建国記念日‐紀元節のことです    (普通部OB 船津於菟彦)

大日本帝国時代には、紀元節や紀元2600年式典などの国家行事が行われ、校長先生は真っ白な手袋をはめ、奉安殿から教育勅語を恭しく取り出し、奉読されました。本年はめでたい紀元2686年です。官庁では、西暦ではなく当然のことながら令和と表記するよう指示されており、将来的には紀元表記が求められる可能性も示唆されています。これは出羽守の発言によるものです。
紀元2600年には、東京オリンピックや万博など、数々の奉祝行事の開催が予定されていましたが、戦争の影響により全て中止されました。テレビ放送局もオリンピック中継の準備を進めていたようです。

不思議とこんな難しい歌詞の一部が口ずさめますね

金鵄(きんし)輝く 日本の
栄(はえ)ある光 身にうけて
いまこそ祝へ この朝(あした)
紀元は二千六百年
ああ一億の 胸はなる

歓喜あふるる この土を
しつかと我等 ふみしめて
はるかに仰ぐ 大御言(おおみこと)
紀元は二千六百年
ああ肇国(ちょうこく)の 雲青し
荒(すさ)ぶ世界に 唯一つ
ゆるがぬ御代(みよ)に 生立ちし
感謝は清き 火と燃えて
紀元は二千六百年
ああ報国の 血は勇む
潮ゆたけき 海原に
桜と富士の 影織りて
世紀の文化 また新た
紀元は二千六百年

昨日は天気が良くて、気持ちよかったので亀戸天神梅まつりに行ってきました。

今日は雨みたいだ。菅原道真の歌「東風(こち)吹かば にほひをこせよ 梅の花、主(あるじ)なしとて春を忘るな」 橇ほど匂いはしませながサクラほど華やかさは無いけれど、如何にも日本的なおしとやかな華々しさは無いが美しい花だ。。未だ未だ咲いて居ます。

(編集子)神武天皇にさかのぼるこの国が建国2600年になる、とされたのが昭和15年,編集子はまだ3歳、だからわかるわけはないが、兄や母が口ずさんでいた、この ”きげーん にせんろっぴゃーくねーん” という一節は幼いころから知っていた。憲法が世界の実情に対応するべく改められたとき、どんな歌がうたわれるのだろうか。

しかし建国記念日の当日、それを語る報道番組は見当たらなかった。読売新聞ですら、1行の記事も見当たらなかった。なんとなくおさまらない感じがした。