三国山荘についての提案

少し前に越冬プランの案内を頂戴した。最後に雪の山荘へいったのがいつだったか、現役のスキー合宿へコーチに何人かで行ったのが5年くらい前だろうか。OB,現役が一緒に冬を過ごすという企画ができ、一番盛んだったのがたぶん僕らが卒業した年から数年の事だった。まだあの初代の小屋で、煙いストーブ越しに”ボク、猪股です”とヤブが恥ずかしそうに自己紹介したのが何となく記憶にあるし、僕の愛唱歌の一つ”知床旅情”を石井(小倉〉悠子君から習ったのも越冬の時だった。彼女のあまりにも早い他界が改めて悔しく思われるのも、それが越冬という特別な環境でのことだったからかもしれない。その小屋について投稿してくれた現役渡辺君から、時代は変わっても小屋を愛する仲間がいることを知らされてしみじみと嬉しかった。

だが渡辺君の文章を拝見して、うれしさと一緒に僕が漠然と感じて来たことが指摘されているのを見つけ、ここしばらくなんとなくわだかまってきたことが杞憂ではないと思われてきた。彼が指摘したように、純粋に小屋を愛する部員が減少してきたこと、というか、減少せざるを得ない現実のことである。僕らが現役の頃の部員の数の多さは、今考えれば一時的なものであったと思えるが、その時には、そのままの状況が続くであろうこととして、誰も疑っていなかった。また、活動の基本は可能な限り、多くの人間が多くの機会を得て活動することにあり、一般プランはともかく、合宿は全員が集う機会であった。日頃はあまり同行する機会がなくても、できるだけ多くの仲間と時間を共有することが当然だったからだ。このような基本的な思想と人数の多さ、そのために生じる安全性の確保、といったことから、”夢”や”あこがれ”とともに皆が集える場所、として山荘が最大公約数として存在したのだといえる。

しかし渡辺君が明らかにしたように、この原則はすでに絶対的過去のものである。原因の一つは部員の絶対数の減少であり、もう一つ、我々が夢想だにしなかった部活動の基本思想の変化である。その結果として、現役部員が山荘を利用する機会は激減した。特に後者、すなわち現在の部活動の基本となっている”ジャンル別”方式がその主な原因であろう。すなわち我々の時代に ”ワンデルングそのもの” でもあり得た山荘というものを意識しない”ジャンル”があり、山荘には山荘祭とか飲み会の場所としての意味しか持ちえない部員が多数存在するということである。現役の活動は時代や社会環境を反映するものであり、その結果山荘がもはや活動の中核になりえないということは認めたくはないが理解はできる。OBにも山荘に対する意識の差が出てくるのは当然だし、高齢化とともにその傾向はますます強くなる。このことは冷厳な事実として受け止めるべきで、いたずらに山荘離れを嘆いても致し方のないことである。

だが、山荘の維持には労力と費用がかかる。”山荘”が常に意識の上部構造にあった時代は何があっても人手を集めることは可能だった。我々多人数世代が卒業しても、その流れはOBに受け継がれ、少し前まで、”新道プロジェクト” や ”あじさい班” などの形で存続していた。しかしその現実はOB主体、というよりも一部OBだけの活動であって、現役の参画はないに等しかった。費用の方も、年の経過や浅貝部落の変貌とともに増えこそすれ減らないし、部とOB会の負担は継続する。このことはすでにOB会においてもいろいろな検討がされてきたし、各種のシミュレーションも公開されてきた。だがOBにも会費免除が増え、その収入の先細りはすでに現実のものであるのに、その現実に明確な対策が論じられているようには思えない(僕の認識が間違っていれば謝らなければならないが)。

僕が恐れているのは、このまま推移すれば、わが三国山荘はそのまま、現役にとって、利用価値も少なく費用だけがかさむ、負の遺産となってしまうことだ。36年代は衆知のように最大の人数を擁したが、すでに卒業時のメンバーの四分の一は鬼籍にはいってしまった。OBの数も急速に減少に向かっているのだ。ここ辺りで、山荘をどうすべきか、真剣な議論が必要なのではないか。我々をはじめ、小屋に特別以上の感情を持つ人が多数おられるのはよく承知しているが、センチメントと決別して、山荘の永続性を考えるべき時にいる、と僕は確信する。

僕らが慶応高校時代、スキーシーズンになると赤倉にあった医学部の山荘に泊めてもらうのが常だった。風呂と蚕棚ベッド、薪ストーブだったが食事も出してくれ、大学生の先輩が数人、当番で常駐してなにかと指導してくれた。一緒に近くの旅館に神戸女学院の生徒がいると知って窓の外まで行って大声で歌を歌ったり、積雪をかき分けてゲレンデを作ったりした思い出もある。しかしヒュッテには厳然とした”慶応大学医学部”の権威と雰囲気があった。このような形で、三国山荘を維持していくことはできないか、というのが僕の提案である。

世話人やコックを常駐させることはできないだろうが、厨房に手を加えトイレと洗面台を改修すれば、安価に泊まれる、自炊可能な場所ができる。大学のゼミの合宿とか、塾職員の研修とかを目的とした施設として、塾に山荘の一元維持管理を要請する(財務上はもともと塾のものなので管理面をいわば”返還”することになる)。KWV関係者の利用には、費用や日程(たとえば合宿とか山荘祭などでの独占使用)など、いくつかの優遇措置を条件として明確にする一方、或る時期にはKWVから小屋番を常駐させる、といった協力は当然のこととしてだ。

再来年には改元があり、憲法改正も視野にはいっている日本の大きな転換点をのぞんで、我々も新たな決意をするときではないだろうか。本稿がきっかけとなって、OB各位、現役諸君を含んだ、政治の用語でいえば ”国民的議論” が展開されることを希望する。公開の目的のご意見ご批判は小生あてメールで頂戴できれば本ブログに転載するので、それをひとつの材料として議論が深まり、しかるべき過程をへて新体制の速やかな実現につながれば嬉しい。

 

 

 

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