちがうもの見た感じ。
ポンペイでは 紀元79年10月24日 ヴェスヴィォス山大噴火で軽石と火山灰が積もりそこへ高温の火砕サージと火砕流が到達して埋没した。現在も発掘が付いている。日本その時弥生時代。ポンペイには上下水道が完備していて文明も古代ローマそしてギリシャ等に憧れて、それを模倣した文化が開花していた。
2000年以上前の栄華の都市が火山のお陰で残っているとは。飲み屋の店先ではおつりまでがそのままだったとか。人口1万5千人で奴隷が四割とか。25カ所も売春宿があったとか。
この都市での生活はやはり海と繋がった交易による富のようだ。豊かな商人の御夫妻像。今は海は遠くになっている。モザイク画とか壁画が綺麗に残って居る。また、火砕流で一瞬のうちに死を迎えた人の、そのままの形で空洞が残り、そこに石膏を流して、作られた像ものが沢山並べてあった。映画では「奴隷」が如何にも虐げられたように描かれて居るが、実際は人口の4割が奴隷だったと言うから驚くが可成り自由に生活、努力して一般人になり役人になった例もあるようだ。.

乱読報告ファイル (20) 百田尚樹 新版 日本国紀

結論から言う。この本は一読に値する。必読、だとすら感じる。日本史のおさらい、という意味もあるが、何となくわかっていなかったことにそれなりの解答があった、という事と、全く知らなかった事実を確実な物証とともに提示されたことに新たな感動がある。

なんとなく思っていたことに確信を持たせてくれた記述はふたつあった。一つは先般、置き配とタブレット という事で書いた、日本のこの文化はどこから来たのだろうか、という事について、自分なりにそうではないか、と思っていたことを裏書きしてくれる記述である。日本という国のはじまりを邪馬台国の存在という事で納得してきたのだが、考古学の専門的知見に加えて、日本という国の地理的条件が育んできた文化のありよう、それの延長として万世一系の天皇という存在についての考察などは非常に明快であり、中国の先進文化を取り入れながら、その中核思想であった、易姓革命、という思想だけは取り入れなかったという史実、その後世への影響、という視点はわかりやすいし、平安から鎌倉、戦国時代にあって、なぜ天皇家が存続したのか、という説明である。また昨今問題になっている女系天皇論にもわかりやすい解説になっている。

もう一つは明治維新という屈曲点を経て、わずか数十年の間に世界列強に並ぶ国ができたのはいったいなぜだったのか、という疑問に対する示唆である。何となく想像していたことをいろいろな物証で説明してくれる、その過程は明確でありかつ説得力があると思う。

全く知らなかった事実は占領下の日本において、GHQの政治の基盤が結局、アジア人種に対する差別意識だったのだ、という指摘である。同じ立場にあったはずのドイツの処理と日本での措置がなぜ違ったのか、という素朴な疑問に対して著者の説明は明瞭であるが、その過程において、WGIP というものの存在をこの本で初めて知り、愕然としながら、なるほど、そうだったのか、と納得することがあった。WGIPとは、War Guilt Information Program の略で、日本国民に戦争責任を考えさせる、戦争の罪悪感を日本人の心に植え付けるための宣伝計画、という、誠に身勝手な、恐ろしい政策だった。この計画の存在は想像ではなく、公式な文書があることがすでに確認されているのである。その中身がどうであったかは本書を読んでもらうとして、納得がいったのは、この計画の実施に参画した日本人が多くいて、事情も背景も知らない、アメリカの若造(だったと思う)学者の暴論を崇め奉ってGHQにすり寄り、そういう連中が政府機関よりも大学をはじめとする教育界に影響を及ぼして来た、という指摘である。そして小生がまさに国を危うくすると思っているいわゆる知識層、というものが形成されたのもここに原因があると知った。このあたりは本書にいろいろな物証とともに記述されているのでこれ以上はふれない。

それに伴って、日本がアジア諸国を侵略した、と今では事実化されてしまっていることにつぃてである。日本が地理上アジア諸国において戦争をしたのは間違いないが、その時戦った相手はアジア諸国ではなく(第一当時の諸国はすべて植民地であり、その国の軍隊というものそのものが存在していない)、その国を支配していた欧米の軍隊であった、という事実を言われてみて初めてそうだと理解した。それらの軍隊と戦い、その結果としてアジア諸国は植民地という立場から抜け出すことができた。これもまぎれもない事実である。こういう論説は今まで、特に左翼系のメディアや学者たちによって、日本の侵略だったのだ、という、まさにこのWGIPの罠にはまった論説によって片付けられてきた。このあたりの史実をこの本は鋭く突いている。そして何よりもそういう教育を受けてきた人たちが今の日本の政治にむきあっているのが現実なのである。ドイツでは、たしかにナチの追求は厳しく行われてきたが、強制であろうとなかろうと、その体制を受け入れた当時のドイツ国民を覚醒するためにこのようなプログラムがあったとは聞かない。白人にはそういう必要はないということだったのか。

