”保健所所長人材不足” の報道について   (会社時代友人 齋藤博)

2022年05月07日の読売新聞朝刊に、保健所に関連する記事が2つ,ともに、保健所長になる人材の不足について掲載されていました。

”全国の467保健所のうち、1割以上にあたる計62保健所で所長が不足し、他の保健所長が 兼務している状態であることが、読売新聞の全国調査でわかった。新型コロナウイルスの流行で 保健所の重要性が高まる中で兼務が増えた地域もあり、1人で四つの保健所を担当する所長もい る。感染症対策の現場の司令塔となるべき所長の「なり手不足」に拍車がかかる恐れもある”

”保健所長は地域保健法の施行令によって、原則、医師が務めると定めている。新興感染症や テロなどの発生時に医学的知識に基づいて的確に判断する能力が求められるためだ。新型コロナでは、感染者の入院の必要性などを判断する”

という2点です。現在の地域保健法は、平成6(1994)年に制定されました。
それまでの保健所法の下では850ほどの保健所がありましたが、保険業務、サービスの内容が分類整理され、現在の地域保健法では、機能的に2つに分けられ、保健所と保健センターという組織がつくられています。令和4年4月1日現在、保健所数は前出の通り467箇所、保健センターは2,435箇所となっています。
両者を足すと旧法のそれより、数が多くなりますが、保健センターという組織が皆さんの近くであれこれと仕事がやりやすくなったのかと思います。
一方保健所は、許認可指導、立入り権を集中させて、より衛生面の充実を図り、さらに、各種統計をして、保険業務の戦略・戦術の立案を充実させようとしたと解釈できます。都道府県に1カ所程度で良いというわけです。しかしながら、全体的なパンデミックへの対応指針は、貧弱だったのではないかと思っています。唯一、東京の墨田区保健所は、第5波で重症者を一人も出さずにうまく乗り越えられました。区の上層部と保健所長などがうまく協力して迅速に対策をうっていったと聞いています。旧法でも新法でも、保健所長は原則、医師でなければなりませんが、保健センター長は医師である必要はありません。本来は都道府県が保健所を設置するのですが、人口の多い指定都市、中核市、その他政令市、特別区単位では都道府県の業務の一部を代行して、保健センターは、各保健所のもとで設立できます。保健所、保健センターとも名称は様々です。保健所、福祉保険事務所、厚生センター、保健センター、地域保健課、保健福祉センター、健康センター、母子保健センター、農村健診センター、保険相談所、すこやか福祉センター等々です。保健所と保健センターの役割(細部は自治体により異なる)を以下に示します。

◎ 保健所
・こころの相談
・感染症の相談・検査
・飼い犬の登録や狂犬病予防
・野良犬・ねこ・アライグマ・ハクビシンをはじめとした動物の捕獲
・ねずみや害虫の駆除

・食品営業許可の受付
・医療機関の開設許可申請
・医薬品や劇物の販売業の許可
・浴場・理容室・美容院の開設指導許可
・墓地などの設置の開設指導許可

・飲料水の水質調査
・食中毒の予防

・人口動態統計
・栄養改善
・医療監視
・公共医療事業指導
・精神保健
・伝染病の予防

◎ 保健センター
・乳幼児健診
・小児予防接種
・健康相談
・成人病検診
・がん検診
・予防接種
・訪問指導
・機能訓練教室

・母子保健(母子手帳交付)
・老人保健

現況について、実務経験をしたものとしての考察を述べます。保健所長になる医師はどれだけいるか、医師の序列はあるのでしょうか。

かつては、医師はその所属する診療科によってランキングされていました。昭和50年代、私が研究室に通っていた頃は、そのランキングは「まだ」明確でした。
切った張ったの第一外科や、製薬会社から沢山の研究費をもらう第一内科がトップで、産科や婦人科は下位の方でした。クチの悪い先輩には、「股の間から世の中を覗くような奴には何もわからん」と言われたものです。
私の通っていた研究室のランクはもっと下で、数字や文献を読みまくって、いろいろな統計や予測、情報、これからの動向をまとめていたのですが、ランクは、ほぼボトムでした。教授や助教授は医師としてどこでも診察をし、処置もしていたのですが、上位に登ることはありませんでした。

さて、厚労省のデータ「医師・歯科医師・薬剤師統計」の令和2年3月31日現在を見ると、歯科医師、薬剤師は含まない医師総数は339,623名に対して、8,888名(比率では2.6%)が診療をしていない医師で、その業務は医療とは関係ないところに従事(6,000)、行政機関(1,805)、保健衛生業務(1,083)です。
医療とは関係ない所とは、臨床以外の研究機関、製薬会社、法律家などを、行政機関勤務というのは、医系技官のことで、厚労省ばかりでなく、財務省や文部省などの医務室にいる方も含まれています。

この分類で保健衛生業務に勤務とれている1,083名(0.3%)の医師たちが、保健所に勤務されているわけです。大学入学後、10年も勉強してようやく医師免許資格をとって、他の医師たちとは比べ物にならないほど低収入(はっきりとした統計があるわけではないですが)で、医師よりは数段上の激務の保健衛生業務に、どんな方が職を求めて来るのでしょうか。保健所長だけでなく、課長レベルの方でも医師がいます。
私はこのコロナ禍のど真ん中で保健所に勤務していました。感染者・濃厚接触者の健康観察も兼務でやっていましたが、強く感じたことは、パンデミックの対応指針が末端の私達に示されなかったことです。上意下達の強制力で乗り切ろうとしたために、考えることが否定されていました。余計なことは聞いては駄目、相談されても駄目でした。

保健所長の役割は、情報も整理し職員全体に届くようにする責務もあります。誰かが感染症関連機関や海外情報をキャッチアップして情報として整理する業務をこなす人も必要でした。そのためのハイブリッド組織になっていたはずですが、そんな事もできないほど、上司たちは焦っていたのでしょう。ハイブリッド組織は機能していなかったのです。行政職がゴロゴロしている現実の保健所に、希望をいだいた、知識と技術を持った医者がどうして来るでしょうか。私はそのように思います。根本的な改革が必要です。