(37 菅谷)堀ちゃんの13時間の行動にあきれ返って居ましたがこの時期の水芭蕉「ジャンボタクシー利用の尾瀬往復」流石、貴兄のアイディアと行動力だと感服しています。懐かしい尾瀬、写真で堪能させて貰いました。
私はコロナ自粛で脚力低下、4~5時間が限度ですが又、静かな山歩きに誘ってください(ツムラの68番、多めに持参します!)。
旧き友集い語ろうは 過ぎし日の旅山の想い (投稿は著者あてメールでお願いします)
(37 菅谷)堀ちゃんの13時間の行動にあきれ返って居ましたがこの時期の水芭蕉「ジャンボタクシー利用の尾瀬往復」流石、貴兄のアイディアと行動力だと感服しています。懐かしい尾瀬、写真で堪能させて貰いました。
私はコロナ自粛で脚力低下、4~5時間が限度ですが又、静かな山歩きに誘ってください(ツムラの68番、多めに持参します!)。
燕岳、常念岳に出かけました。行きのあずさはがら空き。穂高から中房温泉へのバスも私と私の連れの二人だけ。順調に登り始め合戦小屋までは順調に行きましたが、パートナーがやや不調、雪も出始めましたがアイゼンをつけることなくバテバテで燕山荘に予定より小一時間遅れて5時30分着。ビールが美味い ご褒美に槍の穂先が少しだけ顔を出してくれました。燕山荘の宿泊客は他に二人の計4人。小屋代の13000円への値上げやむなしか・・・
9月3日水
今日は燕山荘から常念小屋まで縦走します。良い天気に恵まれました。久しぶりに良い雲海を見ることができました。槍も穂高も最高 天気が良く今回の山行の一番の目的であった槍・穂高の残雪期のパノラマを堪能しながら順調に進みました。大天井岳へは喜作さんのレリーフから初めて直登しました。歩きづらく疲れましたね。
引き続き景色を楽しみゆっくりペースで3時に無事到着。ビールを飲んでゆっくりできると思ったのですが、、、、、大事件勃発です。
何と小屋の主人が明日は大荒れの天気になるので、今から下山しろ4時間で着くから早く出発しろと言います。反論を許さない強い口調で半強制的に追い出されました。さあ大変! コースタイムは4時間で結構ハードでゲイト到着は7時頃になってしまいます。沢筋の為か足場が悪く歩きづらい!何かあったら真っ暗になってしまう。しかも一日でトータル13時間の行動になるので腿はパンパン、足先も痛い 食事も行動食しか食べていないので腹が減っている。でも頑張りました。途中で連絡した知り合いの安曇野のゲストハウスのオーナーがゲイトまで迎えに来てくれました。7時10分着。丁度朝から13時間の行動。車の明かりを見た時には本当に、ほっとしました。本当にキツイ1日になりました。ハウスで温泉に浸かり、オーナーが用意してくれた心づくしの夕食を食べてビールを飲んで、、、爆睡。あと13日で80歳の老人のやることではないと思いました。
常念小屋からの一の沢ルートは未だ入山者が少ないためか、登山道は荒れているし上部は残雪も残っていてきわめて歩きにくかったです。沢筋に出ると沢の中を歩くようなところもあり、何回か丸木橋もわたる。これでは雨が降ったら登山道か沢かわからなくなるだろうし、極めて危険な状況になるだろうと思われます。
BSで放映された 眼下の敵 を見た。潜水艦を舞台にした作品はそれほど多くはないが、この 眼下の敵 Enemy Below は最も高い評価を得た作品ではないか。たしか クリムゾンタイド のシーンだったと思うのだが、潜水艦のベテラン乗組員が新参の部下を試し半分、脅し半分でからかう場面で、眼下の敵 を観たか? というシーンがあった。実際の乗員たちの眼から見ても優れた映画だったということではないだろうか。
艦長のロバート・ミッチャムは当初は乗員の間には能力を疑問視するものも多かった民間人(海軍士官学校を出ていない)出身だが、敵に遭遇してからは目を見張る指揮ぶりを見せる、というよくあるパターンのストーリーだが、新婚間もない夫人を敵潜水艦の攻撃によって死なせてしまったという過去を持つ人物として描かれる。ほぼ同じ時代に作られた、クラーク・ゲーブルとバート・ランカスター共演の 深く静かに潜航せよ ではゲーブルが過去に日本海軍の駆逐艦にやられた恨みを持ち続け、執拗に復讐の機会を待ち望むということが主題になっている。
同じ潜水艦乗りを描いた2本だが,ミッチャムのほうは完全なヒーローとしていわばいいところだけ出てくるのに対し、ゲーブルは日本駆逐艦(たしか アキカゼ という名前になっていたが、同名の軍艦は存在していないと思う)に対する敵意と妄想みたいなものが感じられる不気味な存在として登場し、自身は負傷戦死してしまうという筋立てになっていた。その意味では非常に対照的な人物描写だったので、眼下の敵 は気楽に見られたのだが、深く静かに のほうはもうひとつ引っかかる部分があった。
しかし潜水艦乗員が持つ不安とか恐怖というものをより深刻に味合わせたのがドイツ映画 Uボート だった。ほかの2本はアメリカ製、というか連合国を意識した映画だったのに対して、ドイツ側に立った映画だから、ハッピーエンドに終わらないことは最初から予測できるのだが、それにしても陰惨な、といえば言い過ぎかもしれないが見終わって苦いものが残る映画だった。
