カミュ論議について    (36 高橋良子)

本日ブログ拝見致しました。カミユは私の好きな作家の一人です。亡くなった主人が三田で学んでいた頃、サルトルの実存主義が全盛期の時代でしたから我が家にはサルトルと実存主義に関連する書物が沢山残されているのですが、その中
で私が読んだといえば「嘔吐」の一冊のみです。その中に吐き気という哲学の問題が出てくるのですが、いまだによく分かりません。ところが同時代の作家でも私はカミユが好きなのです。カミユは哲学者ではありません。

小説の手法もメルヴィルやヘミングウェイなどに学んだといわれていますので、文章が平明で親しみやすいのです。それにアルジェリアの貧しい家で育ったので
カミユの作品に登場する人間には善良さと温かさを感じるからです
カミユを理解するのに都合の良い、佐藤 朔先生の書かれた文章をご紹介いたします。

カミユの作品が今も尚愛されているのはなぜか?カミユの作品は清潔で誠実で、正義と反抗の思想につらぬかれているからである。彼の作品の中には不潔で、醜悪で鼻持ちならない悪党はいない。詐欺師も裏切り者も背徳者もいない。
罪に苦しむ者や罪を犯した者はいるが、いずれも悪人ではない。だから社会の裏面とか人生の泥沼のような場面はなく全体として写実的で観念的であり、寓話的な物語が多い。だから表現が適確で、文章が美しくても想像力が貧しくお説教風で、小説として厚みがなく面白味がないという批評もある。そして、カミユが言う人生の不条理の思想も体系的でない評する。しかしながら、今もつて読み続けらているのは、戦争やその他日々の敗北で深く傷ついた者は深く人生の不条理を知ることとなる。

カミユの作品の魅力が失せない訳はそこにあるのです

(編集子)白状すると、小生も 嘔吐 にでてくる、木の根を見ていて真実を悟る、という一節は何が何だか分からず、その意味では一応最後まで読んだ、という事実が残るだけで、到底この哲学の巨頭を理解したなどといえる段階ではない。しかしヨシコの示唆で、サルトル本体はともかく、カミュという人の作品が持つ意味はなんとなく分かったし、提示してくれた佐藤 朔の一節が、考えてみると今回もっともらしく読んだふりをした石光氏のいう ”正義” なのかも、と思ったりしている。