G is for Grafton

アメリカの女性ハードボイルド(HB)ライター、スー・グラフトンが惜しまれつつ他界したことについてはすでに書いた。女性のミステリ作家といえばもちろん大御所アガサ・クリスティーだが、HBの分野にもたとえばサラ・パレッキーなどが翻訳も出ていて女性ファンも数多いようだ(わがワイフもそのひとり)。

前にも書いたがグラフトンは ”アルファベットシリーズ” と称して、タイトルがアルファベットで始まる(第一作は A is for alibi)26本の小説を書くと宣言していたのだが、残念至極なことに25本目の Y is for Yesterday が遺作になってしまった。ライフワーク完了目前のことで、さぞ本人も口惜しかっただろうとしみじみ同情を禁じ得ない。最終作になるはずだった Z のタイトルは Zero であったと言われているが、こればかりは今となっては確認のしようがない。生前,彼女は ”自分の作品がクリスティのように愛されるものであってほしい” と願っていたという。クリスティには自分の最期を予測し、代表作 アクロイド殺人事件 に初めて登場させたエルキュール・ポアロを退場させるために、最期の作 カーテン を書く余裕があったのだが病魔はスーにその時間を与えなかったことになる。

このようなシリーズ作品には、愛読者の間に一種の連帯感みたいなものが生まれ、全作品を読み込んでその中からいろいろなトリビアを拾い出したり、それからいろんなことを自分で推理したり研究したりする仲間ができることがある。有名なものはシャーロック・ホームズ愛好者の集まりで、世界規模で協会まで設立されている。日本でも高名な作家やアマチュアにもシャーロッキアン、ワトソニアンを自称して、いろいろな研究を発表している人が数多い。たとえばワトソン博士が戦争で負傷したというがその部位がどこかとか、ホームズが東洋にいたというがそれはどこかとか(題名を思い出せないが、これを事実として書かれた日本を舞台にしたミステリがあった)、ホームズはアイリ―ン・アドラー( ”ボヘミアの醜聞” に登場し、ホームズが生涯ただひとつの敗北を喫する美女)を本気で愛していたのかとか、ありとあらゆることを作品の記述の中から推理するのである。小生横河HP在職中の先輩堀江幸夫氏も関連した論文を投稿されたように伺った記憶がある。

僕はまち中のひとりのHB読者であるにすぎないが、ロス・マクドナルドスティーヴ・ハミルトンあるいは原尞など、同一人物が主人公のシリーズ物は結構読んできた。 ただ、グラフトンはその作品の舞台が僕のサラリーマン生活を通じてなじみのあるカリフォルニアであること、25作すべてが80年代という時代背景であって、スマホだとかグーグルだとかいうおよそロマンのない無機的な夾雑物もなく、すべて主人公キンジー・ミルホーンが数少ない手がかりをひとつひとつひろっていく過程、マクドナルドのクオーターパウンダーが好物という彼女の生活態度などが僕の見知っている限りではまさにカリフォルニアウーマン(それも僕のいたころの、という但し書きがつくが)のスタイルであること、などたいへん気にいって第一作から読み始めた。

訃報に接して、それなら自分の読破計画に沿って全巻読破しようとアマゾンから何回かにわたって25冊、1年かかって取り揃えた。そのうち遺作になった ”Y is for Yesterday” は(なぜだか伺ったが忘れてしまった)1冊余分に持っているから、とKWV35年卒の徳生さんから頂戴した。現時点で T is for Trespas まで素読が終わって一息ついているところである。付け加えると徳生さんからはつい先日、また同じものを買っちゃったから、と今度はバルダッチの新作をもらった。先輩、この調子で行ってください!。

ここまでくると、自分もキンジーアンかミルホーニアンになるつもりでトリビア研究でも始めて見るかと思案していたら、なんのことはない、すでにその集大成みたいな本があることを偶然知った。それが G is for Grafton である。まだ目次をみただけだが、その内容は、キンジーがどんな性格であるかとか、男運が悪いとか、食べ物の趣味はなんだとか、住んでいる部屋はどんなものだとか、まあ面白そうなものだが、これは25冊読了してからの楽しみにしておく。

さて、このシリーズの舞台はサンタ・テレサという架空の街になっていて、熱心な読者の一致するところ、太平洋に面した美しい街サンタ・バーバラがモデルなのだということがほぼ結論づけられている。今まで読んだ中にも、たとえば ”ロスアンジェルスから何マイル” とか、”サンフランシスコは北に何マイル” だとか、頻繁に出てくるハイウエイがUS101(ベイショアフリーウエイ)という著名なものであったり、それを裏付ける記述はたくさんある。さらに面白いのはこの町の名前が HBの大立者ロス・マクドナルドの後期4作品にでてくることであり(代表作 ”動く標的” もそのひとつであることは早速確認した)、ミルホーンが生前、マクドナルドに心酔していたということなどがわかってきて、サンタ・テレサがどんな街か?という興味がわいてきた。25作読むことがまず当面の目的だが、その中から、街の描写とか、通りや施設の名前とか、そういうものをまとめると ”サンタ・テレサ市街図” ができやしないか? というのが今の僕の思惑で、1冊終わるごとに関連項目をエクセルにためこんでいる(全作でキンジー自身は情報管理にはインデックスカードを用いている)。G is for Grafton までたどり着けるかどうか、が当面の心配なのだけれど。