第二次大戦を背景にしたものに対して、冷戦時代に作られたものや最近の作品は実戦の描写がない以上、サイエンスフィクション的要素が強くなる。その代表がトム・クランシー作品の映画化 レッドオクトーバーを追え だろう。同じ潜水艦であってもそのメカニズムは戦時下のものとは雲泥の差であり、潜水艦乗りの意識もだいぶ違うはずだ。第二次大戦のときに潜水艦同士の戦闘というのがどれだけあったか知らないが、この映画ではその場面が迫力あるシーンで描かれる。フィルムの出来栄えでいえば、なんといってもショーン・コネリ―に圧倒される(またこの映画ではじめてスコット・グレンという俳優を知った)。
同じ時代背景でも、冷戦の恐怖を味合わせたのが ジーン・ハックマンとデンゼル・ワシントンの クリムゾン・タイド だった。この作品の主筋は核ミサイルを発射するかどうかのスリルなのだが、副筋はワシントンに対する人種差別意識であり、そういう意味では現代アメリカの持つ深刻な問題を取り上げた作品でもあった。この艦の艦長が問題に突き当たった原因は通信システムの故障ということであるが、これが故障で情報が遮断されたのだから変な話だがまだよかったので、これが最近話題のハッキングなどであったら、惑うことなく艦長は核ミサイルを発射したはずであり、そういう意味では背筋が寒くなる映画でもあったし、娯楽作品と言ってしまうには深刻なものだった。
最近の作品では ハンターキラー潜航せよ はそれに比べれば100%娯楽作品として安心して見られる作品だが、ソナーが主役と言ってもいいほど、艦内の描写はその音とエレクトロニクス技術の凄さに尽きるといってもいい。艦長役は只今売り出し中のジェラルド・バトラーだが、眼下の敵のミッチャムに比べると数段格落ちの印象を免れない。第二次大戦時の潜水艦を支えていた技術が当時の最高峰としても、それを動かすのは人間であり艦長であったのに、現代の艦長はシステムが指示するものを選択するのが役目になっている、という背景がそうさせてしまうのだろう。
エーガ愛好会(69)「映画音楽好感度ランキング」を楽しく拝見しました。
いずれも名作でその作業に感心致しました。ランキングでベスト何本かを選ぶのは、絶対に外せない「風と共に去りぬ」の製作年代1930年代から今日までの約90年間から選ぶ訳で、所詮は無理を承知で読む方も読まなければならない窮屈さがあります。選ばれた作品は肉食系男子?が選んだ西部劇系や決闘物が少し多めに入っている感じがします。私としては「映画ベスト15」のリスト24本に加えて欲しい作品が数本あります。
「五つの銅貨」「アニーよ!銃を取れ」「巴里のアメリカ人」「メリー・ポピンズ」とチャップリンから「モダンタイムス」か「キッド」です。
学生時代に劇場で見た時と近年になって再々度見る時とかなり印象が違って来る映画があるのは当然仕方ないと思っていますが、私は映画は芸術と大衆娯楽の中間にあり、スポーツで言えば「大相撲」に近いものと考えるようになりました。強いだけでは駄目で、様式美が備わっていて、出来れば楽しい作品が良いと思うようになってきました。
「クラシック音楽」分野に入れるのは無理がありそうですが、「七年目の浮気」などはモンロー映画が入っていない中で、「ピアノ協奏曲第2番/ラフマニノフ」を繰り返し使ってストーリー展開に大きな役割を与えたビリー・ワイルダー監督(「情婦」も大好きな作品ですが・・)に敬意を表して入れたいです。「映画音楽」では「モア」の「世界残酷物語」、ブラジル映画「黒いオルフェ」とドイツ映画「会議は踊る」(主題歌 “ Das Gibt’s Nur Einmal 唯一度の機会” がオペレッタ調の軽快な美しい曲で映画が劇場公開された当時、日本でも主題歌がヒットし、今日でもドイツ語の言語でカラオケで歌う輩も居ます)など名曲が入らないのは残念です。
(編集子)飯田君は大学時代の経済F組でのクラスメートである。三田の部室には毎日顔を出しながら教室には縁遠かった自分とは違って、このクラスには真面目な連中が多かった。そういうわけで(考えれば論理的な関係はないのだが)同君とはあまり深い付き合いはしていなかった。すでに何回か本稿に寄稿してもらっているがクラシック音楽はともかく、これほどエーガに詳しいとは、ご説 ”肉食男子系” の一人として嬉しい発見だ。彼自身、映画関係のグループを主宰しているようで、今後ともコンタクトがあればうれしい。
(44安田)四大メジャートーナメントの一つ全米オープン女子ゴルフ、19歳で史上最年少優勝を果たした笹生優花の華のおかげで大坂なおみの件は霞んでしまったかのよう。笹生の快挙は大坂なおみにとっては逆風になるかも。大坂は女子プロスポーツ選手としては世界一の稼ぎ頭だそうです。年間60億円を超えるとのこと。このままだと単なるわがまま!そんなに稼いでいるのに、嫌なら“やめたら”の怨嗟と嫉みの声もあるはず。High Risk, High Return! の自業自得でしょう・・・・、では終わって欲しくはありません。全仏棄権の後、東京オリンピックは出場する意向を直ちに発表したようですが、世間に与える心理的影響としてはタイミングは良くなかったですね。
