プレスリー(確か、名前はエルヴィス)につながる話

(きっかけ)

小田篤子です。ミニヴァー夫人もグリーンブックも好きなのですが、一時ジョナサン.リース=マイヤーズのファンの時がありました。”べッカムに恋して”…(アメリカに住むインド人の女の子がベッカムを大好きになり、両親に内緒でサッカーを始め、コーチのリース=マイヤーズに恋してしまう。)を観てからです。

(編集子: 前後関係不明なれど話のきっかけとしてはじゅうぶん)。

次には”奇跡のシンフォニー”(絶対音感をもった施設に入っている少年がギタリストの母とロック歌手の父に音楽祭でめぐり会う話)を観に行きましたら、偶然、リース=マイヤーズがいきなり画面いっぱいに写りビックリしました。父親で、ロック歌手の役です。

私はElvisのファン(亡くなってから)でメンフィスのグレースランドや、ラスベガスでのシルク ド ソレイユによる “VIVA  ELVIS” も観に行ったりしましたが、リース=マイヤーズは偶然”ELVIS”という作品でELVISを演じ、ゴールデン グローブ賞を受けていることも分かりました!

そして、この “パリより愛をこめて”は、これ又偶然に娘が映画館でみかけ、パンフレットを買ってきてくれた作品ですが、未だスパイ物なので観ておりません。やっと本日観ようと思います! (編集子注:なるほど。本日観た結果知りたい)

(久米)ここでElvisファンに遭遇するとは思いもかけませんでした。
凄く嬉しく思います。日本人はいまだに彼をプレスリーと呼ぶのが
許せないでおります。私は中学2年生以来熱烈ファンです。彼が亡くなった時は
思わず「私の青春が終わった」と感じたものでした。当時30私は30歳だった
かと思います。
ここの会でもその内Elvisの話題を投稿しようかと考えておりました。成長してから暫しElvis君から離れておりましたが60歳くらいから又熱が蘇り没後30周年のElvis Weekにはメンフィスに出かけハートブレイクホテルに宿泊致しました。その2年後にはバースデーウイークに再びメンフィスを訪れました。
Elvisに関する書物やらDVD、CD本当に良く収集したものだと感心しております。最近、少々いっときの熱も冷めたのか最近彼の音楽から離れております。
リース=マイヤーズが”ELVIS”という作品でELVISを演じ、ゴールデン グローブ賞を受けていること全く知りませんでした。貴重な情報ありがとうございました。

(中司)コブキよ、気安くエルヴィスなんて呼ぶな! おめえ、ゲイリーだとかグレゴリーなんて呼ぶのか?

(久米)先輩に盾ついて申し訳ありませんがElvisはElvisです。我等Elvisファンは誰しも、そう呼びます。決してプレスリーとは呼びません。

(小田)Giさん、ファンは皆エルビスといいます。湯川れい子さんが会場で発音練習を以前して下さいました! お昼に脂濃い物を食べ過ぎ胃が痛かったのですが、久米様のメールで治りましたq(^-^q)

(田中)俺を、新弥と呼んでも良いよ☺️あはは。

(菅原)エルヴィス・プレスリーは、リヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラかく語りき」と共に登場、ってのは良く覚えています。
本日は、その話しではなくエーガの話しです(以下、詳細はWikipediaによる。65年以上前のことなんか覚えていません)。それは、1955年の「暴力教室」(Blackboard Jungle)。米国の高校の凄まじさ、そのワルの代表が、後にテレビ「コンバット」で鬼軍曹をやったヴィック・モロー(残念ながら、事故で早逝しちゃいましたが)。グレン・フォードとかアン・フランシスが出てたってあるけど、完全に忘れた。でも、それ以上に衝撃的だったのは、ビル・ヘイリー(白人だったとは知らなかった)の「ロック・アラウンド・ザ・クロック」です。これは、今でもその一部が口をついて出て来ます、下手なりに。確か、出だしがこの音楽(ロックン・ロール)で始まったんじゃなかったかな。でも、ビル・ヘイリーってのは、プレスリーほど、女の子がキャーキャー言うほどの良い男じゃなかったなー(失礼!)。

(中司)スガチュー、暴力教室のテーマがロックアラウンドザクロックだったのは正解。ま、何はともあれ、俺たちの高校時代、振り返ってみておやじや兄貴たちの戦後がおわって、”戦争を知らない子供たち” なんてフォークソングが出て(もう少し後だったが)、大げさに言えば若者の世界がコペルニクス的転換をした、あの頃のシーンだったよな。プレスリー、永遠なれ、か。

