ウクライナを憂いて     (普通部OB  篠原幸人)

 

今から2年ほど前、2019年10月末の早朝、私と家内はキエフ空港の到着ロビーにいた。そこには招待してくれた方々に混じって民族衣装をまとった若い男女一組も出迎えてくれていた。古典的な遠来の客を迎える儀式とかで、花束とパンが差し出され、そのパンを客である私がその場でかじって食べるのが礼儀だと説明された。我々の周囲には大きな人だかりができたから、ご当地でももう珍しくなった風習だったのだろう。のんびりした平和な雰囲気だった。

ウクライナ脳卒中学会から「日本の脳卒中治療」を紹介してくれとの講演依頼で訪れたのだが、キエフの街自体も静かで美しかった。学会講演・テレビ局のインタビュー等をこなしたのだが、大したお謝礼は出来ないからと、夜は教会のパイプオルガンの演奏会やオペラ、更には見学が解禁されたばかりのチェルノブイリ原発まで案内してもらい、ウクライナの方々のホスピタリティとやさしさにほのぼのとしたものを感じた。更には市内のアンドレイ坂というパリのモンマルトルの丘を思わせる景勝地のレストランで食べたポルシチ(ボルシチの発祥地はロシアではなくて、このウクライナなのだ)のおいしさも忘れられない。ウクライナの特徴の一つは真っ青な空と鮮やかな黄色のひまわりである。ウクライナの国旗が上半分の空色と下半分の黄色はそれを意味しいている。実に平和な国だった。

80歳過ぎの読者はソフィア ローレン、マルチェロ マストロヤンニ主演の「ひまわり」という映画を覚えておられるかもしれない。誰と観に行ったかは定かではないが、確か日比谷の映画館で観た記憶がある。第2次世界大戦後により離れ離れになった若い男女の悲しい恋の物語で、ヘンリー マンシーニ作の主題歌の何とも切ないメロディがいまでも私の耳にこびりついている。この音楽を知らないとおっしゃる世代には今からでも一度聞いていただきたい。

こんな静かな、しかもほとんど無抵抗のウクライナへのロシアの侵攻である。プーチンにもいろいろ言い訳はあるようだが、私には「殿、御乱心か?」とでも言いたくなる。どこかの国の首相のように「これからいろいろ検討して、また諸外国とも協議して」とのんびり構えている時ではない。同じことは台湾でも起こりうるし、こんな対応では北方四島など帰ってくるわけはない。

お世話になった、ウクライナの方々のご無事を願っている。慌てて出したウクライナの知人たちへのメールに、まだ返事は戻ってこない。