”グローバルサウス” とは何か?  (44 安田耕太郎)

友人から送られてきた資料の一部を紹介します。なんとなくわかったような、という思いをお持ちの方に好適な資料と思います。

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 グローバルサウスとは、アジア、中東、アフリカ、ラテンアメリカの地域に含まれる開発途上国や新興国の総称とみられます。先進国を意味するグローバルノースあるいはグローバルウエストに対比する呼び方なのでしょう。一方にアメリカなどの西側先進国があり、他方に中国およびロシアという権威主義国が存在する現在の世界にあって、両者のあいだに位置する国々は、経済的、社会的な発展が北半球の先進国に比べて遅れ、しかも大半が南半球に属するので、グローバルサウスと呼ぶようになっていると思われます。

 インドが、今年1月におよそ125か国からの参加を得て「グローバルサウスの声」というオンライン・サミットを主催しました。同サミットには中国は参加しておらず、岸田総理も国会答弁で、このグループに言及する際には、中国を含めていないと発言しています。これまで、中国は開発途上国の多くを自国陣営に取り込もうと外交努力を重ねてきましたが、もはや中国は世界第二位の経済大国です。急速に台頭するインドのほうこそが、このグローバルサウスのリーダー格ないしは代弁者と見てよいのでしょうか?

 グローバルサウスという言葉が使われだすまでは、「開発途上国」あるいは「発展途上国」という言葉がよく使われておりました。現在も、外務省や他の役所の文書などで使っていると思いますが、「開発途上国」あるいは「発展途上国」にも、国際的に厳格な定義があったわけではありません。「えっ、本当?」と思われるかもしれませんが、先進国でない国々を、そう呼んできたにすぎません。「アジア」の定義に似ていますね。アジアというのは、元来、ヨーロッパではない地域のことを指していましたので、厳密な定義はなく、文脈によってアジアという地域に含める国は変化しますね。アジア競技大会には、イラン、クエートやカタールなども参加しています。

 それでは、「先進国」というのには定義があるのでしょうか?いいえ、それもありません。また、「えっ、本当?」とまた目をこすられる人もおられるでしょうが、普通よく使われる尺度は、金持ち国のクラブと言われるOECD(経済協力開発機構)の加盟国です。ヨーロッパ諸国を中心に、日、米を含め、現在38カ国がこのOECDの加盟国です。

 しかし、このOECDの加盟国よりもお金持ちの国がいくつかあります。トルコはOECDの原加盟国ですが、その経済レベルは比較的に低いですね。日本もOECD加盟国ですが、日本よりも一人当たり国内総生産(GDP)が高くて、OECD加盟国でないのは、シンガポール、カタール、アラブ首長国連合です。それでは、これらの国は先進国なのでしょうか、それとも途上国?

 途上国という時によく使われる基準が、OECDが発表している政府開発援助(ODA)の受け取り国リストです。最新のリスト(2022-23年)を見ますと、2020年時点の一人当たり国民総所得(GNI)が、12,695ドル以下の国々、合計141カ国がリストアップされています。国連によって「後発開発途上国(LDC)」と分類された46カ国(アフガニスタン、カンボジア、ネパールなど)に加えて、世銀の分類による「低所得国」2カ国(北朝鮮、シリア)、「下位中所得国」36カ国(エジプト、インド、ウクライナ、インドネシア、ベトナムなど)、および「上位中所得国」57カ国(ブラジル、メキシコ、アルゼンチン、コロンビア、コスタリカ、中国、マレイシア、モルドバ、タイ、南ア、トルコなど)です。上位中所得国のうち、メキシコ、コロンビア、コスタリカとトルコは、OECD加盟国です。

 このような基準に従えば、世界第二位の経済大国中国は、まだ途上国のグループに属します。他方、シンガポールは属しません。しかし、話をさらに複雑にしますと、国連には、1964年に発足した途上国と新興国による「G77プラス中国」という交渉グループが存在します。気候変動など様々な交渉で、途上国を代表する交渉グループですが、目下134カ国を抱え、この中には、中国、インドはもちろん、なんと日本よりも金持ちのシンガポール、カタール、アラブ首長国連邦もメンバーになっています。