”コロナに関する知識を” の情報訂正  (42 河瀬斌)

12月14日のSVS講演会の案内が届きましたので転送します。前回の申込先が違っておりました(前回の講演会でした)。申し訳ありませんが、参加希望者はこの案内の中のオンライン申込先にお願いします。

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From: サイエンス映像学会事務局 <office@svs-j.org>
Date: 2020年12月5日(土) 21:33
Subject: サイエンス映像学会オンライン大会 12月14日(月)上昌広 「新型コロナウイルスの現状と未来」
【2020年 第11回・オンライン大会 特集『COVID-19』サイエンスシリーズ  第8集 12月14日(月)のお知らせ】
covid-19_title_1214_mini.jpg
第11回    サイエンス映像学会 特集 『COVID-19のサイエンス』シリーズ
第8集    『新型コロナウイルスの現状と未来 〜医療ガバナンスの第一人者が語る〜』
基調講演      上昌広        NPO法人医療ガバナンス研究所理事長
指名発言     元村有希子    毎日新聞編集委員     SVS副会長  
進行           長谷川智子   公立中学校(非)講師  SVS理事
コーディネーター    林勝彦   元NHKプロデューサー、SVS会長
日時  12月14日(月曜日) 16:00〜17:30    (60分講話、質疑応答30分程)
場所 サイエンス映像学会 ZOOM会議室 
・ZOOMオンライン申込先
お申込み直後に、 サイエンス映像学会事務局よりお申し込み確認のメールが届きます
もし届かない場合は、メールアドレスが間違って入力されている可能性がございますので
その際は、再度ご登録をお願いいたします。
また、開催30分ほど前に、サイエンス映像学会事務局より、
ZOOM会議室のアドレスとパスワードをご登録されたメールにお送りいたします。 
・YouTube「サイエンス映像学会・林勝彦ジャーナリスト映像塾」
この大会を後日、Youtubeでの配信を予定しております。どなたでもご覧になれます。   
チャンネル登録のボタンを押していただきますと、配信時や新規動画のお知らせが届きます。
狙い
新型コロナウイルスの収束は、当初から長期化が予想されていました。外国同様、日本も第3波が到来しています。
日本政府、地方自治体、専門家会議、医師会などの政策、理念、方向性は、微妙に違っています。
日本は、世界の潮流とも違う様です。民間事故調のインタビューに、官邸は、『泥縄だったけれど、結果オーライだった』としています。
今後も、泥縄で良いのか? 経済との両立は可能か、医療ガバナンスの専門家に、日本と世界の対応を俯瞰して頂き、何がベストなのか、医療ガバナンスの第一人者に日本の現状と未来を語って頂きます。
15:50 〜 受付開始
16:00 〜 17:00頃       60分講話
17:00頃 〜 17:30        残り時間    質疑応答
17:30 〜 17:35      謝辞    坂井滋和 SVS事務局長
登壇者のプロフィール 
上昌広 特定非営利活動法人 医療ガバナンス研究所  理事長
1993年東大医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。 
虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の診療・研究に従事。
2005年より東大医科研探索医療ヒューマンネットワークシステム(後に 先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。
 2016年3月退職。4月より現職。
星槎大学共生科学部客員教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授、
現場からの医療改革推進協議会事務局長を務める。
著書に『復興は現場から動き出す』東洋経済新報社
『日本の医療格差は9倍 医療不足の真実』光文社新書、
『病院は東京から破綻する』朝日新聞出版、『ヤバい医学部』日本評論社、
『日本のコロナ対策はなぜ迷走するのか』毎日新聞出版、等がある     
現在、東洋経済、Forbes Japan、ライフライン21 がんの先進医療で連載。
他、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌にてコメント。
COVID-19によって引き起こされた諸問題について調査、研究し、論文にて発表。現在、掲載論文は20編。
2020年3月10日には参議院予算委員会にて有識者として意見を述べる。
2011年の東日本大震災直後から、独自のネットワークを通じて福島県浜通りの支援を続け、現場で見聞きしたありのままの事実とデータを、
主要の医学誌や様々なメディアを用いて発信。震災直後から医療支援のための若手医師を派遣。多くの医師が現在も福島で診療や内部被ばく検査、研究活動を続けている。
医療ガバナンス研究所ホームページ
林勝彦 43年生まれ。慶大卒。NHKスペシャル『驚異の小宇宙  人体』(20本シリーズ)
日本賞等、国際賞多数受賞)、NHK特集『原子力〜放射性廃棄物』、教育TVスペシャル
『生命科学の驚異』等制作。東大客員教授、TUT教授、早大院(非)講師。JASTJ塾長、上武大学客員教授。
文科省学術審議『健康・医療』WG委員等歴任。3/11原発映画『いのち』監督。著書『これが脳低体温療法だ』『科学ジャーナリストの警告』『原子力』『人体』(20巻)
元村有希子 89年九州大学卒後、毎日新聞社入社。西部本社報道部、東京本社科学環境部デスク、部長歴任。現在、論説委員。日本の科学技術と社会の関係をつつ” った『理系白書』で、第1回科学ジャーナリスト賞大賞。
富山大、九州女子大客員教授。毎日新聞コラム『窓を開けて』、サンデー毎日『トリセツ』執筆。著書『科学のミカタ』『カガク力をツヨクする』。 TBS『新情報7days』等、RKB『サンデーウオッチ』のTVコメンテイター。
河瀬斌 44年生まれ。慶應義塾大学医学部卒。医学博士。83年、『脳深部手術法』を世界で初めて開発。慶大講師等を経て医学部教授。日本脳神経学会超、日本再生医療学会会長、日本頭蓋底学会会長・理事長等歴任。受賞『慶應義塾賞』『斎藤眞国際賞』『米・Dandy賞』等。現在、慶應義塾大学名誉教授。中国蘇州大学名誉教授。米・カルフォルニア大、シンシナティ大、ユタ大客員教授。世界脳神経外科連盟名誉会長。

