亀戸天神では梅が咲き始めました。それほ
ふる雪に色まどはせる梅の花鶯のみやわきてしのばむ
草葉には玉とみえつつわび人の袖の涙の秋のしら露

旧き友集い語ろうは 過ぎし日の旅山の想い (投稿は著者あてメールでお願いします)
風光明媚なカナダ西部のサスカチワン州(マニドバとアルバータ州
西部劇乍ら、カナダが背景で、カナダの警官隊が主役
北西騎馬警官隊警部オローク(アラン・ラッド)は、両親
巡察を終え、砦へ戻る途
冒頭からサスカチワンの岸壁から渓谷に至る風光明媚な差がア
(編集子)放映があるのは知っていたが、見過ごしてしまった。実をいうとこれも古典?だが ”モホークの太鼓” とごっちゃにしていた気がする。小泉先輩も言及しておられるが、カナダに場を移したセーブゲキ、というのはあまりお目にかかれない。クーパ^―の北西騎馬警官隊、のほか、カナダ平原、というのを見た記憶があるが。
(HPOB 小田)アラン・ラッドの「シェーン」の翌年の主演作ということで「
イスラエルとパレスチナ問題の本質的な根っこは、信ずる宗教が共に「一神教」だという点に帰せられる。しかも宗教発祥の地がユダヤ教、イスラム教共に(更に一神教のキリスト教も)同じパレスチナと呼ばれた場所だったのは不運としか言えない。独善的で排他的なので他宗教を信奉する国との共存は所詮無理。共に「目には目、歯には歯」に頼る民族的な属性がある。この属性は特にネタ二アフの手法に顕著だ。だから始末が悪い。
20世紀になって今日の絶望的にさえ見える状況を産み出した根本原因は英仏両国(特に英国)の責任に起因する政治的外交判断にあった。有名な1917年に表明された「バルフォア宣言」がその端緒だ。第一次世界大戦中、中東を当時支配していたオスマントルコ帝国滅亡が予期された戦後中東の統治地図を両国で描き、国境を定めて両国の支配下に置いたのが中東諸国だ。中東の国々の国境線がほぼ直線になっているのは両国が人為的に定めたからに他ならない。英国ロイド・ジョージ内閣の外務大臣バルフォアが推し進めた「シオニズム支持表明」、即ちユダヤ人支持を鮮明にして世界に向けて発信したのが「バルフォア宣言」だ。英国ユダヤ人社会の重鎮ロスチャイルド家の当主宛に出された、これが、戦後のユダヤ人国家「イスラエル建国」へと繋がった。イスラム教を信奉する中東のアラブ・パレスチナ地域のど真ん中に「イスラエル建国」を容認し、後押ししたのだ。この2つの根本的な「一神教」と「バルフォア宣言 = 英国の無責任な外交政策」が
今日の悲惨な状況の根源的な原因を為している。英国の責任は重いと言わねばならない。映画「アラビアのロレンス」で描かれた英国の将校トーマス・ロレンスはこの英国の政策の実行役である。映画では190cmはあろうかというピーター・オトゥールが演じたが、実在の人物は小柄な男だった
(HPOB 菅井)「唯一神」という共通の根っこを持ち、キリスト教、イスラム教、
一方、
(編集子)巨木があればそれは神様の化身だと敬い、高山には霊気が宿ると信じて、八百万の神様を報じるわが国伝来の文化のほうが親しみやすいやね。巨木派と高山派が命を懸けて戦う、なんて馬鹿なことは起きていない。最近は例のどっかの地上げ屋大統領は南アフリカがキリスト教を迫害してる、などと言い出したそうだし、なんせ一神教信者がこねる正義というやつは理解できないね。
先日掲載飯田君の回顧録?の記事の該当する時代でベスト3は何か?というフォローをしてもらった。
(44 安田)“あの頃”を1950年代と規定してベスト3を選ぶのは至難の
「波止場」「ケイン号の叛乱」「第十七捕虜収容所」「欲望という
「死刑台のエレベーター」「大いなる西部」「サンセット大通り」
(注:「女相続人」「第三の男」は1949年製作)
僕のベスト3は、「ローマの休日」「七人の侍」「第三の男」
先日ブログ掲載の ”飯田リスト”(未観映画がかなりある)から僕のベスト3は、
「波止場」「ケイン号の叛乱」「裏窓」
蛇足ながら、「ハリーの災難」は2つの点でとても印象深い。後年
紅葉が見事だった(ジャイさんと同感)。
(大学クラスメート 飯田)今回の1955年製作の映画に限って言えば、
安田さんの上げられたベスト3の「波止場」「ケイン号の叛乱」「
他の作品でも一口コメントをすれば「紅の翼」(颯爽としたパイロ
「ブリガドーン」(ジー
「
