エーガ愛好会(71) カラミティ・ジェーン  (34 小泉幾多郎)

実在の男勝りの女傑カラミティ・ジェーンの奮闘と恋を描く西部劇ミュージカルコメディ。カラミティ・ジェーンは何回か映画化されているが、記憶に残るのが、「平原児1934」、恋人役ワイルド・ビル・ヒコックにゲーリー・クーパーでジェーンは「シェーン」の人妻役ジーン・アーサーが演じていた。ドリス・ディがジーン・アーサーと同じバックスキンのコートを着て騎兵隊の帽子を被っているのは、この「平原児」のパロディと言われている。カラミティ(災難)の名は先住民に奇襲攻撃された騎兵隊を彼女が救助したので、災難の救い主だからという説と情夫がそのたびに急死したため、災難を呼び寄せる女という意味から名付けられた との二つの説がある。ジェーン自身の手になる騎兵隊と先住民との戦いへの介入の武勇伝は、どうやら虚構だったようでビル・ヒコックとの関係もネタ探しに来た記者の架空のでっち上げ記事から女傑ジェーンが更に膨らんでいったとのこと。

史実は別として、ドリス・デイのミュージカル・コメディは、その明るい個性と歌と演技力で多いに楽しませてくれた。その楽しい歌の数々と共に、物語を追ってみよう。「TheDeadwoodStage」を唄いながらデッドウッドにやって来たジェーン。親友ワイルド・ビル・ヒコックは、ハワード・キールが扮し、重厚なバリトンを披露する。「蜂蜜だらけのパイプ」を唄う。男勝りで女性らしさを知らずに育ったジェーンがひそかに思いを寄せるのはビルと騎兵隊の中尉(フィリップ・ケリー)。
やがてジェーンは男たちの憧れの的だった大女優で歌手のアデレード・アダムズ(ゲイル・ロビンス)を呼びにシカゴへ行くが、間違って、付き人のケーティ・ブラウン(アリン・アン・マックレリー)を連れてきてしまう。アデレードが歌う「結婚するつもりのハリーです」。ケーティが楽屋で歌うのが「私はあなたなしで出来る」。連れて来られステージに立ったケーティはジェーンの励ましで成功し、ケーティの美しさに、ビルも中尉も夢中になる。ジェーンの唄う「風の街」、ケーティの「帽子の下にこれが置いて」。ケーティと同居したジェーンはその感化を受け、見違えるばかりに美しくなる。ケーティとジェーンの歌「女性のタッチ」。騎兵隊のパーティに行く馬車の中で、ジェーンとビル、仲間たちが歌う「ダコタの黒い丘」。美しく変身しビルのハートを射止めたジェーンが山道を行く馬上と小川のほとりで歌う「秘めたる恋シークレットラブ」。これがアカデミー歌曲賞受賞。以上ポール・フランシス・ウエブスター作詞、サミー・フェイン作曲。ドリス・デイが歌う「知り過ぎていた男1956」の「ケセラセラ」もアカデミー歌曲賞を受賞している。ジェーンとビル、ケーティと中尉は、夫々が結ばれ、めでたしめでたしのミュージカルだった。

(編集子)カラミティ・ジェーンについてグーグルの記述は次の通りである

43歳の時撮影された写真

カラミティ・ジェーン(Calamity Jane, 本名マーサ・ジェーン・カナリー(Martha Jane Cannary, 1856年(または1852年5月1日 – 1903年8月1日)はアメリカ西部開拓時代の女性ガンマン。別名平原の女王ワイルド・ビル・ヒコックの親友として知られ、西部開拓時代における女性開拓者でありプロの斥候だった。彼女の両親(ロバート・Wとシャーロット・カナリー)はプリンストンの北西11キロメートル(7マイル)にあるラヴァーナのはずれに住んでいたとアメリカ合衆国国勢調査局1860年国勢調査記録で判明している。彼女には2人の弟と3人の妹がおり、彼女は6人姉弟の長女だった。

 

アメリカ軍の斥候としての活躍は彼女の自叙伝があるらしいが、こういうたぐいの本によくあるようにどこまでが真実かは分からず、本人にはかなり虚言癖があったとの説もある。軍を引退してからは1893年にはカラミティ・ジェーンとしてバッファロー・ビルワイルド・ウェスト・ショーに騎手および曲芸ガンマンとして参加、ショーの全米巡業にも参加した。

サウスダコタにある墓

1903年8月1日、キャロウェーホテルに滞在中に肺炎を起こし、47歳で亡くなり、サウスダコタ州にあるモリア山墓地の、ワイルド・ビル・ヒコックの隣に埋葬された。