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サイエンス映像学会 事務局

早稲田大学国際情報通信研究センター内
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エーガ愛好会 (34) パリより愛をこめて (HPOB 小田篤子)

(前略)・・・なぜだれにこのメールが届いたのか編集子には不明・・・ただしこの一節が後報のプレスリー論議を引き起こした歴史的爆発的効果的再生産的投稿であった。

 

(小田)

私はElvisのファン(亡くなってから)でメンフィスのグレースランドや、ラスベガスでのシルク ド ソレイユによる “VIVA  ELVIS” も観に行ったりしましたが、リース=マイヤーズは偶然”ELVIS”という作品でELVISを演じ、ゴールデン グローブ賞を受けていることも分かりました!

そして、この “パリより愛をこめて”は、これ又偶然に娘が映画館でみかけ、パンフレットを買ってきてくれた作品ですが、未だスパイ物なので観ておりません。やっと本日観ようと思います!

(そこで 編集子発)ミッキー、観たらどんなものだったか、教えてください。

(小田)
トラボルタがスキンヘッドに髭、ピアスのやり手のCIA。リースマイヤーズが駐仏アメリカ大使館員で内密のCIA見習い。ふたりが組み、パリサミットでアメリカ政府要人を狙うテロリストの計画を阻止する為戦います。トラボルタは容赦なく何十人も撃ち殺しますが、一緒にいたリース マイヤーズは、中国レストランの天井を撃った時、雨のように降ってきたコカインを入れた大きな花瓶を持ち、必死に着いていきますが、一人も殺しません。(最後の一人を除き)。
トラボルタは太りましたが、笑うとサタデーナイト フィーバーの愛らしい顔が甦ります。ベルサーチや香水のCMをしていたリースマイヤーズは対照的ですが、今はアルコール中毒のようで残念です。
題に反し、いろいろな銃による銃撃戦とカーチェイスの連続でゲームのようでした。

(安田)

 残酷な殺戮シーンのオンパレードでマカロニウエスタンの現代版を観るかのような、ちょっと疲れる映画でした。好きになった女性が実は要人暗殺をを企てるエロリストだったという筋立ては面白いのですが、
日本語吹き替え版にCM中断が加わって興をそがれました。トラボルタの愛すべき太っちょおじさん振りにちょっとビックリ。それにしても鉄砲撃ち過ぎじゃあないですか! サタデー・ナイト・フィーバーから何年でしょうか(えっ!33年だそうです)、ちょっとイメージが損なわれました。フェースオフくらいまでは良かったのに。リースマイヤーズはあまり印象に残らなかったです。

 

エーガ愛好会 (35) ミネソタ無頼  (34 小泉幾多郎)

 1964年公開の「荒野の用心棒」により、映画界は突然新しいショックに見舞われたが、同じ年に制作されたこの映画は日本公開が、1967年のこともあり、それ程話題にならなかった。監督はマカロニウエスタンで、セルジオ・レオーネと双璧と言われたセルジオ・コルブッチ。主演はハリウッドでは、悪役の助演者として目立つ存在だったキャメロン・ミッチェル。どうやら当時イタリヤで、バイキング役で多く出演していた折に、この映画に出演したようだ。マカロニウエスタン初期の作品だけに、アメリカ従来の西部劇に近く、マカロニ独自の残酷趣味や大量殺人、非情さがそれ程には感じられなかった。

