映画の時代と舞台は、1850年頃、ニューヨーク・マンハッタン
父親は、紹介されたモリスが定職に就かず、財産も無いことを知ら
言う。mercenaryは、主に金銭や報酬を目当てに働く人や
父は、善後策として一呼吸入れて娘と一緒に数か月間ヨーロッパ旅
ヨーロッパ旅行帰国から5年を経て、その間に父は肺炎で亡くなり
(42 保屋野)ウイリアム・ワイラー監督の掲題(名作)映画初めて観ました。
ストーリーは、大金持ちの父親とその一人娘キャサリン(オリヴィア・デ・ハヴィランド)、そして彼女にプロポーズするハンサムな貧乏青年モーリス(モンティー)・・・この三者の愛憎劇ですが(ハラハラドキドキはないものの)十分楽しめる内容でした。なお、チビ太氏のコメント通り、「モーリスのキャサリンへの愛が本物か」、というのがこのエーガの骨子になっています。特にオリビアは「女性としてあまり魅力がなく、父親からも自立できない娘が、父親の死後、その呪縛から解放され、自立した魅力的女性に変身」・・・という難しい演技をこなし、1948年・アカデミー主演女優賞を受賞しています。モンティーも、彼の魅力である「ニヒルで陰のある役」ではありませんでしたが、やはり男性には珍しい「目の保養になる」存在感ある名優ですね。
(編集子)小学生のころ、姉や兄が映画の話をしているの
を何となく聞き流していたものだ。兄とは8歳、姉とは10歳違ったので、共通の話題があるわけもな
く、映画自体、今とは違って何か別世界のように聞こえる時代でもあった。その中でも、”カサブランカ” と ”女相続人” と ”我が谷は緑なりき” の3つの話をしているのはなんとなく記憶にあった。このあたりのエ―ガを見るのは高校時代の自宅の近くに大森名画座、というのができて、高校生の小遣いで名画が見られるようになってからだった。大学も2年までは日吉だったから、エーガの場は自由が丘か、少し遠出して渋谷に変わった。 ”シェーン” を初めて見たのも自由が丘南
風座だったと記憶している。駅前広場を渡った一角には鉄道模型とかラジオ部品屋なんかがあり、”モンブラン”が目新しい喫茶店として話題になっていた。一本入った通りにあった、当時まだ目新しかったジュークボックスを置いてあった ”セシボン” にはよく通った。あの頃の自由が丘は緑なりき、という思い出に残る街だ。 ”セシボン” の常連だった住吉康子が始めた”ジジ”は俺たちのまたとないたまり場だったのだが、彼女の引退後、女相続人なく、灯を落としてしまった。”シェーン”のラストシーンを思い出しながら JIJI ! come back ! とつぶやいてみようか。
