2019年度ニューイヤーズパーティ

1月12日、今年度のNYPが恒例通り、芝パークホテルで開催された。30年卒宮本・坪田先輩らの主宰されていたシニアワンダラーズの会とOB会公式行事とを合わせて行われるようになった新年会で、すっかり暦年行事として定着したが、今回は24年卒溝口先輩のご出席を得て、”OB会1年生”を任じる30年卒の川上君まで、年齢差は実に70歳、ありていにいえば曽祖父から孫の年代まで、合計128名(うち2名は現役)という大規模な集まりになった。

実行担当の親睦委員会メンバーや女性として初めてこの会を取り仕切ったCLの久米行子君、司会者としておなじみの54年卒石倉周一郎君、ほか多くの関係者に感謝したい。

挨拶に立たれた27年卒亀井先輩は塾評議員から引退されたことを報告され、”数多くの三田会のなかでもベストテンに入る素晴らしい会であることに自信を持て”と結ばれた。
たしかに会員数などでいえば、大企業や地方組織で我々よりも大規模な会はたくさんあるだろうが、行事への参加とか、年台を越えた ”われらケイオー” の、福沢以来の ”社中” 精神の意義がこれほど濃密な会合はあまりないだろう。今後とも、”若手” の参加が増えていくことを期待しよう。
年代別出席者人数と全体に対する割合は20年代が5名で4%、以下30年代45名35%、40年代57名44%、50年代17名37%、60年代17名で13%となった。平成年代は今回は川上君のみだったが、次回からはもっとにぎやかになるだろう。現役からは部長の中川直輝、山荘の武藤遼、両君。
このあとはスキー合宿、春の日帰りプラン、と行事が続く。活発な各位の参加があることだろう。