映画の内容は、冤罪で服役中の主役ミネソタ・クレイ(原題名)が、眼を患っていて、見えなくなる前に真犯人を明らかにしようとして、脱獄するところから始まる。クレイは生まれ故郷のメサの町へ向かうが、二人の女性に出会う。山賊(フェルナンド・サンチョ)の情婦(エセル・ロホ)とクレイの友人に育てられている娘ナンシー(ダイアナ・マティン)。二人ともに美女。手首に母の形見という半分に切った金貨が付けられているブレスレットで娘と判る。このブレスレットが最後に重要な役割を果たす。メサの町は、山賊とクレイが仇と知った保安官になっているフォックス(ジョルジュ・リビエール)の二大勢力がせめぎ合っているが、情婦の再三にわたる裏切りもあり、結局フォックスが山賊一味を倒し、最後に、クレイとフォックスとその子分5人との対決になっていく。

 クレイの眼病は進み、ほぼ失明に近く、フォックス一味との決闘を夜を選ぶように持っていく。「荒野の用心棒」が、黒沢明の「用心棒」を原典としたように、この映画も、勝新太郎の「座頭市」を真似していることは間違いないと思われる。クレイは,フォックスとその部下を暗闇に誘い出し、足音や撃鉄、銃声、息ずかい等の音を頼りに、座頭市殺法で、部下5人を次々と倒し、最後は、娘ナンシーが人質にとられたところで、腕のブレスレットの一瞬の音に反応したクレイが相手を見極め自分を嵌めた男フォックスを撃ち倒す。潔白を証明する唯一の証人を殺してしまったが、酒場でフォックスの証言を聞いた娘のお蔭で潔白は証明されるのだった。

最後の最後、眼鏡をかけたクレイが娘を恋人に託し皆に別れの挨拶。驚いたことにその眼鏡を宙に放って二発狙撃。撃ち抜かれたレンズを手前に荒野へ消えていくガンマン。そんなに見えるようになったのか?白内障の手術の結果?

(中司)これを見る気になったのは、キャメロン・ミッチェルが主演している、と知ったからだ。小泉さんご指摘の通り、いくつかの映画で、悪役ばかりみていたのでへえ、あいつが主演?という興味と、誠に不思議なことにわが灰色の脳細胞が全くゆかりなく、キャメロンのある顔を思い出させたからだ。その映画はリチャード・イーガンと そして、実に、あの、ドロシー・マローン。ミッチェルはまったくいいところのないさえない悪役だったのだが、どっか遠いところをぼんやり見ているような、人生にあきらめをつけてしまったような、あるショットの中の表情を思い出した。そんなわけで、キャメロンにはすまないがわがそのなかのドロシーの写真をあげておく。 映画そのものがマカロニ仕立てだったとは知らず、あまり舞台になったことのないミネソタでの西部劇?と思い、まじめな小泉さんには申し訳ないが、そんな気持ちでラストシーン(レンズを撃ち抜かれた眼鏡に太陽が反射する)を観た。なお、この写真を探していてこの映画にはアンジー・ディキンソンが出ていたのを知った。自慢の美脚をあらわすシーンはなかったように思うのだが,ごひいきが二人もいたのなら、DVDを探そうかな。

ミス冒愛好会 (2)僕が読んできた ”冒険小説” のこと

冒険小説、とはいったい何だろうか。小学生のころ、漫画でもなく文字でもなく、いってみれば絵物語が子供向けの本の中心にあった。山川惣治(少年王者、少年ケニヤ)とか、驚異的に詳細なペン画で僕らの心を鷲掴みにした小松崎茂(地球SOS, 空魔エックス団)などを覚えている人はたくさんいるだろう。また定期的に刊行されていた冒険活劇文庫、略してボーカツ、というのもあって、連載されていた 怒涛万里を行くところ、なんてペン画シリーズも僕のごひいきだったし、戦前からの老舗、少年倶楽部 (まだ漢字だった)には池田宣政別名南洋一郎の 吠える密林 だとかルパンものの子供むけ翻訳が連載されていた。

このころの冒険小説、とは子供心のあこがれであり、好奇心を満たすための教材でもあったが、親たちはいつの日か、自分の子供が“そんなもの”から脱皮して、より本格的な文学を読んだり、広く言えばもっと勉強してもらいたい、という気持ちで、いわば少年期のはしかみたいにとらえていたような気がする。その冒険小説、なるものをいいオトナが愛読するには、ある種のてらいもあり、なにか読むためのお墨付きというか裏付けがいるのかもしれない。

