帯状疱疹(ヘルペス)を知ってますか? (普通部OB 篠原幸人)

先日、ゴルフに行く前夜のことです。ま夜中2時頃に急に右肋骨の下の方に痛みを感じて目が覚めました。「今晩は寝なくてはいけないのに困ったな、夕食に何を食べたかな? 食あたりかな? かなりキリキリする強い痛みなのでアニサキスかな?」 頭の中を悪い想像ばかりが駆け巡り、眠れません。慌てて通常の腹痛でのむ〝ブスコパン“という薬を2錠服用。しかし痛みは軽減せず、まだ寝付けません。翌朝早く知人にキャンセルの電話を入れました。8時になっても痛みは取れず、ハッと気づいて、通常の痛み止めの〝ロキソニン”を服用したところ、20分ぐらいで痛みはスーツと無くなりました。

私の誤診でした。胃や胆のうの痛みではなく、もっと表面の肋間神経痛だったのです。そう言えば痛みはお腹の中というより、右最下部肋骨の裏側だったようです。そのまま軽快しましたし、発疹などは背中にも全くでなかったのですが、私の下した診断は「ヘルペスによる肋間神経痛」。無論その後、症状は全く消えてしまいました。

誰でも非常に疲れたり、仕事で数日余り寝られなかったりするとこの帯状疱疹に関連した神経痛が数年に一回ぐらい起こります。50-60歳以降の話ですが、今日はこの俗にヘルペスとよばれる帯状疱疹ないし、発疹が無くても(ここが重要です)、出現する神経痛についてお話ししましょう。

小さい時に〝水ぶくれを伴う発疹、水ぼうそう“に罹ったことはありませんか? 記憶になくてもだいたい90%の方は罹っています。これは水痘・帯状疱疹ウイルスが原因ですが、それが身体のどこか(特に脊髄の周囲)に何十年も潜んでいて、50歳を過ぎると、加齢や疲労・ストレスなどが原因でまた悪さをし始めるのです。主な症状は肋間神経痛や腹痛、あるいは上肢の強い痛みです。発疹が全く出ないことも、逆に痛みを伴う発疹で気づくこともあります。免疫機能が落ちているときに出やすいと言われます。発疹が出れば、どこの医者にも分かるのですが、発疹が出る前に、神経痛だけだとよく分からないと言われてしまう可能性もあります。最近、開業医さんでも、このヘルペスに対しワクチンを予防的に投与することが可能です。

ワクチンには生ワクチン(接種は1回、効果は70%ぐらい、5年有効)と、不活化ワクチン(2回接種が必要、効果は100%近い、10年ぐらい有効)の2種類があります。費用は前者が1万円ぐらい、後者は2回で4万円ぐらいですが、お住まいの地域から補助金が出るはずです。お知り合いの医師か、各市町村に相談してください。まあ、お金持ちで、2回接種に行く時間的な余裕もあり、今後10年以上長生きする自信がある方は、不活化ワクチンをど~ぞ。

但し、私はまだ打っていません (医者の不養生?)。

エーガ愛好会 (222) シェルブールの雨傘  (42 河瀬斌)

