エーガ愛好会 (321)消えゆくミュージカル・コメディ (大学クラスメート 飯田武昭)

時々、往年の映画のシーンを思い出し、気になって何本かの作品を見直すことがある。今月にはパリのカンカン踊りが何本かの映画シーンで楽しめたことを思い出し、手元のビデオを再々見した。製作年代の古い順番で紹介する。

・「赤い風車」(1952年、アメリカ・イギリス合作):ムーラン・ルージュ(赤い風車)の踊り子との関りで画家のロートレックの半生を描いた作品。 監督:ジョン・ヒューストン 主演:ホセ・ファーラー、コレット・マルシャン、ザ・ザ・ガポール

・「フレンチ・カンカン」(1954年、フランス):経営難のムーラン・ルージュを再興するために、創立者が起死回生のフレンチ・カンカン踊りを興業の目玉にするまでのお話。 監督:ジャン・ルノワール 主演:ジャン・ギャバン、フランソワーズ・アルヌール、マリア・フェリックス、(実名でエディット・ピアフ、パターシュなど)

・「カンカン」(1960年、アメリカ):ムーラン・ルージュでのカンカン踊りが公序良俗に違反すると、度々の取り締まりに合いながら、心優しい検事・判事・裁判官の裁量で生き延びるお話。 監督:ウオルター・ラング 作曲:コール・ポーター 音楽・指揮ネルソン・リトル  主演:シャーリー・マクレーン、フランク・シナトラ、モーリス・シェヴァリエ、ルイ・ジュールダン、ジュリエット・プラウズ

いずれも現代では殆どテレビ画面では観られないカンカン踊りのシーンが素晴らしく華やかに展開するが、残念なことに「赤い風車」以外の2作品はBSシネマでは観た記憶がない。私の手元のビデオはアナログ放送時代のNHK衛星映画劇場とCM入りの民放時代のVHS録画をDVD変換したビデオである。もう少し、これらの作品の私なりの好きなところを紹介する。

・「赤い風車」は身障者の画家ロートレックを演じるホセ・ファーラーの名演技と当時のムーラン・ルージュとその界隈の風俗が良く描かれていて、物語性が印象深く残る。

・「フレンチ・カンカン」は監督がジャン・ルノワール(1894~1979)で、撮影がクロード・ルノワールと、フランス印象派画家のピエール=オーギュスト・ルノワール(1841~1919)の次男(監督)とその甥(監督の兄の息子)が指揮を執っているので、映像の各シーンが額縁に入っているような安定感がある。更に主演の二人、先ずジャン・ギャバンは「現金に手を出すな」「われら巴里っ子」と同じ年の製作で、沢山の踊り子たちを束ねては、自己の赴く方向へ引っ張っていく精力的な興行主の役柄を十分上手く出している。フランソワーズ・アルヌールは「過去を持つ愛情」や「ヘッドライト」「大運河」に先立って、略、日本でのデビュー作品であるが、初々しく可愛らしい踊り子を生き生きと演じている。 それとシャンソン界の大御所エディット・ピアフ、パターシュ、アンドレ・クラボーなどがチョイ生出演している。

・「カンカン」は踊り子を演じるシャーリー・マクレーンの絶妙な表情と演技力とダンスの才能がフルに出た作品で、後の傑作「愛と喝采の日々」に勝るとも劣らない演技が楽しめ、耳に心地良いコール・ポーター作曲のメロディが時々取り入れられている。

ところで、感覚的なことで言えば、カンカン踊りは1840~60年代に既にフランスで流行った時代があって、アメリカのブロードウエイのタップダンス全盛時代の1930~50年代よりは古く、私はN.Y.に駐在した1980年代には未だRadio-City Music Hallでのロケット・ダンス・レビューが観覧できた。 日本ではその後に宝塚歌劇などのレビューで、この流れは続いているように思える。

一般にミュージカルという映画の分野では、名作「雨に唄えば」「マイ・フェア・レディ」「ウエストサイド物語」「巴里のアメリカ人」「メリー・ポピンズ」「オペラ座の怪人」やリチャード・ロジャース(作曲)&オスカー・ハマースタイン二世(作詞)コンビの「王様と私」「南太平洋」「回転木馬」「オクラホマ」「サウンド・オブ・ミュージック」などが、先ず記憶に残るが、さほどの大作(原作・脚本・製作者・俳優等にお金を掛ける)ではない佳作とも思える≪ミュージカル・コメディ≫という分野が1940~60年代に多く製作されていた。ところが今日では、この≪ミュージカル・コメディ≫という分野の映画を目にする機会が殆ど無くなってしまったことを、私は強く憂いでいる一人だ。

ミュージカル・コメディとは、勝手な解釈で言えば、ストーリー展開は簡単な物が多く、作品によっては非現実的なわざとらしささえ見られる物もあり、日本人には基本的に馴染まない分野の作品が多い。ストーリー展開は出演する俳優の会話と演技でコミカルに進めるもので、合間々々に歌やダンスを挟む物である。 日本人が馴染めないのは、このストーリー展開の作為性とその会話に馴染めないかららしい。

「フレンチ・カンカン」「カンカン」などは、このミュージカル・コメディ分野の作品であり、他にもドリス・デイ主演の「二人でお茶を」「パジャマゲーム」「夜を楽しく」「先生のお気に入り」「カラミティ・ジェーン」、ビング・クロスビー主演の「皇帝円舞曲」「上流社会」、ベティ・ハットン主演の「アニーよ、銃を取れ」、ジーン・ケリー主演の「踊る大紐育」「いつも上天気」「魅惑の巴里」「夜は夜もすがら」、フランク・シナトラ主演の「夜の豹」、レスリー・キャロン主演の「恋の手ほどき」「リリー」などがあった。

それ以前には至芸のタップダンサー、フレッド・アステア主演の「コンチネンタル」「トップハット」「艦隊を追って」「有頂天時代(スイングタイム)」「躍らん哉」「気儘時代」「カッスル夫妻」「セコンド・コーラス」「踊る結婚式」「スイング・ホテル」青空に踊る」「恋愛準決勝戦」「バンドワゴン」「足ながおじさん」など多数の作品があった。

テレビ放送でも20世紀末迄は、これらの作品もCMだらけの民放でも時々放送されていたが、2010年以降は全くと言って良いほどテレビでの放送は無かった。考えてみると、現在、社会で活動している人たちの年齢から考えると、これらの≪ミュージカル・コメディ≫を観たことがない世代に入ってしまったので、今後ともにこれらの佳作は世の中には出てこないのみならず、消滅の危機に晒されていると思うと、大変に残念で寂しく思う次第。