舞台は、ハワイ真珠湾を母港とする老朽掃討駆逐艦「ケイン号」。時は、日本軍の真珠湾奇襲から2年弱後の1943年。旧約聖書「創世記」に登場するアダムとイヴの息子たち兄のケイン(Caine)と弟のアベルは、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の神話において、人類最初の殺人の加害者(兄)、被害者(弟)とされている。映画「エデンの東」にはケインとアベルを示唆する兄弟が登場するが、「ケイン号の叛乱」でも旧約聖書上のケインを匂わせるような筋書きかと期待したが、その名前の由来は潜水艦との砲撃で犠牲になったケイン中佐に因んで命名されたと艦内に記されていた。肩透かしを食らった。
オンボロ駆逐艦「ケイン号」の新旧艦長と乗組員たちの間で展開される人間ドラマを描き、新任艦長は神経質で心身喪失状態に陥り、ついには操艦能力欠如と判定され副長から解任される。解任した副長は帰還後軍法会議に掛けられる。映画を大まかに分割すると、新任艦長が着任するまでを第1幕だとすれば、新任艦長と乗組員たちの艦内に於ける人間ドラマが第2幕、そしてクライマックスの軍事裁判の顛末が最終第3幕となる。
名門プリンストン大学を卒業したウィリー・キースはナイトクラブ歌手の恋人と別れ、海軍に入隊して「ケイン号」に乗船。艦長デヴリースの口が悪く人を食ったような態度にも、がさつで下品な乗組員たちにも馴染めなかった。やがてデヴリースは新しい任務先に去り、新任の艦長クイーグ(ハンフリー・ボカート)が着任する。デヴリース離艦の際、乗組員たちのデヴリースに対する尊敬の念に触れたキースは不思議がるが、副長のエリクは「それが解れば君も一人前だ」と告げる。新旧艦長に対する信頼の好対照の伏線になっている。
第2幕の艦内の人間ドラマは続き、クイーグ艦長は風紀の乱れを直し規律を厳守させると宣言。しかし、シャツの裾が出ていると甲板で作業する乗組員を叱責し、その後監視までつけて徹底させるなど神経質でやり過ぎが目立ってくる。厳格な姿勢で臨む一方、自らのミスは部下に責任を押しつける態度をとるにつれ、部下たちはクイーグに対する不信感を募らせる。そんな折、配給されたイチゴがなくなった程度のことでクイーグは乗組員全員の所持品検査を命じる。部下たちの軽蔑は増幅していく。「カサブランカ」「脱出」「三つ数えろ」「麗しのサブリナ」などの映画に於いて、ニヒルでカッコ良い紳士役を演じたボカート(ボギー)にとっては、この艦長役はいやな役柄だったろう。貧乏ゆすりをするかのように、いらいらしたボギーがクルミを神経質に手の中で揉むのが印象的だった。流石、ボギー、見事な演技だった。毒舌で皮肉っぽいボギーを観るのも楽しいが、部下としては働きたくはない。好きな映画「眼下の敵」の艦長とは随分違う。ピーター・ユスティノフと共演したコメディ映画「俺たちは天使じゃない」ではユーモア溢れる役を演じ、見応えのある好きな映画だ。
小説家志望で皮肉屋の通信長キーファー(フレッド・マクマレイ)は親友でもある副長マリクに対し、艦長には明らかに偏執症(パラノイア)の徴候があり、非常時に下級士官が指揮官を解任できるとする海軍規程184条に則って副官は指揮を代行すべきだと忠告する。マクマレイは、ワイルダー監督のロマンティック・コメディの傑作「アパートの鍵貸します」1960年ではシャーリー・マクレーンと浮気をする役を好演。その後のテレビドラマ「パパ大好き」で典型的な良き父親を演じ、少年時代から馴染みの顔だった。
やがて艦は猛烈な台風に遭遇、あわや転覆の危機に陥る。クイーグは取り乱して一時心神喪失状態となり、操艦もおぼつかなくなったと副長マリクは判断して、クイーグを解任、自ら指揮を執って嵐を乗り切った。だが彼は帰還後、軍法会議にかけられることとなる。反乱行為で絞首刑の可能性もある裁判を8人の弁護士が断った。打診を受けた法務将校のグリーンウォルド大尉(ホセ・フェラー)に対して、マリクと共同被告のキースはクイーグの非を訴えるが、彼は平然と云う「たしかに台風で3隻沈んだが、194隻は指揮の交替なしに乗り切ったし、3人の精神科医がクイーグを正常と判定した」と。ほぼ勝ち目は無いが、グリーンウォルドは弁護人を引き受けると、驚くべき発言をする、「無実だから」と。
同時代制作の法廷物映画では「情婦」(ビリー・ワイルダー)、「アラバマ物語」などが忘れがたいが、「ケイン号の叛乱」も題材の面白さに加えて、弁護した法務将校の独特の間合いと、検察官を演じた後年テレビドラマ「弁護士プレストン」でも馴染みのE・G・マーシャルとの丁々発止の論戦は非常に見応えがあった。グリーンウォルド法務将校は、形勢不利な状況から巧みな質問でクイーグが偏執症であることを証明して無罪を勝ち取る。
無罪が確定した後のパーティで法務将校は云う、「艦長をあそこまで異常にさせる前に乗組員たちもやるべきことがあったのではないか」と。そして、少し酔っ払った頃、将校はキーファーの顔に思いっきりシャンパンをぶちまけた。裁判の場で、艦長の肩をもつ発言をして裏切ったことに怒っていたのだ。キーファーは唖然として後悔の苦笑いをみせながら将校が立ち去るのを見送った。戦争のような極限状況では、乗組員たちの生死がかかる状況下で上官の命令に服従しない士官の罪をどこまで問えるか、というのがこの映画が問いかけたテーマであった。「歴戦の功労者のメンツと名誉」と「現実的な判断」の狭間でその困難さを突きつけた映画でもあった。それにしてもキーファーの裏切りには驚いた。
キースは裁判後、恋人と結婚。ケイン号の任務に戻り乗艦する。すると、馴染みのあるデヴリース艦長に出会う。再び艦長としてケイン号に戻ってきたのだ。二人はにこやかに笑う。艦長を演じたトム・テューリーはアカデミー助演男優賞を受賞する。キースを演じたロバート・フランシスはその後の将来を嘱望されるも、映画公開翌年に自ら操縦する飛行機の墜落事故で亡くなった。享年25。
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(編集子)原著者ハーマン・ウオークは第二次大戦中、駆逐艦に搭乗して実戦に参加している。以下、ウイキペディア。