放映されたころ家内は大学でフランス語専攻でしたから、みてよく覚えているようです。しかし私は曲は知っていましたが映画を見たのは初めてです。本日は家内と一緒にこの映画を観せていただきました。以下は初めての視聴者としてのDr.河瀬の感想です。
 あらすじ:若きシェルブールの傘屋の娘、16歳のジル(カトリーヌ.ドヌーブ)が自動車修理工の相手ギイと熱烈な恋に落ちてしまう。母親は若い娘の結婚に反対するが、翌年徴兵でギイが2年不在となる直前にその子を身ごもってしまう。母親は店の借金のため、宝石を売りにゆくが、その宝石商の一人、カサールは紳士で母親の信頼を得て母娘に好意を寄せ、娘の妊娠を知らずジルとの結婚を申し込む。妊娠中のジルは苦悩するが、それを受け入れたカサールと結婚式をあげて移住してしまう。
 ギイが徴兵期間を終えた2年後、シェルブールに戻ると傘屋がすでに売り出され、転居した母子の所在は不明となっていることが判明する。ギイは荒れた生活を送り、勤めていた勤務先もやめる。厄介になり慕っていた老齢の叔母さんも逝去し、その娘マドレーヌもアパートを去ろうとしていると、ギイが引き留め二人は付き合って結婚する。そして叔母さんが残した遺産でガソリンスタンドを経営し、幸せな家庭と子をもうける。それから4年後、雪のシェルブールに立ち寄り、そのガソリンスタンドで給油したジルは昔のギイと偶然会うことになる。しかしギイの子を産み育てたジルは、すでに結婚して幸せな家庭と子を持つギイをみてそのまま別れる。
 感想:まず全編にわたってミュージカルを思わせるセリフと上品で柔らかなタッチの映画の流れと(ジャックドウミ監督)俳優たちに感激です。恋のシーンでは例の曲を二人が歌っていましたね。さすがカンヌ映画祭グランプリのフランス映画ですね。雪が降りしきる最後のシーンは感動的でもあり、若い時代に徴兵に翻弄された運命を消し去ろうとしているようにも見える。唯一気になったのは、種違いで育った子がその後大丈夫だったか、ということです。この時代のフランスはフランス人にとっても、移住した日本人にとっても最高でしたでしょう。最近は世界一平和な国でとんでもない事件が起こってかわいそうです。

乱読報告ファイル (42)  血の収穫    (普通部OB 菅原勲)

どう言う切っ掛けがあったのか判然としないのだが、かれこれ60年振りにD.ハメットの処女作「血の収穫」(1929年。翻訳:田口俊樹)を再読した。

「血の収穫」を初めて読んだのは学生時代だったと思うのだが(蛇足だが、A.クリスティーの「アクロイド殺し」(1926年)にまんまと騙されたのもその頃だ)、探偵小説は、今でもそうだが、先ず殺人があって(それもたったの一人)、その犯人を見つけて大団円となるまでのお話しだ。

「血の収穫」では20人前後の人が殺し殺される。これが何よりも新鮮で極めて衝撃的だった。血で血を争う抗争で決着が付く、これこそが血の収穫と言うことなのだろう。その衝撃が余りにも大きく、今の今までその印象だけが続いて来た。ところが、今回、再読してみて「血の収穫」のなんと長閑で牧歌的なことか。確かに、ほぼ20人ほどが殺され、ギャングども(正確には、賭博場経営者、故買屋、密造酒屋など)の抗争で大量殺戮が行われて決着が付く。しかし、その殆どが、だれそれが殺されたと言う伝聞であって、殺しの直接描写は殆どない。気の抜けたビールとまでは行かないが、いささか拍子抜けで少々がっかり。その理由は、これが、遍在することの出来る三人称の物語ではなく、この物語の語り手が、一人称のコンチネンタル・オプ(コンチネンタル探偵社調査員)であるからに他ならない。これでは、いくら行動の人と言っても、同時に別の場所にいるわけには行かず、情報は専ら伝聞に頼らざるを得ない。そして、良く考えてみれば、この間に、例えば、ドン・ウィンズローの「犬の力」(2005年)を読んでしまっては、「血の収穫」がいかにも生ぬるい感が否めなくなるのも致し方あるまい。何故なら、「犬の力」は血みどろの麻薬戦争の話しだが、殺人の直接描写があり、それが酷くて誠に陰惨なのだ。この描写が余り頻繁に出て来ると、確かに心地よいものではい。勿論、その人数の多さも「血の収穫」の比ではなかったが。

ただ色々調べて見ると、「血の収穫」の影響にはただならぬものがある。それは、作家の筒井康隆が、いみじくも言っているように、「「血の収穫」のプロット(筋立て)は、あらゆる小説、映画、劇画に利用されており、その数は、おそらく百を下るまい」。例えば、黒沢明の「用心棒」(1961年)はご覧になった方も多いと思うが、黒沢が、「血の収穫」は「ほんとは断らなければいけないぐらい使ってるよね」と語ったのは有名な話しだ。また、クリント・イーストウッドの「荒野の用心棒」もその黒沢の「用心棒」、つまるところは「血の収穫」が原点であるようだ。つまり、荒廃した街に巣くう悪党たちの間を主人公が行き来し、互いに争わせて破滅に導くと言う筋書きは「血の収穫」が原点であり続けて来たことになる。最早、古典になったと言っても差し支えないだろう。