 国連での交渉、特に環境に関する交渉では、途上国が錦の旗とする原則があります。1992年のリオサミットで決まった環境と開発に関するリオ宣言の第7原則「共通だが差異のある責任」です。地球環境の悪化は、すべての国に共通の責任があるものの、先進諸国の長年にわたる経済発展の仕方にこそ主たる責任があるとして、先進諸国は、開発途上国よりも差異のある、重い責任を有するという原則です。気候変動のみならず、あらゆる環境関連の条約交渉で、途上国側はこの原則を盾に、義務的な約束は先進国と若干の経済移行国に押し付け、途上国が義務を課されることは断固拒否してきました。このように、途上国グループに属するということは、大変大きなメリットがあるわけです。

 さらに話は一層複雑化するのですが、世界貿易機関(WTO)には、途上国優遇制度があります。そこでは、どの国が途上国であるかは、加盟時の自己申告に任されています。その結果、現在164のWTO加盟国中、約3分の2が、「途上国」を自称しています。中国、インド、カタール、アラブ首長国連邦といった国々が、「途上国」として大手を振っています。米国は、これに業を煮やして、2019年に一定の卒業基準を提案しました。その提案は、OECD加盟国、G20メンバー、世銀の「高所得国」、世界貿易シェア0.5%以上の4つの要素を基準に、いずれかに該当すれば途上国待遇から卒業させようというものです。しかし、いまだまとまっておらず、わずかに、台湾、ブラジル、シンガポール及び韓国の4か国のみが、卒業に応じる宣言をしているにすぎません。

 2023年3月2日付の読売新聞は、「グローバル・サウスが存在感」と題する、大きな記事を載せています。この記事を見ると、2050年の世界は、現在われわれが住む世界からは大きく変化している模様です。一方に、ロシアと中国があり、他方に米国と日本、その間に「グローバルサウス」の国々として、インド、インドネシア、トルコ、ブラジル、南アフリカが並べられています。そして、2050年のGDP規模の予測は、中国(55兆ドル)、インド(33兆ドル)、米国(32兆ドル)、インドネシア(10兆ドル)の順で、日本、トルコ、ブラジル、ロシアが、5~6兆ドルです。グローバルサウスは、中露と西側の間のバランス外交で存在感を示そうとしており、その中にあって、インドがグローバルサウスの「代弁者」の座を狙う意図も見えると解説しています。

 グローバルサウスという言葉がはやり言葉になった一因は、途上国がもはや一枚岩ではなく、その中で、経済大国や、非常にリッチな国々と、まだまだ貧しい国々との格差が広がっており、すべてを「開発途上国」というくくりではとらえ難くなっていることがあげられると思います。その実態をオブラートで包み隠すため、「グローバルサウス」という言葉は、曖昧ではあるものの、新鮮味があり、使いやすい新語とみなされるようになったのではないでしょうか? 特に、インドのように台頭著しい新興国にとっては、便利な言葉なのでしょう。「開発途上国」だと主張してきたいくつかの国々が、実際上はだんだんと先進国を上回る経済レベルをおう歌するようになっているように、このグローバルサウスという言葉も、長い歴史の中では、一過性のはやり言葉で、実体の変化とともに、そのうちに消えてなくなるのかもしれません。

 こういう事情で、わたしには、このグローバルサウスという言葉に、何かうさん臭いにおいを感じてなりません。皆さんはいかがでしょうか?従来から慣れ親しんだ「先進国」、「新興国」、「中進国」、「開発途上国」といった言葉遣いのほうが分かりやすい気がするのですが、それだと上述のような諸問題に直面してしまいます。前述のWTOでのアメリカ提案のような、明確な基準があればこれも解決するのですが、そのためには国際的な合意が必要です。

 この国際的な合意が困難なのは、早く先進国グループに入りたいという途上国がある一方で、反対に、できるだけ長く途上国グループに残って、優遇措置を受けていたいと思う国もあって、意見がまとまらないからでしょう。現在途上国グループに属しているいくつかのリッチな国は、実態は先進国並みあるいはそれ以上だけれども、分類上は先進国と途上国との間のグレーゾーンにあるということでしょうか?そして、このようなグレーゾーンにある国も、強いて言えば、グローバルサウスに属しているとみるべきなのでしょうか?他の国のことはいざ知らず、急速な人口減少の日本の将来も心配ですね。