(普通部OB 菅原)この中からベスト3を選ぶのは、小生にとって無理。
これらは、エーガと言うより、正にハリウッドの黄金時代。古き良
(42 保屋野)飯田さんの推薦映画21本の内7本しか観ていなかったのですが、ここからえらぶなら、まず7本。7本(波止場、ケイン号、サブリナ、裏窓、海底2万哩、グレンミラー、折れた矢)の中では、ヘプバーンの「サブリナ」とケリーの「裏窓」、かな。
(HPOB 小田)50年代の映画はTVやDvdで観たものばかりですが…
(編集子)スガチューの嘆きに同調する。先日、孫2号(社会人2年)にエルヴス・プレスリーって聞いてみたら (なに、それ?)という回答が戻ってきた。高校時代、Rock Around The Clock のレコード(!)をかけただけで親父に怒鳴られたものだ。紅白歌合戦の変わりざまに驚くくらいでは済まない時代。さきほどはテレビで衆院解散の舞台を見た。高市時代はどんな歌が流行るんだろうか。
“Rock Around the Clock” is a rock and roll song in the 12-bar blues format written by Max C. Freedman and James E. Myers (the latter being under the pseudonym “Jimmy De Knight”) in 1952. The best-known and most successful rendition was recorded by Bill Haley & His Comets in 1954 for American Decca. It was a number one single for two months[6] and did well on the United Kingdom charts; the recording also reentered the UK Singles Chart in the 1960s and 1970s.
豪雪と寒波の来襲です。お酒の魅力には勝てませんでした。越路で酒蔵を巡りました。
「八海山」の生まれ育つ長岡越路地区は水田と里山が豊かに広がる。
「越路吹雪」のシャンソン、「サントワマミー」を歌いながら吹雪の「八海山雪室」を訪れた。まるでワイナリーの酒蔵ようだ。高級な銘酒「八海山」のボトルが並べられていた。
「八海山雪室」と呼ばれる酒造蔵には焼酎「面向未来」が保存されている。5年前から預けられたプレミアム焼酎。一本一万円するビンテージである。
「久保田」試飲として久保田「千寿」を一口。軽い、水のようだ。
水のようにスーッと喉の奥に流れていく。初めは頼りなく感じる。何も逆らわない。綺麗な米の味わい。甘味と酸味は控えめ。
いつまで飲んでも飲み飽きない。これが久保田の「杜氏」の技なのだろう。杜氏はAIに置き換わられるのか ?
知識には形式知と暗黙知があるという。形式知はコトバやデータで表される知識であり、これはAIの適用範囲になる。暗黙知は、コトバやデータで表現できない感やコツといわれるものでオノマトペの幼い表現も含まれる。香りや味覚なども最近はデータ化されると形式知に含まれる。センサー技術は進歩したからだ。
しかし曖昧模糊とした直観や経験による職人技はなかなか形式化できない。“水のようにスーッと喉の奥に流れていく”。「スーッと喉の奥に」、これがオノマトペである。
(編集子)HP在職中、仕事で付き合って仲良くなったのは何人もいるが、中にカリフォルニアはナパヴァレーのワイナリの次男坊というのがいた。パロアルトへ出張した折、彼の勧めでそのワイナリに一泊させてもらったことがある。日本酒の醸造元がどんなものか知らないが、陽光きらめくワイナリというのは素晴らしいところだった。息子から聞いている、とだいぶ年を取っていたが母親が自ら案内してくれ、早朝、散歩の折に積んだ野菜と果実の朝食、なんかはわすれられない。帰国してからシャルドネなど買おうか、としらべたらなんと1本5桁の値札が付いていて驚いたのものだ。ブランド名は CAKEBREAD。次男坊スティーヴとクリスマスカードのやり取りも途絶えてしまって久しい。自慢のシャルドネはまだ、買っていない。