グレープフルーツがなったよ! (五十嵐智・亀岡愛一郎)
(亀岡自慢のキンカン)
思いもかけず、編集子小学校(大田区立赤松小学校)時代の恩師、五十嵐先生からお便りを頂戴した。プライベートなことではあるけれど、とてもほんわかとした、暖かいやりとりをしたので、先生とこれで70年近く交友している友人との往復メールを、ご了承を得て紹介する。先生力作のグレープルーツの写真そのものはまだ頂戴していないが、同好の士というか園芸フリークの方から先生へのアドバイスでも頂ければ望外の幸せである(なお、五十嵐学級のクラス会はまだつづいていて、傘寿を迎えての小学校仲間との付き合いはまた格別に感じる。先生は卒寿を越えられてなお年齢を感じさせず、まさに矍鑠、いまだに愛車を駆って元気でおられる。まさにわれわれの理想の姿というべきか)。
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(五十嵐―中司)
恭君がアメリカにいるときに、親孝行で、
(中司―五十嵐、亀岡)
メールを読ませていただき、一瞬、あっけにとられたというか、
(亀岡―五十嵐、中司)
今日 午前中は今春初めての絵の教室に出席、帰宅し昼食後PCを開いたら先生と中司さんのメ-ルのやりとり 転送で入ってました。グレ-プフル-ツ約40年で結実との事 庭いじり好きの家内に話しました。
30年前 入間の家を新築、移転した際家内の友人がすでに実が少しついたキンカンの苗木をお祝いに頂きましたがその後 木はすくすく成長しましたが実は全く付かなかったのに一昨年から急に付き始め昨年秋は大豊作!柑橘類は「バカなり」と言って忘れた頃になりだすとの事です。家内は「キンカンジャム」を沢山作ってくれました。お昼 パンに塗ってます。美味しいですよ。先生の家の「中司さんのグレ-プフル-ツ」も今年の秋からはきっと沢山 実を付けますよ。
(五十嵐―亀岡、中司)
亀岡家のキンカンは苗木から30年かかり、
40年前に亀岡君から頂いた「金木犀」は10月になると必ず「
(中司―五十嵐)
昨日、お葉書頂戴してご返事しようかと思っていたところです。
兼高かおるの訃報に接して (44 安田耕太郎)
メキシコから南下してエクアドルのアンデス山中 赤道記念碑を訪れた際、
ナンカナイ会 2019新年会 (36 翠川幹夫)
フェルメール展・リクリエイト版 (34 小泉幾多郎)
前にブログで書いた記憶がありますが、時折美術館に足を運ぶもの
安田君のフェルメール対する蘊蓄の深さには感心するというより驚
安田君
”エーガの日々” 拝見 (青木勝彦)
小泉さんのご友人で、映画評論家として名高い青木勝彦氏から光栄にもご感想をいただくことができ、また嬉しいことにご著書 ”私の追憶の名画” をご恵送いただくことになった。今後も折に触れてご投稿を頂くことが楽しみである。以下、小泉先輩あてメールの一部をご紹介する(身に余るおほめを頂いて嬉しいのであります!)。
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中司恭様の「ああ、エーガの日々よ、帰れ」を拝読しました。脇役
私の手持ち在庫がまだありますので住所、氏名、電話番号をお知ら
本は2年目の方が部数は少ないですが売れているようです。講演依
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この間の記事に書き忘れたことがあった。西部劇に絶対必要な悪役のなかに、かのジャック・パランス(”シェーン”でデビュー)の名前がなかった。ついでにつけくわえればアーネスト・ボーグナインなんてえのもいたっけ。
ネリカンからの手紙―ポピュリズム論議に付け加えて
新しい年になった。昨年末に起きた韓国海軍のお笑い種級の事件も考えてみるとこれから何かの発火点になるかもしれない。戦争もなく、治安も良好だった、というのが平成時代に対する国民の意識だということだが(NHK世論調査)、かつて大正デモクラシーと言われた平和の後に何が起きたかと考えてみると想像もつかないことが起きるかもしれない。しかし核のバランスの上に成り立っている現在の緊張がすぐさま戦火になる、というよりも、イデオロギーの如何を問わず起きているポピュリズム―大衆社会化ー個人の喪失、という流れは断ちがたいものになるのだろう。年の初め、昨年安田君との論議から始まったこのシリーズのまとめをしておきたい。
昨年末、40年の益田君からメールをもらった。彼とはスキー合宿を通じて知り合い(それまでは顔を知っている程度だったが)、お互い、ミステリや冒険小説が好きだとわかり、しばしば、意見や情報を交換するようになった。今回はジェイフリー・ディーバーの作品に登場する人物についてのだが、メールを転載する。
リンカーン ライムが黒人だったとは?(まだ存命だと思いますのでだったとは失言) 先日チャンネルを回してましたら、気が利いたと思われる映画の画面に出くわしました。黒人がベッドに寝てました。その会話で、リンカーンライム云々と聞き、まさかと、目と耳を疑った次第。
我々日本人からしますと、黒人か白人かは、男性についてはそれほど意識しないのではないでしょうか?それに拘った物語は無論別です。しかし白人のつもりで読んでましたので、仮に黒人と知ってましたら、物語の根幹から変わる事はないとは思いますが、会話につきましても、違った、感じ方、味わい方が出来たかもしれません。
彼の興味は、同じ英語であるのに白人と黒人とでは発音や話し方が違うが、それが翻訳された状況ではわからない。もし原語で読んだらその違いがわかるだろうか、ということであった。もちろん僕程度の知識ではわからない、というのが答えなのだが、ここで引用させてもらったのは別の目的だ。
彼が言うように、つまりわれわれからすれば白人も黒人もひとくくりにすれば“ガイジン”であり、常に単一民族である ”日本人“対”非日本人“ という意識しかない。前回でふれた ”民族意識“ といったものは言ってみれば持ちようがない国であり、それは別の言い方をすれば、日本人である限り、その間には以心伝心とか、”わび・さび”とか、”おめえ、それをいっちゃあおしめえよ” というような、前提なしのコミュニケーションが成立していて、それを前提として社会制度や文化が成り立っている、すくなくとも成り立ってきた。フランス啓蒙時代以降、つねに ”理”が先行する西欧社会人には理解不可能な、われわれからすればこの国にのみ存在する”居心地よさ“は、僕が予想する ”大衆社会“ の到来によって変わってしまうのだろうか。
昨年11月26日の読売新聞に、ゴリラ野外研究の世界的権威、京都大学の山極寿一氏の話が対談形式で紹介された。山極教授は大略、次のように述べておられる。
生物の進化というのはネットワークという文脈で議論できる。ゴリラやチンパンジーは身体的な接触によってネットワークを作っている。したがって集団から物理的に離れてしまえば関係性は完全に断絶する。しかし人間は言葉というもの、それによって事物を抽象化する能力を手に入れ、それによってネットワークを発展させることで現代の社会を構築することができた。
しかし現代は距離や時間に関係なく世界規模で情報が伝達される時代であり、情報がどこまで伝達されるのか分からなくなってしまっている。同時にそのため、リアルなものから離れ、個々のものの個別性を意識する機会が減る。つまり現実を脳の中に投影したモデルを現実と思い、幻想を見るようになってしまった。
この対談の目的はべつのところにあるのだが、教授の指摘された問題こそ、“大衆社会”のもたらす根源的な問題なように思われ、今回の報告に付け加えた。
益田君の(引用されるのにご本人は迷惑かもしれないが)メールがきっかけで、日本人が共有する”以心伝心”的な一体感がこの世界的な変化のもとで、そのまま”大衆社会“のネガティブに変わってしまうのか、あるいは逆に(個人価値を至上の価値とする西欧文化には存在しにくい)一体感を持ち続け、将来にわたって”日本文化“を継承し得るのか、という問題を改めて感じた。益田君はまた別のメールで次のように書いてきた。正直なところ、僕の意見でもあるのだが。
ポピュリズムに関しましては、我々日本人に取りましては、主にヨーロッパ史においての紙の上で理解しているだけのように感じます。司馬遼太郎がいろんなところで言っていますが、日本が島国で良かった、鎖国して良かった、単一民族で良かったと。
今年もよろしくお願いいたします。
フェルメール展 (44 安田耕太郎)
大衆社会のはじまり? (44 吉田俊六)
僕はインターネットが本格的に大衆化したと強く思っていて、ネットを基盤に本格的な『大衆の時代』が次の元号には始まると思っています。IT革命と言われた1990年代にネットを使っていたのは主にインテリ層で、『集合知』など人々の創造性をネットが後押しすると言われていました。2011年の震災以後、災害時の連絡手段や政治に対する不満表明のため、多くの人が参入し、ネットは大衆的なものが可視化される空間になりました。大衆の考えがこれほど言語化されイメージ化された時代はかつてなかったんです。歴史の新たな一段階と言えるほどです。