歴史にはいろいろな解釈が成り立つ。専門家でないわれわれにはひとつひとつの史実の真偽を明らかにする能力はない。しかしこの本が書いているように、今の我々が直面している問題、憲法改革の是非から安全保障の問題、そういうことの根本にあるのがGHQなる正義の味方であったはずの機関が行政の結果であり、同理屈をつけようがその根底には、当時ぬきがたくあった人種・民族差別であった、という解釈には納得する。そしてまた、良くも悪くも、日本の文化というものがその背景にあった、という著者の主張に改めて賛同する。

今まで、やれミステリを読めとかハードボイルドがいいとか、勝手な熱を吹いてきたが、それはさておき(間違っていると思うのではない)、このコロナ蟄居の有効利用として、まず、この本を読んでほしい。

 

 

乱読報告ファイル (19)   植村直己・夢の軌跡  (普通部OB 菅原勲)

「植村直己・夢の軌跡」(2014年。文芸春秋)を読んだ。植村が消息を絶ったのは1984年だから、それからほぼ40年が経っている。今更、植村なのかと言う疑問をお持ちの方は数多おろう。しかし、小生は、彼が誰もやったことのない単独の犬橇行をやったこと、そして、アラスカで行方不明になったことぐらいしか知らない完全な植村音痴だ。だからと言って、ここでWikipediaに載っているようなことに屋上を重ねるつもりは毛頭ない。

著者は湯川豊。何社かが植村を支援していたが、その一社である文芸春秋の窓口が湯川だった。従って、この本は植村讃歌となるが、抑制の効いた文章となっており、過度に褒めているわけではない。

ここで思い出したのが、南極大陸を探検した白瀬中尉(明治時代の話し)、それに、本田勝一(彼が、朝日の夕刊一面に連載した「カナダ・エスキモー」は毎日夢中になって読んだものだ)。

植村が消息を絶ったデナリの遠望

つまるところ、植村は冒険家だった言うとことのようだが、小生は稀代の快男児だったと思っている。明治大学は、杉下とか星野とかの学校だとばかり思っていたが、阿久悠あり、植村直己ありなど多士済々だ。

植村については、一家言ある方がわんさかおられるのではないか。討論を期待したい。

山中湖 夕照    (39 三嶋睦夫)

ふじてんスノーリゾート」 に雪の感触を試しに行ってきました。  快晴。
皆さんご存知でしょうが・・・・・ あそこは斜度が緩すぎる と(10年ほど前に初めて行った時に) 思っていましたが、この歳になると 雄大な富士山を眺めながらゆったりと滑るのも悪くない  というのが率直な感想です。
雪質も良いし(新型の人工降雪機?)、混雑は少ないし、近いし これからは使えそうですよ。2時ごろに切り上げて、夕方に山中湖で 富士山への日没を見てきました。これまた満足です。

エーガ愛好会 (121) スティーヴ・マクイーンのこと  (HPOG 金藤泰子)

”トム・ホーン” をスティーブ・マックイーン主演という事でしたので、観ましたが マックイーンが歳をとってしまったというのが、第一印象でした。

実話だといういう事でしたが、皆さまがお書きになっている通り、前半はまだ元気がありましたが 後半の、もういいんだ、という態度、どうしてこんな映画に出演したのか? この映画を撮影した翌年に50歳で亡くなってしまったというマックイーンが、自身の病を自覚していて思うところがあったのかもしれません。 駆け足で逃げるシーンなんて、あり得ない・・・こんな弱々しいマックイーンを私も見たくなかったです。 遺作「ハンター」1980年 も実在した元賞金稼ぎのラルフ・ローソンの半生 だそうですから、今回と似たようなストーリー展開かもしれませんね。放送されても見ないようにします。
スティーブ・マックイーンは「大脱走」「荒野の七人」「ブリット」等をテレビで観ましたが、 キング オブ クール 格好良いのです!
映画館に観に行った作品では、大画面ですから もちろん もっと素敵でした。
「タワリング・インフェルノ」1974年 CG撮影が未だの時代、138階建ての超高層ビルの火災パニック映画として臨場感がありました。 燃え上がる火、水の奔流場面など、どうやって撮ったのかと思います。映画の冒頭か最後に出てきた「全ての消防士に捧ぐ」という、スーパーが印象に残っています。スティーブ・マックイーンとポール・ニューマンが素敵でした。(前にも書きました )
オールスター・キャストという事でしたが、70年代にわたしが映画館で観た時にはジェニファー・ジョーンズもスーザン・フラネリーも名前を知らない女優さんでしたから、昨年か一昨年BSシネマで放送時にテレビで見直しました。
「華麗なる賭け」1968年 のマックイーンも良かったです。 眼が素敵でした。
主題歌「風のささやき」を聞くと映画の場面を思い出します。フェイ・ダナウェイは私は好きなタイプの女優さんではなかったのですが、最後の方になって良い感じになってきました。 「タワリング・インフェルノ」にも出ていましたね。
「パピヨン」は私も面白くなかったです。 「砲艦サンパブロ」 テレビ「拳銃無宿」? 知らない作品です。
  拳銃無宿を知らずしてマクイーンを語るはサビ抜きを寿司というがごとし。
小泉さまの完璧な解説メールを拝読して、「全く同感です!」と すぐ返信させて頂こうと思っておりましたが、Giさんの「最後の一行に全く同感」メールを受け取って、、そうですよね〜 と思いながら、スティーブ・マックイーンの思い出に浸っていてそのまま遅くなってしまいました。
(編集子)スガチュー、”拳銃無宿” を知らない世代の人と会話であるぞ。
”サンセット77” “ララミー牧場” ”コンバット” “ローハイド” ”ボナンザ” ”ペリー・メイスン” ”ペイトンプレース”。これらテレビ番組がわれら世代の人格形成に及ぼした影響について述べよ。
我が世代の各位、いかが。