ストーリー:アメリカのボストンのステージで新作ミュージカル・ドラマの主役を決めるのに演出家バーニー(ウイリアム・ホールデン)は、プロデューサーの猛反対を押し切って、往年のスター、フランク(ビング・クロスビー)を
起用することを説得し納得を得た。フランクの可って栄光は何処へ、妻(グレース・ケリー)に隠れての酒浸りの毎日を送っていたが、バーニーからの久々のオファーと妻からの押しも有ってステージに立つことになった。しかし、初日の公演の出来は芳しくなく新聞各社の評論も厳しいものであった。実はフランクはスター時代に、ふとした不注意から幼い息子を自動車事故で死なせてしまった過去があるとこをバーニーには隠していた。フランクの酒浸りはその時から始まったのだった。このミュージカル・ドラマはボストンからその後にニューヨーク・ブロードウエイに掛けることが決まり、主役に代役を起用しようとしていたプロヂューサーに、フランクの事実を知った演出家バーニーは、再びフランクを起用することに成功し、フランクも舞台の瞬間は息子の事故を忘れ、集中した演技でステージを盛り上げた。実はこの間、酒浸りのフランクを身を粉にして更生させようと努めてきた妻ジョージーとバーニーの間には仄かな愛情が芽生えていた。それを薄々感じていたフランクはステージの大成功の後、静かに一人街を去って行った。妻のバーニーはフランクへの愛情を断ち切れず後を追う。バーニーもその影を見ながら納得の気持ちであった。
物語はこの映画の製作当時はよくあったバックステージ物であり、大物俳優がその演技力を競演する点でも、特に秀作ではないかもしれない。しかし、今日改めて観ると3大俳優の火花を散らす迫力ある演技が楽しめる。アカデミー主演女優賞をグレース・ケリーが獲得しているが、彼女の映画としては極く地味な役どころ。薄暗いフランクの自宅で地味な衣装で家事をこなし酒浸りのフランクの愚痴を聞く生活臭と一転して社交界のパーティ・ドレス姿の華やかさとのギャップが楽しめるが、「真昼の決闘」「ダイヤルMを廻せ!」「裏窓」「泥棒成金」「上流社会」などの美しさや存在感はない。主役のビング・クロスビーの演技力というか、どこにでも居そうな田舎のおっさんのような顔つきが、酒浸りとステージ演技の妙で実に味を出しているのが秀逸だ。又、演出家を演じたウイリアム・ホールデンも良い味を出しており「サンセット大通り」「第十七捕虜収容所」「麗しのサブリナ」「慕情」「ピクニック」「戦場にかける橋」「騎兵隊」「タワリング・インフェルノ」まで、色々な役柄を演じ分け息の長い20世紀の代表的な男優5人の中の一人に必ず入れたい俳優だったと思う。
この時代は俳優が演技を競うような作品が多かったが、同じくモノクロ映画「成功の甘き香り」(1957年製作 監督アレクサンダー・マッケンドリック)などもバート・ランカスター、トニー・カーティスの2大俳優の競演が見どころだった。
この映画の製作された年度(1955年)のアカデミー作品賞は「波止場」が監督賞エリア・カザン、男優主演賞マーロン・ブランド、女優助演賞エバー・マリー・セイントと強かったが、他にもわくわくするような以下のような作品揃いだった。
<12候補: 『波止場』、7候補: 『ケイン号の叛乱』、『喝采』、6候補: 『紅の翼』、『麗しのサブリナ』、『スタア誕生』、5候補: 『掠奪された七人の花嫁』、4候補: 『重役室』、『裏窓』、3候補: 『海底二万哩』、『ブリガドーン』、『グレン・ミラー物語』、『ショウほど素敵な商売はない』、『愛の泉』、2候補: 『裸足の伯爵夫人』、『折れた槍』、『カルメン』、『デジレ』、『おかしなおかしな自動車競争』、Jet Carrier、『銀の盃』、『奥様は芳紀十七才』、『地獄門』>
(編集子)グレース・ケリーはゲイリー・クーパーとの共演初出演、かの 真昼の決闘 がなんといっても素晴らしかった。飯田君ご指摘の名作リストでは太字にしたものしか見ていない。この中では 裸足の伯爵夫人 が小生の中ではダントツ、だが、ベストスリーをえらぶならほかに ケイン号の反乱 と 波止場、かな。愛好会各位、ひさしぶりに ”飯田リストで選ぶあのころベストスリー”、なんてのはいかが。ご投稿お待ちします。