大坂の周囲には親身になってアドバイスしてくれる人はいないのでしょうか?プロの心理カウンセラーも必要でしょう。大リーグの日本人選手も通訳が帯同しているとはいえ、コミュ二ケーションの問題もあり心理的に孤独との闘いだそうです。心理カウンセラーを雇っている選手もいるそうです。大坂なおみ、錦織圭、日本人大リーガー・・は皆年俸が半端なく経済的問題はないはず。肉体面は勿論ですが、外からは見えない心理面のケアーの為の心理カウンセラーを持つべきです。既に雇っているかも知れませんが。男子テニスで、全英6連勝、全仏は4連勝を含む6勝をあげたスェ―デンの貴公子とうたわれたビョルン・ボルグは全盛期の26歳で引退、物議を醸したものでした。彼の場合も、燃え尽き症候群から来る一種のうつ病に罹っていたとも言われています。
大坂は、ハードコートを得意として全米・全豪を2勝ずつしているとはいえ、クレー(全仏)と芝のコート(全英)では実績もなく苦手。そんな不安定な心理面に、世界ランキングNo2として常にのしかかるプレッシャーとストレスが襲ってきて、元々苦手で歓迎しない記者会見の忌避へと発展したのか? クレーコートでの自信のなさが“敗戦”しても容赦なく質問を浴びせられる記者会見を想像するだけでも嫌になったのかも知れない。プロスポーツ選手としては戦場に臨む前に“敵前逃亡”したと云われても仕方がない部分もあると思う。アマではないのだから。会見に臨む記者たちも敗者にたいする質問はスポーツと試合のことのみに限定するなど主催者側がガイドラインを鮮明にして“選手ファースト”の立場を表明すべきだが、彼女も記者会見の問答集などをアドバイザーから教わり、真面目になり過ぎず、ユーモアを交えて対応していって欲しい。勝とうと負けようと記者会見などコート上の死闘に比べれば“何のことはない”と割り切って欲しい。自分の真価が問われるのは唯一コート上のみなのだから。
(普通部OB 船津)安田さん、そうそう。 プロとはなんじゃい。受け流すベガ必要ですよね。何処かの「総理
でも彼女の差別発言とかいろいろ世界に「発信」してくれました。 頑張って下さい!なおみちゃん。
(HPOB 菅井)優れたアスリートには競技での能力だけではなく人並み優れた人格
大阪選手の場合、経験や年齢を重ねることで期待される「プロ」に
私がたまたま知っている音楽の世界での話ですが、性格は最悪でメ
(グーグルから転載)女子テニスのセリーナ・ウィリアムス選手は「私も同じような状況に立たされたことがありどんな気持ちなのかを知っているから、彼女をハグしてあげたい」と大坂選手を激励。 俳優のウィル・スミスは「なおみ、君は正しい。彼らが間違っている。俺は君の味方だ」とサイン入りの手書きメッセージをインスタグラムに投稿し彼女を支持するなど、多くのアスリート仲間やセレブリティーが大坂選手をサポートする声を挙げています。 筆者が米在住の友人たちに聞いてみても、「さすがなおみ!勇気ある行動!」「今まで当たり前に消費されていたアスリートのメンタル面のケアが、大きく変わるかもしれない」という声が、主に働くアメリカ人女性たちから寄せられました。 “心の健康”を理由に大坂選手が記者会見に応じないとツイートした後に「4大大会からの追放もあり得る」と大会主催者が発表したことについては、単なる「Threat(脅し)」と認識しているようでした。
昨年実施した ”私たちの映画ベスト10” の続編として、きっての音楽マニア保屋野・安田両君の呼びかけで(コロナ鬱防止を兼ねて)実施した、今度は映画音楽の好感度ランキングである。
クラシック、という分類は保屋野君の発想によるもので、クラシック音楽がそのままテーマになっているケースをいう。
今や我々世代でないとなかなか発展しない話題だが、ほとんどの曲が easy listening とか old days といったタイトルでいわば easy-listening classics とでもいうべき形でCDに編集されているので、エーガ世代でない人たちにも親しまれている曲の数々である。もっとも小生も高校生のころは父親が東海林太郎だの渡辺はま子だのと言っているのを鼻で笑っていたものだ。何度もいうせりふだが昭和は遠くなりにけり、の感慨も催すリストでもある。
映画 ベスト15(10+5) | 映画音楽 ベスト20(15+5) | クラシック | |||||||
点数 | 作品名 | 制作年 | 点数 | 作品名 | 制作年 | 点数 | 作品名 | 制作年 | |
1 | 9 | ローマの休日 | 1953 | 8 | 第三の男 | 1949 | 4 | 愛情物語 | 1955 |
2 | 7 | カサブランカ | 1942 | 7 | 慕情 | 1955 | 4 | アマデウス | 1984 |
