堀江 ”青年“ の記事によせて

かつて単独でヨットをあやつり、太平洋横断を成し遂げてわれわれを仰天させた堀江さんが再びこのシングルハンド航海に臨まれているという記事には心底びっくりした。かつての ”青年” もこの記事で初めて知ったのだが、小生よりも1歳若いだけである。自分の命を懸ける船を設計し、製造するだけでも大変なことだし、この、この何十年かの間、快挙にそなえてどうやって体力気力を養ってこられたのか、そのほうがもっと大変だったのではないか。今はただ、ご無事を祈るだけだが、まあ、僕らワンゲルOB基準で比較(になるかどうかわからないが)してみれば、37年卒組、たとえば菅谷君とか宍倉君に単独で厳冬期南ア全山を往復縦走してこい、というようなものではないか。

この記事で改めて、自分に残された時間をどうやって過ごしていくか、考えてしまった。正直言って、世間一般の同世代にくらべて、まあまあの体力はまだあると思うのだが、それでももう、3000m に挑むことは不可能だし、筋トレもどこまで効果があるかわからないので、アウトドアは潔くあきらめるとして、後は家にいてもできる冒険に挑むことしかない。以前にも書いたことがあるが、親しくしている医師の話では、たとえば人間国宝級に何か秀でた腕を持っている人はそのことについてのすべてのノウハウや体の動かし方やそういうものが、言ってみれば固定メモリに入っているので、体が動く限りはほかの人には及ばない結果を出すことができる。しかしそのほかの日常生活になると全く違うメモリを動かさねばならなくなるが、それまでの人生で使ってこなかった脳の部分は多くの場合退化してしまっているので、ひどい場合には白痴に近い人もいるんだそうである。この医師は(ほかに小生がかかっている若い整体士も同じことを言うのだが)人間の筋肉はとにかく使い続ければ終わりまで成長するものなので、これは脳も同じだ、というのである。ならば、とにかく脳を使うことだけはやっていこう、というのが僕の今の ”単独冒険航海” だ。

この 脳を鍛える、ためにいろんなことをやっているが、まずテレビを見るのは必要最小限にし(情報もただ受けとるだけでは脳の刺激にはならずただ時間が無駄になるだけですよ、とくだんの医師はいうのだ)、逆にその活性化のために本を読み続けること、そしてここ2年ほど必死にやっているのが、高校生の時代に戻り(という本当の意味はそのころ得た知識しかないからなのだが)30年前の古い記事を頼りに、アマチュア無線で使える(はずの)通信機を作っている。今や30年前には一アマチュアが使うことなど夢想だにできなかった高性能の測定器が、たとえば中古品ならばなんとか入手できる価格になっていて、誠にありがたいのだが、そのため皮肉なことに、無手勝でやるしかなかった当時には分からなかった、細部にわたる欠陥がどんどんわかってくる。そうなるとそれを何とかしなければならないという気持ちに追い込まれる。回路を変えてみる、部品の値を変える、作り方を変える、その繰り返しだが、情けないことに細かい部分は良く見えないし、小さいネジなんかははめるだけで苦労するし、震える手で付けたはずのハンダははがれるし、今、ここへおいたはずの工具を探すのに何分もかかったり、つくづく身体能力のデテリオレーションが恨めしい。しかしこれが何とも言えず、楽しいのである。自慢することではないが、その本体を作りこむシャーシ(アルミ製の箱)だけでももう10個はお釈迦にしてまだ、実用機と思えるレベルには至らない。東京オリンピックには間に合うはずだったのがそれどころか巴里までに間に合うか、という現状が当分続くだろうか。

荒れ狂う海の上で生死をわかつかもしれないエラーと24時間対峙しなければならない堀江さんの冒険とはあまりにもかけ離れているが、こんなことを楽しみながらドクターのいう脳の活性化、ができればこの小さな冒険も太平洋を渡るものに匹敵する価値があろうかと思っている。