文学者と言われる専門家の中には純文学(この定義がまた難しい)を離れて、”冒険小説“と。いうジャンルを研究している人がいて、僕も数冊、斜め読みをしたが、その定義の中で一番納得したのは、主人公がなにか自分を超えるもの、大自然か、国家的策謀か、あるいは世の中の大勢にたいする疑問とか、そういうテーマに挑み、その過程を通じて人間的に成長する、そのプロセスを書いたものだ、という一文が一番腑に落ちている。後で書いてみたいが、ミステリ文学の流れにあるハードボイルドの定義には、 ”卑しき街をいく正義“ がテーマだという一節がある。冒険小説には、このような、あるいはよくしらないが純文学作品が伝えようとしている主題、そういうものはなくてもかまわない。なんにせよ、戦う人間がいて、そのプロセスがテーマになり、それに共感することができるパスタイム、とでも定義するのがいいかもしれない。つけくわえれば、この 共感 というのも重要なファクタで、世にいうエンターテインメント文学、お笑い芸人、などは時間を消費する、という意味ではパスタイムかもしれないが、その中身に共感を覚える、などということはないだろう。

前置きが長くなった。今まで、主にサラリーマン卒業後に始めた冒険小説乱読の過程から小生なりのおすすめをご参考までにいくつか書いてみる。今ではこれらが新刊で出てくる確率は低いかもしれないが、ブックオフあたりでよく見かけるし、アマゾンならばほとんどのものが入手できると思うものだ。 上記した定義に当てはまり、しかも強烈な読後感から言えば、一押しは英国の作家、アリステア・マクリーン 女王陛下のユリシーズ号 だ。第二次大戦下に実際に起きていたことが背景であり、主人公(たち)が創作である以外、現実にどこかで起きたに違いない現実の描写である。一人でも多くの共感者がいてほしい!とおもわせる傑作だ、と言っておこう。マクリーンはこの一作で一デビューし ナヴァロンの要塞 (グレゴリー・ペック)とか 荒鷲の要塞 (クリント・イーストウッド)など映画でもヒットを飛ばした。マクリーンとならんでデズモンド・バグリー、ハモンド・イネス、針の眼 で有名になったケン・フォレット、そして 深夜プラスワン のギャヴィン・ライアルと続き、小生が最近まで入れ込んできたジャック・ヒギンズと、正統的な冒険小説の作家はすべてと言っていいくらい英国人である。われわれは多くの場で英米人、などといってともすれば同一視することが多いが、国民性においてその違いがこのあたりに非常にはっきりとあらわれるようだ。専門家によると、同じ題材でも英国人が書くと冒険小説になり、米国人が書くとハードボイルドスタイルの小説になってしまうのだという。彼らの後継者たるジャック・ヒギンズは 鷲は舞い降りた で英国人の仇敵ドイツ軍にも人格を認めたと評価された。非常な多作家で、小生もいままで30冊近く読んできた。多作家の例にもれず、駄作も多いが、ストーリーの面白さと結末の意外性、という点では 脱出航路狐たちの夜 に感心したし、作品全体に流れる一種の虚無感みたいなものにしびれた 廃墟の東 が特に好きだ。

 

米国人作家はともかく、日本人の作品でいえば、伴野朗と佐々木譲のものを読んできたが、いわゆる時代劇ものはほとんど知らないので、片手落ちになるかもしれない。冒険小説とは関係ないが司馬遼太郎の作品は結構読み、僕の日本史の知識はほとんど司馬の作品からもらってきた。その司馬史観、とさえいわれる作品を冒険小説として取り上げるのはおかしい、といわれるのを承知で書くと、燃えよ剣 で書かれた土方歳三という人物の生き方はある意味、前記した冒険小説の定義そのもののように思えるのだがいかがなものだろうか。

”エーガ愛好会” (33) 砂漠の鬼将軍  (44 安田耕太郎)

エーガ愛好会では最近BSPで放映された「パットン大戦車軍団」(Patton) 「遠すぎた橋」(A Bridge Too Far) の第二次世界大戦の戦争物映画を取り上げた。 「砂漠の鬼将軍」は、2000キロ(稚内〜鹿児島の距離) 以上に及ぶ広大な砂漠に展開された北アフリカ戦線において、巧みな戦略・戦術によって戦力的に圧倒的に優勢な連合国側をたびたび壊滅させ、英首相チャーチルをして「ナポレオン以来の戦術家」とまで評せさせ、第二次世界大戦中から「砂漠の狐」(The Desert  Foxの異名で世界に知られたたドイツ軍人エルヴィン・ロンメル「Erwin Rommel 」の栄光と挫折を描く映画だ。