3 | 7 | 第三の男 | 1949 | 5 | カサブランカ | 1942 | 3 | 戦場のピアニスト | 2002 |
4 | 4 | アラビアのロレンス | 1962 | 5 | 風と共に去りぬ | 1939 | 2 | 地獄の黙示録 | 1979 |
5 | 4 | 風と共に去りぬ | 1939 | 5 | ドクトルジバゴ | 1965 | 2 | 2001年宇宙の旅 | 1968 |
6 | 4 | 駅馬車 | 1939 | 5 | 大いなる西部 | 1958 | 2 | ファンタジア | 1940 |
7 | 4 | シェーン | 1953 | 4 | エデンの東 | 1955 | |||
8 | 3 | スティング | 1973 | 4 | アラビアのロレンス | 1962 | |||
9 | 3 | ニュー・シネマ・パラダイス | 1988 | 4 | ニュー・シネマ・パラダイス | 1988 | |||
10 | 2 | 慕情 | 1955 | 4 | シェルブールの雨傘 | 1964 | |||
11 | 3 | 情婦 | 1957 | 4 | 避暑地の出来事 | 1959 | |||
12 | 3 | グレンミラー物語 | 1953 | 4 | タイタニック | 1997 | |||
13 | 3 | 我が谷は緑なりき | 1941 | 4 | シェーン | 1953 | |||
14 | 3 | 戦場のピアニスト | 2002 | 3 | 道 | 1954 | |||
15 | 3 | 日の名残 | 1993 | 3 | 死刑台のエレベーター | 1958 | |||
16 | 3 | 道 | 1954 | 3 | 白い恋人たち | 1968 | |||
17 | 3 | ショーシャンクの空へ | 1994 | 3 | 駅馬車 | 1939 | |||
18 | 2 | アンタッチャブル | 1983 | 3 | 旅情 | 1955 | |||
19 | 2 | ゴッドファーザー | 1972 | 3 | グレンミラー物語 | 1953 | |||
20 | 2 | 激突 | 1971 | 3 | 禁じられた遊び、 | 1952 | |||
21 | 2 | 赤い河 | 1948 | 3 | 鉄道員 | 1959 | |||
22 | 2 | 荒野の決闘 | 1946 | 3 | ひまわり | 1970 | |||
23 | 2 | リオブラボー | 1959 | 3 | いそしぎ | 1965 | |||
24 | 2 | ウエストサイド物語 | 1961 | 3 | 荒野の決闘 | 1946 | |||
25 | 3 | 黄色いリボン | 1949 | ||||||
26 | 3 | 南太平洋 | 1949 | (魅惑の宵) | |||||
27 | 3 | ウエストサイド物語 | 1961 | (トウナイト) |
(41 相川)早速のとりまとめ ありがとう。 大変ご苦労かけました。各人別リストもあって 皆さんの好みがよくわかりました。ランキングは多くの人が選んだ普遍的な名画・名音楽といえます。
(41 久米行子)「お気に入りの映画音楽」を15に絞り込むのは映画を選ぶ以上に大変な事でした。どの曲にも思い入れがありましたがこうやってまとまったランキングを見ると成程と合点がいきます。
「私が選ぶ映画音楽」のランキングの表は大変解り易く眺めて楽しんでおります。ご苦労様でした。感謝、感謝です。皆様が選んだ曲はどれも名曲ばかりです。集計表も興味深く見ました。「避暑地の出来事」私のお気に入りなのですがこんなに票を集めるとは思いませんでした。意外です。
又、一人だけが選択した映画音楽も中々興味深いですね。列挙されてみるとどの曲も私も選びたかったと思う曲ばかりです。「More」なんか名曲ですが映画と結びつかずに選外にしてしまった曲です。
そうそう「河は呼んでる」ありましたね。よく日本語の歌詞で歌ったことを思い出しました。「Elvis on Stage」の「明日に架ける橋」一人しか選んでいない曲にあげております。
(普通部OB 菅原)小生の記憶が正しければ、ミュージカル映画「オクラホマ」は、あの歌が幕開けだったと思います。いずれにしても、ロジャース/ハマースタインのミュージカルは、例外なしに全て良いですね。
(HPOB 小田)最近は映画音楽のランキングをTVでみかけなくなりました。
オリンピックについて
1.東京という選択が ウソのかたまり(の誘致)で 正当性がない。
「原発がアンダーコントロールである」この 大嘘。
「おもてなし」という かわいいタレントが笑顔で
呼びかける しかし 空疎で 中身のない 掛け声で
なにも知らない IOC委員をだました。
「アスリート」という かつてはなかった呼び方の集団が
独りよがりに 勝手に日本を背負ってると 錯覚している。
こんな 一握りの青年男女たちに ムダ金も使いたくない。
2.国民の30%は 反対。あわせて50%は 非賛成。
「祭典」に「酔う」のは 超短期的。
3.経済効果が 計り知れない!?