ここの所、外国人との共生、についての議論が多い。趨勢として今までの一国主義だけでは国が成り立たなくなりつつあるのは、グローバリゼーションという、いわば我が国から見れば外向きの姿勢が問われるようになった時点から多方面、特に企業戦線において活発な議論が起き、しかるべく対応が試行錯誤を重ねながらそれなりの方向や姿勢が定まりつつある。他方、我が国への外国人の到来、ということが、観光客の範囲から移民(長期滞在をふくめて)、という形をとるようになって新しい挑戦があり、問題課題があらわれつつある。幸か不幸か、形式はともかく実質的には米国企業であった会社に偶然とはいえ籍をおき、サラリーマン人生を全うした関係で、むずかしい議論はさておいて、いわゆるガイジン、との日常の接触を(外国駐在のケースとは根本的にことなる環境で)経験させられた経験にてらしてみて、それなりに感ずることは多々、ある。
その中でも苦労が多かったのは、とにかく、あんた、文化も何も違う国にいることを忘れてもらっちゃ困るぜ、ということだった。この ”違い” は言葉がわかれば解決する、だから日本語の分かる米国仕込みの日本人を派遣すればよかろう、という安直な判断で、米国で教育を受けた日本人(日本で大学卒業後かの地で教育を受けた人)、が何人も送られてきたことがあった。編集子も直属の部下に米国流MBA修行を積んだ、そういう”日本人”を持った(持たされた、という方が率直な感想だが)ことが数回ある。結論から言えば、誰も成功しなかった。確かに言葉はわかる(もちろんだが)のだが、だから日本がわかる、という方程式は全く機能しなかった(小生のマネージメント能力にももちろん問題はあったかもしれないが)。その中の一人が、ある時、(俺たちバナナだからな)と自嘲した。どういう意味だ、と聞いたら、皮は黄色いけど、中身は白い、ということだ、と言ったものだ。
先週、1冊の小説、一つのテレビドラマ、に接する機会があった。といっても新しいものではない。2008年にかかれた大沢在昌の ”冬の狩人”、かたや絶頂期の渡恒彦主演,十津川警部シリーズ、だからやはり2000年代の産物の中から偶然再放送に出会って録画したままになっていた、”九州特急あずさ号事件” である。この二つはいずれも(というか大沢の狩人シリーズはそれが主軸なのだが)東京新宿に跋扈する中国系マフィアとの話だ。内容はともに事件の背景に政財界の黒幕がいてそれが暴かれる、というこの種のドラマの代表みたいのもので、それ自体になにかがあるわけではないのだが、伏線として、自分でも図らずもマフィアにくわわってしまった男に、警察が何とか接触しようとする、という共通するプロットがある。そのとき、この男が口にするのが、”日本の警察は中国人でも守ってくれるのか” という疑問、だった、といいうのが引っかかった。日本語には不自由はしないが、も一つ、日本の社会構造が理解できないし、信用できない、ということなのだろう。
いま、外国人特に中国や東南アジア系の滞在者が絡む犯罪が多発している。これにどう対応するか、関係者の熟慮断行が期待されるのだが、彼ら外国人の間に起きている、日本国のシステム慣行やへの不安、というものも大きな課題なのではないか、と思ったことだった。
本論とは全く関係ない別の話だが、先に ”枯葉色グッドバイ” という佳作について書いた。このシリーズの主人公がもつ雰囲気が小生のイメージするハードボイルド、なのだが、上記した大沢の狩人シリーズの主人公についても同じような親近感を持った。肩の凝らない一冊、としてお勧めする次第。脇道、ご容赦。
(44 安田)
毎年、この時期になると上野東照宮の冬牡丹を撮影に伺っておりま
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」という言葉は、美
• 「立てば芍薬」は、イライラして気が立っているときに芍薬がよく
• 「座れば牡丹」は、血の巡りが悪く、動きが鈍くなったときに牡丹
• 「歩く姿は百合の花」は、心身のバランスを崩してふらつく状態(
牡丹と芍薬の違いは分かりにくいですが、どちらも花言葉は恥じら
いずれにしても王者の風格を漂わせていますが、薔薇のように華や
寛永寺の五重塔は、蝋梅や三つ叉と共に風情を高めています。寛永
人老いて幼なに還る寒牡丹 福田蓼汀
冬牡丹きりきり生きることの愚よ 鈴木真砂女
君がために冬牡丹かく祝哉 正岡子規
囲はれておのれを尽す寒牡丹 佐藤信子
天地の色なほありて寒牡丹 高浜虚子
寒牡丹白光たぐひなかりけり 水原秋櫻子
晴るる日も影をくづさず寒牡丹 鷲谷七菜子