連合国軍アメリカ人パットン将軍を描いた「パットン大戦車軍団」は主役を演じたジョージC.スコットが1970年度のアカデミー主演男優賞を獲得。指揮官の人間性を色濃く描いた映画で、「砂漠の鬼将軍」はどちらかと云えば、戦闘に重きを置いた「遠すぎた橋」よりも「パットン大戦車軍団」に近く、意見を異にする上司(この映画ではヒトラー)との確執に苦悩する人間ロンメルを描いたヒューマンドラマの色彩が非常に濃い。

ロンメルは貴族(ユンカー)出身ではなく、中産階級出身者初の陸軍元帥でもある。数々の戦功だけでなく、騎士道精神に溢れた行動と多才な人柄で悲劇的な最期をとげたが、SS(親衛隊ゲシュタポ)ではなく国防軍の所属であった。北アフリアカ戦線での戦功によって名将の誉れ高く、戦時中ドイツ国内での彼の人気は沸騰する。民間出身のロンメルの活躍と成功が生粋の軍人将校たちの嫉妬を招き、ヒトラーの取り巻き連中の反感をも買ったニュアンスを映画は描いている。

連戦連勝して戦略的要衝の地スエズ運河間近まで迫り、連合国側の拠点パレスチナへ歩を進める段階まできたところで、ロンメルは気候条件劣悪な戦場での過労がたたった病気で戦線を離脱して一時帰国する。ロンメルが留守の間に、部隊を立て直し物量で圧倒する連合国側は戦略的に重要な地エジプトのエルアラメインでドイツ軍を圧倒。ドイツ軍は撤退を余儀なくされる。戦線に復帰したロンメルはヒトラー中枢部に自軍を立て直すために撤退と兵站強化を請うが、ヒトラーは飽くまで「闘い継続か、死か」と命令する。面談の交渉でも言下に拒絶・誹謗される。 冷静な客観的分析に基づき自軍の犬死を避けたいロンメルはこの頃より、理不尽な上司ヒトラーに対し、反感をもつに至る。ヒトラーの取り巻きイエスマン部下もロンメルにとっては救いにならないばかりか、逆に窮地に追い込まれる。

ドイツ軍は東部戦線、西部戦線など至る所で敗色濃厚となる。こんな状況下、ヒトラー暗殺未遂事件が発覚。ヒトラーは負傷するが命に別状なし。犯人探しに躍起となる。その過程で、機銃掃射のよって負傷し自宅療養していたロンメルが黒幕として疑われる。ロンメルの自宅をヒトラーに命令された将校が訪れる。将校は青酸カリを持参し、ロンメルの自死を促す。彼の名誉と家族の安全を保証するという条件で。拒絶すれば死刑はおろか家族の身に危害が加わることを伝えられ、冤罪と分かっていても彼は自死を選び、妻・息子と最期の別れをして、将校達に連行される場面で映画は終わる。ドイツの敗色が濃厚な1944年10月14日のことである。ロンメルの死 (享年52)は、公には戦死だと発表される。

映画制作は1951年、戦争終結から6年後、ロンメルの死から7年後。ロンメルが敵方連合国側でも敬意を抱かれたことがうかがわれる。また、非業の死を遂げたロンメルの名誉を回復させヒトラーの悪事と戦争の理不尽さを知らしめる狙いもあったのかも知れない。映画制作にあたっては未亡人が相談役として参加したとのこと。また、ロンメルの軍服をロンメル役のジェームス・メイソン(映画出演当時42歳) が実際着て映画撮影したとのことである。

(編集子)連合軍が欧州前面でなく背後にあたる北アフリカからナチ戦線に迫った大掛かりな作戦がローマへの進撃につながり、ノルマンディ上陸によって欧州戦線の帰趨が決まるのだが、第二次大戦に詳しい歴史家リック・アトキンソンはこの作戦の詳細を Army at Dawn  という本に書いている。

われわれはこの映画のような華々しい戦闘シーンばかりを想像するが、この題名の at dawn という句がいうように、この時点ではまだまだアメリカ軍は組織的に未熟であり、エル・アラメインでの大勝まで、内輪もめあり、作戦面での齟齬あり、大変な苦労をしたらしい。映画ではリチャード・バートン主演の ロンメル軍団を叩け とか、史実ではあるまいが、かつてテレビのシリーズに、タイトルは忘れてしまったがコマンド部隊が砂漠をジープで走り回る活劇もの(主演はエルドラドでウエインの向こうを張ったクリストファー・ジョージだったと思うのだが)があったりするし、あの物悲しい主題歌のボレロのほうが記憶に残る 撃墜王アフリカの星 や、この作戦中、ドイツ側の補給基地であったトブルクが背景のトブルク戦線(ロック・ハドソン、ジョージ・パード)などもあった。ノルマンディの後を映画化したものに比べると数は少ないが、いずれにせよ映画から歴史を学べるというのもありがたい話であろうか。