”置き配とタブレット” 追論6   (普通部OB 船津於菟彦)

斎藤さんのご意見についての感想です。
新型コロナウィルス蔓延旋風は確かに置き配に繋がったと思いますが、必ずしも「南米大河」などの配送業者の都合だけではなく、選挙でもいちいち鉛筆を代えるなど、神経質までの感染防止から来ている物、つまりなるべく人と人が直接触らないという事から来ていると思います。配送業者は門前まで来ることには代わらないので合理化には成りませんね。「麦茶」を出すのは確かに素晴らしいのですが、彼らも寸秒を争い搬送しているようで、私の住んでいるマンションではそんな余裕は無い様です!偶にはお菓子をあげますが(後でヒマの時に食べられるもの)。
犬猫の糞や尿の件についてのご観察には異論があります。
この件は日本は断然優れていると思っているのですがどうでしょうか。錦糸公園でも滅多に「ウン」は落ちて居らず、みな袋を下げて拾って帰ります。又、水も掛けて居る方だ多いですね。外国では「フン」を践むのは当たり前的なところもありますし、狂犬病の予防接種などはいかがでしょう。野犬はまず居ませんし、野猫は見当たりますが矢張り少ないですよね。犬の吠え声の苦情はあるでしょうがこれは狭い日本ですからしかたがないこともあるし、欧米は大きな犬が主流で余り吠え無いですが日本は住居が狭くて小型犬が多くキャンキャン五月蠅いことは確かですね。
もう一つの話題ですがタブレットによる注文とか非接触型の決済が多くなると想います。コンビニでも今やお金は自分がレジに入れおつりも自分が取る方式になったり、病院でカード払いの場合、カードを自分が差し込み読み取り自分が抜く方式が多くなりました。ユニクロは値段表にICタグが付けられ、買い物籠ごとレジに置くと自動計算してクレカを入れれば決済完了。一切人は触らない。
マイナカードの保健証の連携で益々病院では非接触型に成ると思います。その関係でしょうが先生も昔の様に直ぐ聴診器を当てる先生は少なくなり、顔色もろくに見ず、ディスプレーで診断するのは抵抗があります。先日久し振りに聴診器で観てくれる先生に会いました。これは医者は仁術ですから、顔色とか話し方なども含めて診断して欲しいです。
その内に「タブレット診断」になるなんてのはご免です。
(編集子)本件、犬猫問題に予想外の関心があるようだが、原文の趣旨は日本の文化というものが歴史に与えてきた事実を改めて見直してはどうか、ということだった。このことについては現在、百田尚樹 の ”日本国紀” を読んで、多少感じるところがある。

“置き配とタブレット”  追論5  (普通部OB 菅原勲)

小生、1990/91年の2年間、パリに飛ばされた。30年以上も前の昔の話しだ。当時、大統領はF.ミッテラン、首相はE.クレソン女史。つまり、社会主義政権(これは、非効率極まりなかった)。パリの生活、不平不満は山ほどあったが、最後は住めば都で胡麻化された。