一時的 効果はまさに 一時的にすぎない。
あとから 追いかけるのは 不況、増税、値上げの大波。
◎ これからのオリンピックのあり方
1. 発祥の地、ギリシャに開催地を固定する。
2. 世界選手権(あるいは ワールドカップ)大会を開催する
競技種目はオリンピックから外す。
3. 世界選手権開催不可の弱小種目は ギリシャ大会に集約。
◎ IOC役員(貴族)のみなさんに ノーベル平和賞を あたえ
て(お金はゼロ) 現組織は 解散する。
◎ オリンピックの世界組織は 国連の 傘下とし 剰余金は
国連の会計に組み入れる。
今度の東京大会 は当然 大反対です。
(編集子)現役時代の遊佐君は無口のほうだったが、何か起こりでもすれば頼りになる存在だった。多くを語らず、しかしずばりと本質を迫る、敵に回したくない男。この短い文章もそんな彼を彷彿とさせる一文。
高齢者対応の接種を済ませた仲間がその体験を知らせてくれてきている。これから接種する方々へのご参考までに転載させていただく。
(HPOB 菅井康二)
5/25の第1回目のワクチン接種(自衛隊でのモデルナ)で私の
◯ 接種直後、(接種した)左手の指先に軽い痺れを感じましたが15
◯ 帰途の最寄り駅から自宅に向かう途中で風邪をひいたときのような
◯ 帰宅後、発熱があるのだろうと体温を測ったところ、実際にはその
◯ ネットでワクチン接種後の体温低下を検索してもヒットせずちょっ
◯ 接種した日(18:30に接種)は感じませんでしたが、翌日接種
◯ 翌々日の朝から痛みは徐々に軽くなっていき、丸2日経過後にはほ
痛み止めなどは一切服用しませんでした。尚、痛み止めを服用する際はロキソニン(ロキソプロフェンナトリ
(普通部OB 船津於菟彦)
5月31日に二回目のコロナワクチン接種完了。
4月に墨田区はワクチン接種の申込書が発送されてきて、5月1日
墨田区役所は中々立派な建物でその一階ロビーが吹き抜けの広いス
31日の月曜日に二回目のコロナワクチン接種完了へ参り
一回目より二回目の方が副反応が出ると言われていますかので予診
(編集子)先に一度本稿に転載させてもらった友人の篠原ドクターからのアドバイスの一部を再掲載しておく。
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「サイトカインストーム」という医学用語をご存じですか? 新型コロナウイルスが体内に入ると、感染した細胞からサイトカイ
WHOなどからアセチルサリチル酸やイブプロフェンなどを含む解
しかし実は一部の風邪薬や頭痛薬はこのサイトカインストームを起
服用を回避すべき風邪薬・頭痛薬;
アセチルサリチル酸、イブプロフェンを含む薬:例えばバッファリ
服用しても恐らく大丈夫な風邪薬;
アセトアミノフェンを含む薬:新コンタック、パブロンなど
一部の実地医家の先生や薬局の方には一笑に付されるかもしれませ
現時点(6月1日)米国ではこのコロナ禍の中「ゲームをキャンセルするのが最も安全なオプションかもしれない」というのが、プレスも含め(米国オリンピック委員会を除いた)米国の主流のように見える.また、バイデン米国大統領が開会式に恐らく出席しないであろうと予測されているのと同様、米国一般国民のオリンピックに対する関心は一概に低いように感じる.