 

“ミス冒愛好会” (1)ミステリ開眼の記 - はなしのきっかけとして

小生は満州からの引き揚げのどさくさで、小学校には1年遅れで入学した。今は入学するのは偉く大変らしいが、義塾普通部にあっさり進学できたのも、まだ戦後の混乱期であったのが幸いだったのだろう(小生入学時の倍率は2倍だった)。自分では親が決めてくれた学校、くらいの意識しかなかったが、この中学3年間の生活が自分の現在のありかたを決めてくれことにはただ感謝しかない。体が多少大きかった(終生ついて回るはずのあだ名の由来である)こともあって、ラグビー部に入れてもらっていい仲間ができたが、高校進学で運動部をやめたのは、小さいころからの、言ってみればおやじのしつけで一種の読書フリークになって迎えた思春期の反動だったのだろう。高校では一級上でのちに東宝常務になった鎌田陸郎さんの誘いを受けてすんなり新聞会(ハイスクールニュース)に入り、将来の夢としてなにか文学とかジャーナリズムにかかわった職業をぼんやり意識したりしていたが、同じクラスになった普通部時代ラグビー仲間の鈴木康三郎や既に立派なナンパだった柴岡正和などから映画を吹き込まれ、同じように映画通で同時にいろんな本を読んでいた菅原勲(現在はエーガ愛好会の中心である)から、ミステリー、というものを教わった。当時はまだ推理小説、といわれていて謹厳実直だった父はこれを異端視していたから、シャーロック・ホームズしか知らなかった僕には全く新しい分野だった。

菅原から教えてもらった早川ポケットミステリ文庫で初めて読んだのがメイスンの “矢の家” である。A.E.W メイスンというのは英国の作家で、20世紀初頭、英国では名だたる文学者がいわば手すさびに推理小説を書いた時期があり、ほかにも イーデン・フィルポッツだとか、G.K.チェスタートンだとか、純文学のほうで知られている人も優れたミステリを書いているが、なぜはじめて読んだミステリがメイスンだったのか、今となっては全く記憶にない。ただ、推理そのものよりもこの訳書の持っていた雰囲気というかトーンというか、そういうものが好きになったのは確かで、それ以来、翻訳、というものの重要さ、というか、逆に言えば翻訳ひとつで読者の受け止め方が違ってくることを実感、のち、”ミス冒” を原書で読む、という僕なりの”冒険”を始めるきっかけになった。

それから、毎月HPMものを2冊くらいを乱読するのが続いた。ただ本格的読者ならそうあるべきな ”このトリックはなんだ” という態度よりも、雰囲気というか展開のほうに目が行く読書態度は変わらなかった。それだけに最後に展開する犯人の意外性、による衝撃が楽しみだった。そういう意味では、アガサ・クリスティの ”アクロイド殺人事件” がミステリへの深入りを決定づけたのだと思う。同じような感覚を味わったもうひとつがウイリアム・アイリッシュ ”幻の女” だった。先輩めいた発言を許してもらえば、これからミステリを読んでみようか、という人にはぜひこの2作をお勧めしたい(アクロイドのほうは現在もハヤカワ文庫の常連だし、アイリッシュはアマゾンに在庫があることは確認)

専門家の論評によれば、推理小説の傑作は1930年代の英国を中心として新興文化圏ニューヨークのインテリ層に伝搬していき、クリスティとならんで ”must read” にあがるエラリー・クイーン、ヴァン・ダイン なんかが台頭する。クリスティは今の日本でも圧倒的な人気があり、100冊を超える作品があるそうだが残念ながら、僕が読んだのは20冊にはならない。アクロイド殺人事件は前記した事情もあるのだが、推理小説の全盛期、そのダインが主張した 推理小説20則、とか ノックスという作家の設定した推理小説10戒、などという一種のルールブックには違反している書き方になっている。なぜかは言うと筋がばれるので言わないが、そんなやっかみは忘れて、一度は読むべきものだと思う。そのほか、トリックが優れているなあと思うのは ナイル殺人事件 と白昼の悪魔 だろうか。傑作とされる そして誰もいなくなった は舞台の設定が正常ではないので、確かに意外性は優れているが全体のトーンというか雰囲気があまり好きではない。もう一つ、たびたび映画化され、テレビドラマにもなり(日本に設定を変えた野村萬斎主演というのもあった) オリエント急行殺人事件 の着想には驚いたものだった。やはりクリスティ物は確実に売れる、ということなのか、ハヤカワ文庫の常連として大きな本屋なら簡単に買えるものばかりである。

