京都大学の坂口志文先生がノーベル生理学医学賞を受賞されたと聞いて、素晴らしいと思いました。「制御性T細胞(過剰免疫をおさえるT細胞)(Tは胸腺Thymusの略)」を世界で初めて見つけたという事ですが、これは将来 ある種の病気の治療に大変な進歩をもたらす礎(いしずえ)になる大変有益なお仕事です。
皆さんの中には小生が65歳の時に「ギラン・バレー症候群」という病気になったことをご存じの方もいらっしゃいますね。私が過去にかかった2番目に大きい病でした。大学病院を退任した時期で、仕事の後片付けやら、国内外の講演、退任式の準備などで滅茶苦茶に忙しいのに、更に中国での講演を依頼され、1泊2日で北京へ。帰路は食事も空港でやっとありつけた状況で帰国。帰国当日、また仕事で本郷の日本神経学会本部へと全く休む暇もなく、相当疲労していたと思います。年をとると、疲れって良くないよね。
数日後、急に発熱もないのに腹痛・下痢が出現。下痢止め使用後、今度は便秘になり、殆ど大便が出なくなりました。食事もとれず、点滴で栄養補給するのみ。急遽、入院して腹部レントゲン、エコー検査、下部消化管内視鏡検査などを行いましたが、腸閉塞様の症状の原因は不明とのこと。主治医N君にエコー検査結果を持ってこさせたところ、横行結腸に特にガスがたまっているのに気づきました。私は消化器内科医ではありませんが、研修医時代によく似た所見を見たことがあり、その患者さんはカンピロバクターという細菌の感染だったことを想いだし、僅かだけ出た便を調べさせたところカンピロバクター++との返事。北京空港か帰国後学会事務局近くの料理屋で食べた生鶏肉が原因かも。
治療により腹部症状は少しずつ良くなりましたが、心配だったのはこの感染症は、後で下肢から上肢にだんだん運動麻痺が上がってきて、呼吸麻痺や脳症まで起こす「ギラン・バレー症候群(これは私の専門の脳神経内科の病気です)」を起こす確率が非常に高いという事実。N君とその場合の対策を話していたところ、案の定、数日後から下肢の運動麻痺が出現。その日は日曜日だったのにN君も駆けつけてくれて直ぐガンマグロブリンという注射を開始。処置が早かったせいで、麻痺は上肢まで来ましたが幸い呼吸筋までは進展せず。注射開始後5日たって、麻痺の進行が止ったと考えたので、「後は自分で治すよ」と退院。
「ギラン・バレー症候群」なんて珍しい病気なのでリハビリ専門家は皆無。自分で治すより他に道はナシ、静養して治そうと判断。軽井沢まで家内に車で連れて行ってもらいました。途中、高速道路のトイレが大変で車椅子で入口まで連れて行ってもらい、後は壁を両手でつたいながらやっと歩いて用をたす始末。見ていた他人はおかしな人だと思ったでしょうね。
話が横道にそれましたが、易しくかみ砕いて言えば、このカンピロバクターが体内で増殖すると、自分の体内でそれに対抗する抗体ができます。この抗体がカンピロを攻撃した後、更に敵がいないかと体中を探し回り、運動神経やそれを包んでいる組織がカンピロに部分的に似ているので更にそれらにも攻撃を仕掛けて生じるのが、いわゆる自己免疫疾患の考え方です。国の軍隊が強くなりすぎて、間違えて自国民を攻撃してしまうようなものですね。
自己免疫疾患は、いろいろな原因でおこり リウマチなどの膠原病・内分泌疾患・消化器疾患その他沢山の病気がそれに属します。 坂口先生のお仕事はそんな時に、攻撃的な抗体にブレーキをかける制御性T細胞を発見されたことです。将来、これが臨床に応用できればギラン・バレー症候群ばかりでなく、自己免疫疾患と呼ばれる沢山の病気の患者さんが恩恵を被ることが期待されるのです。
今日の文は長くなりましたが、坂口先生の偉業を讃えると共に、医者でなくても、自分の病気は「自分でも治す努力が必要」という私の持論を皆さんに伝えたかったのです。