乱読報告ファイル (52)Band of Brothers

 

英国とドイツの間の歴史的な対立から始まり、ドイツがヒトラーのもとで軍事大国となって、第一次大戦のいわば復讐ともいえる電撃戦を開始し、あっという間にヨーロッパの大半を手中に収めた第二次大戦の欧州戦線では、アメリカの参戦によって徐々に立ち直ってきた連合軍の失地回復のための大陸への反攻が始まる。それを予期したドイツ側は有名なロンメル将軍の指揮下、沿岸の防備を強化して待ち構えていたが、1944年6月6日,連合軍側はアイゼンハワーの指揮の下、フランス南岸、ノルマンディへの大規模な上陸を敢行する。この事実の映画化が ”史上最大の作戦(The Longest Day) “である。この作戦成功後、今度はイギリス側の最高司令官モントゴメリはドイツ中心部への反撃作戦を展開する。マーケット・ガーデン作戦であり、その中の一つのエピソードを中心にこれまた巨費を投じて映画 ”遠すぎた橋 (A Bridge too far)” が作られた。成果は一応ドイツ中心部への侵攻はできたが、連合軍は多大の損失をこうむり、モントゴメリの失策と数えられる作戦であった。その後ドイツは守勢にまわるのだが、秘密裡に作られていた新兵器(大型戦車タイガーや現代でいうミサイルに該当するV2号ロケット弾など)を駆使して反攻に出て、中部欧州を横断しアントワープまでの進撃を開始する。この作戦の全貌を映画化したものが ”バルジ大作戦 (Battle of the Bulge)” (バルジ、は突出、と言った意味で、この作戦の意図がすでに連合軍の手にある戦線にくさびのように突出した部分であることに由来する)で、中でも激戦が展開されたのがバスト―ニュ包囲戦で欧州戦線の激戦の一つに数えられる。この3本の映画はもちろん映画そのものとしての評価もあるだろうが、欧州での大戦の史実を時間軸を合わせて理解するにはまたとないツールでもある。

3本の映画が語る場面には各国から精鋭部隊が引き続き投入されていくのだが、その中で、この3つの戦場すべてに参加した部隊がひとつあった。米国陸軍の空挺師団、101師団、506連隊、E中隊である。この中隊は本のカバーによれば、fron Nomandy to Hitller’s Eagles’ Nest ,というのだが、ノルマンディのユタビーチにパラシュート降下して以来、バルジ作戦における最激戦地バスト―ニュでの死闘を経て、最後にはヒトラーの本拠地まで、米軍最強の舞台として参加した中隊の話がこの本で、一つの中隊規模の部隊がこのように連続して主要作戦に参加した(それだけ上層部の信頼があったということか)例はほかにはないようだ。

しかし、これは単なる軍記ものでもヒーロー譚でもない。その時間を戦い抜いた戦友、というよりもタイトルにいう BAND の話である。  手元の辞書によれば、band という単語には我々にとっても日常語である ひも、ベルトという意味やそれから転じて範囲,階層 あるいは群れとか楽団、などというほかに、団結、義務債務、さらに(法的、道徳的、精神的に束縛するもの、きずな、という意味があるという。タイトルの band がこの最後の意味で使われていることは明らかだ。つまり生死を分け合った仲間たち、のことだ。戦場でともに生きた仲間たち、というだけならごく一般的な意味なのだが、この本が band という単語を使ったのが、著者が伝えたかったことだと思われる。

1940年代になって米国はパラシュートを用いて戦う戦闘集団の創設を試みる。その代表がこの本の主題である第101および第82空挺師団である。この二つの師団はノルマンディで同時に投入される。映画史上最大の作戦、でジョン・ウエインの演じるヴァンダーブ―アト中佐(写真左)が戦場で遭遇する兵士に、”you, eightysecond ?” と尋ねるシーンがあるので、この作品で登場する兵士たちは82師団の所属だと知れる(この作品はいろいろなエピソードをつづっていくが、そのうち、これが主題の101師団E中隊、と明確なシーンはない)。

このE中隊所属の兵士たちは、すべてハイスクール卒の若者だが、徴兵後ただちにジョージア州トッコアに設けられた特別な訓練施設で猛烈は訓練を受ける。この訓練を指揮した将校(ソべル大尉)はその猛烈さと病的なまでの細部にこだわる姿勢から兵士たちの恨みを買い、事実反乱まがいのことまで起きてしまうのだが、戦後、兵士たちのインタビューでは、この男がE中隊の強靭さをつくったの

リチャード・ウインタ―ズ大尉

だ、と評価されている。上層部の判断でこの将校は指揮を解かれ、実戦では理想的ともいえる士官(ウインタ―ズ大尉)に恵まれるのだが、この二人の在り方と指揮官としての資質がどこにあるのか、考えさせられる。この本は戦後、著者がインタビューしたメンバーとの会話が編集されているが、ウインタ―ズはその後も順調に出世していくのだが、ソべルは家族にも恵まれず、失意のうちに亡くなり、その葬儀も寂しいものだった、と書かれている。

本はE中隊の戦場での行動をこまかに記録しているが、その中に映画的なエピソードやヒロイックな行動があるわけではない。ただ忠実な記録の羅列なので、ストーリー性に欠けて面白くなく、300ページを超える本文を読み続けるのは正直言ってつらかった。ただ、その中で、前線で負傷し後方に送られた兵士が全員、元の中隊への帰属を熱望し、中には負傷の全快せぬまま、戻ってくるものさえあったという記述がある。バスト―ニュの激戦終了後、ドイツの退潮ぶりは明確となり、米国への帰還が早まるとささやかれるようになっていて、兵士の無事の生還が身近な話題になっていたから、負傷した兵士の多くは名誉のうちに帰国できる可能性が高くなったことを知っていた。しかしなお、このE中隊から後方に送られた負傷者でも回復したものはすべてみな、帰国を拒んで、中隊に復帰することを熱望したし、中には引き留める手を振り切って歩き続けたものもいた。それが彼らの間に生じた band だったのだ、というのがこの本のすべてである。

その band はどうして生まれたのか。どこでも戦場にあれば戦友という関係が生じるが、欧州戦線の反攻段階のすべてを戦い続けてなお、誰に遠慮することなく堂々と帰国する機会を与えられてなお、前線にとどまっている部隊への復帰を選択した男たちの胸の内は何だったのか、は最後の章、19. Postwar Careers ,の17ページのインタビュー記事に集約される。しかしそれをどう判断解釈すべきか、著者のコメントはない。僕も、戦争という破壊しか生まない人間の行為がこういう結果を生み出した、という事実にただ、感銘を受けた、としか表現できない。現代の、いわばエレクトロにクスの化け物が帰趨を決定する戦争、ウクライナやガザの戦士たちの間には band が生まれるのだろうか。絶望的にならざるを得ない。

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著者スティーヴン・エドワード・アンブローズ(Stephen Edward Ambrose, 1936年1月10日 – 2002年10月13日)は、アメリカの歴史家およびドワイト・D・アイゼンハワーの伝記作者。

この本はフィルム化され、DVDとして販売されていて、小生もだいぶ以前、購入したが、今なお、未見のままである。