「血の収穫」読了後、直ちにハメットの2作目 デインの呪い」(1929年。翻訳:小鷹信光)を読み始めた。この小鷹がハメットの専門家であることも手伝って、その翻訳の良さは田口の比ではない。翻訳の良し悪しも読後の感想に大きな影響を与えている。もっとも、「血の収穫」は処女作、「デインの呪い」は第二作目と言う大きな違いがあるのかも知れない。

さて、ハードボイルドの始祖はハメット(1894年~1961年)だとばかり思っていたが、それは小生が知らなかっただけのことであって、どうやら然に非ず。解説者の吉野仁によれば、それは、私立探偵、レイス・ウィリアムズを主人公としたキャロル・ジョン・デイリー(1889年~1958年)だとのことだ。その短編こそ翻訳されているが、長編は未だに訳されていない。しかし、この件に深入りすると話しが長くなるので、それは別の機会に譲る。

それにしても、確かに、私立探偵が主人公なのだが、殺し合いが際立っている「血の収穫」が、果たして本来のハードボイルドなのかとなると、大きな疑問を抱かざるを得ない。それとも、ハメットと言えども、本格的なハードボイルドは、私立探偵サム・スペイドが初めて登場する「マルタの鷹」(1930年)を以って初めて言えることなのだろうか。

(編集子)

アクロイド殺人事件 でアッと思い、幻の女 でプロットに驚嘆し、Yの悲劇で 舌を巻き、それからHB, という同じコースをたどったものとして、スガチューの感覚というか意外性を感じたような書きぶりは納得できる。HBの創始者うんぬんについては小鷹だったか田中小実昌がデイリーにふれていたのを小生も思い出す。いわゆるブラックマスク派の本はまだ手に入るだろうか。この投稿に刺激されてアマゾンを探し、”犬の力” の中古を探し当てたので、それをすませてからスガチューに応えることにする。

今日も梅雨空、こういう日がHB耽読に向くのだが(薫風快晴、なんて日はやっぱりセーブゲキむきだな)。

 

 

”あのころの歌”

しばらく前にエーガ愛好会の保屋野君が、かれの推す歌手番付?を送ってくれた。これについてはいろいろな感想があったが、今朝の読売新聞に添付の広告がのった。この手のものはしょっちゅう見ているが、保屋野説を思い出して全曲名について、自分でメロディがすぐ思い浮かぶものをチェックしたら89曲あった。ほかにも、ア、この曲名は知ってるな、というのが10曲くらい。つまりこの広告の200曲のうち知っているのは50%という事だ。これが多いのか少ないのか、よくわからないが、この広告の選曲でいくつか気がついた。

僕らの中学高校時代のラジオからはアメリカでのヒットソングの直訳ものが多かった。江利チエミの テネシーワルツ とかそのほか沢山あった。そのころの ”御三家” は江利、美空ひばり、雪村いづみだったが、この200曲にはまず雪村が入っていないし、江利はあまりヒットしなかったように思える1曲、美空は 真っ赤な太陽 しかない。このころ絶頂期にあった美空ひばりが1曲しかない、ということはこのセレクションが演歌や英語直訳ソング群を前提にしていないことを示すのだろう。演歌歌手、と言えばまず出てくるビッグネームは全く入っていないが、これがこのピックアップのいう ”ヒット歌謡曲” の定義のようだ。またいつごろがピークだったか、”フォークソング” というジャンルが出てきて、片方では ブラザースフォア だとかPPMなんかのイメージに対抗して和製フォーク、なるものが流行った。このころの 日本人のイメージした ”フォーク” は何だったかわからないが、これも重視されていないようだ。このころの人々の琴線に触れた歌が、現在の若い人達の愛好する、ビートとかリズムを重視したり、ラジオよりもテレビ映えが話題となる構成とはだいぶ違い、いうなればメロディアスなものだったのだと改めて感じる。

僕の大好きな 真夜中のギター と 虹と雪のバラード に 小さなスナック。この三曲が入っているから、ま、選曲もよしとするか。買うか? それはまた別の問題だ.