オリンピック開催中止をめぐる基本的な問題はIOC(国際オリンピック委員会)とホスト都市との間の契約にForce majeure(不可抗力)の項目が入っていないことらしい.不可抗力は、戦争、ストライキ、暴動、犯罪、伝染病、突然の法改正、またはイベントなど、当事者の制御を超えた異常な出来事または状況が発生した場合に、両当事者を責任または義務から本質的に解放する契約の一般的な条項であるが、IOCとホスト都市との契約によると、戦争や内乱などの非常に例外的な状況下でのみ、開催を中止できるという.出場する選手たちも例外にもれず、コロナを含む病気、感染にかかった場合、IOCに全く責任はなく、個人選手の責任となるらしい.よってオリンピック参加にあたり選手はIOCの誓約書にサインを求められるという.
オリンピックが現在ほど商業化され、メガ・イベントに膨れ上がったのはここ20年ほどとのこと.IOC は、その収入の約 70% が放映権から、約 18% がスポンサーから得ていると考えられている.よって、オリンピックが開催されなければ、IOC の財政とオリンピックの将来に深刻なダメージを与える可能性があり、IOCが「コロナ禍の中の緊急事態下でも大会を安全に開催できる」と繰り返し主張してきたことを考えると、IOCが中止を決定する可能性はほとんどないように思われる.
もし東京都がIOCの意思に反して契約を破棄して開催をキャンセルした場合、リスクと損失は日本側に転嫁される.東京 2020 の予算は 126 億ドルに設定されたが、実際の費用はその 2 倍になる可能性があると報告されている.オリンピックに関係するすべてのチームが多額の保険に加入しているにもかかわらず、オリンピックが開催されない場合の損失は依然として大きいといわれている.
延期と国際的にみられるオリンピックのファン離れは、開催国と IOC の両方にとって、通常のオリンピックの予想利益をすでに押し下げている.多大の費用、予想できないリスクを考えるとオリンピック招致を望む意志のある先進国の都市はもうないのだそうだ.2024年パリ、2028年ロス・アンジェルスのオリンピックが先進国都市がホストする最後のオリンピックになるだろうといわれている.最近IOCは中国に接近しているそうで、将来のオリンピックは中国中心のオリンピックになるであろうと予測するジャーナリストもいる.また契約に反映しているように、IOCの持つ絶対的ともいえる権力に疑問視が投げかけられているのも事実のようである.
Statistics and Research
Coronavirus (COVID-19) Vaccinations https://ourworldindata.org/covid-vaccinations?country=~JPN
The New England Journal of Medicine(世界で最も広く読まれ、最もよく引用され、最も影響を与えている一般的な医学系定期刊行物、5月25日付)の記事(https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMp2108567?uery=featured_home)
によるとコロナ禍で安全にゲームを遂行するために作られたIOCのガイダンスは「科学的に厳密なリスク評価に基づいておらず、感染が発生した場合、その要因、最もリスクが高い参加者等を考慮していない」と否定的で、「WHOが労働安全衛生、建築と換気工学、感染症疫学の専門家、およびアスリートの代表者を含む緊急委員会を直ちに招集し、これらの要因を考慮し、リスク管理アプローチについて助言することを推奨する」と提案している.日本におけるPCR検査数、ワクチン接種普及率の低さ、および感染率がより高いイギリス変種株、インド変種株感染の激増等を考慮した提案である.
本日までに寄せられた意見をご紹介する。これをベースにさらに話が進むとうれしい。
「総論賛成―各論反対」(開催すべきだろうが現実が許さないだろう)
統計がしにくい、どっちつかずの答えですいません。2021年を新時代の令和3年とみれば「反対」、今年を懐かしき昭和96年と思えば「賛成」という,自分でも分けのわからないこじ付けです。要はヒッチコック-ドリス・デイ-“知り過ぎていた男“ の「ケ・セラ・セラ」といった心境です。
(37 菅谷)
私は、万全の対策をして実施、と言う意見に賛成です。ウイルスの蔓延が収まらない中で、オリンピック開催への悲観論も蔓延しています。夫々のお立場やキャリアの中でご意見はごもっともですが夫々外野席やスタンドからのご意見として拝聴しておけば良いのではないでしょうか。
塩野七生の言葉を借りるまでもなく、全ての結果の責任を背負う当事者、即ちリーダーは右顧左眄することなく、信念を貫くことです。今一番の懸念は内外の批判に惑わされて、「腰砕け中止」になることです。