ここでは、以下の一つの話題に絞り込む。花の都ならぬ、糞の都の話しだ。グチャリ、グチャリの洗礼が始まれば、「何がサルトルの実存主義だ、何がボーヴォワールの第二の性だ、クソクラエ」と毒づき、室内での靴の生活も乙なもんだと思っていたが、急遽、スリッパに変更した。そこで、素朴な疑問。靴を室内まで持ち込む生活と玄関で脱ぎ捨てる生活とでは、「武漢ウィルス」に感染する確率は違うのか。もう一つは、平井さんが指摘されているように、歩道に犬の図が書かれたお手洗いだ。そこで犬が用を足す、しかし、後始末はしない。そこで、確か緑色だったと思うが、オワイ屋ならぬオワイ車が出動して回収に回る。これは、30年ほど前の話し。

そこで、ボンクラは考えた。犬を飼っている奴は、自分の家は頗る清潔で、罷り間違っても、まさか、自分の家が犬の糞まみれになっている筈はない。ところが、一歩、公道に出るとこの様だ。月とスッポンほどの違いがある。そして、その違いは、公衆道徳なんて難しいことを言う前に、自分さえ良ければそれで良いと言う甚だしい身勝手さと言う精神構造にあるのではないかと。

平井さんの情報によると、最近、大分、改善されているらしく、それ自体はご同慶の至りだ。しかし、これは2年後に迫った2024年の五輪を意識してのことだろう。そうであれば、身勝手さと言う精神構造が変わらない限り、五輪と言う錦の御旗が亡くなれば、元の木阿弥に戻るのは間違いない。それにしても、犬の糞の放置を実存主義はどう説明するのだろう。そして、一時流行ったT.ピケティは、どう弁明するのだろうか。

オミクロンをみくびってはいけませんよ   (普通部OB 篠原幸人)

ついに東京都のコロナ患者は連日2万人を超すようになりました。皆さんは御無事でしょうか? 皆さんは大丈夫でも、ご家族や親しい方の間にもコロナ患者は増えてきていると思います。あるいは沢山の方がご自分では気づいていないなんてことも十分想像されます。

中国では毎日あれだけPCR検査が行われているのに、日本ではPCR検査が間に合わないから症状から推定する「みなしコロナ診断」なんて、世界の先進国を自負していたかっての日本はどこへいってしまったんでしょうね。これも1年も2年前からこのような状況を想定して手を打ってこなかった厚生労働省あるいは政治の大失敗であることは明らかです。私も患者さんからの電話だけで、風邪やインフルエンザ、花粉症とコロナを見分ける自信は全くありません。

一方で「安倍のマスク」の嫁入り先が引く手余多だとはしゃいでいた人は、それにかかる運送費がまた莫大にかかると聞いて、おとなしくなってしまいましたね。自分の失敗には目をつぶり、成果は120%強調するのが、優れた政治家だったんですね。

さて、政府は3回目のワクチン接種普及に大わらわです。これ自体は私も大賛成で、是非進めて欲しいと思います。しかし、3回目接種はまだ日本の人口の数%ですが、まだ3回接種したのにこのオミクロン株に感染した人の%は発表されていません。そんな数字を今、出すと3回目接種推進の障害になると考えている役人・政治家もいるのでしょうね。3回打ったって、コロナに罹ることはあり得ます。但し、程度が軽くあるいは無症状になる確率は高いというデーターがあるだけです。もう3回打ったか方、今まで通り、油断をしないことが肝要です。

確かに重症肺炎コロナ患者さんは減りました。しかし死亡例は可なり出ています。特に本稿の読者は高齢な方も多いので、「コロナはもう風邪みたいなものになった」とは絶対に考えないでください。むしろ自分で気づいていない感染者が、貴方の周りにウヨウヨ居て、感染の危険度が高まったと思ったほうが良いかもしれません。

考えても見てください。例えば家族などに感染が出て濃厚接触者と判定されても、7日過ぎて何の症状がなければ、通常活動に戻っていいことになりました。それ自体は経済をまわすためにも私も賛成です。確かに最近のオミクロンは7日以内に99%ぐらいに確率で感染が起こります。だから患者やその可能性のある人に接触しても、7日過ぎて症状がなければ心配ないという考えは理論的には正しいのです。しかし、実はもうとっくに感染し、症状がないままに7日を過ごして、自分はコロナ感染は避けられたと自信過剰になる、こんな人も多いと思います。しかしこの根拠はなにもないのです。だって今回のオミクロンは本人は症状が無いか軽いのに、他人に特に持病を持った方に感染させる可能性が高いのです。久しぶりにお孫さんに会えたからと、イチャイチャするのはもう少し控えてください。オミクロンは無症状感染者が非常に多く、本人は平気でも、その方から感染した高齢者や何らかの疾患を持っている方は、たとえ肺炎にならなくても重篤な症状を呈しあるいは亡くなることも十分考えられるのです。

前回オミクロンは「曲者である」と私が書いた真意はそこにあるのです。オミクロンを見くびってはいけません。彼らは更なる進化(変異)あるいは飛躍を虎視眈々と狙っているに違いないのです。