 

 

乱読報告ファイル (41)  世界史で学べ! 地政学

最近よくお目にかかる地政学、という分野。わかっているようでわかっていない用語の一つなので、なんか手っ取り早い本はないか、と気軽に買った1冊だが、著者が予備校の先生だけに手慣れた編集であり、要点がわかりやすく、いい入門書だった。

第一に、地政学そのものの論議よりも、近代史、とくに日韓関係やロシア、中国との関連などの解説が貴重だ。韓国という国は地政学的用語でいえば半島国家であって、半島の付け根の先にある大国の影響を避けられない、という説明はなるほど、と納得するが、さらに、この分野では高名な学者だそうだが,マッキンダーは現在のヨーロッパ地域が巨大な半島とみなして、この、半島国家と同じ運命にあると論じたという。この場合、”欧州半島” の付け根がバルト三国・ベラルーシ・ウクライナであり、古代にあってはマジャールやモンゴルの、くだってオスマン帝国の、現代ではロシアの影響を受けてそのたびに内部の混乱を招いてきた。このありようは朝鮮半島のそれと同じだというのだ。

そのために内部的に混乱し、片方では先端技術に優れた英国やフランスはこの付け根内部、すなわち現在で言う中東やアジアに侵入し、自国の論理だけに従って地域の分割占有を断行した。有名なサイクス・ピコ協定によるアラブの分断(映画 アラビアのロレンスの背景)、インド亜大陸の占領、さらには単なる資源獲得だけを目的としてしゃぶりつくしたアフリカ大陸の混乱など、おのおのの地域の民族や文化を無視した、地政学的に見て筋の通らない実情無視の国家分断が現代のこの地域に絶えない戦乱の原因である、とする。イデオロギーや経済政策の問題ではなく、まさに地政学的な観点で理解できるというのだ。

現代は米国対ロシア(多分中国)の構図で考えられるが、それはその前にあった英露の対抗を引きずったもの(米国が表舞台に出る結果になったのは第二次大戦への参加)であることが明快に説明されており、現在なぜウクライナがロシアにとってそんなに重要なのか、と言ったことも解説されている。さらに日本人として納得するのは、一部の日本人が例によって ”第二次大戦の結果の総括と謝罪をドイツはやったが日本はやってない” と自嘲するのがいかに現実を知らないか、ドイツは今までになにをしたか、という事実の解説でもある。

地政学、というものそのものを理解する前に、近代史の総括という意味で小生には非常に参考になった。それと同時に、われわれがいかにお人好しでわきが甘い民族であるかということを改めて認識させられた。結論的に小生が納得したのはわが国が島国であることが地政学的にみて絶対的有利な位置にあることだった。

それほどの大部でもなく、文庫版820円は安すぎるくらいの価値があった。一読をお勧めする次第。

エーガ愛好会 (221) ”いかすぜ!この恋” 歌詞問答

(小田)あまり観たいと思う方はいらっしゃらないかと思いますが、今夜7時から《BS12》でエルビス・プレスリーの”60年代名作青春西部劇”?「いかすぜ!この恋」があります。いかすぜ…懐かしい言葉ですね! 原題は「Tickle Me」《tickle》と言うと、マイケル·ジャクソンがジャクソン5の時の綺麗な声で歌う「ママがサンタにキッスした」を思い出します。

“…I saw mommy tickle Santa Claus…♪”
今日の映画は吹替えなのがちょっと残念ですが。
(安田)tickleくすぐる、ticklishくすぐったい、をアメリカ人相手に日常会話で使っていました。
「キッスした」の訳は初めて聞きました。サンタは
キッスされると、くすぐったいのでしょうか?「Tickle me」は「私をくすぐってくれ」、私を撫でてくれ」或いは「むずむず そわそわ良い気持ちにさせてくれ」くらいの意味でしょうか。いずれにしても、好意を抱いている者同士の会話ですね。