(この作品は何回か映画化されているが、なんといっても1974年に公開された、シドニー・,ルメット監督のやつはすごかった。ポアロがアルバート・フィニー、殺されるのがリチャード・ウイドマーク、主演格がロレイン・バコール、イングリッド・バーグマンにジャクリーン・ビセット、ショーン・コネリー、ジョン・ギルガット、アンソニ・パーキンスにヴァネッサ・レッドグレイブ、などなどで、いったいギャラはいくらだったのか心配になるものだ。ミステリを始めようか、という方には一つのいいきっかけかもしれない。アマゾンのDVDにはいくつもあるが、どうも1974年版ではないようだがチェックする価値はあろう)。

一方、推理小説の嚆矢者とされているエドガー・アラン・ポオは米国人だが、その歴史的立ち位置以外には現代の読者にはあまり読むべきものがない。やはり米国の大物、と言えばダイン、クイーンにしぼられるのだが、20-30年代のアメリカの知識層の拠点はニューヨークだったので、ダインの作品はすべて、この指導層というか知識層むけ、自己顕示むき出しのスタイルで、すべての作品に美術や歴史に関して絢爛たるというか鼻につく衒学趣味が横溢する。およそ僕の趣味だはないのだが、トリックを追求する、という大原則では評価の高い作品がある。ダインというのはペンネームで、本人はその筋では知られた文学評論家であった。持ち前の理論で一人の人間が一生に書ける推理小説は6冊までだ、と訳知りに行っていたものの、結局12冊の長編をのこした。僕は一応全部読んでみたが、専門家筋が傑作という 僧正殺人事件、グリーン家殺人事件 には結構頭を使ったものだった。ただ正直、もう一度読もうかという気にはならないのは作品の出来栄えより著者の高慢さが気に食わないからだ。同じころ活躍するのがエラリー・クイーン、二人の従兄弟の合作で、作品の持つ雰囲気や適度のユーモアやシリーズものとしての親しみもあって好きな作品が多い。中でも オランダ靴の謎 ギリシャ棺の謎 といったようにタイトルに国の名前を冠した国名シリーズと、より重厚な雰囲気をもつ Xの悲劇 Yの悲劇 zの悲劇 は有名で、特にY の悲劇は専門家筋でもナンバーワンに挙げる人が多い。筋だても複雑だが、犯人の意外性、というベーシックな点では僕ら素人も納得できるものだと思う。

日本の作家となるといろいろ意見が分かれるだろうが、僕は高校2年の時、日吉校舎の図書室で見つけた、高木彬光の わが一高時代の犯罪 を読んで高木ファンになり、その後も結構読んできた。高木について付言するなら、なんといっても 成吉思汗の秘密 が大好きだ。英国の女流作家 ジョセフィン・ティに 時の娘 という傑作があり、英国史上悪逆の王とされている リチャード三世が、史実を辿ってみると実は優れた王だったとして歴史の汚名をそそぐ話があるか高木はこの作品でベッドサイドデテクティヴを演ずる神津恭介に、”それじゃ僕は時の息子 という本を書こうか” と言わせている。この本を読んだ結果、僕はかの源義経が成吉思汗である、ということを、人類に技術を教えたのが地球外生命体だとする古代宇宙士飛来説と同じく、固く信じていることを告白しておいて、企画したセミ・オンライン・ペンパルのきっかけにしたい。

 

 

コロナに関する知識を   (42 河瀬 斌) 

コロナに関係ある短編動画を二本送ります。感染をどうしたら防げるか?というNHKの動画と、脳にも感染する、という動画です。これをクリックすると見れます。

https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/nhkspecial_1108/

この動画はサイエンス映像学会 www.svs-j.org から送られたものです。
ご存知かもしれませんが、この会は11年前にKWV S40卒の林勝彦さん(ピョコさん、元NHKエンタープライズ出身)が創立、会長として育て、それ以来私も副会長として協力、映像、工学、医学系など多種多様な人が参加しています。目的は人体と科学への一般の人への啓蒙で、ボランテイア的な学会です。
 今年はWebで7回もコロナ特集の講演会を行いました。12月14日16−18時に第8回講演会が予定されています。参加無料、見るだけも可、ですので、ご希望の方は下記にまでご連絡ください。
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