大衆と言うと、じゃあ、お前は大衆ではないのかという批判がありそうなので、これを「庶民」あるいは「世の中」としてもいい。ネット上では議論がかみ合わないとか、ささいなことで誤解されて炎上すると言われますが、実に多様な価値観、情報把握力の異なる人がいるわけですから、話が通じないのは当たり前なんです。
(南アフリカでネルソン・マンデラが解放された30年近く前には考えられなかった、人種差別や弱者敵視の発言を、今は一国の大統領が平然と語る。それも、ネット上の一部の大衆に故意に向けられた政治宣伝ととらえれば、不思議ではない。 ヘイトクライムの増大は人間自体が時代に押され突然悪化したというより、長く陰にいた者、隠されていた悪意が「ネットの大衆化」で単に表に出てきただけだと見る方が納得がいく)
人を刺激しやすい、さまざまなアイデンティティーへの攻撃的発言は、大衆的なものがほぼ全て可視化された結果なんです。もう一つ、現代を語るキーワードはニーチェが使った言葉「ルサンチマン(強者に仕返ししたい鬱屈した弱者の心)」だと思います。
特権に対する批判。なぜ自分ではなくあの人が得をしているのかという怨念(おんねん)です。特権層と自分を常に比べ、それが企業のマーケティングにも使われ、羨み、欲望をあおってインスタ映えのようにすぐに飛びつかせる。でも、消費しながらも個人はその都度、(自分の出自など)人生の条件を自覚させられているのです。あの人は最初から底上げされた条件で生まれ、自分はたまたま不遇に生まれ、損をしている。偶然、頼んでもいないのにこの世に生み出された揚げ句、不遇な状態であり続けるのは耐え難いと。そんな気分は昔からありますが、ネットで可視化されたことで、より意識するようになったのです。
それに加え、ポリティカル・コレクトネス(政治的きれい事)への反発が大きくなっています。そうしたスローガンの必要性はもちろんありますが、近代的な進歩主義は人間を単純化させる方に向いてきたとも言わざるを得ない。善を説くスローガンに不満を持つ人が反発している状況は無視できません。
人間の欲望はもともと否定性と肯定性の両方からできているのです。ところが今の『大衆の時代』には何事もわかりやすさが求められ、何が良くて何が悪いのかという単純な反応で皆けんかをしている。だから、それぞれ個人の中に肯定と否定(善と悪)を抱え込む両義性を復権させなければならないと僕は思っているんです。リベラルはよく知らない他者を弱者とみなして単純化するわけです。LGBTは多種多様なのに、かわいそう、優しい、正しい、愛に生きる人たちみたいに。でもLGBTにも意地悪な人もいますからね。毒舌な皮肉屋も。だから、表面的に人権や共生をうたって、個人の差異にきちんと向き合わないリベラルはネトウヨの映し鏡にほかなりません。
人間の差別性を露悪的に出すのでもなく、単に平和や友好を叫ぶのでもない、肯定性と否定性を併せ持つ人間像です。それをきっちり打ち出していく必要がある。従来型の人間性を果たしてどこまで延長できるのかということです。今のネット状況を見れば、多くの人が人工知能(AI)のようにパターン認識して善か悪かと即答しているようで、人間の方からAIに歩み寄り、劣化したかのように思えます。
グローバル型資本主義の進展が人に内面をなくす生き方を強い、皆がもがいている。そして、内面が衰えたからこそ、『傷ついた、傷ついた』とすぐに言う。。昔なら傷を自分固有の経験としてやりくりし、自分の中の負の面と向き合ってきたけれど、今はそれができなくなりつつある。だからいろんな人が過剰にハラスメントを問題にしているのです。内面の喪失、人間の単純化はある種の全人類的な時代の症状ではないかと思います。人間が心を失っていく過程で、叫んでいるという感じが僕にはします。
■人物略歴
1978年、栃木県生まれ。東京大大学院で博士号。パリ第10大学へ留学後、複数の大学講師などを経て立命館大准教授。主著に「動きすぎてはいけない:ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学」「勉強の哲学」「意味がない無意味」。