(小田)「ママがサンタにキッスした」の1番の歌詞は

I saw mommy kissing Santa Claus……
2番が
Then I saw mommy tickle Santa Claus…
ですので、1番はママがサンタ(=パパ)にキッスしている
2番はママがサンタ(=パパ)を《くすぐっている》のを見ただと思います。
前後を書かなかったので、分かり難かったですね。2番で又『tickle、tickle…』とコーラスが繰返す所もあるので、耳に残っています。
(小泉) 6月3日BS12放映 60年代名作青春西部劇ということから、「やさしく愛して1956』「燃える平原児1960」あたりを想像して観ましたが、西部
劇は1時間半のうち約5分。過去にさかのぼり、酒場の中で、エルビスが早撃ちキッドとして相手の悪漢の手を撃ち、バンドエイドを手渡すシーンのみ。ギター片
手に歌を披露する。実際は観光牧場の体操教師との恋を中心に9曲の歌を歌いまくるミュージカルコメディ。9曲はファンならわかるのだろうが、知識なく字幕テロップもないので曲名とか不明。

コロナは終息したのか    (34 船曳孝彦)

日本政府はコロナから逃げ出し(脱コロナ)、社会はコロナ終息と勘違いし、国民は自由に様々な行動をしてはおりますが、Withコロナであることは意識しておいてほしいと思います。日本の場合、これ迄いくつかの幸運が重なってきましたが、今も1日1万人の感染があると予測され(実数は誰も分かりません)1日10人は死亡しているようです。これはまさにインフルエンザ並みとなっています。風邪との区別も難しくなり、ごく身近に流行っているという印象です。実は私自身ニアミス状態を経験しました。ある会食で私の目の前の席にいた人が、翌日の定期的予定検査で陽性と判定され(全く無症状)2類時代なら濃厚接触者に当たる訳ですので、私も何ら症状はなかったのですが、念のため2回薬局でキット購入して抗原検査を行い、陰性でホッとしました。同席会食者たちも皆検査し陰性でしたので一件落着ということになりました。

世界的にも感染は続いており、WHOは警戒を緩めないようにとは言いつつも、大流行はなかろうという展望をしています。感染経験とワクチンにより免疫を持った人も増えています。しかしながら、高齢者や心肺疾患、糖尿病などのリスクを持つ人にとっては危険な感染症であることに変わりありません。

WHOは “高リスク者には春、秋の2回、一般に人は年1回全員が秋冬期にワクチン接種” を推奨しています。日本でもいわゆる6回目の接種が始まっています。私もすでに接種を済ませました。副反応なしです。

このCOVID-19の3年余りで、日本の政治のお粗末振りが世界にバレてしまい、1流国と見做されていたのが3流国になってしまいました。ウィルス学、ゲノム解析、ワクチン開発など各分野で研究者が減り、研究費が開発途上国や小規模国に比べても僅少となり、日本からの研究論文が量質ともにランクダウンして(黒木レポート)いることは悔しい限りです。

前報でも述べましたが、このポストコロナ期に、①タテ割り行政を改善し、②十分な検証を行い、③研究費を増額し、次なるパンデミック感染症への備えを構築せねばなりません。10年前新型ウィルス感染症にしっかりした報告書を出していながら、行政へ反応させずに失敗しています。今度こそと願いを込めております。

 

社会はポストコロナとして動いています。一部では抑制されたコロナ禍時代の反動的にコロナ前よりも大きく、一方一部ではコロナ禍で縮小したままで、そして多くはコロナ前を目指してと3方向あるようです。在宅勤務やWEB活用などコロナ期に伸びた利点は生かしつつも、伝統に根付いた人間関係を尊重するコロナ前の社会への復帰を目指そうではありませんか。

ロートレックの料理書     (普通部OB 船津於菟彦)

豪雨でやること無いので、ふと本棚観たらこんな本がありました。「美食三昧」-ロートレックの料理書。本の厚さは枕に良い4㎝ 面白いのなんの大真面目なメニューズラリ。栞に三菱一号館美術館の入場券が挟んで在りました。沢山のロートレックの石版画が挿入されています。
終わりの方に如何にもロートレックらしい洒落た料理メニューも描いてありました。笑っちゃいますね。
尚、本のラストのPageこんな事が描いてありました。 March 30,1975 Presented  by Otohiko for my Birthday  その昔は魚が逃げないように色々洒落たことやってたんですね。今や剥がされて棄てられるか濡れ落ち葉状態(; ;)ホロホロ!!!! 豪雨にも負けず張り付いています。
(編集子)分からんことは一切無視する、という編集方針(?)でここ数日続いているロートレック談議には加わっていないが、これなら、俺にもわかるな。

