(エーガ愛好会 (244) 小津安二郎生誕120年をめぐって

(小田)小津安二郎蓼科高原映画祭には2007年頃から10年ほど毎年遊びに行っておりました。市民会館と、トイレとの通路の仕切りはカーテンで、壁の向こうは中央線が走るレトロな茅野新星劇場の2つの会場で、2日間で約12本の映画とトーク(岡田茉莉子と吉田喜重夫婦、司葉子、香川京子)がありました。

ただの娯楽目線でしか小津作品を観られないのはもったいなかったとも思います。色々な作品がごちゃごちゃになり、はっきりしたストーリーは思い出せません。以前この会に入っていらした久米行子さんも時々いらしたようで、「彼岸花」が確かお好きだったかと思います。
私が好きなのは、小津さんのサイレント映画の方で、(突貫小僧等の出る)「生まれてはみたけれど」や「大学は出たけれど」などです。
小津作品はたいてい品のある家庭が中心ですが、サイレントの方は、当時の電柱だけ目立つ景色や、下駄に少しみすぼらしい格好の子供達やその家族の様子が分かり、活弁士の澤登翠さんらの語りも珍しく、楽しく観ました。
ヤッコさんに紹介して頂いた、「お早う」は初めてで、楽しそうなので必ず観ます。「東京物語」「秋刀魚の味」も改めて観ようと思いますが、その映画の味……私には分かるでしょうか。

(飯田)小津監督のサイレント時代の作品のこと興味が出てきました。いつかチャンスがあったら観たいとおもいます。蓼科高原映画祭の想い出、有難うございました。

(船津)昨日、録画して本日拝見致しました。
「小津調」エーガは何という事も無い人間の営みをささらりと描く、ドラマチックでもないし人情話しでも無しでタンタンと人生を描く。良き時代の日本の家庭。現代とはややかけ離れていますが人の心を捉えるのですね。不思議だなぁ。その作り方などが詳細に色々な関係者から語られている秀作ですね。

(菅井)それ以前からTVで放映された小津安二郎の映画は折々観ていましたが、本格的に小津映画に嵌ったのは生誕100年あたる20年前に当時フィルムの残存が確認された全作品をNHKBSで観てからでした小津は60年の生涯に54本の映画を創作し現在見ることができるのは37本と言われています。

あまり深い関心を持っていなかった頃に小津映画を観た印象は、何の事件も起こらない緩いテンポで戦後のアッパーミドルの日常を描いたホームドラマであり、出演していた笠智衆以下俳優たちの棒読みの科白を聞いてこの人たちはなんて演技が下手なのだろうと…。当時は既に亡くなっていた小津と存命で未だ作品を世に出していた黒澤明が日本映画の巨匠という評価を受けているようでした。私は海外ではストーリーがドラマティックで画面も躍動感に溢れた黒澤の映画は共感を得られても小津の映画など外国人には判る訳がないと思っていました。しかし、20年前に海外、特にヨーロッパに於いては小津映画の方が遥かに高い評価を受けていることに驚きました。そして、小津映画に出演している俳優たちの科白の棒読みは演技が下手なのではなく、それが全て監督の指示であったことも分かりました。

今回のプログラムで初めて分かって驚いたことは岡田茉莉子が語っていた撮影前の台本の科白の読み合わせは、出演する俳優たちは一言も喋らずにひたすら監督が読む科白を聞いていたという徹底ぶりです。小津がただ一度だけ東宝でメガフォンをとった作品である「小早川家の秋」には当時の東宝のオールスター・キャストが出演しました。未亡人役の原節子の後添い候補を演じた「社長シリーズ」などで台本にはないアドリブでの軽妙な演技で大いに評価を得ていた森繁久彌が小津演出では全く手も足も出なかったそうです。野田高梧と台本を書き上げてから絵コンテを作った時点で小津の頭の中では作る映画の8割方は完成しており、それを具現化するためには意図しない俳優の勝手な演技などは邪魔以外の何物でもなかったようです。小津安二郎という監督は本当に不思議に満ちています。

