昨日9月28日の朝7時半ごろ、あまりの警報のうるささに
現場の前が駐車場で住宅がつながっていないことで延焼の危険はな
(菅原)隣りじゃなくて良かったです。真ん中の写真のオソロシイこと。
(小田)近火お見舞い申し上げます。私も怖い経験をしましたので、火災報知器が話題になり、付けるこ
(安田)消防車出動について、昨年の暮れ(12/30) 家内が腰を骨折して救急車を呼びましたが、
(金藤)奥様大変でしたね。 その後いかがでしょうか?うちの近所の方が腰を打って動けず救急車を呼んだ時も消防車が一
旧き友集い語ろうは 過ぎし日の旅山の想い (投稿は著者あてメールでお願いします)
昨日9月28日の朝7時半ごろ、あまりの警報のうるささに
現場の前が駐車場で住宅がつながっていないことで延焼の危険はな
(菅原)隣りじゃなくて良かったです。真ん中の写真のオソロシイこと。
(小田)近火お見舞い申し上げます。私も怖い経験をしましたので、火災報知器が話題になり、付けるこ
(安田)消防車出動について、昨年の暮れ(12/30) 家内が腰を骨折して救急車を呼びましたが、
(金藤)奥様大変でしたね。 その後いかがでしょうか?うちの近所の方が腰を打って動けず救急車を呼んだ時も消防車が一
塾野球部はこのコロナ禍のため変則ルールではありますが春季リー
選手たちは秋季リーグ戦の前から四冠(リーグ戦の春・秋連覇、
総当りの対校戦は同じなのですが、
塾野球部は第1週目は東大と 対戦し大過なく二連勝し、先週末は 相変わらず甲子園常連の野球強豪校からの選手を取り揃えた 明治戦に臨みました。応援に 行った土曜日の1回戦は6回裏まで3−1でリードするも7回表に
リーグ戦連覇のためには負けられない日曜日の2回戦 なのですが、ジャズ・ポップス三田会の同期から10/17(日)
同点にした経緯を調べたら、
値千金のホームランを打った北村選手(内野手・捕手)は高2夏・
ベンチ入りして活躍し
投手 増居 翔太(左・左、3年、滋賀県立彦根東高)17年夏、18年春
投手 橋本 達弥(右・右、3年、兵庫県立長田高)
内野手 北村 謙介(右・左、3年、福岡県立東筑高)17年夏、18年春
外野手 橋本 典之(右・左、4年、島根県立出雲高)16年夏
内野手 朝日 晴人(右・左、3年、滋賀県立彦根東高)17年夏、18年春
神宮に行っていた応援仲間から聞いた話では 北村選手の応援に来ていたご両親は泣いていたそうです。
昭和35 年のセンバツ に出場してベスト8になり 大学では六大学初の完全試合を達成した直方出身の大投手渡邊泰輔
友人から送られてきた、キャノン グローバル戦略研究所 宮家邦彦氏の最近の発言をご参考まで転載します。
抑止力とは軍事力の均衡という視点にとらわれがちだが、「平時」とみられる段階から情報操作やサイバーなどの様々な分野で、相手の侵略する意図をくじかなければならない。
現代の戦争は初期段階でサイバー攻撃や情報戦を駆使する非軍事の世界で生じる。全地球測位システム(GPS)やインターネットを使えなくする。スパイ活動やフェイクニュースなどの拡散も同時に起こる。
武器を使わない初期段階で負ければ、どんなに軍事のハードウエアで戦っても勝てない。日本は軍事と非軍事の境目がなくなったことへの対策を考えてこなかった。非軍事の世界での「攻撃」は誰も戦争が始まったとは宣言しない。サイバー攻撃は武力攻撃と定義できるのか、自衛権は発動できるのか、基本的な点ですら整理できていない。
中国はSNS(交流サイト)上で台湾の民主進歩党(民進党)の評判を下げるためのディスインフォメーション(偽情報)を流している。世界中に情報戦をしかけ、台湾との外交関係を切らせようと動いている。ロシアは米大統領選に介入した。
中ロともに専門の組織がある。中国は日本にも当然しかけている。日本はどのような情報戦がしかけられているのか分析し、正しい情報をカウンターとして発信できるように体制を整えなければいけない。日本の政府は組織づくりでも問題意識は弱い。中ロは数千人単位の専門部隊がいるとみられる。日本の現状の体制ではとてもかなわない。
軍事のハードウエアと非軍事のソフトウエアを総動員して、「これでは勝算はない」と思わせなければいけない。
(編集子)時あたかも自民党総裁すなわち総理大臣選出プロセスのピークである。防衛問題について、新総理下の体制つくりに注目しよう。
畏友飯田武昭が昨今の日本語の乱れというか、語彙のことで書いてくれた。悪乗りして小生も一つ問題提起をしてみたい。