紫陽花の季節ですね    (34 小泉幾多郎)

先日のエーガ愛好会昼食会以来、家に閉じこもっておりましたが、ふらつきが若干沈静化した様子もあり、昨日恐る恐る近くを久しぶりに散策。直ぐ近くの北大豆戸公園に紫陽花が咲いていましたので、久方ぶりにシャッターをパチリ

(例によってグーグル知識)

あじさいは漢字で「紫陽花」と書きます。「紫陽花」と書いて「あじさい」と読むのは、中国語表記を和名に当てた日本語独自の当て字です。「あじさい」全体に対して「紫陽花」が当てられているので、紫(あ)陽(じ)花(さい)のような漢字単独でバラバラな読み方はしません。中国語表記を和名に当てた漢字は他にも「蒲公英(たんぽぽ)」「向日葵(ひまわり)」などがあります。

紫陽花は、別名「八仙花(はっせんか)」とも呼ばれる為、八仙花と書いてあじさいと読ませる事もあります。「七変化」「四片」「八仙花」など、さまざまな数があります。 そして「手毬花」のように、花姿を毬に見立てた美しい別名もあります。女性的な雰囲気になり、思わず使ってみたくなる名前です。

紫・青のアジサイの花言葉は「冷淡」「無情」「浮気」「知的」「神秘的」「辛抱強い愛」です。 紫は神秘的な色であることから、「知的」や「神秘的」といった花言葉があります。 「辛抱強い愛」は、江戸時代にドイツ人の医者、シーボルトが愛した日本人女性「お滝さん」がモチーフとされています。

(編集子)センパイ、この次は向日葵それとも蒲公英はたまた鬱金香に針槐?なんせ日本語は難しい(この項は広辞苑参照)。

日本での英語教育について (2)

英語教育はどうあるべきか、という投げかけに対しては何人からご意見を頂戴している。また数日前には読売新聞に関連した記事が出た。非常に幅の広い話題なので、いろんな視点があるのは当然なのだが、小生にはどうしても賛同できない点がくり返し現われる。それは 我が国の英語の普及率がほかの国より低いから英語教育に力を入れなければならぬ、という論説である。

物理的に他国と国境を接する欧州では、母国語以外の言語に接する機会は日常事であり、万能的な言語に対する要求度はわが国の様な島国とは比較にならないくらい高いだろう。その初めての試みだったエスペラントは普及せず、第二次大戦後英語が事実上の共通語になったとき、英語に対する障壁は非常に低かったはずだし、特にドイツ語は言語の構造自体、親和性が高い。大英帝国の属領だったアジアアフリカの諸国では、英語が半公用語化しているわけだから、その普及率は鎖国時代が長かった我が国よりはるかに高くて当然だろう。そういう歴史的背景を無視してまでこの普及率の高い低いを議論することに意味があるのだろうか。

その普及度合いというものがどうやって測定されるのか、具体的な方法は知らないが、かりに ”英語を理解できる人間の数を総人口で割った百分値“ と仮定してみよう。

そうするとまず ”英語を理解できる人間” の定義が必要であろう。この”英語の理解“ というのが英語を読むこと、に限定してしまえば、我が国の大学卒業者はともかく10年間は何らかの形で英語に接しているわけだから、程度の差はあろうが、ある程度のレベルは想定できる。しかし問題にする ”日本人の英語能力“ とは、これにとどまらず、今回の話題の提供者である下村君の問題意識から言えば、国際社会において、現実的に世界語である英語を駆使してほかの国々と対等に議論し交渉し成果を上げられる能力、すなわち会話力(小生はこれにプラスアルファが必要、という論者だが)であろうと考える。そしてこの”会話力“ の内容として小生は下記のレベルわけには説得力があると思っている。

 