20年前に作られた「小津が愛した女優たち」という番組をYoutubeで見つけたのでご紹介します。
https://youtu.be/GG6pSfiHo9c?si=SQ9M1M3qiqewmlW7

(船津)流石エーガキジンだけ在りますね。こんなモノよく見つけてきましたね。驚き。永遠の美女綺麗ですね。

(飯田)先日も述べましたが日本映画の中で、小津作品は年齢と共に好きになって来ましたが、海外で高い評価と言うのは、評論家仲間でのことと自分は理解します。その理由の一つは、安田さんが引用している「映画監督が選ぶベスト映画」です。このラインアップを見ると、まあ1位の「東京物語」以外は、我等「エーガ愛好会」の諸氏が選ぶベストテンに、多分1本も入らない映画ばかりです。以前も既に語りつくされた「市民ケーン」を始め「8 ½」やその他作品もです。

私も全部観ていますが、日本映画をベストテンに入れると話は変わってきますが、「東京物語」以外はベストテンには入りません。選んでいる評論家・監督がタランティーノだとか、エキセントリックだったりストイックな人物に偏っていると思います。映画の人気度の評価は一般大衆が平均的に好む作品(集客力が高い作品)か、一般大衆の中でも、少し映画の価値又は芸術性を評価できる「エーガ愛好会」レベルが好ましいと思う作品であるべきと考えます。20世紀最後の日本人映画評論家の双葉十三郎や淀川長治クラスでもその評価基準が間違っていたとは言いませんが、一般大衆と離れた評価になってしまっていました。

昔は大学教授などが陥り易い例えとして「象牙の塔に入る」とか、現代ではテレビにしょっちゅう出てくる各種の専門家諸氏とかの論評に似て、大部分は正しくてもどこか一般人の理解と違う感覚が出て来てしまいがちです。小津作品の評価を下げる気持ちは全くありませんが、欧米で一般的に評価されてきたという点への私の私見です。

(安田)菅井さんがご指摘されている点、番組中、山田洋次監督が述べている点など、小津作品を封切りから20~30年後(多分30年前頃)に観たが、そこまで感銘は受けなかった。番組中指摘された、花・鶏頭の花瓶や床の間の陶器の示唆する役割などには気が付かなかった。淡々と日常何処にでもある、家族の生き様、親子関係を描いているのだが、静の中に、ある種の怖い家族関係を描いている。両親に世話になりながら、結局は冷たく親を見捨てる子供を描いている。後期高齢者になれば、そんな監督が描こうとしている映画の真髄が分かるであろうか?

送付頂いた「小津が愛した女優たち」YouTubeは永久保存版だ。日本映画全盛の‘40年代後半〜‘60年代の女優には惚れ惚れすると同時に、小津映画を観る上でとても参考になる。新人の若き有馬稲子も小津映画に出演するが、YouTube上の彼女のインタービューは興味深い。僕がベストの一つに挙げる彼女の日経新聞の「私の履歴書」を想い浮かべた。この時代の「日本女優ベスト5」を愛好会でやって遊ぶのも面白いかも(笑)。
10年毎に行われる「世界の映画監督が選ぶ史上最高の映画」で、第3回の2012年、「東京物語」はNo.1に輝いた。358人の監督が選んだランキングの結果だった。No.2 「2001年宇宙の旅]、No.3「市民ケーン」、No.4「8 1/2」、No.5「タクシードライバー」。     4回目の  10年後の2022年の結果は「東京物語」はNo.4。No.1は「20011年宇宙の旅」、No.2 「市民ケーン」、No.3「ゴッドファーザー」。No.14に「七人の侍」ランクイン。初回の1992年、「東京物語」はNo.3。2回目の2002年はNo.5だった。数百人の投票者である映画監督の顔ぶれが変わることによって、同じ映画でも10年ごとに順位が変動するのだろう。いずれにしても「東京物語」の高評価には唖然とした。映画監督の観方と評価なので、制作や演技、そして台詞、カメラワークと画面作りなど、素人の我々一般観客とは異なる視点、価値基準と判断が働くに違いない。