はじめの話題だが、最近(いつから始まったかわからないが)テレビの番組紹介などの場面で、アナウンサーが 主に歌手あるいは音楽バンド、といったジャンルのプレイヤーのことを アーティスト と呼ぶのがいつの間にか通例になっていることだ。辞書を引けばわかるが、Artist という単語の定義は例えば手元のジニアス英和によれば
1.芸術家、(特に)画家、彫刻家 2=artiste(フランス語) 3.名人、達人,・・・・通
となっている。2番目のフランス語には、同じ辞書の該当項目に、確かに芸能人(歌手、俳優。ダンサーなど)という英語にはない解釈がある、と書かれているが、名人、達人、という意味は共通である。小生フランス語は全く解さないが、電子辞書の発音例ではこの単語は アルティ と読むようだから、誰だか知らないが言い出しっぺというか使いだしっぺが(まずその可能性はないと思うが)フランス語に詳しければ、アーティスト、という読み方はしなかったはずだ。それでは英語でいう アーティスト に、この使い方で表現しようとしている人たち(小生の造語だが誤称されている人たち)が該当するかといえばイエスという答えはまず出てこないだろう。これまた世界に冠たるジャパニーズイングリッシュの一つだと思う。坂本勇人のインサイド撃ちは芸術的だ、などという言い方はよく聞くが、これは上記でいえばきっちり辞書にも書かれている用法である。だから、ここで紹介する人たちが、名人、達人、のグレードだ、という論議ももちろん成り立つだろうが、あまり詳しくはないが、彼ら ”アーティスト” のパフォーマンスが日本野球史上最高のショートストップのわざに匹敵する、と考える人はあまりいないのではないか、と思うのだが。
もちろん言語は社会や文化によって変わっていくものだから、そういってしまえばそれまでなのだが、僕が引っかかるのは、多くの人たちが アーティスト という単語で連想するのは、上記の用例で1,および3,だろうからだ。ロダンだセザンヌだベートーヴェンに葛飾北斎だというイメージを持っているはずの一般人に、あるいは人間国宝として尊敬されるいろんな分野の達人たちが、アーティスト、と聞いてどう感じるだろうか、何を連想するか、である。
断わっておくが、小生は決してこのような ”アーティスト“ と誤称される人たちを蔑視しているわけではない。多くの人たちに(わがワイフもそのひとりだ)テレビを楽しめる場を提供していることはそれなりに意味があると思っている。ただ、彼らは広い意味で芸能と呼ばれる分野で活動しているのだから、芸能人、アナウンスの恰好がつかないというのなら、エンターテイナーあるいはプレイヤーと呼ぶべきで、そうすれば彼らの貢献に対しての敬意も保たれるのではないだろうか、とおもうのである。各位のご感想やいかに。
も一つ、これは用語の問題どころでなく本当にいらいらするのだが、特に政治家と呼ばれる人たちがめったやたらに不要な丁寧語を乱発することである。
“…….ということを決定しました” といえば100%正しい日本語なのに、なぜ ”……..ということを決定させていただきました“ などというのだろうか。我々視聴者が ”……..してください“ と依頼したことがあって、それに対する返答であれば、多少大げさではあるが違和感はなかろう。言ってみれば勝手にやっておいてそれがあたかも頼まれたのでやらせていただいた、とてでも言い募るのはおかしいのではないか。
振り返ってみると、政治家連がこの種の馬鹿丁寧実な言い方を始めたのはかの落第総理大臣鳩山某以来ではないかと思う。”少なくとも県外“ なんてまともな日本人なら絶対信用できないような発言で沖縄の人に却って迷惑を及ぼしたり、”コンクリートから人へ“ などという中学生なみのうたい文句で工事を中断させて、結局は多くの地元の人たちを混乱させただけで何もできなかったダム問題とか、はたまた後継者の責任とは言え党の力不足があらわになった東日本大震災の不手際対策とか、思い出したくもないほど腹立たしい人物である。この人の馬鹿丁寧さに引っかかったのかどうか、一時とはいえ健全野党の実現を信じて一票を投じた自分が腹立たしい。
衆院選挙もまじかであり、今の政権に不安不満は多々あるけれども、結局、仕方ねえなあ、やっぱり自民か、という日がまたやってくる。いつになったら二大政党政治が出来上がるのだろうか。俺には残された時間はあまりないんだが。習い覚えた英語でいえば My days are numberd, というところだろうか。この言い方なら今の気持ちを誤解される機会は少ないようだ。