  1. Survival Level

きわめて基礎的な、タイトルの暗示するように “なんとか生きていくのに必要な”会話能力。My name is Taro とか Where is the toilet ? などのレベル。

2.Tourist Level

パッケージツアーで出かけた先で、たとえばレストランで注文ができ、ショッピングも必要な範囲で可能。

3.Business level I

企業で働く人ならば、自分が担当する業務について、必要な情報交換とか、必要な要請ができ或いは先方の要求を理解できる。この分野では、図面や配線図など世界で通用するツールがある技術者のほうに利があるだろう。

4.Business level II

自分の専門分野だけでなく、企業人ならば会社全体を代表する立場での交渉や外部でのプレゼンテーションなどができ、現場で質疑応答にほぼ完全な対応ができる。

5.Social Level

特定の話題に限らず、その国固有の文化・歴史などに基礎的な知識をもち、一般の社会生活場面に問題なく対応できる会話能力を持つ。

6.Bilingual

日本語と全く同じレベルで会話・思考・行動ができる。

この分類を前提にすると、下村君が提起したグローバリゼーション時代に日本人が持つべき英語力とはどのレベル言うのだろうか。その時の “日本人” とはどのような人達を指すのだろうか。日本の英語教育はどうあるべきか、という議論はこの二つの面を確定してからの話であり、単にほかの国より水準(それ自身定義が明確でない)がどうだからといった議論は、そのどこかに(英語をわかることが教養の有無をあらわす)というような、なにかといえば横文字のいうことをありがたがる文部省の役人的発想があるのではないか。

自分の能力を自分で測定する、という事に意味があるかどうかわからないが、議論の参考として挙げると、小生は自己の能力はBnusiness Level II だと思っている。在職中に交際の範囲を広げ、渡米の機会があるたびにいろいろなシーンを積極的に摂取しようと努力はしたし、仕事で英語に触れる機会が無くなってからは会話學校には結構真面目に通ったほかに、語彙や会話のニュアンスをとにかくめったやたらに読むことで増やそうとポケットブックの乱読を継続してはいるが、Social Level への到達は道遠し、という感覚である。

この論議のプロセスとして、次にどういう範囲の日本人がどのレベルの能力を必要とするのか、という過程を議論するのが順序であろう。すでに安田君などからはこの点についての指摘もあったが、改めて意見を聞きたいと思う。小生の場合、アメリカ企業が日本に作った環境での話だが、5000人規模、製造工場と日本全土(輸出については全世界市場)を顧客とした、いわば製造業としては典型的な企業において、日常の業務にあっては、英語での会話(当時すでにHP全世界の事業所で担当者同士内線電話で話し合える、国内ではまず実現していなかった、最先端のインフラがあった)が珍しくない環境にあっても、英語会話のレベルは特殊例を除けば、Business Level I くらいで問題なく機能していた。発足当時は通訳を常駐させてマネジメントレベルでの活用を図ったこともあったが、一年ほど経過したのち、当時の社長の、”エーゴができるのが目的じゃあねえんだ、コトバが通じなきゃ手でも足でも使え!“ という一言でいわゆる通訳という職種はいなくなった。エーゴができるんじゃなく仕事ができることが問題なんだ、という意識が全社的に確立された。管理者レベルでは、家族の都合で米国暮らしだったが日本で大学を卒業し兵役まで務めた二重国籍を持つた男がひとりのほか、外語大で英語専攻の、横河電機時代は殆ど米国駐在だったというSocial Level/Dual Language レベルが二人いただけだった。小生は当時、この二人のレベルは不可能だが、もう少し、高度の話ができる(本稿の用語でいえばつまり Business Level II ) にはなりたいもんだと思っていた。このあたりで起きたことは次稿で参考までに書かせていただく。

他方、いくつかの(先進、ということを売り物にしている)日本の有名企業で、グローバリゼーションを果たすために、という社長の一言で役員会の公用語を英語にした、という話がいくつかあった。小生、断言するがここの役員たちは会議の後、そっと、(それで、あれってどうだっけ?)という会話を交わしていると思う。形だけにこだわってみたところで会社が “国際化” するわけではないのだ、というのが今回の結びである。