コロナが収まり平和な時代になれば、スポーツや文化芸術の尊さが必ずや蘇えります。外野から言われて信念を曲げた、「今更中止」は後世まで日本の恥を晒すことになるでしょう。
さて、その信念が今の総理にありますかな?所詮、緊急登板のリリーフ、1イニングに全力を尽くす覚悟こそ求められています。次は派閥の力学でなく、自らの信念に説得力のある人を何とか探したいものです。
(普通部OB 菅原)
言葉は適当ではありませんが、「武漢ウィルス」で人がバッタバッタと死んで行くご時世に、五輪をやるなんて、正に狂気の沙汰としか思えません。その中にあって、「経済効果は五輪開催の方がある」なんて、命あっての経済でしょう。全くフザケタ、旧日銀野郎だ(最近、最も頭にきた)。IOCは勿論、日本の組織委員会も、日本政府も正気の沙汰ではありません。五輪の開催を、力づくで推し進めている関係者全員の精神鑑定を熱望します。この点に限っては、宇都宮弁護士、志位委員長に全面的に賛成です。しかし、何が原因かを考えると、その原因が「国家社会主義中国労働者党」であることは紛れもない事実であり、日本の責任ではありません。一回返上してるんだから、もう一回やったら。ってのが小生持論ですが、皆さんはどうお考えでしょうか。
(HPOB 菅井)
バッハ会長、コーツ調整委員長、ディック・パウンド元副会長たち
日本側の五輪組織が反旗を翻してストライキでもしない限りIOC
五輪期間中は自分の身は自分で守るしかなさそうです。
(普通部OB 船津於菟彦)
結論は強行開催。国際オリンピック委員会(IOC)側は最古参でたり前。防疫体制とオリンピックの医療体制とが
大体、オリンピックは40年ごとに何か事件があるようです。19
日中戦争(支那事変)の影響等から日本政府が開催権を「返上」と
そもそも、ヒットラーのベルリンオリンピック以来、国威高揚・商
「スポーツを通して心身を向上させ、さらには文化・国籍など様々
(33 小川)
当然のことながらこの話題で盛り上がっていますね。小生は5/20のメールの最後で「ワクチンの加速でオリンピックはやる」とコメントしておきました。
国民感情・疫学的リスクから見たら当然中止が正論かと思います。しかし国際的な見地で現在の日本の弱体化を考えると、ノーと言えないのが行政の考えかと思います。もしワクチンの加速で開幕近くになって感染者が減少していて、仮に日本が中止を宣言していた時には、欧米・中国からの非難が殺到しないでしょうか?政権はこれを恐れているように思えてなりません。とにかく世界で日本の面目を保つために無観客でも開催に踏み切るように思えます。それからあとの観客を入れるかどうかはコロナ禍で被っている財政上の物凄い負担を少しでも減らしたいという国内の財政事情だと思います。コロナ禍による財政上のツケは後世の孫世代の負担になることを忘れてはなりません。「持たざる国・日本(自給率の低い)」は国際的な孤立が第二次大戦で嫌というほど体験していますから。
一国民としては感情的にも「なんでこんな時にオリンピック?」というのが当たり前かもしれませんが、小生は国際的に近年の日本の弱体化を考えると面目を保つために開催に踏み切らざるを得ないのではないかと思えます。
(34 船曳)
パンデミックが収まっていない時期でのオリンピック。非常に大きな問題である。一言でいえば「とんでもない」と言えるかもしれないが、そう簡単なものでもない。事態はどんどん進んでいる。
私個人は、冥土の土産に一目何らかの競技を見ておきたい、というのが誘致時の希望であったが、真夏の炎天下の東京では、熱中症続出で死者も出かねない大変な大会になるであろうと思われた。そこへ新型コロナVのパンデミックが重なり、1年延期が決まった。その開催は目の前に迫ってきた。
IOCの物凄い強気、菅政権の政権維持のためのゴーサイン、医師会などの中止提案、アンケートなどによる国民のネガティブ反応、それらが入り乱れているにも拘らず、不思議でならないのは、一つに纏まって決定しようという流れが全くないことだ。今必要なのは、医療界(感染予防専門家&医療現場専門家&スポーツ医学)、国と都(スポーツ庁&厚生省&ワクチンを含めたコロナ担当省庁&消防庁)、IOCとJOC、これらのメンバーが一堂に会して決定しなければ国民は納得しないだろうし、「この問題は当方の所轄でない」と縦割り行政でたらい回ししていられる時期は終わった。
私の提案
医師としての発言を求められても、医療現場に携わっていない立場では、『熱中症もありますよ』と注意を喚起するか、IOCのように『コロナや熱中症で死んでも自己責任ですよ』の発言には異を唱えるものであり、開催となれば、オリンピック医療体制を明確にすべしとしか言えない。
(44 安田)
人命と国民の生活権を懸けてまで行う行事とは思えない。政府には現在おかれた日本と窮乏している国民にとってもっと大切なことが沢山ありそうな気がする。