「日本人のお名前!」を読んだが、“一昔前は、中原ひとみのナカに司葉子のツカサに青山恭子のキョウですとやって、結構面白かったが、昨今はいい方法がない。キョウは、ある時どこかの店で女子店員に教えられて深田恭子のキョウとやれば通じることが分かった” というくだりが特に気にいりました。
名前のことでは自分もご飯のハンと田んぼのタ、武士のブに昭和のショウと言ってきましたが、近年になって、武士のブと言ってはいるものの、武士は江戸時代まで遡る違和感があって、コロナで有名になった武漢のブとか大相撲の阿武咲(おおのしょう)のノと言ってやろうかと密かに思っている次第。さすがに阿武咲(おおのしょう)を漢字で直ぐに思い出せる日本人は100人中何人居るかと思いむしろクイズ問題かと思うレベルになりますね。
この所、皆さんの話題がジャン=ポール・ベルモンドの死去から「勝手にしやがれ」やトニー・ザイラー主演作などに展開していく間に、ちょっと再見したい映画を脈絡なく選んで観て、そこでの新たな感想です。
1)「白銀に踊る」(1961年)トニー・ザイラー、イナ・バウワー主演ですが、何といってもラスト15分で演じられるアイスショーは、そのレビュー構成、豪華な舞台装置、衣装などフィギュアスケート人気の現代に観ても楽しめるエンタテイメントだと感じました。惜しむらくは多分ストーリー展開の面でショーの演技を十分に映画で見せることに重きを置かずに、次々とカットを重ねている点が残念で、もっと見たいと思いました。
2)「草原の輝き」(1961年)監督エリア・カザン、ナタリー・ウッド、ウオーレン・ビーティ主演ですが、時代が1920年代後半の世界大恐慌前後のカンサスシティとイエール大学を舞台にした青春もので、エーガ愛好者なら監督がエリア・カザンだと分かってしまうくらい演出手法が明らかに前作の「エデンの東」に似ていているが、ナタリー・ウッドの綺麗さは「ウエストサイド物語」以上の佳作と思いました。
3)「ノックは無用」(1952年)リチャード・ウイッドマーク、マリリン・モンロー主演のサイコスリラーで、モンローが精神病を病む役回りなので、モンローファンにはあまり見たくない向きもあるが、この映画はマンハッタンの一流ホテルを舞台にしているだけに、アン・バンクロフト演じる歌手(リン・レズリー)がホテルのバーで歌う乗りの良い曲 “Manhattan”とバーカウンター周辺の感じが、当時のN.Y.の雰囲気を十二分に出していて改めて感心した。この曲“マンハッタン”はイントロが“ナイヤガラを巡る旅”で始まり、“マンハッタン、ブロンクス、スタテン島にも行ける、動物園も楽しいわ”と続く気持ちよい名曲です。
4)「現金に手を出すな」(1954年)ジャン・ギャバン、リノ・ヴァンチェラ、ジャンヌ・モロー主演で、意外にアクション場面が少ない佳作。ドロンとベルモンドのフレンチ2大スター時代より少し前の、眞にフレンチ2大スターと呼ぶに相応しいギャバンとフィリップ時代の代表作の一つ。
ところで、このような映画作品の評価の表現で、名作、傑作、秀作、佳作、などの呼び方がありますが、都度、どの表現が適切かと文学的表現力、語彙力に乏しい私は時々迷ってしまいます。秀作、佳作は割と使い易い表現ですが、傑作はちょっと違う感じがするし・・・・。
もう一つ、この際に知っておきたい私の長年の疑問に、近年の日本語に何とも不思議な単語が普通に使われていることがあります。
その一つはリベンジという単語。私の学生時代は確かRevenge(復讐)と英単語試験用に覚えてしまって応用動作が利かない単語の一つでした。またAthlete(スポーツや他の運動能力に長けた人)とこれも丸暗記した単語が、今や2語共に少し違った意味も含んで日本語として使われていて、覚える必要のある英単語がどんどん減っていく日本社会に違和感を感じながら生活しているのは私だけか、という疑問です。どなたか適切な解釈をして頂ければ有難いです。
(編集子)Revenge というのは日本人には使いにくい単語のようである。同じような意味で Avenge というのがあって、”復讐” という行為を描写するには使い分けが必要になる。手元の辞書の例文を引用する。
He took up arms to revenge his deceased brother.
