エーガ愛好会 (357) 女相続人  (44 安田耕太郎)

映画の時代と舞台は、1850年頃、ニューヨーク・マンハッタンの高級住宅地ワシントン街に邸宅を構える医師スロッパー家。婚期を逸した一人娘キャスリン(オリヴィア・デ・ハヴィランド)は外見は並み、不器用、引っ込み思案で社交性はなく、刺繍を 唯一の趣味として家に閉じ籠っていた。父は断ち難い想いの亡妻を理想化し、そのイメージを彼女に押し付ける。娘の幸せを願うが、厄介者扱いする姿も垣間見れる。牧師の夫を失い、兄スロッパーを頼って居候するラヴィア(ミリアム・ホプキンス)は社交好きで、姪に異性と知り合うチャンスを作ろうとする。叔母は終始姪キャスリンの味方で、財産を利用してでも縁談をと考える。そんな折、舞踏会にキャスリンを誘う。そこで、外見と礼儀は申し分ない青年モリス(モンゴメリー・クリフト)に出会う。モリスはキャスリンに興味を示し、舞踏会用の手帳のパートナー欄に直ちに彼女の名を記す。二人は恋に落ち、急速にお互いの想いを交わし短兵急に結婚の約束をする。

父親は、紹介されたモリスが定職に就かず、財産も無いことを知らされ激怒して娘に言う。「モリスは身勝手な怠け者だ。外見と礼儀は申し分ない、だが財産がなければ結婚は出来ない」と。映画では父はモリスのことを“mercenary”だと
言う。mercenaryは、主に金銭や報酬を目当てに働く人や、そのように金銭欲が強い人を指す。傭兵の意もある。父は娘に言い放つ、「モリスは、婚期を逸し刺繍以外取り柄がないスロッパー家の、唯一の相続人であるスロッパー家の財産目当てだ」と。キャスリンは父のあまりに彼を強く見下す(映画ではdespiseの単語を使用)態度に唖然とすると同時に、一人娘をも軽蔑する父に落胆する。キャスリンは駆け落ちさえ覚悟するのだった。

父は、善後策として一呼吸入れて娘と一緒に数か月間ヨーロッパ旅行に行くことを提案し、娘もそれに同意して二人で旅に出かける。父はその間にほとぼりが冷めて、娘の決意が変わることを期待していた。が、娘の決意が変わらなかった。父はモリスと結婚するなら相続権を放棄したと見なすと最後通牒に近い意向を伝える。

ヨーロッパ旅行帰国から5年を経て、その間に父は肺炎で亡くなり、唯一の相続人キャスリンは全遺産を引き継ぎ、叔母と二人で依然として豪邸で暮らしている。キャスリンが、随分昔、モリスのために買って渡し忘れていたパリ土産のルビー付きのボタンセットをプレゼントしたのを見て、叔母は「よりを戻したのね」と歓喜する。しかし、キャスリンは、「性懲りもなく、あの男はまた現れ、今度は財産目当てだけでなく、強欲なことに、私の愛情まで求めている。痛い目のあわせてやる」と、ある決意をもって、叔母に一瞬視線を投げ、刺繍を続けるのだった。亡き父が唯一褒めてくれた刺繍を。

(42 保屋野)ウイリアム・ワイラー監督の掲題(名作)映画初めて観ました。

ストーリーは、大金持ちの父親とその一人娘キャサリン(オリヴィア・デ・ハヴィランド)、そして彼女にプロポーズするハンサムな貧乏青年モーリス(モンティー)・・・この三者の愛憎劇ですが(ハラハラドキドキはないものの)十分楽しめる内容でした。なお、チビ太氏のコメント通り、「モーリスのキャサリンへの愛が本物か」、というのがこのエーガの骨子になっています。特にオリビアは「女性としてあまり魅力がなく、父親からも自立できない娘が、父親の死後、その呪縛から解放され、自立した魅力的女性に変身」・・・という難しい演技をこなし、1948年・アカデミー主演女優賞を受賞しています。モンティーも、彼の魅力である「ニヒルで陰のある役」ではありませんでしたが、やはり男性には珍しい「目の保養になる」存在感ある名優ですね。

(編集子)小学生のころ、姉や兄が映画の話をしているのを何となく聞き流していたものだ。兄とは8歳、姉とは10歳違ったので、共通の話題があるわけもなく、映画自体、今とは違って何か別世界のように聞こえる時代でもあった。その中でも、”カサブランカ” と ”女相続人” と ”我が谷は緑なりき” の3つの話をしているのはなんとなく記憶にあった。このあたりのエ―ガを見るのは高校時代の自宅の近くに大森名画座、というのができて、高校生の小遣いで名画が見られるようになってからだった。大学も2年までは日吉だったから、エーガの場は自由が丘か、少し遠出して渋谷に変わった。 ”シェーン” を初めて見たのも自由が丘南風座だったと記憶している。駅前広場を渡った一角には鉄道模型とかラジオ部品屋なんかがあり、”モンブラン”が目新しい喫茶店として話題になっていた。一本入った通りにあった、当時まだ目新しかったジュークボックスを置いてあった ”セシボン” にはよく通った。あの頃の自由が丘は緑なりき、という思い出に残る街だ。 ”セシボン” の常連だった住吉康子が始めた”ジジ”は俺たちのまたとないたまり場だったのだが、彼女の引退後、女相続人なく、灯を落としてしまった。”シェーン”のラストシーンを思い出しながら JIJI ! come back ! とつぶやいてみようか。