オリンピックを中止する権限があるIOCが開催の決定を翻すことは絶対ない。理由は「カネ、カネ、カネ」だ。1984年のロサンゼルス・オリンピックから金権体質が顕著になった。アメリカの大手テレビ会社は巨額の放送権料をIOCに払い、秋の人気プロスポーツシーズンは避け、不向きな真夏開催させることをIOCに納得させた。商業主義的スポーツの祭典オリンピックにスポンサーも飛びつきIOCはここでも巨万の富を手に入れることになった。自らは決してコロナの犠牲になることはないIOCには「中止」の選択はない。
では、日本政府、東京都、オリンピック組織委員会の当事者の意向は?中止の権限を持つのはIOCのみだが、開催国の当事者が「中止したい」という意向を示すことは出来るはずであるが、これも期待できない。オリンピックの費用を払っている納税者である国民の6割が概ね中止の意向を示しているにも関わらずである。政府、東京都、組織委員会にとって、オリンピック開催の意義と理由とは、このコロナ禍の状況下では一体何であろうか?彼等の正直な本音の声を聞いてみたい。政府は、既に巨額な1兆6千億円(税金から捻出)を費やした上にキャンセル料が発生するのを怖がっているのか?観客の入場料が当てに出来ない近い上にである。また、オリンピックを中止した「為政者」としての(彼にとっては)汚名を歴史に遺したくない面子にでも拘っているのだろうか? キャンセル料の額くらい明らかにすべきであろう。
現状のコロナ禍vsオリンピックの図式で最も不明瞭で曖昧不可解、従って不満・不快なのは、オリンピックを開催しても大丈夫だと主張する政府のコロナ禍対策について、どうしても「博打」・「賭け」的に聞こえて説得力を持たず、科学的説明不足と問題と解決への見通しを包括的に捉えた説明責任(accountability)の欠如である。政府・官僚・医療関係者の総力を結集して縦割り・横割りの垣根を取っ払って「オール・ジャパン」で対処すべき懸案にも関わらず、政府のリーダーシップはみられず当事者能力に欠け、致命的とさえ思う。堂々と開催の意義とメリットをつまびらからかにすると同時に、懸案はかくかくしかじかですが、オールジャパンで対処しているので国民の理解と賛同を得たい、と具体的に説明すべきである。それが民主主義だ。何故しようとしないのか、できないのか?「清水寺の舞台から飛び降りる」的な勇敢な(無謀な)判断で国民の生命と財産を犠牲にするリスクは冒していけないのである。
寄らば大樹の陰とばかりに羊のようにおとなしい国民に対して「喉元過ぎれば熱さ忘れる」とばかりに、「時間が経てば解決する」とばかりの態度に見えるのはうがち過ぎであろうか。GoToキャンペーン2兆7千億円、コロナ対策の遅すぎるワクチン接種、飛び飛びの緊急事態宣言発動、ワクチン開発競争出遅れと政府協賛金なし・・・・など、もっと果断にしてスピード感溢れる包括的かつ抜本的な措置を集中的に講じてこなかった「つけ」をオリンピック開催が迫っても払い続けているように思えて仕方がない。いずれにしてもオリンピックは開催されるだろう。事ここに至った以上、コロナ禍が悪化せず、大過なく首尾良く開催され感動を呼び起こす祭典であって欲しいとは願う。政府の「リスクを冒しているかどうかは実施してみなければ分からない」的な無責任な態度だけは勘弁してもらいたいと願って止まない。
(37 宍倉)
(39 相川)
オリンピック開催 支持派です。 五輪の場での 真剣勝負をみたいのです。ゴルフ マスターズ最終日 松山の優勝が見えてきたラスト4ホールは見ている方も緊張の連続でした。 1打毎にドキドキハラハラ。 表彰式での松山のシャイな笑顔を喜びました。池江璃花子が 病み上がりの体で懸命の泳ぐ姿に感動しました。多くの人が元気と勇気をもらったと涙ぐみました。
一昨年のラグビーワールドカップは 当初何で日本開催なのかと言われました。世界のトップレベルの選手が体をぶつけて戦う姿と 日本チームの健闘にびっくりし、盛り上がりました。
こんなときに五輪をやるのか。 に対し こんなときこそやる意味がある。 とみています。開催を喜ぶ人は ごく一部でしょうか。コロナで困っている状況の中で 五輪の競技が多くの人を元気づけられる と確信しています。オリンピック反対を社説に掲げた新聞も 開催となればスポーツ新聞に変わってくるでしょう。今の情勢では、私の意見はスポーツ至上主義のような、昔で言えば書生ぽい意見と言われるかもしれません。 これだけのイベントですから 金も利権も、地位も名誉,面子も からんできます。人間の欲に焦点をあてて面白く書く週刊誌や 政治問題化して政権攻撃の種にするマスコミもあります。その是非をここで議論するつもりは ありません。
果たして安全に実施できるのか。運営役の組織委員会の意見を聞いて 東京都知事が無理と最終判断すれば、開催返上となります。安全のレベルを どこに置くか が難しいところ。海外からの人の移動で 感染者が増えても 今年の1月上旬のピークレベルまではいかないのではと私はみています。まー 余り力まずに 「やれるなら やってほしい」位に しておきましょう。