At the last moment Hamlet avenged the murder of his father,
つまり revenge は自分以外の誰かのために仇を討つ、という意味なので、忠臣蔵なんかを想起する。一方 avenge は、いわばこの野郎思い知ったか的場面で使うので、ワイアット・アープが弟ジェイムズ殺しでクラントンを射殺する、なんてシーンはいかがだろうか。かの松阪がプロデビューしたとき、たぶん高校時代果たせなかった夢の再現、というような意味でリベンジ、といい、能天気なマスコミは松阪の売り出しにと思ったのだろうかこのことを偉く好意的に報じたのは奇妙であった。有名なバミューダトライアングルで世界に誇る米国空軍の雷撃機小隊が消失してしまうという、現在までなお解決されていない事故があった。”未知との遭遇” ではこのパイロットが年を取らないまま(アインシュタインの相対性原理の結果とか何とか)帰還する。この雷撃機の名前は Avenger であった。Revenger では米国でなくほかの国のために敵艦を雷撃する、という妙なことになるわけだ。これまた、名前のお話。
「裏窓」観ました。出てくるカメラについてのトリビアをひとくさり。
このカメラ当時としては最先端のエキザクタ 一眼レフの元祖と言われる、エキザクタシリーズのVXです。エキ
この映画でジェフがつけたレンズはHeinz Kilfitt Fern-Kilar 400mm F5.6という超望遠レンズです。400mmにとって、F5.6
グレスー・ケリー綺麗ですね。あの衣装が凄い。衣装はイーディス
(HPOB 菅井)イーディス・ヘッドはヘップバーンが主演した「ローマの休日」「
ドイツとオーストリアがルーツのドイツ系ユダヤ人として19世紀
(44 安田)今回久し振りにみて一番印象に残ったシーンは、グレース・ケリーが不審な男の部屋に、彼の留守中、無謀にも忍び込むがその男が戻って来て鉢合わせる。彼が戻る前に行方不明の妻の結婚指輪を見つける。ますます男が怪しいと睨む。ケリーを心配してステュアートは機転を利かせ警察を呼ぶ。警察が到着してケリーは間一髪助かるが、その際、見つけた妻の指環を妻殺害の疑いのあるその男から隠すため自らの指にはめ、その手を背中の後ろに持ってきて、中庭を挟んだ対面のアパートの裏窓から、その男の部屋をのぞき込みながら心配げに待機しているステュアートに知らせる場面だ。その時、ケリーの隣にいた、その男は彼女が庭を挟んで反対の部屋に合図を送って知らせていることに気づいたシーンだ。ケリーの仕草から、彼の疑い深げに鋭い目線を追う一連のシーンが緊迫感を盛り上げ、この映画の白眉だと思う。
舞台はほぼ全編にわたって部屋の室内。場所はニューヨークのグリニッジ・ビレッジとある。マンハッタン島の南西部、lower Manhattan と呼ばれる地域にある集合アパート。舞台がほぼ室内の設定は、後年1967年、ヴィクター・ヤング監督、オードリー・ヘプバーン主演の映画「暗くなるまで待って」(Wait Until Dark)が酷似している。ヒッチコック作品では「ロープ」がそうであった。「裏窓」撮影は全てステュアートの部屋から撮ったという。登場人物は全員アパートの住人で、彼らの生活が一連の流れになったおり、それを可能にするため、「全編スタジオセット撮影」という方法で行われ、窓の外の隣近所のアパート部屋との距離、見える角度、アパート隣人たちの多種多様さ、車道を通過する自動車の種類、台数、タイミングなど、全てが完璧に計算されていたという。ヒッチコック作品の中でも特に作り込みの細かい作品と評価が高い。
(普通部OB 菅原)「裏窓」は日本公開時(1955年1月)に見たから、小生、高校生の時代だ。
ここで、一番、印象に残っているのは、何と言っても、犯人役を演じたR.バーだ。先ず、裏窓越しのトイメンの室内は、当然、音もなく不気味。加えて、そのバーのやっていることは、妻殺しであり、世にも恐ろしい犯罪だ。世の中には、こんな奴がいるのかとかなり衝撃を受けた。安田さんのバーの写真、その恐ろしさとバレたやばさを見事に写し取っている。ただし、「陽の当たる場所」に地方検事で出ていたらしいが、全く記憶にない。
テレビでは「弁護士ペリー・メイソン」(安田さんは、「弁護士ペイトン・プレイス」と誤って表記しているが、人間「グーグル」であっても間違えることはある。別の意味で、「ペイトン・プレイス」の方が面白かったが)、車椅子の「鬼刑事アイアンサイド」など良く見たものだが、バーの代表作は、この「裏窓」だろう(しかし、バーはゲイだったと言うから、いささか吃驚仰天だ)。
原作は、米国の探偵小説作家、コーネル・ウールリッチの短編「It had to be murder」だが、映画の題名「Rear Window」の方が遥かに事を言い当てている。ウールリッチ(または、ウィリアム・アイリッシュ)には、「黒衣の花嫁」(1940年)、「幻の女」(1942年)など、小生が夢中になって読んだ長編が多々あるが、今は、もう忘れられた存在のようだ。
ヒッチコックは短編小説を膨らませて、一本の映画に仕立て上げる点では他の追随を許さない(例えば、「めまい」)。これもそのとうりで、辻褄が合わないなどイチャモンをつけている人がいるようだが(例えば、殺人の証拠がないなど)、それは野暮ってもんだろう。
(編集子)スガチューのメモにあわせてペイトンプレースのうまい写真を探したが見つからなかったので, 出演者の中からボクの大好き女優を思い出してもらうことにした。ドロシー・マローン、なんとも魅力的なスターでしたな。
”幻の女” は、最後のどんでん返しの見事さにうならされた名作、その点ではクリスティの ”アクロイド殺し” に匹敵する名作だと思っている。
コロナごもりですることのない人、こういう時こそ、ぼくらのおすすめするミステリを試したまえ。2冊とも気の利いた本やなら、文庫本の棚には必ずあるはずでっせ。
(HPOB 菅井)雲の切れ間に…
(34 小泉)菅井さんの素晴らしい中秋の名月の写真を見て、恥ずかしながら、
(44 安田)満月の中秋の名月は8年振りだったそうです。
(普通部OB 菅原)菅井さんの写真も素晴らしいが、
(その2枚目の写真、がこれ)
(安田)知る限り西洋では月はどちらかと言えば不吉な存在。古代ローマ(
(編集子)先月旅立ってしまった川内三千雄が持ち込んだ、たしかフランク永井の持ち歌だった 初恋の山 はたちまち同期の愛唱歌になった。その歌詞は 月の静かな山小屋で 二人で歌ったアベマリア という文句で始まったような気がする。我々が3年の秋, 涸沢集中W の最後の夜、穂高の稜線をすっぱりと区切る見事な満月の下で、川内がこの歌を独特のハスキーな声で歌い、みんなしんみりと聞いていたものだった。
ひとそれぞれにいろんな満月があるのだろうが。
今夏は自分でもあきれるほど頑張って山に行きました。そこで9月は完全休養月として、山には一切行かないことにしてひたすら体力の回復に専念しています。
そんな折に、北海道の幌尻岳に同行したSさんから待ちに待ったカジカの骨酒用に乾燥して燻製にしたカジカを送って来てくれました。このカジカは、幌尻岳登頂後に立ち寄った札内川園地キャンプ場(帯広の南約15km)で私と孫が遊びで釣り上げたものです。Sさんが旅行中もこまめに乾燥させ大阪に帰り完成して送って来てくれたものです。
酒は辛口が良いというので秋田の高清水にしました。じっくりと温めて味わいました。ぬる燗より少し熱燗目の方が香りも良く、味わいも良いように思いました。孫と夏の思い出を話しながら楽しい時間を過ごすことが出来ました。Sさん。本当に山でもご迷惑を掛けましたが、こんな素晴らしい思い出をさらに演出してくれてありがとうございました。
今日の肴は、かつをの刺身、へしこ鯖、寄せ豆腐、ポテトサラダを用意しましたが、カジカの骨酒にはへしこ鯖がぴったりの感じでした。